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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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自分にとっての「一番」が分からないのはおかしなことでも何でもないし、決めなくてもいいよね?分からない自分を責めずにいてあげましょ♡

今年もピーチ いっぱい食べたでちね

私は夏の果物に好きなものがいっぱいあります。

桃にスイカにブドウ…

美味しいのに、美味しいのに、結構いいお値段するじゃないですか!!!

なのでいつもスーパーの前では逡巡し、でも誘惑に負けて買い、ちょっと特別な日(例えば仕事を頑張った金曜とか、今日は忙しいとわかっている日の朝など)に食べて、自分のご機嫌をチャージするのに使っています。

今年も私なりに「存分に」と思えるくらい、桃を食べることが出来ました。

先週、休み前の激務時間を乗り越えたら食べよう!と思って買った桃が冷蔵庫で冷えていい感じになっていたので、今日はヒンヤリピーチに水切りしたヨーグルトを添えてパクリ。
むほー、幸せ。

仁くんがぼんやりになっちゃったでちー

ちょっと前にデジカメを壊してしまい、新しく買ったカメラで撮影したら、写真が上手な人のように「ボケ」が感じられる写真が撮れてビックリ!

桃と仁くんという「かわいいの2大巨塔」を撮ろうと思ったら、出来上がった写真が「仁くんにピントが合うと桃がふんわりボケる」「桃にピントが合うと仁くんがふんわりボケる」という感じでビックリ。

いやはや。
カメラって全然分からないから、上手に撮れるようになるまでの道のりは果てしない…

* * *

突然の告知(?)というか、匂わせになるのですが、しばらく鳴りを潜めていた『鬼畜生コンビ』が、長い眠りから覚めてノロノロと活動を再開する予定です。

思い返せば3年前、お弟子仲間のあずさちゃんがライフワークの夢を叶えたのをお祝いする会に便乗し、私もあずちゃんのCradleに泊まりに行きました。

ライフワークを生きている仲間に会いに行った旅。
ライフワークを生きている仲間に会いに行った旅。
やっほーーーい!!!昨日やっと「高すぎる山」として忙しかったピークを越えました。(感無量)次週も慌ただしさは継.....
https://many-smiles.com/about-me/friends-living-life-work

泊まりに行った翌日、師匠である根本さんのイメージワークの時間に抜け出すという悪行を働き(だって鬼畜生になりたい悪い子だから)、近くのオシャレなカフェスペースで

自分を愛する作業を、鬼畜生コンビで応援できる場を作りたいね

と企画を立てつつ、いざ何をどうしよう…と煮詰めるもののなんだかピンとこない感じがあり、「今がタイミングじゃないな」と、冷暗所でじっくり熟成させるべく、機が熟すのを待っていました。

…ってカッコよく書いていますが、今じゃない感があったので、焦らずゆっくり、必要なタイミングでまた案を出し合おうと放置していただけなんですけれども。おほほ。

それがようやく、3年の時を経て「今だからできるんじゃないか?」と二人であれこれと相談し、企画を練っている最中です。

校舎の窓ガラスを壊した後に、盗んだバイクで行く先も告げずに走りだし、たどり着いた先の渋谷では「悪そなヤツはだいたい友達」とウィエーーイなポーズを決める鬼畜生になりきれていない、鬼畜生コンビのサトヒーヌとオマミーヌ。

– – – – –
自分を優先していいんだよ。
自分の感情を大切にして、イヤなものはイヤだと言っていいんだよ。
ワガママだって分かって、ワガママを言ってみても大丈夫だよ。
自分をすり減らせてまで、誰かを助けなくていいんだよ。
自分を生きていいんだよ。
あなたにはあなたの素敵な個性があって、愛していいし、愛されていいんだよ。
– – – – –

と、自分に言ってあげられるようになるために、周りの人に向けているたくさんの優しい気持ちをほんのちょっとだけ自分に向けてあげるためにも、意識して鬼畜生になろうぜ!というのが、私たち鬼畜生になり切れないコンビ。

おかげさまで、以前よりずっと「鬼畜生道」を気持ちよく生きられるようになり、だいぶチャーミングな鬼に仕上がってきたと思えるほどになりました。

あ、鬼でもあり魔女でもあるんですけれど。えへ。

鬼畜生になったら…
ただでさえ価値のない私は愛されないのではないのか?
迷惑のかかるヤツって嫌われてしまうのではないのか?
自分の意見を言ったら相手にされないのではないか?
ワガママになっちゃうんじゃないか?

と思っていましたが、むしろ「隠していない分だけ分かりやすい」と周りの人に言ってもらえるようになりましたし、思ってたよりワガママにはなれずに今に至ります。

怖れていたよりずっと、楽で心地よい世界が広がっていました。

what a wonderful ONI-THIKUSYO world !!

当然ですが、自分が自分の意見を言えるようになると、相手にも相手の意見があることをより一層理解できるようになります。
自分の意見を受け入れるかどうかを相手に委ねるように、相手の意見も自分が受け入れるかどうかを決めればいいと思えるので楽になります。

迷惑をかけるから、迷惑をかけられても「お互い様だね」って思えます。
迷惑をかけたときに少しチクッとする気持ちがあるからこそ、迷惑をかけてきた人も痛みがあるだろうなと優しくできます。

ちゃんと気持ちや意見を伝えることで、どうでもいい扱いをされなくなります。

自分を楽にするために、自分を心地よく生きて肯定してくためにも、優しくて思いやりあるあなたを自由にしてあげるためにも、ほんのちょっと『鬼畜生エッセンス』を混ぜ込んでみる、そんな場所を作りたいなぁと、二人で丑三つ時にカコーン・カコーンと念を込めて(?)企画を練っていますので、いつしか発表できる日をもう少しお待ちください♡

* * *

鬼畜生コンビのやりたいことの1つが「自分をもっともっと愛する」いわゆる『ご自愛』とよばれるもの。

自己肯定感を育てていくための土台にもなるのが、セルフラブの気持ち。
私を愛するという”種”を蒔いた後で、少しずつ水や栄養、光を当ててあげるのが「日々のご自愛行動」。

自分のために与え続けてきた「ご自愛」が染みわたり、自分を愛する種が少しずつ芽を出し、いつしか自分を受け入れる力や肯定する力の花を咲かせてくれるのですが、自分を蔑ろにしてきたり、自分には愛されるほどの価値なんかない!と思い込んでしまっていると、自分を愛する行動ってどこか白けてしまったり、やっていても虚しく感じたりしちゃうんですよね。

または、私自身が「完璧主義傾向」「白黒をすぐにつけたガール」だったということもあり、自分を愛する・自分に優しくする行動も

完璧に間違いなくきっちりやらないといけない!!
結果をすぐに出さないといけない!!

と、追い込んで自爆することを繰り返していました。

自分を愛する=幸せだと思える・心地よい時間を増やす、ということが必要なのに、鬼の形相で自分を監視し、義務のようにあれこれと「これが効果のあるご自愛行動だからやるように!」と命令し、心はちっともワクワクしていないのに、やらない自分を責めて虐めて…

ご自愛行動が、自分虐待行動に変わっている

なんていう、本末転倒なことをしていました。
そりゃ、自分を好きになるどころか、行動すればするほど自分を嫌いになっていく訳DEATH!!

でねでねっ ← 馴れ馴れしい…

ご自愛とか自分を優先するということの中に、「自分を喜ばせる」「自分の好きなものを自分に与える」「自分をご機嫌にする」というものがあります。

我慢させていないで、一番大切な自分に、一番好きなものを惜しみなく与えて笑顔にしていいんだよ!

という、知識の面では「なるほど、そうだよな」と思えることなのに、いざ実践してみようとした時に、感情を切っていた私は自分の好きなものが分からなくて途方に暮れました。

一番好きなことをしましょう。
一番好きなものを食べましょう。
一番好きな時間を優先しましょう。

うわーーーん、一番好きって、なんだろう???

そこから「私の一番好き探し」のラビリンスに迷い込んだわけです。

結果、私は「一番好き」がよく分からなくなり、一番好きがゲシュタルト崩壊をして終えたのですが、それが良かったような気がしています。

だってね、別に一番を知らなくたって、笑顔になれるし自分を心地よくできるから。

もちろん、一番好きを探して見ることが悪いことじゃないんですYO。
自分が好きなものを深く知っていくのはとても素敵な「自分を愛おしむ」作業ですから。

ただ、その「一番」に囚われて、こんなんじゃ喜ばせられていない!こんなんじゃ効果ない!みたいに、自分のためにしていることを残念に思ってしまうことが一番残念だと思うんです。

だってね、一番好きの「一番」に答えなんてないんだと思うから。

今、めちゃくちゃ暑い日が続いているので、こんな日は「冷たいお水」がとっても染みて美味しく感じられます。
が、これが日本海が激しく荒れ狂う寒い冬の日には「お白湯が染みるわ~」と変化します。

なんでもない時に突然食べる柿の種は「普通に美味しい」けれど、金曜日に一週間の仕事を終えて楽しみにしていたレモンサワーのお供にして食べる柿の種は、「くふーっ!合う!大好き♡」ってなります。

好きなこと、喜ぶことの『答え探し』なんて必要ないんです。

答えを探している時に気分が重くなったり、どこか自分を責めてしまうと、そのネガティブなものに引っ張られて、気分がシュンとしていきます。

ご自愛で「一番好きなものを自分にあげようね♡」というのは、その時に私を思いっきりご機嫌にしてあげようね!という意味ですもの。

だからその時々で、好きなものだったり興味のあるものを自分に与えたり感じさせてあげて、心地よさを体験すればいいだけ。

それに、いいな~と思っていても、いざ実際に着てみたら「あれ?思ってたのと違う」なんてことが試着のときにあるように、周りの人がいいと言っていたとか、興味関心があってトライしてみたら、自分にとってはあまり心地よいものじゃなかった、なんてこともあって当然のこと。

心地よくないものを見極めていくのだって、ご自愛のひとつです。

そして「合わない」と思ったら、合うものをまた探してみればいい。
何度だって選び直していいんです!!

私たちは環境やその日のコンディションで、心地よいと感じたり笑顔になれるものが違ってくる生き物。
いつも一定の動きをするロボットじゃないのだから、揺らいでいるのが当たり前。

昨日、自分を笑顔にしてくれたものが、今日は自分をご機嫌にはしてくれない。
それはちっともおかしなことではなく「ごく普通」に起きることです。

朝は元気いっぱいだったのに、職場でちょっとしたミスで気分が落ち込んだり…なんていうように、1日の中でも感情には波がいっぱいあるのだから、気分の変調に合わせてご機嫌も変わるものですものね。

自分にとっての「一番」を探すならば、その瞬間瞬間で「一番いいと思った」というものでOK。
なにもずーーっと固定する必要はありません。

一番じゃなくとも、最強に好き!というものがあれば、それはとっても素敵なことですよね。

私は愛する2魂との時間が「最強の癒し時間」ですし、「ソフトキャンディー」は最強の食べ物だと思っています。
でもね、その最強アイテム以外にも、その時々で自分をご機嫌にしてくれて、自分をサポートしたり笑顔にしてくれるものがいっぱいあります。

誰か、ではなく、自分が「ご機嫌」を感じられたり、ちょっとだけでも「心が弾んだり心地よい」を感じられたらそれでいいのだから、一番がないことを負い目に思わないでください。

一番を決めるよりも、自分の「好き」「楽しい」「やりたい」に敏感になってあげることに意識を向けちゃいましょ♡

ではでは。
ほがらかな土曜日をお過ごしくださーーい。

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