燃え尽きたから見つけられた「自分に対する厳しさ」 ~もっともっと自分に優しくできるようになるぞ!~

先週やってきた「長期寒波」の関係で、ここしばらくずっと寒い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
朝、お布団から出るのをためらうくらい、キンと冷えていて、起きるだけで修行している気分になります。
先週の長期寒波では、雪国でも名を馳せている(?)新潟ですから、さぞかし降るのだろう…と心していましたが…
あれっ?
思ったより
全然
大丈夫だったよ
↑
声が遅れてくる”いっこく堂さん”風にお読みください
私とこはるちゃんが暮らす、新潟市の中心部に近い場所は海沿いと言うこともありますが、佐渡島が日本海からの雪雲を遮ってくれるおかげで、比較的雪が降らずに済んでいます。
これを『佐渡ブロック』と呼ぶそうですYO!
今回も佐渡が防波堤の役割をしてくれたおかげで、全国ニュースでやっていたような『短時間に雪に覆われて…』という状態にはならずに済み、週末に短時間でそこそこの積雪はありましたが、まだ大丈夫!というくらいで済みました。

雪といえばコレ!
毎年恒例(?)の、美千代による積雪レポートです。
新潟市は、先週末にこのくらいの積雪がありました…って、伝わっているでしょうか?
え?
分かりづらい??
では、こちらの角度はいかがでしょうか。

小雪地域ではあるけれど、そこはやっぱり「雪国」の冠を被る新潟です。
やはり冬には雪がつきもの。
雪が降ると何をするにも時間がかかりますし、雪を除けたりするのも、雪道で転ばないように歩くのにも体力を使います。
でも、もう1月も終わりで少しずつ日が長くなってきた感じもあって…
降ったとしても、あとちょっとでしょ?!
と、もう少しすると感じ始める春を想像して、乗り切れそうです。
『冬来たりなば春遠からじ』、ですしね。
なーんて言っていますが、今夜からまた「ちょっと短めだけど強めの寒波」がやってくるようで、それなりにまとまった雪が降るかも?という予報なので、明日はいつもよりちょっと早く起きて仕事に行く準備をしなくちゃいけなさそうです。
あんまり積もらないでくれるといいのだけれど。
すでに雪が多い地域の方も、これから積もるかもしれないエリアの方も、あったかくして時間に余裕を持った行動で、共に寒波を乗り越えましょうね!
* * *
一週間前に、「オラ、もう頑張れないんだよ…」と全力で弱音を吐きました。

ブログに書いた後で、「あーーー、なんか書かなきゃよかったかもーーー」とちょっとだけ悶絶したのですが、書いてよかったなって思えています。
ブログの中で「急速充電されて、すぐに何でもないくらい元気復活したよー!と言うかもしれない」、なんて楽観的なことも書いたのですが、
全然、ダメです。
相変わらず、カッスカスに燃え尽きて、全然頑張る力が湧いてなくて、でも先のことを思うと不安で焦って…という状態のままです。
でもね、今までだったら「燃え尽きていてしんどさMAXの時」に、自分が燃え尽きてダメな状態でいることを周りには言えずにいたのに、
私、燃え尽きて燃えカスになってるの。
苦しいよー。
しんどいよーー。
もうやだよーー。
誰か、助けてよーー。
こんなのやだよーーー。
って、みっともない私も、弱い私も、どうしようもない私も、「これが今の私です」って言うことができました。
弱音を吐いたことがきっかけで、物事が急展開したとか改善したとか、そういうドラマチックなことはなにもないのだけれど、ただただ『言う』というだけでも、抱えているものが少し軽くなりました。
書いてみたら、私はいっぱいいっぱいなんだなぁって、改めて自分が思っている以上にしんどかったことを認識できて、そんな自分をヨシヨシしてあげたいと思うことにもつながりました。
これまでずっと、頑張り続けるしかないと思って生きてきました。
もちろん、頑張らなきゃいけない状況だってありますし、どっちかというと頑張ることが嫌いじゃない節もあるので、頑張れるときにはそうすればいいのですが、私は不完全で弱い「ただの人間」です。
だから当然、限界だってありますし、力尽きることだってあります。
この世界では「陰陽がセット」ですから、絶好調の時もあれば絶不調のときもあるのに、どうかしたって不調の時には、それが当然だよ!と受け入れるのが難しいんですよね。
未だに情けない自分を見るのは痛いのだけれど…
ようやく私は、自分が燃え尽きていることをちゃんと認めることができました。
* * *
5~6年くらい前の私は、自分のことを蔑ろにして生きていて、自己肯定感なんてものは皆無。
なんなら自己肯定する力なんて、地中にめり込んでいるくらいの状態でした。
とにかく生きづらくて、でもカッコつけていて弱い自分を認められなくて、自分で自分を雁字搦めにしていた気がします。
自己のっ!
肯定の…
カーーーン!!
なんてふざけた合言葉を掲げて、自分を生きやすくするためにも「自己肯定感」を持てる私に変わろうと取り組むものの、何をしてもぜんぜん心が動かなくて諦めては、より一層自己肯定感をなくしていくことを繰り返している中で
ハードルを下げればいいじゃない!
と、肯定できなくてもいいから「絶対に否定しないようにしよう」と、自分を受け入れ、自分の味方になることをしようと決めました。
私にはこのやり方が合っていて、否定されないだけで随分とノビノビと楽になり、そして小さいながらも「自分のことを肯定する力」も育ってくれました。
私は私の一番の親友になろう。
手を離されたり、傷つけられた時の痛みを誰よりもよく知っているからこそ、私は私の手を決して離さない存在になろう。
私の傷や痛みに、優しい絆創膏を貼る存在になろう。
これからは自分を否定しないぞ!と思った時に、私が私に対して決めたこと。
それからは、自分に優しくすることを最優先にして、自分に思いやりや暖かいまなざしや手を差し伸べることを意識して続けてきました。
いつしか、それは「当たり前」になって、自分に優しくすることが自然にできるようになり、生きづらかった当時の私には想像もできないくらい、本当に生きやすくなりました。
自分を大切に扱うこと。
自分の声を大事にすること。
どんな自分も否定せずにいること。
自分にやさしく、思いやりを持つこと。
いつしかこれらは当たり前にできるようになったけれど、自分ではどうしようもできない哀しみが重なったり、燃え尽きる結果につながるような「仕事」と言う自分だけではコントロールできない要因を前にした時に、
どうやらまだ私は、自分に少し厳しい目を向けていたようです。
以前から比べたら全然厳しくはないのですが、まだまだ「自分に優しくする余地」はいっぱいあって、過激ではないものの「厳しいモノサシ」を持っているんだな、と気付けました。
私は自他共に認める『マグロ女子』で、動いていないと死ぬのYO!なんてふざけていましたが、実際にはマグロではなく人間なので、動き続けることはできません。
これまで過激に自分を追い立て、頑張らせ、時にハードワークで身体を壊す…というレベルで生きてきたので、自分に優しくして労わることができるようになったことで
180%くらい頑張っていた力を、120%くらいに緩めることができるようになりました!!
随分と力を緩めることができていて、それで大分伸びやかに生きることができるようになったのですが、いやはや、それでも持てる力以上に頑張らないと…と、『頑張り教』の教えが染みついていました。
燃え尽きてカッスカスになって、不安で焦って、どうしようもない状態の自分に対峙する中で、もっともっと自分に優しくしてあげなくちゃと思えたことで
まだ自分に厳しいね。
もっともっと、優しくして、思いやりをもって、私を労わって大切にしなくちゃね!
という大事なことに気付けました。
180% → 120%
と、随分をゆるーーくすることができた実績があるんだから!
これからも「120% → 100% → 90% → 85% …」と、ちょっとずつ厳しさを解除していけるはず。
それともう一つ、自分に対して気付けたことがあります。
ネガティブな自分に対しても「そう思うんだね」「しょうがないよね」「それでもいいよ」と言ってあげられるようにはなりましたし、自分のやりたい事や喜びを応援できるようにもなりましたが…
「休みたいよ」「疲れたよ」という声はスルーしがちで、応えてあげるのが苦手だということが分かりました。
人生には本当に、いい時もあればダメな時、大波小波がやってきます。
立ち止まってそこで何かを拾えればいいけれど、ただただしんどい状態を乗り越えるしかできないことだってあります。
でもね、立ち止まって「拾い物」ができることもあって、そこで拾えるものはとっても大きな財産になるんですよね。
渦中にいるときには、必死過ぎて「拾い物をしている」なんて思えないけれど、少し時間をおいて歩き出した時に
あぁ、あの時期があったから気付けたのね!
あの出来事があったおかげで、人生は好転していったんだな。
なんて言えることはいっぱいありますものね。
まだ絶賛『燃え尽きてカッスカス状態』で、そこに「不安」「焦り」「空回り」「力みがすごい」としんどさ全開ではあるけれど、自分にもっと優しくしてあげたいし、まだまだ私は私に厳しいなぁ~と苦笑いしながら気付けたことは、やっぱり大きな拾い物でした。
健やかなるときも、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、
順調なときも、逆境のときも、
富めるときも、貧しいときも、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?
私が大好きな「結婚の誓い」の言葉ですが、私は私に対してこの言葉の通りに「命ある限り真心を尽して私の側にいる」ことができるようになりたいと思っています。
そしてね…
今は「病めるとき」「逆境のとき」なんです。
どんなときも、私を愛し、敬い、慰め、助け、真心を尽して私を大事に扱い続ける。
それが私の望むことなんだ、と弱音を吐いたことで気付けました。
弱い自分を認めたことで、ほんのちょっとだけですが浮上する力を手にした感じがしています。
きっと少しずつ、また私は大丈夫になっていけるはずだから、疲れたときには何にもしたくない(何もできない)自分のことを大事に扱い、ゆっくりゆっくり充電されるのを待とうと思います。
ではでは。
今週もあと1日。
すでに仕事のことでは息切れしているのですが、何とか乗り切れるように、早目にベッドに潜り込もうと思います。
おやすみなさーーーい。
