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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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星に願いを!な日に、背中をやっちゃってる妙齢がいるってよ!な話 ~湿布も一人で貼れるようになりました編~

今日はね、お星さまの川のとこでね男と女がね、会う日なんだってー

今日はキラキラ星に願いを託す七夕ですね。

私たちNew3魂が暮らす新潟市は、天体観測にピッタリのイベントデイに「雨や曇り」に当たってしまうことが多いのですが、今年は天の川が見れそうな晴れの日。

さっきベランダに出て空を仰いだところ、まだ周りの明かりの影響で星はわずかしか見えなかったけれど、それでも七夕の夜に天の川の欠片のような「小さな星」を見ることが出来てとってもうれピ~☆

はっくんは、荷物の入っていた紙袋を見つけるや否や、嬉しそうに隠れていました。
くふふ、キャワワ。

はっくんの説明では「男と女が合う日」って…

うん、ま、そうなんだけどさ…言い方ってさ…というやつではあるけれど、織姫と彦星が年に一度の再会を果たせる日。

そんなロマンティックな日ですが、私はと言えば昨日の朝突然

ぎっくり背中

になってしまい、右の肩甲骨周辺が激痛!!という「単なる地獄」という1日を過ごしていました。

明け方背中の痛みで薄っすら目が覚め、寝違えちゃったのかな?と思いきや、そんなかわいいものではなく息を吸う度に肩甲骨が少し動くだけで「ぎゃーーー」と声が出る痛み。

急性期は安静にして冷やすことしか対処法がないようなので、家にあるロキソニンテープを貼ろうと思ったのですが

ひとりで肩甲骨の周りにペタッと貼るなんて、だいぶムリゲー

と白目をむきながら、何とかして貼ろうと体を捻るだけで「ギャー―」と声が出る、ひとりコントのような状態になりました。

私が悶絶する脇で、2魂は「なになに?なになに?」と興味津々。

こはちゃん、はっくんが湿布を貼ってくれたら嬉しいけれど、まだ若い2魂にそれを望むのは無理よね~(いや、年を重ねても無理だけども)

困った。
ひとりで生きている逞しいウォンナな私ですが、湿布が貼れないのは、今激痛と闘っている私にとっては死活問題。

そこでクシャッとなって若干粘性が落ちたロキソニンテープをゆっくり広げて床に置き、位置を確認しながら「ゴローン」と寝そべって貼る方法を見つけました!!

も・ち・ろ・ん

1回でなんてうまく貼れませんことよ!
そんなの想定内よ。

再度ロキソニンテープのクシャリを治し、ゴロン。

あーー、惜しい!!

ちょびっと上過ぎて一番痛いところがカバーしきれていない。
やり直し!!

またしてもロキソニンテープのクシャリを伸ばして、ゴロン。

やった!!できた!!

欲を言えば、もう3㎝位左側に貼れたらベストでしたが、ちゃんと痛みの中心の部分はカバーできるように湿布が貼れたので、もうこれで大丈夫。
やっぱりイナバ。100人乗っても大丈夫。

息を吸う度、背中が少し丸まったり腕の可動域が広がるたびに「ギャッ」と声が出そうな痛みはあるけれど、また一つ「ひとりでもできる」を増やせたことで、謎の充実感(?)と喜びを感じた週のスタートとなりました。

スゴイなの!ひとりでロキソニンできたなのー

昨晩、お風呂は我慢してシャワーだけにしましたが(急性期は温めない方がいいみたいなので)、湯上りにもまた、ひとりでロキソニンタイム。

さぁ、一発でうまくいくか?
上手く行ったらなんかいいことありそうじゃない?!

なんて一人で勝手にキャッキャしながらゴロンとしたら、まったく目測違いで肩より上にベタンと貼り付き、はやり夜も複数回リトライして貼ることになりました。

1日目と比べたら、痛みは少し和らいできたとはいえ、まだ息を吸う度にズキッとしたり、手を動かすだけでギャッと声が漏れたり、痛みがあるって不快なものですねー。

昨日は夜も痛くてなかなか「痛みを和らげる姿勢」が見つからず、いつもは秒で寝れるのに、寝ることもままならなくてションボリしました。

でもいつのまにか寝てたのには、自分でもビックリですけれど。えへへ。

背中の「痛いところに手が届かず」という感じで、ひとりだと湿布を貼るのは難しいなぁ~と感じて、やはり誰かがいてくれるというのはあったかいものだとしみじみ痛感しました。

咳をしても一人 by尾崎放哉

学生時代の教科書にあった俳句が急に思い出されて、なんだか一人で「分かりみー」と思ったら、不思議なクスクスとした笑いがこみ上げてきました。

私自身は、ひとりでいたくているという訳ではなく、大好きだった人と繋いでいた手を離し(厳密には離され)、思いがけずにまた一人に戻ったのですが、

湿布を貼るにも一人

な状況ではあるけれど、案外ひとりでも面白がったり、「やれた!」「できた!」の発見や成長を感じたりもできるんだよな、と自分にトントンとしながら笑うことが出来ました。

手を離すしかなくて、でもなかなか離せなかった数年前の私は、おもいがけずにひとりになるのが本当に怖くて、未来でまた笑えるのだろうか?と先を見ようにも真っ暗で震えていました。

あの当時の私に出会えるなら、そっと隣に座って肩を抱くようにしながら「よくやっているね」と労ってあげたい。

執着して、もがいて、苦しくてどうしようもなかったあの日々を、みっともなくても必死になって「自分なりに精いっぱい考えて」何とかしようとしていたんだもんね。

つらくて怖くて、逃げ出したい日々の中で、懸命に生きたんだもの。

そしてその「ただそこにいて今日をやり過ごすこと」をしてくれたおかげで、道は今につながって、私は湿布を前にしながら、

「あっ!ゴロンってすればよくない?私ってばあったま良すぎじゃなーーい?」

なんて自画自賛しながら、逞しくひとりで生きることができています。

すべての道はきっと、大丈夫という方向につながって行けるのでしょう。

道の途中にいるときや、大きな曲がり角、夜道を歩く時間には、決して大丈夫に通じているなんて思えないけれど、ね。

歩いているうちに、時に立ち止まったり休憩しているうちに、大丈夫に変えていく力を私たちは持っていて、その力のことを「レジリエンス」と言うのかもしれませんね。

数年前の七夕では、なんとか手を離さずにつなぎ直したいと星に願いを託しました。

その願いは叶ったような叶わななかったような、つなぎ直そうとしている途中で、残念ながらつなぐことが上手くいかずに離れることになってしまったけれど、私は今こうやって、私なりに生きることができています。

今年は短冊を書くことが出来なかったけれど、うーんそうねぇ、来年は

背中に湿布を貼ってくれる、愛おしい人が側にいますように

と天の川の欠片のような小さな星にお願いして、今日も痛みを上手にカバーする寝方を探しながら眠りにつこうと思います。

おやすみなさい。
明日のあなたの手のひらに、小さな幸せが見つかりますように。

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