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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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つらいときは”今日一日”をやり過ごすことだけでいい。だってこの状態もいつかは「過ぎゆく」ものだから。

最近はスッキリした青空がなくて 雨が多いですねー

私のイメージの中では「8月は晴れが多い」のですが、今年は8月に雨が降っている日が多いような気がしています。
天気予報を見ると、今日は晴れのち曇りの予報でしたが、新潟市は明後日から土曜日まで傘マーク。
お天気ばかりはどうしようもないものなので、晴れ間の今日はお部屋から見える青空を満喫しておこうと思います。

* * *

先日読んでいた本の中で、韓国のフィギュアスケート選手でゴールドメダリストのキム・ヨナさんがつらかった時期を支えた”座右の銘”が紹介されていました。

これもまた過ぎゆくでしょう

あぁ、本当にそうだよなぁと思うと同時に、私が過去に辛かった時に知った言葉でも似たものがあったのを思い出しました。

This too shall pass.

直訳すると『これもまた過ぎ去る』というもので、どんなに良い時であってもどん底のような悪い時であっても、必ず”時は”過ぎ去っていくというもの。

聖書にはいろんな訳がありますが、ユダヤ教の聖書解釈である「ミドラシュ」によると、ダビデ王が勝利に奢ることなく、絶望の中にある時にも自分を勇気づけることができる句を刻んだ指輪を作るように命じた時に賢者が与えた言葉としてこのセリフが掘られたと言われています。(指輪には英語ではなくヘブライ語が刻まれています)

宗教は違えど、ブッダもこれと似たようなことを教えの中で説いています。
喜びも、悲しみや苦しみ、痛みも私たちの上を通り過ぎてゆくのであるから、執着せずに傍観していましょう、と。

私は宗教に精通している訳ではないので分かりませんが、もしかしたらイスラム教やヒンズー教などにも、言い方は違えど同じような教えがあるのかもしれませんね。

開けない夜はないとか、季節の移ろいに例えられる全てもきっとこの言葉と似ていて「良くも悪くも、いつまでも続くものはない」ということ。

私はブログでも幾度も書いていますが、夫婦問題に直面した時期(なんだかんだと修復しつつもまた壊れてしまい、トータル5年以上)が、人生波乱万丈グラフを書いてくださいと言われれば、いくつかの山や谷の線を描く中で”一番の谷を描くであろうくらいどん底の時間”でした。

あまりに苦し過ぎて記憶が断片的な時期もあるくらいで、今思うとどうやって一日を過ごしてきたんだろう?
毎日が本当に絶望の中で、世界は突然色を失い、何を食べても何を見ても心から感じることが出来なくなり、私はもう二度と心から楽しいと思える日々に戻れないんだろうとすら思っていました。

突然はしごを外されて奈落の外に落とされ、目を凝らしても暗闇のトンネルの先の光が見えず、いつか希望がきっと持てる日がくる!!と無理矢理気持ちを奮い立たせようとしても少しも思えず、1日を何とか過ごすことだけでも精一杯だったのを思い出します。

朝、目が覚めると絶望が側にいて「あぁ、また一日が始まってしまう」と泣いたっけ。
日中はそれでも少し落ち着いたり前向きに考えたりする時間があったと笑顔になるのに、そんなのは秒で変わって落ち込み、ジェットコースターに乗っているように気持ちは揺れまくり。
答えのない「なんで?」「どうして?」が常に頭の中をグルグルして疲弊し、家に帰ってから寝るまでの間がしんどくてお酒を飲み、なんとかようやく眠るときに「ああ、ようやく今日をやり過ごせた」と思うことを延々と繰り返していました。
時に眠れずにベッドの中で静かな時間の中でひたすら思考し、疲れ果てて涙した日は数えきれないほどありました。

なんかもう、思い出すだけでギューーーッと苦しくなります。
あの頃は本当に、毎日ただ「1日を生きる」ことすら戦いでした。苦しくて消えたくて、1日が果てしなく感じるくらい長かったなぁ。

葛藤していた時期を超えて、あれからもうじき4年になります。
離婚を決めて進みだそうと思った時には、絶望の淵からはうんと這い上がってはいたものの、決めたとはいえ「離婚していい6:本当は一緒にいたかった4」という僅差だったわけで、自分で答えを出せたとはいってもグラグラしていました。

急ぐわけでもなく、もう本当に「白旗をあげる」しかできずに日々を1日1日過ごすしかできず、そうやって毎日を過ごしているうちに、いつしか本当に悲しみや絶望は”過ぎ去って過去のもの”となり、今の私は思い煩うことのない穏やかな日々を過ごしています。

長いトンネルの先に針穴のような小さな光すらも見えないくらいの絶望の時期には、この状況が過ぎ行くなんてちょっとも思えていなかったのに、本当にそこにとどまり続けるという事は出来ず、いつしか振り返るとちゃんと「過ぎ去って」いたことに気が付くものです。

どんな絶望であっても、これもまた、過ぎ行くもの。
ただしそれが、その渦中にある時には決してそうは思えないもの。

だからただ過ぎ行くのを待つ間は、今を乗り切ることだけをするだけでいいんです。
その「今」が積み重なって過ぎ行き、いつしか絶望の時間は流れていくんですものね。

悲しみや苦しみ、希望が持てずに涙があふれる時は、ただだた「今この一瞬」を過ごす自分でいいし、その今が苦しいからこそ、何もせずにそこにいるだけでいいんです。
1分をやり過ごすのだってつらい時があるんだから、ね。
ネガティブに包まれて、執着全開で、生きていることに意味が見いだせなくたっていいんです。
その中に置かれていることが、もうすでにすごいエネルギーを消耗することなんですから。

絶望の中で生きる時って、まるで沸騰しているお湯の中で身を焼かれているように自分の「体と思考」の置き所がなくて絶えず葛藤していて苦しい上に、自分を責めてさらに疲弊してくことが延々と続くんですよね。
朝、本来であれば希望と共に新しいスタートが切れるはずなのに、またその苦しみが続くと思うだけで絶望して起きるんです。

そして、この絶望のループからいつ抜け出せるのか?なんて全く分からず、それでもまた今日を生きなくてはいけないんです。

明けない夜はない。

と自分に何度も何度も言い聞かせるけれど、そこに希望を見いだせるのは「いつ明けるかがうっすらとでも見えている時」であって、明けることが想像できない暗闇の中では、その言葉すら涙を誘うものでした。
毎朝起きるたびに「いつ朝が来るんだろう?」と思う時間が、どれだけ苦しいものだったか、本当によく頑張りました。

1日を生きる。
1日をただ過ごす。

順調で健やかな日々を過ごしている時に、それを褒められることは決してありません。
けれど、絶望や悲しみの中にある時には、1日をただ過ごすことは賞賛に値するくらい「頑張っている」んです。

いつかは夜も明けるだろう。
いつかは冬も終わり、命の春も来るだろう。
でもその「いつか」が分からない時は、ただただ「今この瞬間」をやり過ごすことに集中していいし、そうしている自分を誇ってください。
この「今を積み重ねている」その先に、いつしかちゃんと絶望や悲しみは過ぎ去って行くのですから、過ぎ去るまでじっとそこで身動きもせずに「過ごさるまでを耐える」だけでいいんですものね。

つらいことが起きている「只中」に自分が置かれている時には、暗闇や絶望が永遠に続くように感じてしまうものです。
過去には戻れませんし、未来の出口も見えず、真っ暗な中で途方に暮れるしかできず、どこにも行けないような気持になります。

どれくらいの時間がかかるかは分からなくとも、それでも「これもまた、過ぎるもの」なんです。
移ろっていくんです。

最初の夫婦問題の時に、気持ちのやり場がなくてつらつらと書いていたブログがあります。

あの時から見て私は随分と楽になりましたし、自分を受容したり楽しく生きられるようになった…のですが、ふといくつかを読み返した時に

あれ?
絶望の中にいた時も、私は今とあまり変わっていないというか、本質的な部分は一緒なんだな。

と思わず笑ってしまいました。

過去となって過ぎ去った時間も、今に続いている大事な道であって、痛みや悲しみを通ってきたからこそ「今の幸せ」を大事に思える私に成長する地固めをしていたんだなぁ、って。

身動きできずに足踏みしていたあの時間があったから、今の私があるんだものね!
誰よりも固くしっかりと踏みしめたんです。絶望の地をしっかりと、何年も!!!
自分の足元がしっかり固いなんて、今の私は最高な状態で立っていられるんです。
ありがとう、私!!!

5年という時間、暗闇の中でただ「今日をやり過ごす」ことを積み重ね、そこから4年という月日が過ぎ去った今、振り返るとちゃんと

This too shall pass(これもまた、過ぎるだろう)

だったね、と言えています。

苦しみや悲しみもまた、今日をやり過ごし、明日をやり過ごし…と「ただ今をやり過ごす」先に、過ぎ行く過去に変わっていきます。
そしてやり過ごすことが身をよじるように苦しいからこそ、未来を見ようとせずに「今だけを何とか乗り越えること」だけをして、そんな自分を賞賛してください。

悲しい時、苦しい時の1日は、果てしのない1日に思えるのですから。

深い悲しみや絶望の沼は深く、そこから這い出すなんてとてもじゃないけれど出来そうもないと途方に暮れますが、それでも「ただ今日を過ごすことを積み重ねる」ことで、いつしかちゃんと移ろいますから、どうぞ頑張り過ぎずに『今をただ生きて』ください。

これもまた、過ぎ去るだろう。
この悲しみも苦しみも、いつか通り過ぎて行くだろう。

一日を乗り越えるのは大変なことですから、一日を乗り越えると思わずに「今この瞬間を乗り越える」くらいの小さなハードルだけを飛び越えて、そうやりながら過ぎ去るのを待つあなたに心からのハグを。

* * *

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