あきらめた時に叶う!を体験した話 ~まずは一度、自分の気持ちをギュッと抱きしめること~
エイプリールフールの今日。
どんな「フール」をしちゃおうか?と策を練ったものの、センスの良い「CoooooLなFooooL」が思いつかずに断念。
春めいてきましたね。 ← 突然
仁くんとのお散歩コースの途中に、まだ若い桜の木がある会社があります。
桜の木は歩道に枝を伸ばしているので、お散歩するたびにチラッと様子を見ています。
幹に生命力がみなぎってきたと思ったら数日で硬いつぼみをつけ、先週からはその蕾がゆっくり柔らかさを増していました。
きっとあと数日で、春の訪れを告げる桜が咲くのだろうなぁ。
楽しみです!
エイプリルフールな今日は、新年度の幕開け。
今日から新しい環境でのスタートを切った方もたくさんいらっしゃると思います。
実は…
私も3月いっぱいまでの休みをもらい、今日から復職予定でした。
が…
傷病手当を2週間ほど延長してもらい、4/15(月)からの復職に変更してもらいました。
でねでね ← 安定の馴れ馴れしさ
この「延長する」について、私なりにすごく葛藤した話を、今日は聞いていただこうと思います。
* * *
2月の上旬、11日の入院予定で仕事の休みに突入。
その後、2~3週間程度の療養期間があれば、きっと復職は可能なくらい元気になると思ってはいたものの、上司から
「こんな機会じゃないとゆっくりできないし、無理せず体を治して戻ってくればいいよ」
の声を思いっきり素直に受け取らせていただき、甘える練習も兼ねて
お言葉に甘えて、3月いっぱいまでお休みをもらいます
と長期休養をスタートさせてもらいました。
2月いっぱいは有休休暇で処理。
3月前半は残っている有給休暇を使い、半ば以降は傷病手当の利用を予定していました。
私は7月が有休休暇の更新月で、復帰後もちょっとした不調や用事があるかもしれないから「4日程度」有休を残しておいた方がいいよ!という総務の人からの声を受け、3月の途中からは傷病手当に切り替えることにしていました。
予定していた入院期間の半分ほどで退院できたり、傷の痛みも思っていたよりずっと軽く済んだのですが、今回とても悩まされたのが
・力が湧かない
・とにかく「無」な感じ
・よくわからない微熱
・背中からくる左側のあちこちの痛み
・ホルモンバランスの不調
いわゆる「不定愁訴」的な感じで、PMSとも似ているような気分の揺らぎが続きました。
卵巣は片方を摘出しても、もう一つの残された卵巣が機能しているので「強制的な閉経」に陥ってしまうことはなく、子宮を摘出していなければ、妊娠希望の方も排卵があるので大丈夫!と言われています。
…のはずが、のはずが!!
右の卵巣は残すことができたのに、私は大いにゆらぎました。
厳密には、まだ若干ゆらいでいます。
2月の中旬くらいから、3月の後半までは、自分でもどうしたんだろう?と思うくらいに力が入らず、さらに夜になるときまって、「これがホットフラッシュというものなの?」と感じるような、汗をかくほどではないのに上半身がカーッと熱くなってクラクラしていました。
同時に、急な悪寒を感じて熱が出てはスッと引く、ということも繰り返していて、ものすごく強い痛みや苦しさではないけれど、地味にジワジワとだるくて本調子になれない日々でした。
3月の終わりごろから、ちょっとずつ体のだるさが緩んできた感じがあり、そこからは上半身が熱くなる感じも発熱も減りだしています。
女性ホルモンの分泌を担当している臓器を一つ摘出したのですもの。
一時的にホルモンバランスが乱れ、自律神経がそれに伴ってゆらぐことはあり得ますもんね。
入院前には、2月いっぱいは実家でのんびり静養させてもらい、3月からはマンションへ戻ってきてのんびり過ごしつつ、病理結果を受けてからまたどうなるかを考える…と思っていたのですが、実際に術後の時間は
肉体的な痛みは少ないけれど、自律神経的な不調がしんどい!!
に尽きました。
じわじわと真綿で首が絞められて、浅い湖で溺れているような、なんとも表現しがたい不調。
実は密かに感情も乱高下し、2月中はネガティブの沼に落ちたまま這い上がれない日も多く、このまま3月に調子を上げられるだろうか?と不安になって、またさらに沼に沈む日々を過ごしていました。
なので、2月の終わりのタイミングで、落ち込んでいる自分に「どうしたいのか?」を聞き、ノートに気持ちをバーーッと書き出しました。
すると出てきたのが、
まだ復帰したくない!の声でした。
この当時は、まだ病理結果を聞きに行く前で「完全なる良性」かどうかは分からなかったのですが、感情も身体も揺らいでいる今の自分では…
ぜんぜん、ゆっくりした気持ちになれない!!
と、私の内側の声が「やだやだ、もっと休みたい!」と言っていました。
それなのに、思考は自分の思いとは真逆に
いやいや、2月頭から3月いっぱいまで、ほぼまるっと2カ月も休みをもらえるだけでもありがたいじゃないのよ!
傷自体は順調に回復しているから、こんなに長く休むのだってどうかと思うよ?
と、私の中の罪悪感をチクチク刺激してイジメてきます。
本音とそれを制する思考の声。
これって、日常生活の中でも「あるある」ですよね。
社会生活を送っていて周りの人もいる環境では、100%本音に従うのは難しいので、多少の我慢や調整は必要です。
ですが、必要以上に「自分を我慢させる」ことを続けていると、いつの間にか
本音自体が悪者!
のように思ってしまって、自分の気持ちをペシャンコに押しつぶしてしまう。
私はずっと、こんな感じで生きていました。
本音を感じることに「いいんだよ」「大丈夫だよ」「教えてね!」とOKを出す練習を続け、ようやく少しずつ自分の気持ちを『出て来た途端に否定する』ということを止められるようになったとはいえ、
・世間一般
・こうあるべきという思い込み
・人に迷惑をかけてはいけない
などなどが瞬間的に発動し、自分の本音がイケないものではないか?と罪悪感を感じるのは、まだまだ健在です。
出てきた本音が『まだ復帰したくない。なぜなら、ゆっくりしたいから。』って、めちゃくちゃ罪悪感が刺激されました。
でも、これが私の内側にあった本音なんです。
病気発覚からずっと気が張っていましたし、引継ぎのために…と仕事もあれこれ頑張りました。
燃え尽きた…と表現してもいいくらい、手術して腫瘍を取り出してから力が出なくなっちゃいました。
ホルモンバランスも影響していたと思うけれど、思いっきり不安定でした。
ゆっくりしたい、って思ったら泣けてくるくらい、疲弊していたんですよね。
実際には休みをもらっていて「ゆっくりさせてもらっていた」のに、それじゃ足りないくらい疲れていたんです。
* * *
ヨコシマとか、そういう思考の声を無視して「本当はどうしたいの?」を聞いてみることが第一歩。
そこで出てきた私の声は、4月の途中まででいいから、休みを延長したいというものでした。
そこで、自分の「本音」を叶えてあげるにはどうしたらいいのか?というのを考えました。
・3月の上旬に使う予定だった有給休暇を、全て傷病手当に変更
・移動した有休を使うと、なんとか1週間は延長できる…か?
・でも、本音の「2週間休みたい」は無理だ…
・ならば、傷病手当を延長してもらえれば!
・次回、病院へ行った際に先生に聞いてみよう!
・あっ…でも、申請書は毎月提出だ
・4月は受診の予定がないから無理だ…
じゃぁ、せめて「私が少しでも気分よく復帰できる方法は?」を考えよう。
だとしたら、願い100%通りではないけれど、3月に取得予定の有休を傷病手当に切り替えてもらって、数日だけでも有休を使って4月の復帰を遅らせてもらおう!と決めました。
本音を受け止め、どうしたら願いを叶えられるかを真剣に考えて、手を打とうとしてみました。
結果、望みどおりにはできなさそうだったけれど、その中でも少しだけでも自分を楽にしてあげる方法はないだろうか?と「今の自分がやれること」を自分のために一生懸命に考えました。
決めたので、後は調整が必要。
2月の終わりに、総務担当部署へ連絡し、3月に予定していた有休を傷病手当に切り替えてもらえるかを確認しました。
そして、傷病手当の申請書類の日にちを確認していた時に、思いがけない展開になりました。
傷病手当期間が、1~2週間延長になることはありませんか?
と、総務担当者の方から質問が!!
月末〆で毎月申請書の提出が必要だと聞いていたので、延長期間に受診がないかもしれないと伝えると
1~2週間であれば、月末で〆ずにまとめて提出でも処理可能ですし、そっちの方が逆にいいです。
とのこと。
あ、あれ???
当初出てきた本音の「4月半ばまで少しゆっくりして、自分を立て直して復帰したい」が叶っちゃった?!
* * *
その後、病院を受診して申請期間を確認したらOKとなり、部長にも「不定愁訴」が続いているので延長したいと申し出てOKしてもらって、願った延長が現実のものになりました。
出てきた本音は、世間から見たら「えっ?」と言われるようなものでした。
自分自身でも「それは甘えだろう!」と思っちゃう気持ちがありましたが、力が出なかったあの当時の私にとっては、お願いだからもう少しゆっくりさせてほしい!というのが、心の底から湧いて出た望みでした。
そんなのダメでしょ?
と思う気持ちも湧いてきたけれど、まず一度、とことん真っ黒でもダメダメでも、自分の本音を「ただ書き出してみる」をしてみました。
そして、世間体だとか自分都合な欲望だとか、そういった声を全部オフにして、私の願いを叶えてあげるとしたら、私はどうしてあげられるだろうか?を、
今はこれが精一杯 (← ルパン三世・カリオストロの城の台詞)
という範囲で考えて、行動に移しました。
今やれる精一杯なので、願いを100%叶える策ではありませんでしたが、自分のために「自分がやれることはこれだ!」というものを一生懸命考えて行動しました。
そうしたらなんと、もう諦めて手続きを終えようとした試合終了1分前のタイミングで、くるっと諦めていたものがひっくり返って、願いが叶いました。
しかも、向こうの方から「こうしなくてもいいの?」と聞いてくれるという、予想もしなかった形で。
諦めた時に叶う、を、入院の個室の時と合わせて2回、トントンと体験しました。
個室を使いたい!という本音のために、希望を出したものの叶わず。
でも本音であった「個室希望」をちゃんと伝えるという行動をして、自分のためにやれることをしたり、個室がいい!の本音を無視せずにいたからこそ、ダメだったときにも「しょうがない!」と思えました。
そして、ダメならばダメなりに「今出来る精一杯で、自分の本音を少しでも満たせる見方や行動はどれだろう?」と、最後まで本音を大事に扱ってあげていたら
諦めた後で、思いもしない展開を迎えて叶う
を体験することができました。
叶うかどうかは、後にならないと分からないことだけれど、叶う・叶わないは自分でどうすることができない範疇のものであっても
私の「心からの願いは何だろう?」をちゃんと聞いてあげること。
私の中にある「見たくないようなどんな思い」も、手を伸ばしてギュッと抱きしめるようにして、分かろうとすること。
そして、その上で「今の自分の精一杯」で考え、やれる行動をしてみることで、自分にとって本当に必要な願いであれば、ちょっと遅れて届いたりするのかもしれません。
おかげさまで、3月の中盤過ぎまでは気持ちもかなり不安定で浮き沈みをしていたのですが、右の卵巣がうまく働き出してくれたのか、自律神経的な不安定さも少しなだらかになってきて、熱や背中の痛みも随分と楽になってきました。
あと2週間。
プレゼントの休み期間延長分を「ゆっくりさせてもらって」味わい尽くし、復帰しようと思います。
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