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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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手を離したのもしがみついたのも、助けたことも助けてもらうのが苦手だった事も、なぁんだ、みんな『愛』なんだ。

フライパンでパンを焼くとおいちいんだよ!って聞いて 真似っこしたら焦げたでちか…

我が家にはオーブントースター・トースターがないので、パンを焼くとなると「電子レンジのグリル機能」を使っています。
こんがり焼くには結構な時間(7~8分)を要し、お腹が空いている時には「早く焼けないかなぁ~」と指をくわえてお腹をグーグー言わせて待つことをしていましたが、フライパンでパンを焼くと手軽で美味しい!と聞いたので、早速今朝、フライパントーストに挑戦しました。

大きなフライパンではなく、私が使ったのは「フッ素樹脂加工」されている玉子焼き用のフライパン。
ちょうど小さなパンが3切収まるサイズで、あっという間に焼けましたが、初挑戦ゆえに「そろそろかな?」とひっくり返したら、少し焦げ目が!!
片面1分程度で香ばしくカリッと焼けました。

普通のトーストであれば、ここにバターやジャムなどを乗せて食べたいところですが、今日私が焼いたパンは中にドライフルーツが入っている「混ぜ込み系パン」だったので、そのまま食べました。

レーズンをはじめとしたフルーツは 感じられましたが グラノーラ感は分かりませんでした

週末、近所にあるものの普段はあまり寄らないスーパーに行ってみたら見つけた「フルーツグラノーラブレッド」なるちぎってヨシ!切って焼いてもヨシ!という感じのミニ食パンタイプのパンを発見。

グラノーラがパンに?!

と気になって買ったのですが、グラノーラ感は今一つよく分かりませんでした。
が、食感としてナッツのような感じがすることもあったので、それがグラノーラなのかな??

今日はこのパンの半分を3等分にスライスして焼いて食べました。
私はパン屋さんのパンも好きですが、スーパーで買えるパンも好きです。歩いていける距離にパン屋さんがない事もあり、スーパーで手軽に買えるって本当にありがたいです。

* * *

今朝、若干の焦げ目も「えへへ」と思える初挑戦のフライパントーストを食べながら、お弟子さん仲間のカウンセラーさんたちと少しのお喋りをしました。
やりたい事を見つけて、それを自分の言葉で伝えてくれるのを聞く時間というのは、やっぱりいい時間だなぁ~とニッコリ。

朝時間にzoomで離れた場所にいる人と繋がれるのも、在宅勤務で出勤時間がないという事に加えて、コロナで「ステイホームからのオンラインでのつながり」が当たり前に浸透したからなんですよね。
1年前の今頃は、まだこんなに手軽にzoomを活用していなかったので、しみじみと感慨深いものがあります。

ちなみに…
最後にみんなで記念撮影した画像を送ってもらったのですが、その中に写っていた私。
逆光だけど、めちゃくちゃ笑顔です。楽しいって嬉しい!

記念写真

色々と話はあったのですが、その中で出てきた『助けさせることで愛を示す』という言葉と、それに関するみんなの話を聞いていた時に私の中に湧き上がってきた感情が

私も沢山愛してきたし、その愛の示し方も様々なんだよなぁ

というものでした。
私は『罪悪感』『無価値感』が強く、自尊心も低い状態でずーーっと生きてきました。

言わずもがな、自分軸なんて全然なくて「いつも人の顔色」を伺って行動し、自分の意見を持つという事が怖いとすら思っていて、嫌われたくない・恥ずかしい思いはしたくない・間違えたくないという思いが大きすぎて、常に正解を探して気を張って生きていました。

今もそれが全部なくなったわけではないのですが、以前は自分の意見を発言をすることが出来なかったとは思えないくらい、今はちゃんと自分の「気持ち」「意見」を持てるようになりました。
そして、それを言ってもいいんだ!と思えるようになり、主語を私にして「私は~~だと思う」「私は~~が好きだなぁ、嫌いだなぁ」と伝えることが出来るようになりました。
WOW、これって大きな変化ですよね!!!
今、書いてて気付きました。私、変わったなぁ。(しみじみ)

話が横に逸れてしまいましたが、私は「旦那さんだった人の事が大好きだったから、結婚していたのに失恋するかのようにして【振られる】形での最後」になったことを、残念だったなぁと寂しく感じていました。

当時は「愛しているからこそ相手の幸せのために手放す」ということが全然できずにめいっぱい執着したのですが、最後の最後に私はその手を「ありがとう。もういいよ。」と離すことができました。

離すといっても、そこまでの執着は本当にすごいものでしたし、事実上2年半の別居の間、彼は一貫してずっと「頼むから別れてくれ」と言っていたので、実際には彼はすでに手を離していたにも関わらず、振りほどこうとしている手の先にあるどれかの指を1本掴み「離すまじ!!」と私が握り続けていただけなのは分かっていました。

私は「自立ゆえに助けてもらうなんて無理」と、彼が私の助けになりたいと思ってくれたことに対していつも先回りし、受け取らなくていいようにしてきました。
聞こえがよく言えば「尽くしたい」「笑顔にしてあげたい」「私が幸せを届けたい」と

与えたガール

として、頼まれてもいないのにあれもこれもと必死に奮闘して与えようとしました。
彼はそれを望んでなんていなかったのに、欲しくもないものを「今日はこれをあげるね」「今日はこっちにしてみたよ」と次々と押し付けるようにして、与えている自分に満足をしていました。

もういいよ。
与えてもらわなくていいから、少し休んで欲しい。

という彼の気持ちなんて、全く無視ししていたんですよね。
そして、一方的に私の気持ちを押し付けるだけ押し付けて「なんで私ばっかり」みたいな苛立ちも感じることもありました。

離婚問題が起きた時、私はすごく傷付けられて「被害者」だとすら思っていました。
彼が選んだ女性は、私の目から見たらひどく身勝手な女性に見えていましたが、彼が私に頭を下げるようにして「別れて欲しい」と告げた後で

お前は強いし、しっかりしているし、オレが守らなくても生きていけるけど
彼女は守ってあげないといけないんだ。

と言われて、後頭部をハンマーで殴られたような気がしました。
私だって本当は…って何度も思ったけれど、そもそも私は「助けて」って言えないし、何でも自分で背負って頑張ろうとするやり方しかできなかった。
守ってもらう事に抵抗をしたのは、他でもない私なんですよね。
私は「守る・与える」という愛の与え方しか知らなかったんです。

別れて彼女を守りたいと愛を表明する彼に対し、私は頑なに拒み続けました。
法律的な事にすごく詳しい訳ではないけれど、彼が「浮気」という形で家を出て夫婦関係を継続できなくしたことから、いわゆる「有責配偶者」という事で、彼からの離婚申し出に私が応じなければすぐに離婚が成立するという事はありませんでした。
別居してそれ相応の時間が経ち、調停でも話がまとまらずに裁判へと進めばいつしか離婚は法的に認められるのだろうとは思いますが、そこまで進む前に私は「もういいよ。愛させてくれて、愛してくれてありがとう。」と言う事が出来ました。

しがみ続けていた間もずっと、私は彼の事が大好きでした。
手放そうと泣きながら奮闘した時だって、彼の事を愛おしい人だと思っていました。
もういいよ、私は私の幸せを、彼は彼が助けたい人を助けて愛を与える道を歩いていいよ、と手を離すことも私なりの愛でした。

彼が私ではなく、彼が好きになった助けたい人に「彼の愛」を向ける事に対して

分かったよ。
あなたがそうしたいって言い続けていた事を、私もやっと受け入れるね。

と最後の最後に手を離したのは、私なりの愛情表現だったんですよね。
手を離す、自由にする、という愛。
さよなら、という愛。

私は助けてもらうという事が苦手で、助けさせる愛を示す事は出来なかったけれど、良かれと思って助け・与え続けていた時間だってずっと愛していたんだもん。
一方通行で不器用で、時にかわいげのない私の愛だったけれど、大好きな人に全力で愛を届けたんだな、私。

離婚したことに対する後悔は今の私にはないのだけれど、離婚したいと言われて私の愛が否定されたように感じ、私の愛は欠陥なんだ…という思いはどこか心に小骨が刺さるようにチクチクしていました。

時間はかかったし、迷惑も沢山かけたし、グズグズもしたけれど
最後の最後に私は「あなたが助けたい人・愛したい人に愛を与える」事が出来るようにと、無理やり握っていた指を離しました。

それは、私にできる最後の愛の贈り物でした。

こうやって振り返ると、受け取ってもらう・もらえないは別にして、私は精一杯愛しました。
不器用だけれど、しがみついていた時も、手放しのために泣いた時も、葛藤した時も、諦めた時も、全部全部、私なりの愛の形だったんだから、それを私が認めてあげたいなぁと今朝の話の中でじんわりと感じました。

完璧で愛される私じゃなくても、私は好きな人を全力で愛したんだもん。

今日の私は、過去の自分を「愛したね」と肯定してあげられました。
「全力だったねぇ」と過去の自分に言ってあげたら、くすぐったいような、あったかい気持ちになりました。

なんか、うまく表現できないですし「しっちゃかめっちゃか」ですが、愛し方は様々だ!と思えるって暖かい気持ちになれますね。

そしてこれからの私は「助けさせる愛」を学んでいけたらいいなぁ~と思っています。
受け取る事を少しずつ、ちょびっとずつ、時にはぞわーーーっとしたりしながらも習得していきたいなぁ。

いやぁしかし、愛って面白いなぁ。

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