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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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あなたは「ダメな私の事」を好きですか?

忙しいモードのマミコですが 馬車馬モードになっていても、個人目標と呼ばれる数字の 達成に程遠いって、さっき笑ってましたですよね??

昨年暮れ頃、仕事の評価制度が変わるという急な発表・面談を受けて、もう思いっきりどよーんと落ち込んだ私ですが、発表通り今年から『新・個人評価制度』の導入で、細かい時間管理・数字目標が「自分でも見える化」されて、毎月自分が目標に対してどれだけ力不足か…というのを痛感するという苦行が導入されました。

システム導入前は最悪のシナリオをあれこれ想定し、「どうしよう?!」と落ち込む…という筋書きを用意してたっぷり妄想していたはずなのですが、

現実は…

しょーがないよね~。
頑張ってるけど達成できない「だけ」だもんね~。
ってか、達成率50%未満とか、どんだけ私は期待されてるの?!目標設定、マジdeヤバメ~。
目標、チョモランマじゃね?

というような感じで、おまみの中の「インナーギャル」がしょうがないよねぇ、と言ってくれています。

こう思えるのも面談時に「目標は期待値でもあり達成が難しいもの」と教えてもらえたこともあって、その数字や指標が『目標』だと自分の中で思えたことが大きいものでした。

どうしても私たちは、自分に対してはとても厳しくしてしまいがちです。

私もついつい「大好物・得意技の自分責め」を発動したくなり、やれたことよりもやれなかったことへの「申し訳なさ」「不甲斐なさ」について、自分を叱咤してしまう傾向があります。
バリバリに自立してハードワーカーだった頃もあるのですが(ハードワーカー過ぎて腎臓を痛めてしまい、強制ストップがかかりました)、長年身に付けてきた

分かりやすく「成果」が出なければダメなんだ

という思い込みに支配されて、達成できなかったという「結果」だけを元に自分の事をダメ認定しようとしてしまいます。

確かに、結果は大事なものですし、達成できなかった自分に対して「次は達成できるように頑張ろうね!」という事は大事な事です。

達成できなかったことに対して社会が評価する…のは様々な組織の中で仕方のない事ですが、どんな評価を下す周りの人達よりも自分の事を厳しくジャッジしているのは、他でもない自分なんですよね。

そして、もしも達成できていたとしても「それを達成するまでの道筋は正しかっただろうか?」などと、意地悪で否定的な目をして自分の粗探しをし、ダメな自分を見つけて厳しくしようとしてしまいます。

私たちは誰しもが不完全で、足りていない所や欠けているところがあります。
それ以上に突出した魅力もありますが、やはり「足りていない」「ダメな所」はどうしたって目に付きますし、自分苛めにはもってこいなので、そのダメなところにフォーカスしがちです。

確かに「ダメ」で「足りていない」部分に対して嫌な気持ちになったり、チクッと胸が痛くなる事はありますが、

出来なかった自分に「ダメ出しをし続ける自分」の事を緩めてあげるのは、自分のために取っても大事な事。

私は自分を責めちゃうことがあるし、それはより良くなりたいからなんだよね。
でも、せめ『続ける』必要はないし、意地悪に自分の粗探しをするのはやめよう。

と、自分を責め続ける・ダメ出しし続けることを「やめよう」と決めることが出来るのも、あなたにしかできないことです。

・今月も頑張ったけれど、目標を達成できなかったな
 ⇒ ダメ出しを続けて、自分を虐めて凹んでしまう

・今月も目標を達成できなかったのは悲しいけれど、●●を頑張った事を私は知ってるよ
 ⇒ ダメなところも受け入れつつ、自分だけが知っている「努力したこと」を認めてあげる

どこかダメだと思ったのか?
どこを改善したいのか?
なぜ自分はこの問題に対して「ダメだ」と思っているんだろう??

出来なかった・情けなかった・達成できなかったことに対して、自分がどう感じたのか?という事を受け入れつつ、同時に「ダメ出しし続ける」のをやめるために、

出来なかったこともあるし(真摯にそれは受け止めるし)、
出来た事もあるんじゃないのかな?

という視点で自分を見てあげる事をしてみませんか??

ダメを探したら、ダメの数と同じ「何かしら頑張ったこと」「何かしら良かれと思ってやったこと」を自分が分かってあげましょう。

目に見える指標には届かなかったり、不器用だったり、確かに「ダメだなぁ」と情けなく思うような力不足さに泣けることだってあります。
でもね、ダメばっかりではないはずです。

不器用な私が「頑張ったこと」や、ダメ出ししちゃうくらい自分を追い込んでいる = 向上心がある私の事を、抱きしめてあげてもいいはずです。
器用じゃない、ダメな私の努力や奮闘の姿を、他の誰かが見てくれていなくても・評価してくれなくても、ずっと見ていて分かっているのは

他でもないあなた自身ですから。

誰だって「ダメな私」の事を好きだとは言えません。
誰だって「素敵な私」の事を好きです。

でも、素敵もダメもある「いびつな形」なのがあなたです。もちろん、私も同じです。

そんな自分の事を「ダメな私の事を時に嫌っちゃうけれど、それでも私は私を好きでいてあげたい」と自分に笑いかけてあげられたらいいですね。

ダメな私も私。
素敵な私も私。
どちらの私も「かけがえのない大切な私」。

どうか、自分に対するダメ出しをほんの少しだけ緩めてあげられますように。