【ココロノマルシェ】嫌われたらどうしよう、私はどう評判されてるのか、周りにどう思われてるのかすごく気にしてしまいます。
今日は久しぶりに Mandy美千代 が登場!
いつもは「ぶんぶん」と揺れる首に意識が向くので、顔周りばかりに目が行きますが、お尻側から美千代を見ると、なんともふっくら&のっぺり(← 矛盾)していて後ろ側もかわいい事を発見!
普段意識して見ていない部分にも、隠れた魅力はあるんだなー、と美千代から教えてもらった2019年の秋の入り口です。
今日はサクッと前置きを終えて本題にうつるという斬新(?)な試みに鮮やかに挑戦し(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。
女性の多い職場で仕事してます。
派遣なので色々な現場に行かされて仕事してます、そのため色々な人と関わる事が多いです。
そうすると、にゃおさんはミスが多いとか、余計な仕事してるとか、陰で悪口を言ってる人もいるみたいで、人づてに言われる事があります。
すごくショックで落ち込みますよね。
その反対に私の事を気に入ってくれる人もいますが、でも嫌われたらどうしようとか、私は本当はどう評判されてるのかとか、周りにどう思われてるのかすごく気にしてしまいます。
余計な一言を言って後で後悔してしまう事もあります。
こんな事ばかり考えてると、心が疲れしまいます。
何か前向きに考えられるアドバイスがありましたらよろしくお願いします。
相談者:にゃおさん
にゃおさん、こんにちは。
私は周りからどう思われているのだろうか??と人の目が気になる気持ち、つい数か月前まで私もどっぷりと「他人を意識してしまう沼」に浸かっていたので、にゃおさんの感じる気持ち、分かるーー!と赤ベコりながら読ませていただきました。
人がどう思うかなんて気にしなくてもいいのにー
と言われたところで、気になっちゃうものは気になるんですよね。
別に「ものすごく好かれたい」訳ではなく【嫌われたくない】という思いが私は強かったのですが、にゃおさんはどうでしょうか??
> にゃおさんはミスが多いとか、余計な仕事してるとか、陰で悪口を言ってる人もいるみたいで、人づてに言われる事があります。
> すごくショックで落ち込みますよね。
うんうん。悪口を聞いてしまったら「イエーイ」なんてとっても思えませんし、落ち込んじゃいますよね。
誰だって陰口・悪口を聞いていい気持ちにはなせませんから、ショックだった自分に「そりゃぁ、ショックだよー。ミスがあるのだとしたら改善はすべきだけれど、そんなに言われなくてもいいのになぁ。あーーん、悲しいよー。」と自分の気持ちを素直に感じてあげて、泣いている自分がいれば「悪口を言われちゃうダメな私!」と自分を追い込んで苛めるのではなく、辛かったね、悲しいね…と一緒に泣いてあげてくださいね。
にゃおさんの事を悪く言う人がいたという「嬉しくない情報」が耳に入ってきた時、にゃおさんはご自分の事をどんな風に評価しましたか??
・頑張ってるのに伝わらなくて、傷付いちゃったな。
・ミスが多いって思われていてショックだな。
・色んな考え方の人がいるけれど、悪口言われちゃうなんて悲しいな。
こんな風にただただ「辛かったな」「悲しいな」と自分の気持ちを感じて寄り添う事だけであればいいのですが、ミスをした事を悪く言われたり陰口をされていると知った事で
・やっぱり私は上手く出来ないからダメなんだ
・悪口を言われる私は今のままでいいはずがない
・なんでミスをしてしまうんだろう?自分が情けない
こんな風に「周りの人が勝手に評価した」出来事を理由に、自分を責めてしまっていたとしたら、それはとっても自分を苦しめる事になります。
悪口を言われて傷付くのは当たり前の事。
悪口を言われたから自分を嫌いになるのは、自分を否定して傷付けてしまう自分イジメをしている事。
だから、悲しいな・嫌だな、と感じることは否定しないで欲しいのですが、それで自分の価値や魅力、存在を「ダメなんだ」と思ってしまう事はして欲しくないな…と願っています。
突然ですがにゃおさん【2:6:2の法則】ってご存知ですか?
社会や集団・組織というグループの中では
・2割の人 … あなたの事を好き
・6割の人 … どちらでもない
・2割の人 … あなたを嫌い
な人に分かれるという現象が起きるそうです。
そして、あなたの事を嫌い!という2割の人を排除して残った8割の人だけで集団を形成しても、また同じように2割・6割・2割に分かれる…ので
どんなに全員に好かれようと思っても、2割の人は良く思わないという現実がある、という法則です。
そして、なるほど…と私が思ったのはこの法則を受けて発言した「松下幸之助さん」(パナソニックの創業者)この台詞です。
殆どの人は、あなたが嫌いな2割の人を意識しすぎている。
それによって、自分らしさが出せていない人が、あまりにも多すぎる。
誰だって嫌われたい!とは思っていませんから、自分の事を嫌いな人や悪口を言われたら気になります。
けれど、自分を愛してくれている人や普通に感じて接してくれている8割の人よりも、自分を苛める2割の人を意識しすぎて自分を押し殺してしまったり、自分を否定してしまっているうちに、だんだんと【他人軸】の生き方をして顔色を伺った生き方をするようになってしまいます。
私も「豆腐メンタル」と胸を張れるくらい、メンタル弱子だったので(今でもメンタルはそんなに強くありません)人から「良く思われたい」という承認欲求は強い方だと思いますが、どんなに自分が【いい人】であっても、2割は絶対に自分の事を良く思っていないのですから、その人を意識して自分を苛めていても楽しくないし、もっと楽に生きたい!と思ってから、少しずつ意識を変えるように努力しました。
今までずっと他人軸で生きてきて、他人の評価に一喜一憂していたのだから、いきなり【自分軸】を強固にすることは出来ないけれど、少しずつ自分の事を認めて受け入れて、反省する時間を少なくしてあげたいな…と。
> 余計な一言を言って後で後悔してしまう事もあります。
あぁぁぁぁぁぁぁぁ。
私もコレ、良くやりました。
とっても楽しみにしていたはずの時間なのに、帰ってくると「はしゃぎすぎて余計な事をしなかっただろうか?」「私は誰かの地雷を踏んでいないだろうか?」「あの一言はどう捉えられたのだろうか?」「私はちゃんとしていただろうか?」と、翌日はずーっと後悔して、気分はどん底…というのは日常茶飯事でした。
この気持ちを楽にしたくて、私は震えて泣いている自分に優しく声をかけるようにする事を意識しました。
今日も反省会してるんだね…
こうやって誰かを傷付けなかったか指差し確認して自分を責める私は、本当に「周りの人」が大好きな優しい人だっていう証拠だね。
もう充分に反省したよね??じゃぁ、もう涙は拭こうね。
大丈夫、人間心配ごとの9割は起きないって言うから、あなたが悩んでいる事は取り越し苦労だよ。
お疲れ様、あったかいお茶を一緒に飲もうね。
え???不安。そっかー。しょうがないよね、じゃぁハグしようね。大丈夫、大丈夫。
こんな風に、不安な私に「大丈夫」とおまじないのように声をかけてあげて、一人ぼっちで泣いている心に寄り添い続け、そして実際に自分の腕で自分をギューッと包み込んであげて、トントンと背を優しく叩いて慰め続けました。
もちろん、こんな弱い私を手放したくて色々と奮闘した時期もありますが、
しょうがないんです。これが私だから。
自分を苛めちゃうくらい自信がなくて、自分が不安になっちゃうのが「今の私」だから。
だから、落ち込んでいる自分を無理に立て直すのではなく「どんまい!私」「大丈夫だよ、側にいるよ」とただただ優しく寄り添う事を続けました。
そして、どんな自分にも「よしよし」と寄り添い味方でいてあげることは、ダメな自分を受け入れる作業でもあり、私は同時に始めた【自己肯定感をあげる運動】と合わせて、自分を大事にする事をし続けた結果、いつの間にか反省しても
まぁ、しょうがないよねー。
と、気落ちはしてもその場からすぐに立ち直る事が出来るようになりました。
> 私の事を気に入ってくれる人もいますが、でも嫌われたらどうしようとか、私は本当はどう評判されてるのかとか、周りにどう思われてるのかすごく気にしてしまいます。
この気持ちも「嫌われたくない私」がいるから当然生まれる気持ちです。
そして、度が過ぎる事でにゃおさんの事を苦しめてしまってはいるけれど、大好きな人に嫌われたくないと思うからこそ、人を思いやった発言が出来たり、周りの人を大切に扱えるのですから、決してこれが悪いとは思わずに
嫌われるのは怖いから、臆病になっちゃうよね。
でも、こんなに繊細に考えている私は、人の痛みを知っているからこそ、誰かを傷付けることはしないから、安心してね。
と、自分の心に手を当てて、優しく自分に届けてあげて欲しいな、と思っています。
そして、嫌われたらどうしよう、本当はダメな私じゃないか…と思っている心の奥には「私はダメで嫌われる存在」と自分の事を自分で否定しているにゃおさんがいるのだろうと思うんです。
だから悪口を言われてしまう自分を作り出しますし、人の前で伸び伸びと振舞ったら嫌われる…と反省会を繰り広げて自分を苛めてしまうんですよね。
私もそうでしたが、人がどう私を見ているのだろうか?と怯えていましたが、本当のところは
自分が自分をどう見ているのか?
自分がどう捉えて自分を苛めているのか?
という事なんだ、という事に気がつきました。
人がどう言おうが、私がそれを受け入れなければ傷付いたりなどしないのに、私は周りの人がいう評価を自分で勝手に採用して、自分を苛め続けているんだ、と。
人が「にゃおさんはミスが多い」と言っていたというのは、単なる「ミス」の指摘でしかないのですが
私はミスが多いから「ダメなんだ」と自己否定していれば、それは自分を傷付ける言葉になります。
その逆で、自分を否定せずにその言葉を受け取るとしたら「ミスが多いって思われてるのかー。あちゃー。気を付けよーっと」と単なる意見でしかありません。
こう思ってしまう背景には、過去に上手く出来ずにとても傷付いた経験があったり、いじめを体験したことがあったり、人前でとても恥ずかしい思いをしてしまった…など、とても辛かったり思い出したくない過去があったりしたからかもしれません。
または、あなたの話はつまらないと言われてしまったり、あなたは役に立たない!などと言われ続けて委縮してしまったからかもしれません。
原因はきっとあちこちに散らばっている「小さな体験」なのだと思うけれど、それでにゃおさんは「自分にある価値」を抑え込んで周りの人の意見を優先して合わせて生きる事で【良い人】を生きてきたんだと思うんです。
> こんな事ばかり考えてると、心が疲れしまいます。
自分を押し殺して人の目や評価を気にしてビクビクしていては、疲れてしまうのは当然ですよね。
今までずっと、自分を我慢させてきたのですから、これからはそれを緩めて「自分で自分を認めて」「私はちゃんと価値がある」と自分の自尊感情を満たす作業をしてあげませんか?
そのためにも、自分には出来ない事がある事を受け入れ、完璧にはできない自分にダメ出しをする事をやめることを意識して欲しいな、と思います。
私もついつい人の目を気にして「こんな事したけどあの人はどう思っているだろう?」と答えの出ない悩みでがんじがらめになる事は良くありましたが
そんな時に意識したのが
私は私。人は人。
相手のために良かれと思ってやっても、相手がどう捉えるかは相手次第!
相手の心なんて聞かないと分からないんだから、もう考えるの、やめやめーーー!!
と不安になった自分に対して、実際に声に出していってあげる事や、思考でグルグルし始めたら、何か別の作業を意識的にする事で、考えてもどうにもならない事を考えないようにする作戦を繰り返しました。
そして、この「自分を苛める行動」にニックネームをつけて、自分を客観的に茶化すという事も効果的でした。
過去にも記事にした事がありますが、自分を否定するクセや思考に「ニャニャニャ」というニックネームをつけました。
そして、グルグルと思考し出したら、意識して俯瞰でその状況を見る事をして、自分に話しかけました。
マミちゃん、またニャニャニャしてるよー
ほんと、ニャニャニャが好きだよねー
でもさぁ、ニャニャニャしてるのってしんどくない???これって自分をいじめてるんだよー。
さぁ、ニャニャニャしても何も始まらないし、相手の気持ちは分からないから辞めようね!
っていうか、こんなにニャニャニャして、ホント好きだよねー。っていうかまぼろしぃ~(← 最後はIKKOさんご降臨)
というように、自分を茶化しながら「自分苛めはしなくていいよ」と繰り返し教え続けました。
するとだんだんと、自分が思考の罠にはまりだすタイミングで「あれ?」と立ち止まることが出来るようになり、考えすぎて自分を苦しめる事を緩めることが出来るようになりました。
▼ニックネームと自尊感情を高めるための事を書いたお悩み相談の記事
そして、あちこちで同じような事を書いていますが、にゃおさんが「今の自分でOKでーす♡」と自分で自分を承認出来るようになると、人の顔色や意見、あの人がどう思うか??という不安から楽になることが出来るようになります。
人からの視線を気にして成長しようとすると、一つ成長できた!と思っても、自分ではどうにもできない他人の目が基準のため、いつまでたっても課題ばかりで自分がどんどん疲弊していきます。
だから、人の目を気にして成長するよりも、自分がミスをしたりダメなところがあったとしても本当は尊い存在である事を受け入れて、自分を受容し「自己肯定感を高めてあげる」作業の中で自分を愛する事が、自分を緩めて楽にする方法です。
そして、自分を愛せるようになると、私たちは投影というものを使って世界を見るので、周りの人からも愛されますし、周りからもちゃんと「価値のある愛すべき人」と評価されるようになります!!
自己肯定というのは、ダメな私もまるごと受け入れてあげる事です。
くよくよ悩む私も、しょうがないんです。
反省会しちゃう、思考ばっかりのクセがある「今の私」も精一杯の証なんです。
だからこそ、ダメで疲れちゃっている私に優しくしてあげて、泣いていたらそれに優しく寄り添い、一番の味方になってあげて欲しいな、と願っています。
私も同じような生き方をしてきましたが、自分の味方になり、自分を一番大切な存在として扱い、自己否定を極力せずに自分に優しくする事を続けていたら、少しずつ自己肯定出来るようになり、今では
周りの目も気にはなるし落ち込むこともあるけれど、
あっという間に浮上出来るようになったし、落ち込みすぎなくなれた!
と笑っていられます。
そして、自分を大事に尊く扱っていたら、周りの人も同じように私を受け入れ・愛してくれるようになり、私の住む世界は優しいものになりました。
生き辛いな…疲れちゃうな…と感じるくらい、周りの人を気遣ってがんばってきたにゃおさんですもの。
これからはその気遣いをほんの少しずつでいいので自分に向けてあげて、人の目を気にするよりも自分で自分を愛してあげて、緩やかに自分を解放する事が出来ますように。
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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡
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ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。