【ココロノマルシェ】私、やっぱりまだ、自分が幸せになっちゃいけないと思ってるみたいです。
仁くんは「ロングコートチワワ」という被毛が伸びるタイプのチワワ。
夏は暑さ対策のために短くサマーカットしますが、別に冬は短くしなくてもいいのですが…
背骨に沿って硬い毛しか生えず、伸びない
という「面白さ」を兼ね備えているため、伸びるとホヨホヨしてしまうことと、お家での爪切りが「この世の終わり」という叫び声をあげるため、素人の私では怖すぎて出来ない事、お尻をキュッと絞ってもらう(私が下手なもので…)もあり、定期的にトリミングサロンでカットと美容(爪切り・お尻キュッ!)をしてもらっています。
長毛種の女の子のトリミングでは、飾りのリボンを耳に着けてもらえるようなのですが、短毛種や男の子はリードにかわいいリボンや飾りをつけてもらうようで、毎月かわいいリボンを貰うのですが、今月はハロウィンの飾り!!
小さいのですが、おばけ・こうもり・ジャック オ ランタン・お菓子…とハロウィンがギュッと詰まっていてとってもかわいい♡
いよいよ明日はハロウィンなんですよね~。
といってもお仕事もあるし、大した事も予定していないけれど、週末に「アフターハロウィン」して、ささやかなホームパーティー(参加者は私・イケメンギンちゃん・かわいい代表の仁くん)をしちゃおうかな??
今日は季節の情報と仁くんのトリミングの話をした後で(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。
先日はお恨み帳の質問にお答えいただき本当にありがとうございました。
お二人の回答、泣きながら読ませていただきました。
えつこさんの、武闘派だからって戦わなくて良いと言ってくださった言葉
まみこさんの、うーんと甘えたかったんですよねと寄り添ってくださった言葉
染みました。何回読んでも泣けます。
で、アドバイスも参考にしながら、泣きながらお恨み帳と三日間ほど向き合ってみたところ、出ました出ました。
見事なくらいでっかいウン…罪悪感さんが!!!
かれこれ2年ほど自分と向き合って、自分ではかなり自己肯定感も自己価値も上がってきて、ずいぶん自分を許すのもできるようになってきたなと思っていたので、がっかり感も半端ないのと、ちょっと思ってたのより巨大すぎて、
そんな自分でも良いよ!って言ってあげられない自分がいます。
私、やっぱりまだ、自分が幸せになっちゃいけないと思ってるみたいです。
自分に都合の良い解釈を繰り返して、問題から逃げて、誰かのせいにして、そうしていろんな人を傷つけてきた毒のような私は、幸せになっちゃいけないと。
これを言うのも、そんなことないよって言ってほしいからなのかなっても思ってしまい、それも気持ち悪くてとても醜く感じるのです。
掘りたくて掘ったくせに
掘っちゃいけない穴を掘ってしまった気分でいます。
こんな私でも良いよ!って思うにはどうしたら良いのでしょうか??
言ってあげたいのに、すごい抵抗です泣
ラスボス自分だったかもです泣
もういい加減、自分と仲直りしたいです。
相談者:onihimeさん
onihimeさん、こんにちは。
お悩みを寄せていただいた後で、お恨み帳と向き合って怒りを感じることができたんですね!!
押さえて感じないようにしていた分だけ、きっととーーっても大きな『罪悪感』を掘り当ててしまったのだろうと思います。
> 見事なくらいでっかいウン…罪悪感さんが!!!
掘っちゃいましたか…
見つけてしまいましたか…
でもね、掘り当ててたことを「どうしよう」と感じたとしても、掘ったという事はきっと『罪悪感があることに気付いて!』と心のずーっと奥の奥が、掘り起こすようにonihimeさんを動かしたんだと思うんです。
だから、抱える・向き合うのが重すぎるものだったのはいったん横に置いて
見つけた事、分かったことは凄い発見だったね!
と、一旦「お恨み帳」に向き合い、自分の感情をほぐして戦った自分を激励してあげてくださいね。
> 私、やっぱりまだ、自分が幸せになっちゃいけないと思ってるみたいです。
そうですよね…
自分でも【ちょっと思ってたのより巨大すぎる罪悪感】だと思うものですから、簡単に自分を許せるような罪状で牢屋に自分を閉じ込めているのではないはずです。
でもね…
onihimeさんはとってもすごい気付きがあったと思うんです。
私は今、自分が幸せになることを許可できていないんだ!
私は自分を自分で牢屋に閉じ込めて、一生懸命罰を受け、償っているんだ!
という事に「気が付けた」という事は、本当に大きな収穫ではないでしょうか??
罪悪感とは『自分が幸せになることを禁止する』感情です。
そしてそれは無意識の内に自分を罰し、幸せにならない道を選ばせているものですから
自分が選んでいるんだ
と分かるというのは、自分を傷つけるような出来事・不幸を選ぼうとしている時に「あぁ、罪悪感があるからそうなんだよね」と、問題を深刻にし過ぎるのを防いでくれるようになりますし、罪悪感を少しずつ癒す作業をすれば、そこからも抜け出すことが早くなります。
onihimeさんの罪悪感、onihimeさんに「幸せになることを禁じる」罪の罪状は何でしょうか??
以前のお悩みの中で「お母さんとの癒着」という事を話していただきましたが、
お母さんを助けたかったのでしょうか?
お母さんを笑顔にしたかったのに出来なかったからでしょうか?
お母さんに愛を届けたかったのに受け取ってもらえなかったのでしょうか?
お母さんにこっちを向いて欲しいがゆえに、悪い子になって興味を引こうとしてお母さんを傷つけた事を後悔しているのでしょうか?
お母さんとケンカして、酷い言葉を吐いてしまったのでしょうか?
これらの「癒着」の背景にあるものは、全部【愛している】が故の後悔ではないでしょうか?
大好きな人、大切な人、助けたい人、守りたい人、つまりそれは「愛する人」に対して自分が『不十分である』と思った時に、私たちは罪悪感を持ちます。
愛しているからこそ、大切だからこそ、足りていない自分を攻撃するために罪悪感を使って自分を攻撃します。
onihimeさんがここまで大きく抱えてしまった罪の罪状を見つけ、その奥にある大きな愛を見てあげる事、そして「不十分だった自分」「上手くやれなかった自分」「助けられなかった力のなかった自分」「愛するがゆえに傷つけてしまった自分」を許すことをしていきましょう。
罪悪感の奥には、大きな愛があるんですから。
私も自分が幸せになることを禁じ、自分が不幸になるように自分を罪悪感で監視し、光の入らない独居房に自分を投獄し、責め続け、地下牢につなぎ続けていました。
もしもよければ、私の罪悪感についての記事をご紹介しますので気が向いたら読んでみてください。
私の罪の罪状はいくつもありましたが、中でもとりわけ大きいものの一つは【神様への反逆罪】でした。
私は母の信仰していた宗教を信じることが出来ず、信じた振りをしてたくさんの人を欺き母を裏切り、神様に中指を立てて背を向けました。
この罪というのは「大罪」であり、決して許されるものではありません。
だって、神様に背いた訳ですから。
そしてこの大きな罪を背負うことになったのは【大好きな両親・妹に神の裁きが下されないように】という愛する人を守りたいという大きな愛だということに気付きました。
私は、家族の笑顔を守りたかったんです。
私は、大好きなみんなを助け幸せであって欲しかったんです。
だからこそ、自分の罪を背負い償い続け、私は汚れている存在ですから罰してもらわなくてはいけませんし、私が幸せになんてなってはいけない…と泣き続けても尚、罪を償い続けていたんです。
onihimeさんが「幸せになってはいけない」と感じている罪があるのであれば、その奥にある「不十分だった要素」「傷付けてしまったと思う意味」を時間をかけて見つけてあげませんか?
見つけるときは自分を攻撃する見方をするのではなく、なぜ不十分だと感じるのだろう?なぜ私はあの人を傷つける言葉を発したのだろう?と問いかけるようにして探してあげましょうね。
> 自分に都合の良い解釈を繰り返して、問題から逃げて、誰かのせいにして、そうしていろんな人を傷つけてきた毒のような私は、幸せになっちゃいけないと。
自分を毒だと思っているonihimeさんは、誰をそんなに傷つけてきたのでしょうか?
なぜそんなに傷つけなくてはいけない位、その人に向き合いたかったのでしょうか?
誰かのせいにしないといけない位に重たい荷物を背負うのは、何を守りたかったのでしょうか?何を愛していたのでしょうか??
誰かのせいにした、ということは「誰かに助けてもらった」「罪を代わってもらった」という事なのかもしれません。
だとしたらその人はonihimeさんを「助ける事が出来た」という愛を届けることができたんです。
考え方によっては『onihimeさんが助けさせてあげた』のではないでしょうか??
誰かの役に立てない時に罪悪感を感じるのですから、周りの人に罪悪感を持たせない役目を買って出てあげた!と自分に言ってあげるのはダメでしょうか??
といっても、自分が大きな罪を持っていて汚れていると感じているのですから、そんな風に考える事すら「自分に都合がいい」と許せませんよね…
でもね、onihimeさんが誰かの役に立って誰かを幸せにしたり笑顔にしたかったりするように、周りの人もonihimeさんの役に立ちたくて、笑顔を見たくて、ダメな所を手助けしたいんですよ。
それがきっと「愛の循環」だと思うんです。
って言いながらも『自立』している時は、助けてもらう事に罪の意識を持ちます。
自分がやらなくてはいけないことを人にやってもらうなんて迷惑だ!私はダメだ!!と自分を叱責して孤立させようとしちゃいますものね。
onihimeさん、今まで傷つけてきてしまった人への罪の意識がたくさんありますよね??
では、その人たちにこれから「どんな感謝の贈り物」をしていきたいと思うでしょうか?
ごめんね。私はその時まだ未熟で、あなたを傷つけてしまったね。
その傷はどうですか?まだ痛みますか??
あなたの事を傷つけてしまったけれど、私はあなたの事を大好きだから、今でもとても後悔しています。
未熟で力のなかった、不器用だった私の事を許してください。
一人一人を思い浮かべて、心の中で許しの祈りを捧げてみませんか??
そして、涙と共に祈りを捧げたら、その罪を許してもらいましょう。
私たち人間は、不完全を許されてこの地球に命を受けました。
誰一人として完全な人はおらず、私たちはどんなに細心の注意を払っていても、誰かを傷つけてしまう事があります。
そこに悪意があってもなくても、間違う事は幾度もあります。
自分の罪を許してもらうように、これから人の罪にも優しく許しを与えられるonihimeさんであればいいいのではないでしょうか?
そして、この「罪の意識」をいうのは大なり小なり誰もが持つ感情であるがゆえに、いろいろな宗教に『罪の許しを乞う』場があるんです。
onihimeさんも聞かれたことはあると思いますが【懺悔】というものです。
あらゆる宗教の神様がなぜ『懺悔』を設けているのでしょうか?
それは、罪は許されてよい
としているからなんですよね。
確かに罪は償う事が求められますが、償い・悔い改めて「許されて生きていい」と愛をもって許しの制度があるんです。
> 掘りたくて掘ったくせに掘っちゃいけない穴を掘ってしまった気分でいます。
泣きながら自分と向き合い、自分を見つめ、苦しんで掘ったのですよね。
それくらい罪と向き合ったんです。
もう、許されていいのではないでしょうか??
世界中の誰よりも強く自分を監視し、自分を罰し、許さないのは、他でもない自分自身です。
onihimeさん、自分の罪を手放して、許されることを許可しませんか??
> かれこれ2年ほど自分と向き合って、自分ではかなり自己肯定感も自己価値も上がってきて、ずいぶん自分を許すのもできるようになってきたなと思っていた
2年もかけて自分と向き合う事を(見たくない事も、受け入れたくない事も、頑張りづける事も)してきたんです。
これからも自分を認めてあげて、許して行きませんか??
自己価値・自己肯定感を上げる作業は自分を許して愛してあげる優しい作業です。
自己肯定というのは「罪のある ”今” の私も肯定する事」です。
私は罪深く許されないと思っているんだよね。
今はその思いに苦しめられて、自分を許せないんだよね。
うんうん、そう思ってるのはしんどいよね。
でも、そうするしか今はできないんだよね。
少しずつ自分を許せそうかな?一緒に自分を許していこうね。大丈夫だからね。
そう言って、罪悪感を持っている自分、自分を責めてしまう自分、自分に都合のいい解釈をしているのではないか?と自分を嫌悪する自分をも「受け止めて」一緒に手を繋ぎ続ける事です。
いきなり「こんな私でもいいよ」っていうのはきっと抵抗があると思いますから、こんなに自分を責める自分がいるんだよね…と自分を責めている自分にヨシヨシと寄り添い続けてあげてください。
onihimeさん、少しイメージしてみませんか??
真っ暗でジメジメしている光の当たらない独居房に、囚人服を着てドロドロに疲れて泣いている女の子がいます。
やつれて目には光がなく、やせっぽっちで汚れていて震えています。
もう何年もその房で繋がれていて、もう十分に苦しみ抜いたにもかかわらず、許されないといって自分を責めている女の子に、onihimeさんはどんな言葉をかけてあげたいでしょうか?
あんたが悪いんだから自業自得よ!!
と蔑むような事をしたいでしょうか?
きっと、その子を優しく抱き「随分と辛かったよね。いっぱいゴメンナサイってしてきたのに、まだ許してもらえないんだね。」と汚れたその子の顔を拭いてあげて微笑んであげたいと思うのではないでしょうか??
oninimeさん、心の中の女の子をもう許してあげませんか?
もう、十分に罪を償ったし、償い足りなければ、これから少しずつお返ししながら自分も幸せになって行けばいいと言ってあげませんか??
onihimeさんの大好きなお友達が、うっかりonihimeさんのマグカップを割ってしまったら「いいよー。気にしないで。」と許してあげませんか?
それと同じなんです。
onihimeさんがonihimeさんの愛する人やお友達に接するように、自分に接してあげてください。
責め続けたりしませんよね?
許そうとしますし、許して忘れてあげますよね??
また、罪悪感というのは『罪がある』という状態だと心の奥が思い続けているのですから、その罪状を裁判で「無罪である!」と言ってもらって解放されるようにアファメーションで【無罪宣告】を潜在意識に届け続ける事も有効です。
私は十分にその罪を背負い、罪を償ってきました。
私は私を許します。
私はこの罪から自由になり、牢屋から出る事を許可します。
私はもう許されています。私はもう無罪です。
私は私を愛し慈しみ大切にします。
アファメーションは心に響かなくてもいいので、淡々と呟いてみてください。
継続するうちにゆっくりと心に置くに浸透していくものなので、すぐに楽にはなれないかもしれませんが「私は無罪です」という事を繰り返し呟いてみてください。
また、師匠である根本さんが『罪悪感』に関する本を出版されています。
罪悪感を癒すためのワークなども載っていますし、きっとonihimeさんの罪の意識を優しく治療してくれるお薬のような一冊になると思いますので、ご興味があればぜひ手に取ってみてください。
あまりに自分で罪の意識が強すぎて自分が潰されそうであれば、その罪状と罪の裏側にあるものをカウンセラーと一緒に解いていき、許されるための作業を一緒に進めるのも効果的です。
頑張り屋さんのonihimeさんだから、いっぱい抱えちゃって潰れちゃいそうな自分を必死に支えているんだと思うんですが、何でも一人で抱えなくていいんですよ。
傷をゆっくり手当てして直していくように、罪の意識も少しずつ手放していきましょう。
焦らなくてもいいんです。
その都度その都度、迷ったり悩んだりしたら、こちらに投稿していただいてもいいですし、私のブログでもお悩み相談をしていますので、お気軽に「今の自分の気持ちを吐露する場所」として使って下さいね。
罪悪感を持っていると気付けたことは、でもとっても素敵な発見だと思っていますから、それをゆっくり許すためのアプローチを見つけていきましょうね。
今日はちょっといい匂いの入浴剤や暖かいお茶で自分の心を温めてあげてください。
onihimeさん、気持ちを聞かせてくれてありがとうございました。
心を込めて。
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。