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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】何も感じないように生きてきました。今は、何かを感じようとしたり感じたりした時、とても苦しくなることに困っています。

ホカホカで気持ちい日差しですし ベッドメイキングせずに、このまま包まれていたいですよ

こんにちは。
あなたの心の痛みや悲しみの傷に優しく絆創膏を貼る「心の保健室」を目指しているマミコです。

私の毎朝は「おっはよんぬぅーー」と元気に挨拶してベッドから出た後、ギンちゃんや仁くんのおトイレ掃除・お水を取り替えて、自分の寝ているベッドを整えるというルーティーン。

今日も元気にかけ布団を蹴飛ばすようにして起きてこまごまとした作業をしていたら、その間にギンちゃんがめくれあがったお布団の間に入り込んでヌクヌクしていました。かわいい!!

寛いでいるのでしばらくそのままにしておきましたが、30分くらいの地にギンちゃんに交渉させてもらい、しぶしぶベッドから降りてもらってベッドメイキング出来ました。

寒くなってくるとお布団から抜け出すのって朝イチの試練ですよね~。お布団に包まれるって幸せだなぁという個人的な話をした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

数年前に鬱になったことをきっかけに心理学に興味を持ち、それまで何も感じないように生きてきたことに気付きました。それはそれでよかったのですが、今は、何かを感じようとしたり、意図せず何かを感じたりした時、とても苦しくなることに困っています。胸が痛くなる。自分の右手が左の手に触れている感覚ですら寒気がする。

フラッシュバックで苦しくなるのは理解出来るのですが、お風呂に浸かって気持ちいいなとか、見晴らしのいい場所でぼーっとするとか、「快」の感情であっても苦しくなります。なので入浴もシャワーで済ませてますし、常にてきとーな所に意識を向けている(思考している)必要があります。じゃないと不安や過呼吸に襲われることが多いです。

無意識になると、なんだかよくわからなくなるんです。↑の不安とは別の感覚。この感覚がわかる人って多くないと思うし、誰かに伝えたところで理解しようとしてくれる人っているのかな?と思ってしまいます。

ここまでの自分の文章を読んで「それって、目の前のことに向き合ってないからなんじゃないの?」と思ったのですが、それが怖いから、それが苦しいから出来ないの。それが出来たら苦労しないよって話です。

もう、辛い思いはしたくないと心から思っています。ただ、これ以上の辛さはないと思っていても、それを上回ることがあることも知っています。

困っていることは確かなのですが、だからといってどうしたいか?は出てこないです。自分を守るために思考停止させてるのでしょうか?それとも、選択肢が見つからなくて行き詰まっているのでしょうか?

ああ、わかった。楽して幸せを手に入れてはいけないと思ってたみたいです。今からそれを許可します。
苦痛を味わうことなく感情や感覚を存分に感じられるようになる方法はありませんか?
ご相談:りんごさん

りんごさん、こんにちは。
数年前とはいえ、うつ病を乗り越えられるまでには様々なご苦労・困難があった事と思います。今はうつの状態は落ち着かれているのでしょうか?

> 数年前に鬱になったことをきっかけに心理学に興味を持ち、それまで何も感じないように生きてきたことに気付きました。

りんごさんが心理学の学びを深めるうちに、大きな気付きがあったんですね!
自分のことってなかなか分からないものですから、自分が感情を切って感じないようにして生きてきたんじゃないのか?と「気付く」というのは、それだけ自分を見つめてあげたから出てきた答えなのだと思います。

今まで何も感じないように「してきた」んですものね。
本来、私たちは考えることに加えて感じる事ができる生き物ですが、自分の意思で「感じたくない」と感情を切ってしまう事があります。

りんごさんが「感じない」ように生きてきたのはいつ頃からなのでしょうか?
ご相談を読ませていただいて、感じる事全般が苦しい…と身体的症状まで出ているようなので、きっとご自身で記憶していないくらい小さな時から、感じることを封じ込めてきたのかもしれませんよね。

> 今は、何かを感じようとしたり、意図せず何かを感じたりした時、とても苦しくなることに困っています。胸が痛くなる。自分の右手が左の手に触れている感覚ですら寒気がする。

感じるという事を禁止しなくてはいけないくらい、何か辛い事があったのかもしれませんし、大人になった今では「そんなこと?!」と思うような事でも、子供にとってはすごく傷付く体験だったり、同級生から仲間外れにされたり理不尽な体験で傷ついてしまったり、周りの大人が感情的になっているのを見て不快感を感じれば「感じるっていけない事・しんどいからやめた方がいい事」だと、りんごさんの中で感じることを「NG」として決めてしまいます。

りんごさんの心の中の「憲法」の中に、感じてはいけない!と書き込んでしまい、それを守ることを自分に課してしまうんです。

> フラッシュバックで苦しくなるのは理解出来るのですが、お風呂に浸かって気持ちいいなとか、見晴らしのいい場所でぼーっとするとか、「快」の感情であっても苦しくなります。

先ほど少し「考えること」「感じること」は私たちに備わっていると書きましたが、感じるというと「心」が反応しているように思いますが、実は感情というのは「脳」で作り出されているものです。
脳の中にある偏桃体という神経細胞が集まった部分で、私たちが見たり聞いたりしたことが「好ましいのか・大丈夫なのか」といった物事を評価する際に感情を作り出すと言われています。

生きていくうえで熱く燃えている火に触ると暑くて痛いから「怖い」と脳が感情を作り出すことでケガをすることを避けることが出来ますが、私たちは生きる(生存する)ために重要だからこそ「感情を勝手に感じてしまう」ように出来ています。

感じるというのは勝手に湧き上がってしまうものなのですが、りんごさんは「何も感じないように生きてきた」と言われているのですから、よほど意識して感情を抑え込むことをしたのだと思います。
繰り返し、繰り返し、感じることを否定して抑えてきた結果、うっすらとした感情(嫌だなぁ、楽しいかも、ムカッとする、胸が苦しい)というものはあったとしても、感情的になる自分は想像がつかないですし、そもそも感じるって何だろう?と感じてこなかったからこそ「よく分からない」という状態になっているのだろうと思います。

今まで体験したことのない事を体験するって、怖い事です。
慣れていないから加減も分かりません。

感じてこなかったから、これからは感じることをしよう!と向き合ってみたものの、今まで体験したことのない気持ちを味わうのですもの、不思議さや不快感が伴うのはおかしなことではないですよね。

例えば「昆虫」を食べる文化圏の人たちが、とても美味しそうに虫を食べているテレビ映像などがありますが、食べた事のない私はやっぱり見た目にも「うわぁ」と苦手な物ゆえに、拒否反応もありますし挑戦しても嫌な気持ちだったり苦しさを味わうと思います。
食べ慣れるまでに、きっと相当の時間が必要になるはずです。

感じてこなかったりんごさんが、気持ちを感じるのもこれと似ていると思うんです。
ましてや「感じたくない」「感じてはいけない」と自分で感情にフタをして生きてきたのであれば、掟を破るわけですからおっかなびっくりですしダメな事をしているような気持ちも湧き上がるかもしれません。

「快」「不快」もどちらも同じ感情です。
ですから、感じることに慣れていないならば、本来楽しいと思うような感情であっても「なんだか嫌な気持ち」として体が反応してしまいます。
頭(思考や考え)では「それはいい事なんだよ!」といくら言ったとしても、不快感は感じるもの(勝手に湧き上がるもの)なのでしょうがないんですものね。

また、過去にこれらの「快と感じる事柄」を自分に与えることをヨシとしてこなかったのであれば、良い事を自分に与えてあげようとして積極的に「喜べる事」に向き合っても、うわー居心地悪い!!と逃げたくなってしまいます。

お風呂で心地よさを感じようとしたり、見晴らしのいい場所で緩めることをしてみたり、自分に「素敵な感情」をプレゼントしようと頑張ったんですよね。
りんごさんはとっても素敵な努力をされたんです。
ただ「今」のりんごさんには、それが受け取れなかっただけで、嫌だなぁと感じてしまっただけのこと。
是非、りんごさんの「今の状態」を否定ではなく肯定してあげて欲しいと思います。

不快だなぁ、怖いなぁ、気持ち悪いなぁって思っちゃったんだよね。
しんどかったね。でもそれは、慣れていないんだからしょうがないよね。責めなくていいよ。
そして、頑張って自分を笑顔にしてあげたくて「心地よいもの」を感じさせようとしてくれた私の愛って、大きいよね。
今はまだちょっと大きすぎて受け取れなかったけれど、私のために頑張ってくれてありがとう。

こんな風に、不安や過呼吸のような辛い状態になったときに、自分に優しく優しく声をかけてあげてください。
文字通り自分で自分を抱きしめるようにして肩をトントンと叩いてあげながら、「今はここまでにしよう」と、決して無理をさせずに少しずつ本当にスモールステップで行きましょう。

> ここまでの自分の文章を読んで「それって、目の前のことに向き合ってないからなんじゃないの?」と思ったのですが、それが怖いから、それが苦しいから出来ないの。それが出来たら苦労しないよって話です。

何事も「向き合う事」が必要ではないと私は個人的に思っています。
向き合わざるを得なければ、またいつか自分の課題として向き合える場が何度だって出てきますから、その時に向き合える「強さや力」が付いていたら向き合えばいいのではないでしょうか?

怖い・苦しいって思う事を無理矢理ドシッと受け止める必要はないですよね?
だってそれはりんごさんが痛い思いや悲しい思いをするわけですもの。

「それができたら苦労しない」本当にその通り!
ここはいい意味で「今の私には向き合う課題じゃない!苦労はごめんだ!」と開き直っちゃいましょう。

> もう、辛い思いはしたくないと心から思っています。ただ、これ以上の辛さはないと思っていても、それを上回ることがあることも知っています。

辛い思いをしたくない、とこんなに強く思うのはそれだけりんごさんが苦しんだんですよね。

私は過去に「うつ病の境界線」のような状態で心療内科を受診していた時期があります。
未来は明るいなんてとても考えられず、朝起きたら「あぁ、また今日も生きなくてはいけない。こんなに悲しいなら何も感じたくない。」と感情を切ったこともあります。(悲しい事や酷い事をされても泣く事すらできませんでした)

この時のことは「ただ苦しかった」としかあまり覚えていないのですが、思い出せないくらいいろんな感情を押さえつけていたんだと思います。

りんごさんが書いてくれた「これ以上の辛さはないと思っていても、それを上回ることがあることも知っています。」という言葉に、涙が出ました。
こんなに辛いのに、もうこれ以上なんて無理だよ…って思うのに、世の中には理不尽にも辛い事がいっぱいあって、この先にそれを感じるなんてとてもじゃないけれど嫌だ、って思う気持ちを私も過去に感じていました。

希望を持てたら楽になれるのに、今しんどい中で希望を見るなんてできない、って苦しみました。

私たちは未来を予測するときに、過去の自分の体験をベースに未来予想図を描きます。
だから、楽しい事・望ましい事・幸せをいっぱい味わってきている人は「この先も楽しいに違いない」と前向きな未来を描けますが、苦しい体験や涙を沢山流してきていれば「苦しい事がきっとあるだろう。でももう嫌だ。」と未来を悲観してしまいます。

なので、もう辛いのは嫌だ…と胸が苦しくなった時は、無理をせずに休みながら自分の胸に手を当てて、優しい言葉をかけ続けてあげてください。

今までいっぱい辛かったし、その中で精一杯耐えてきたもんね。
お疲れ様。そしてありがとう。
苦しい事を知っているから、また苦しい思いをさせたくないって私のことを守ろうとしてくれているんだもんね。りんごちゃんは優しいね。

実際、取り越し苦労のように未来に嫌な思いをしたくない!と辛さを避けたいと思うのは、自分を守りたいからですもの。
大事な自分に、もう二度と辛い思いを味わわせたくないという、りんごさんへの大きな愛があるから感じる気持ちですものね。

私自身が苦しかった時、未来を少しも明るく想像できなかったときに、自分にい聞かせるように何度も声に出した言葉があります。
アファメーションという自分の潜在意識(無意識)に届けるための言葉ですが、これは感情が伴わなくていいので、ブツブツと思い出した時に言い続けることで心に浸透させていくことが出来ますので、りんごさんももしよかったら呟いてみてください。

今までこんなに苦しかったんだもん、もう充分苦しみ尽くしました。
何が幸せで楽しくて自由なのかは今の私にはよく分からないけれど
こんなに苦しかったんだから、これからは幸せにならなきゃね。
こんなに苦しかった分だけ、絶対幸せでいなくちゃね。

人生は山あり谷ありというように、良い事もあまり望ましくない事もありますが、私たちは様々な体験を通して「日々成長している」ので、今日の私より明日の私の方が、何かに直面したときに対応できる力が付いています。

ということは、今の自分には難しい事であっても、1年後の私、2年後の私では同じような出来事に直面しても、対応できる力をもっているかもしれませんし、その時にひとりで立ち向かわなくとも友達や仲間、またはパートナーが一緒に戦ってくれるかもしれません!

本当に、未来で何かに直面したときに「今と同じでなない」のですから、どうなるかなんて分かりませんから。

> ああ、わかった。楽して幸せを手に入れてはいけないと思ってたみたいです。今からそれを許可します。

「楽して幸せを手にしてはいけない」という思い込みがある事にも気付けたなんて、ココロノマルシェに書き込んでくれている事でりんごさんの心の整理ができて気付きがあったこと、嬉しく思います。

思い込みは自分にかけた呪いの魔法です。

今まできっと、たくさんのしんどい事を乗り越えて生きてこられたのであれば、簡単に幸せになってなってたまるか!!と心が拗ねたりすることもありますし、気付いたら何度だって「私は楽に幸せになる道を選びたいよ」と反発する思考や感情に教え続けて呪いを解いていけばいいんですもの。

・頑張り過ぎない
・結果を急いで求めすぎない
・今やれている事を認めて褒めて労う
・自分の思い込みに気付いたら「それは私にとって必要?」と問いかける
・自分が楽しいと感じられたことをやる
・楽しいと思えるものの時間を増やしていく
・疲れたらやめる(追い込まない)
・向き合いたくない時は無理に向き合わない
・逃げてもいい!と自分に言ってあげる
・アファメーションする
・自分のいいところをできるだけ見つけてあげる
・どんな私になりたいのかをニヤニヤ想像する
・頑張っている自分を甘やかす(とことん優しくしてあげましょう)
・出来ない事は責めない(責めた自分を発見したら、どんまい!と言ってあげましょう)

いくつか挙げてみましたが、感情や感覚を感じ・味わうために、自分を整えたり自分に無理をさせず、大事にして「感じるための土壌を作る」事も遠回りのようで大事な事だと思っています。

しんどい時は無理にあれこれ頑張る時ではありません。
しんどさに寄り添い、自分を決して見捨てず、側にいて分かってあげることが自分を癒していき、感じることを許可できる力になって行きます。

りんごさんが少しずつ自分の中の「心地よさ」を感じることにOKが出せて行けるようにと祈っています。

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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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