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【ココロノマルシェ】カウンセリングやセラピーに頼りたいという気持ちが止まらくなります。

油で揚げたお菓子… 太れるやつでちね!

いちご味のラッシュが終わった後の梅味の攻撃に、もろくも屈して買ってしまう日々。(それにしても、ソファーが本当にボロボロですね…)

甘じょっぱい揚げ煎餅って、食べ出すと止まらなくなりますよね〜。
太っちゃうから2枚でやめておこう…と思っても、あと1枚…とついつい手が伸び、食べ過ぎて胸焼け…なのがいつものパターンです。

でも「富美男ちゃんレモンサワー」を飲みながらガリッとやるのを想像すると、それだけに楽しくなってニヤニヤしてしまいます。
さ!勝手に「最近買った梅味お菓子情報」を発信した後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

アドバイスお願い申し上げます。

私は20年前くらいに情緒不安定で悩まされた時に心理学やカウンセリングを知り、それ以来それを活かすというより依存的に寄りかかる、現実逃避の逃げ場にする、という状態になっています。
決意して、カウンセリングをやめ少しずつ自立心や自分を振り返ることを出来るようになってきました。

ですがここにきてまたカウンセリングやセラピーに頼りたいという気持ちが止まらくなり、そうなるともう習慣になってた自分で自分を満たすあれやこれ(散歩、趣味、自分との対話)など手につかなくなって受けてみたいと思ってるセラピストさんたちのブログばかり読んでしまっています。

過去何度かカウンセリングやセラピーを何人か別の方で時間をあけて慎重に今度こそ建設的に(依存ぜずに)利用しようと試しました。
でも上手くいったがありません。

わたしは子供の頃から人の顔色を伺ったり相手の望むような言葉しか言わない癖があります。
またこれがやりたいとかこれがすきという感覚がなく、基準は、これなら疲れない、これなら逃げ出さないで続けられるかも、という判断で生きてきました。
またそれも周りの強い大人がこっちがいいんじゃないか?
と言ってはじめて安心して選べるという感じです。

こういう普通は十代で経験する自立を経験せずに生きてきた人間が、カウンセリングを建設的に丸投げせずに自立のスタートラインに立つ手段として利用するにはどうしたら良いのでしょうか?

またそういう段階では対面セッションは適切ではないのでしょうか?

例えば、自分に合うセラピーワーク本を一冊何度も繰り返し実感が湧くまで、自己完結的にやる方がいいとか…
御指南いただけたら幸いです。
相談者:西成さん

西成さん、こんにちは。
誰かに話を聞いてもらいたい、寄り掛かりたいって思うことってありますよね。
「自立が過ぎる」と言われている私でも、時に誰かに依存するように寄り掛かりたくなる時もありますし、自分に自信を持てずに不安で「答え」を求めてしまう事もあります。
誰かが「それでいいよ」と言ってくれる安心感ってとても大きいですよね。

自立している人も依存の傾向がある人も、みんな人間ですから「弱さが溢れる時期」というのはあるのではないでしょうか?

> 20年前くらいに情緒不安定で悩まされた時に心理学やカウンセリングを知り、それ以来それを活かすというより依存的に寄りかかる、現実逃避の逃げ場にする、という状態になっています。

自分の心が不安定で苦しい時に「なんとかしたい」と藁にもすがるような思いで助けになるものに捕まってしまうのは、しょうがない事だと思うんです。
その当時は「心理学やカウンセリング」があったおかげで、それに寄り掛かり逃げ場にする事で心のバランスを取っていたのではないでしょうか??

その時の「自分を助ける」ために、必要だったものなんですものね。

その場に答えを求めてしまって「これがなきゃ不安になる」「カウンセリングがないと決められない」とギューッと視野が狭くなる状態(選択肢がない状態)になると、それはそれでまた負担になって自分が苦しくなりますから、きっとカウンセリングなどに「依存し過ぎている」と気付かれて、そこから頑張って自立して離れるための努力をされてきたのだろうと思います。

> 決意して、カウンセリングをやめ少しずつ自立心や自分を振り返ることを出来るようになってきました。

自分と向き合ってこられたんですね〜。
自分と向き合ってカウンセリングから離れ、建設的な付き合い方をしたいと「努力」してきた事、過去に情緒不安定で頼り切ってしまっていた西成さんからみたら、ずいぶんと「自立」して成長したから実践できたのではなのでしょうか??

> ですがここにきてまたカウンセリングやセラピーに頼りたいという気持ちが止まらくなり、そうなるともう習慣になってた自分で自分を満たすあれやこれ(散歩、趣味、自分との対話)など手につかなくなって受けてみたいと思ってるセラピストさんたちのブログばかり読んでしまっています。

急に「癒し」を求めたくなったキッカケはあるのでしょうか?
何かにつまづいたり、疲れがたまっていたり、自分を満たす作業が手につかない…というくらい、セラピーを求めているのはどうしてでしょうか??

もしかすると西成さんは、過去に依存的に頼ってしまった経験を通して、癒しを求めてはいけない!カウンセリングやセラピーには頼ってはいけない!と強く自分に対して禁止令を出しているのではないでしょうか?
「強く禁止する = 本当はやりたい事を抑え込んでいる」という状況ですから、ダメだ…ダメだ…と思えば思うほど、火に油を注ぐように「癒されたい」とう気持ちが抑えられなくなっているのかもしれませんよね。

ダチョウ倶楽部のコントでもよくある「押すなよ・押すなよ」は「押して欲しい」のように、ダメだよと禁止すればするほど、魅力的に見えて行ってしまいますから、絶対にダメ!!と禁止してしまうのではなく、カウンセリングやセラピーは必要な時には受けてもいいけれど、「今の私に必要なのかな?」と問いかけてあげて本当に必要としているならば受けても大丈夫だからね…と許可を出してあげるだけで、実際にカウンセリングを利用しなくても大丈夫になる事もあります。
禁止から自由になることで「まだこの位なら大丈夫だな…」と受けたくてたまらない欲求を鎮火させることができるかもしれません。
ルールってキツければキツイほど破りたくなるのが人間の心理ですものね。

> 過去何度かカウンセリングやセラピーを何人か別の方で時間をあけて慎重に今度こそ建設的に(依存ぜずに)利用しようと試しました。
> でも上手くいったがありません。

カウンセリングやセラピーを受けると寄りかかってしまう自分がいると知っていて、それを危惧して「上手に付き合おう」と努力してもなお上手くいかなかった…ということですが、西成さんはセラピーを受けるまで、いっぱい自分を抑えたり溜め込んだりしてしまって、ギリギリになっているから気持ちを聞いてくれたり理解してくれる場に依存的になってしまうのではないでしょうか??

日常生活の中で、うーんと自分を我慢させていたり抑え込んでいるのではありませんか?

もうお手上げだ!!というくらい我慢させてから駆け込んだとしたら、堰を切ったように気持ちを理解してくれたり安心感をもらえる場所があれば、居心地も良く穏やかな気持ちでホッとしますから、その場を必要として求めますし「依存」のようにそれがなくなるのが不安にもなってしまいますものね。

> わたしは子供の頃から人の顔色を伺ったり相手の望むような言葉しか言わない癖があります。

子供の頃から周りを意識して、相手を喜ばせることに心を砕いてきたということですから、自分を後回しにして周りの気持ちを優先することで、自分が置き去りにされてしまっているのかもしれませんね。
人の顔色を伺って望む言葉をかけてあげようと心を配れるのは、1つの才能です。とっても優しくステキな能力ですが、自分が後回しになって、ずっとさみしいと泣いていたのだとしたら、それはとっても悲しいことですよね。

自分を生きるためには、自分の声・自分の意思が必要です。
私たちは他の人に決められた人生を生きているのではなく、自分という人生を生きているので、自分が置いてけぼりになると息苦しさを感じます。

> これがやりたいとかこれがすきという感覚がなく、基準は、これなら疲れない、これなら逃げ出さないで続けられるかも、という判断で生きてきました。
> またそれも周りの強い大人がこっちがいいんじゃないか?と言ってはじめて安心して選べるという感じです。

逃げ出さないで続けられる・疲れずに「続けられる」が基準で行動を選ぶのは、誰かをがっかりさせたくないからなのでしょうか??
その誰かは親かもしれませんし、先生やお友達かもしれませんが、西成さんの中で「逃げ出すのはいけないこと」というルールがあって、それを守るために自分の中の「好きを感じる」「やりたい事を想像する」という能力を閉ざして感じないようにしてきてしまったのかもしれませんね。

でも「続ける」事や「逃げ出さない(疲れない)」事を選ぼうとしたのはなぜなのでしょう?
人を優先させて自分を後回しにし、好きな事も感じないように蓋をして生きようとしたのは、どうしてなのでしょうか??

子供時代に過干渉な親が「こうすべき」「こういうルールに従うべき」とレールを敷いてしまうと、自分の意見を持てずに大人になっていってしまうことがあります。

そうせざるを得なくて自分を押さえつけてしまったのかもしれませんが、そうすることで親が喜んでくれた、周りが笑顔になった、自分を褒めてもらった…などの成功体験を積み重ねることで、

自分よりも周りを優先させたり、投げ出さずに続けることができると愛されるんだ!と学習してしまったのではないでしょうか??

逆に言えば、「愛されたい私」「私の事をちゃんと見て欲しい私」がいて、それを抑え込んでまで愛されたいと自分を犠牲にしてきたのかもしれませんね。

自分の気持ちを後回しにしてしまっているのですから、自分の選択に自信を持てません。
だから、やるべき事ややってみたい事を選ばなくてはいけなくなると「正解」を探して不安になります。
やりたい・やりたくないという「気持ち」を問われるとどうしていいか分からなくなるので、これが正しい・こっちがいいと、道がないと困ってしまうんです。
自分がない状態ですから自分で決める事はできませんし、信頼できる誰かが「それでいいよ」と言ってくれて始めて安心して行動ができるんです。

自分に自信が持てないと、過度に失敗を恐れます。
答えが欲しくて不安になりますし、傷付くことを極端に心配します。
常に自分より人を意識しているのであれば、自分には計り知れない相手の感情を先読みして疲れたり、振り回されて疲弊していきます。

癒しを求めるのは、見て見ぬ振りをして置き去りにしている自分が「SOS」を出しているからではないでしょうか?
しんどいよー、疲れたよー、休みたいよー、誰か、助けて、って。

「依存」するというのは、相手に寄り掛かり助けてもらい甘える状態でもありますが、同時に相手が自分を嫌いになったら依存できなくなるわけですから、顔色を伺い相手に嫌われないように…と、相手軸になって自分を置き去りにしてしまう状況でもあると思います。

周りを優先させて喜ばせる事に心を砕き、自分の歩く道も誰かの後押しがないと不安になってしまう時というのは、自分を明け渡してしまっている状態ですから、自分を取り戻すために「感情を感じてみる」練習を繰り返す事も、依存のような状態から自分の足で立つ(自立のような状態)になるための役に立ってくれると思います。

実は、私も過去に西成さんと同じように自分の選択について自信がないため、誰かが「それでいいんじゃない?」と言ってくれないと歩き出せなかったり、自分の意見は持たずに人を喜ばせる事や傷付けないことを優先して自分を「犠牲」にしてきました。
こんな私は、人に頼れない・甘えられない・弱音を吐けず自分でなんとかしようとする「バリバリの自立」でしたが、常に不安が強く弱くて脆かったので、誰かが助けてくれるのではないか?と助けを探し求めている状態でした。

けれど、どんなに誰かが意見をくれても「常に不足」を感じてしまい、不安は一向に解消されず、さらに周りの人はどう思うのだろう?どれが正解なのだろう??と不安は募るばかりでした。
いつも思考ばかりしていて、これを言うとあの人はどう「感じる」のだろうか?と相手を優先させて疲弊していったのに、周りから言われたのは

いつも周りを優先してくれるのはありがたいけど、何を考えているのか分からない。
もっと自分の意見を持って欲しい。

というものでした。
すごくショックでしたが、私は人を優先すること・周りからの承認を得ることが大事だと思い込んでいたため「自分が何を食べたいのか?」「今日の私は何をしたいのか?」「趣味は?」「叶えたい目標は?」などといった

自分のことを自分で考える・感じる

ということができなくなっていて呆然としました。

西成さんの「依存の状態」というのは、きっと助けてくれる安全基地のような場所があると、そこに自分を思いっきり預けてしまってその場がないと不安定になったり、そこで自分のあれこれを決めるのに背中を押してもらう必要が出てきてしまって、自分を見失う状態なのかな?と感じたのですが、そうではなく「自分を取り戻して自分の考えをもって人生を生きる」ということが「自立」なのであれば、自分の感情を取り戻して、自分ファースト!に自分を優先させていってあげることを繰り返していく事も「自立」に役立つと思っています。

『習慣になってた自分で自分を満たすあれやこれ(散歩、趣味、自分との対話)』とありましたので、きっと自分を大事に肯定する作業も継続されていらっしゃったのだと思います。

それに加えて「感じる」練習をプラスするのもオススメです!

実際に私も勧められてやってみた事ですが、1日の中で5分でいいので、思考を止めてただただ感じる時間を持つようにしました。
空を見て、あぁ、雲が流れていっているなぁ。物悲しいなぁ。風が頰をかすめていったけれどヒンヤリして心地よかったなぁ。大きく吸い込んだらすーーっと染み込むようで気持ちいいなぁ。穏やかだなぁ。静かでいいなぁ。
というように、ただただその時に「感じた」ものを指差し確認するように、自分がどう思うのか?というのを見る練習を繰り返しました。

すると少しずつ「自分はどうしたいのか?」という内側の感情が表に出せるようになってきて、西成さんが習慣にしてきている「自分との対話」の中で感情的な部分も話題にすることができるようになり、自分が喜ぶこと・自分を安心させることといういのを「自分の意思で」選択できるようになっていきました。

「私は」どうしてあげたら喜ぶのかな?
「私は」何を食べたらニッコリするのかな?
「私は」落ち込んだ時に何をしたら笑顔に戻れるのかな?
「私は」どんな時にリラックスしているのかな?

「私は」という軸を自分に置いた見方(主語を自分にする)を意識すると同時に、セラピーなど癒しを求めるくらい疲れた時に、自分で自分を癒すための「これをやると安心できるよ」というような自分用の「お薬手帳」のような、自分にとって効果的だった方法をメモしておいたものから、その時の自分の気分に合っているものを自分に届けてあげて、自分を立て直すというのもオススメです!

私も自分の気分が上向きになれない時や寂しい時などに自分を立て直すための「お薬手帳」「自分用の取説」のようなメモを持っています。
自分をご機嫌にさせるためにやってみたことをブログで書いていましたのでご紹介します。

自分軸を持つことが「自分を満たし、自分の足で立つ」自立をする後ろ盾になってくれると思いますので、主語を「私」に置き換えて、自分の気持ちというのを沢山感じてみる時間を持ってみるのは本当にオススメですよ!!

> 自分に合うセラピーワーク本を一冊何度も繰り返し実感が湧くまで、自己完結的にやる方がいいとか…

これも「自分でやる」という意味ではとってもステキな行動だと思います。
その際には「小さな成長・変化」を記録しておき、変化分を大いに褒めて自分を励まし続ける事をオススメしています。

自分で掲げる目標って、結構大きなものだったりしますよね。

西成さんであれば「依存的な傾向を打破して自立して自分の足で立って物事を考え・行動する」というものが目標になると思いますが、それって「どう感じたら・どうなったらゴール」だと思うのでしょうか??

自立に成功すると体がピンク色になる…など、目に見える変化がないものですし、変化は一足飛びではなく徐々に変わっていき、いつか気づいたら大分出来るようになっていたんだなぁと感じるものなので、変化の途中で「何も変わっているように感じられない」と投げ出してしまうことが起きてしまいがちです。

その為に、日記(3行程度の短いものでかまいません。毎日じゃなくても週に2日程度でOK)にその時の状況を残しておき、時折振り返って「わぁ、私結構成長しているんだなぁ」と変化を感じてあげるのは、とっても役に立ってくれます。

どうしても自分を変化・成長させようとするときは力が入りますから、ともすると自分を攻撃したりできていない部分に意識が向きがちなので、あえて「出来ていること」「頑張っていること」を褒め続ける事をして欲しいと思います。

自分で本を使って向き合うのもステキなアイディアですし、カウンセリングを使うというのも決して全てダメだとも思いません。

ただ、癒しや安心感を求めてカウンセリングを利用すると西成さんは依存的になってしまうというご自身の傾向を危惧されているわけですから、利用する前に

カウンセリングやセラピーを使って「どうなりたいのか?」「何を得たいのか?」を紙に書き出したりするなどして、決めておくのがいいかもしれませんね!

そして信頼できるカウンセラーさんに「私はこういう目的でカウンセリングを利用するので、 3回で卒業できるようにしたいと思っています!」などと、具体的に回数を設定したりするのも寄り掛かりすぎずに成長していく際の手助けとして活用することができるかもしれません。(3回といったのはあくまで例です。1回でも5回でもいいと思いますが、少ない回数を敢えて設定する方がいいと思います。)

私自身、カウンセリングを体験したことで「一人では思いつかなかった方法」で近道をして自分を肯定して取り戻すことができたので、カウンセリングやセラピーの持つ力は否定するつもりはありませんが、どんなにカウンセリングやセラピーを受けても、あくまでそれは「補助的」なもので、自立をしていくのは西成さん自身なんです。

答えはいつだって、自分の中にあるんですものね。

自分軸を意識し、自分らしい生き方を提案してサポートしてくれているカウンセラーさんたちがココロノマルシェのカウンセラーにもたくさんいますので、そういう人のブログなどからヒントをもらってみるのもいいかもしれませんね!

●私軸を提唱している実践派カウンセリング 椙山慎伍カウンセラー

●もっと「私らしく」自分を組み立て直す魔法使い サトヒカウンセラー

●どんな自分にもマルをつけてくれて自分軸を回復 まりりんカウンセラー

●自分軸の人生へリデザイン・ズバッと斬ってくれる 竹内えつこカウンセラー

対面カウンセリングも、上手に活用できれば悪いものではないと思いますが、対面カウンセリングを使う事をオススメしている訳でもありませんので、あくまで

西成さんがどうしたいのか?

という自分軸で考えてみてくださいね!
最後はカウンセラーさんをご紹介する形になってしまいましたが、対面カウンセリングを利用するのであれば、西成さんの自立を手助けしてくれるヒントをもらえる、相性のいいカウンセラーさんと出会えるといいですね。

そして、たくさん価値や魅力を受けとって、ますます自分を輝かせながら「自分軸」で自分を歩かせていくことができますように。

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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

ココロノマルシェへ

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ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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