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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】これ以上傷つきたくないし 何も感情を感じたくないから 人間辞めたいって思うばかりの毎日です。

タバスコって言う辛いソースをマミコちゃんが買ったでち。 辛いから仁くん食べられないでち。 デスソースでち。

こんにちは。
あなたの心の痛みや悲しみの傷に優しく絆創膏を貼る「心の保健室」を目指しているマミコです。

喫茶店や洋食屋さんでパスタやピザと言った「イタリアンメニュー」を頼むと出てくるタバスコ。

でも、我が家にはずっと常備されておらず、いつも気になるけれど買わずにいたアイテムでした。
何しろ「使い切れる自信がない」というのが一番の理由だったのですが、先日輸入食品を扱うお店で、なぜかタバスコが『スペシャルプライス!』と題して200円を切るお安いお値段になっていたので、とうとう手を出してしまいました。

タバスコの辛さはそこまで強いものではないけれど、かけすぎるとやっぱり「ひーーー」となりますよね??
私は激辛は全然食べれない、カレーも甘口派なのですが、せっかくタバスコを買ったので「お家ナポリタン」を作って喫茶店気分のお昼ご飯を食べたりしようと思っています。

タバスコを1本使い切れる気がしないけれど、タバスコを使ったレシピも探してみて、せっかく買った調味料を楽しく使おうと考えているという私情報をお届けした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

こんにちは。24歳 女です。

過去に 「人には表裏がある(本音と建前)」ということを 身をもって、衝撃と共に痛感させられる出来事を経験しました。

その出来事以降 友達にも 家族までにも 「そう言ってるけど 本当は真逆のこと思ってるんでしょ?」と 疑いの目を持つようになり、人間不信になりました。

特に 社会人になってからというもの、職場の人は みなさん本当に上手に裏表を使い分けており 余計に人間不信が加速しました。
そして 元々 人からどう思われているのか気にしがちだった性格に拍車がかかりました。
人にどう思われているのかが分からないことに対して 恐怖を感じすぎて動けません。また、失敗してしまった時には「こう思われてたらどうしよう」が止まりません。
考えてもどうしようもないことはもちろん分かっています。

自分がこれ以上傷つかないようにするために・自分が自分を守るために 無意識の中で 「人間を信じてはいけない」というブロックを作っているんだろうなというのは感じています。でも 顕在意識的には 人を信じられるようになりたいと思っています。

この、人間不信のブロックを外すには どのようにすればよいのでしょうか。
(このギャップを埋めるためにも 自己肯定感を上げることは必要なのだと思ってはいます。)

この先、生きていけば 悲しいことや傷つくこと 辛いことがあるのは当然。だったらこれ以上傷つきたくないし 何も感情を感じたくないから 人間辞めたいって思うばかりの毎日です。
まとまりのない文章ですみません…。
ご相談:ゆんちょさん

ゆんちょさん、こんにちは。
身近な存在であるご家族まで信じられなくなるような衝撃の体験をされたのであれば、その苦しさは相当のものだったのだろうと思います。

思い出すことすら辛い体験でしょうか?
それとも思い出すと悔しくて憤りや憎しみが沸きあがるのでしょうか?

思い出すことが苦しいというのであれば、無理に今すぐにそれを掘り起こさなくてもいいのですが、やはり「きっかけ」が分かるのであれば、その時の痛みや怒りを消化させていく(処理して手当てしてあげる)というのは、この先のゆんちょさんの気持ちをほぐしていくのに役立つと思います。

> 過去に 「人には表裏がある(本音と建前)」ということを 身をもって、衝撃と共に痛感させられる出来事を経験しました。

過去と書かれていますが、その時のことを思い出すと「昨日のことのようにまざまざと情景が蘇る」というようなことはありませんか??
随分時間が経ったはずなのに、そのことを思い出すと体の中の血が逆流したように怒りに震えたり、悲しみで胸が掻きむしられたり…
このような状態であれば、それは「時間的な意味では過去」ではあっても「心の中では過去ではない」状態です。
傷付けれた体験が「心の中でまだ身近な物」であれば、ゆんちょさんの心は動揺してしまいますから、人を信じたくても信じられないのは仕方のない事ですよね。

お悩みを読ませていただいて、人に裏切られれて信じられなくなってしまうような大きな体験があったにも関わらず、ゆんちょさんは「また信じたい」と強く願っていらっしゃるがゆえに、大きく傷付き苦しんでいらっしゃるように感じました。
それだけ「信じたい = 愛したい」が大きな方なんですよね。
それはとっても素敵な力をお持ちだという事。

信じたい!と闇雲に全てを無条件で信じようとしても、心はそれを拒絶しますし「傷つくのが怖い」と防御すれば、信じることを拒否して自分を守ろうとしてしまうのは当然の反応です。

けれど、そんな「健気に自分を守る自分の心の動き」に対して、なぜ私は人を信じられないんだろう?なんで疑ってしまうのだろう?と、信じられないゆんちょさんの事を責めてしまってはいないでしょうか???

人の言動を信じられず「こう言っていても裏があるのではないか?」「笑っていても心の中では私の事を嫌いなのではないか?」と疑いの目を持つしかできない状態は、とっても生きづらいものですが、

今のゆんちょさんは、頑張っても頑張っても、そこから抜け出せないくらい傷付いてしまい、信じたくても人事られない事で葛藤しているんだ

という事を、どれくらいご自身で「苦しいよね。でもしょうがないよね。」と言ってあげられているでしょうか??
苦しいから何とかしなきゃ!ではなく、苦しいけど頑張っているね、と言ってあげることをしてあげているでしょうか??

一番身近にいる存在であるゆんちょさんが、ゆんちょさんご自身の気持ちを分かってくれる(否定も肯定もせずに、ただ受け入れてくれる)だけで、随分と自分を責める気持ちから解放されます。
理想の自分ではない「今の状態」を肯定は出来なくていいので

嫌だけれどこうやって生きるしかないのが今の私なんだ
傷付いて自分を守るために人を遠ざけちゃうしかないんだもんね

というように「今の自分」をほんの少しだけでも受け入れてあげられるようになれるといいなぁと願っています。

人間不信になってしまうような出来事は、言わば事故のようなものだったと思うんです。
予想もしていない時に、突然「ガーーン」と強くて大きな衝撃となってゆんちょさんを傷付けてしまったんですものね。

文字通りの「事故」に巻き込まれてしまってケガをしたら、回復に合わせたリハビリをして日常生活を取り戻していくように、人に裏切られれるという「予想外の事故」に出会った心をリハビリするように、少しずつ人を信じられそうな部分から信じる練習をしてみるというのもいいのかもしれません。

リハビリの事を少し想像して欲しいのですが、リハビリってすぐに目標を達成できるような短期決戦型ではないですよね??
どちらかと言うと単調で繰り返しの作業を行いながら、時に後退することもありながらも、ちょっとずつ出来ることを増やしていけるようになるのがリハビリです。

完璧に元通りにするためのもの、というよりは「完璧に近付けるように、少しでも楽になれるように」訓練していくのがリハビリです。

人間不信の改善も、リハビリと同じように少しずつ、そして「完璧を目指さない」のが大事なのだと個人的に思っています。

なぜなら、自分の事を好きになる・自分を肯定する・自分を愛する、といった『自分が自分のために出来ること』は自分一人で制御できますが、対人関係といった「相手がある事」は相手の都合だったり気分だったり、それが『裏表』とはちょっと違うものであっても、相手によって左右されてしまうので

思った通りには行かなくてガッカリしてしまう事がある

ものなので、完璧に相手を信じるという事をできなくてもしょうがないと思うんです。
何しろ、私たちは誰しも「完璧」な存在の人ではありませんから、傷付けるつもりはなくとも相手を傷付ける態度や言動をしてしまったり、良かれと思ってオブラートに言葉を包んでしまったりすることもあります。

その一つ一つに「どれが本当に正しい事なの?」と白黒つけることが出来ませんものね。
人間関係において、出来れば裏表はない方がいいけれど、全てが白黒はっきりしていたら、それはまた傷つきやすい関係になってしまうのだろうと思います。

> 特に 社会人になってからというもの、職場の人は みなさん本当に上手に裏表を使い分けており 余計に人間不信が加速しました。

職場の関係というのは、毎日顔を合わせるけれど「深く親密な関係」ではない分、本音と建て前を使って人間関係を回している部分が多く見られますよね。

それだけ周りの人たちも「距離を置いて付き合う関係」でいいと思っているからこそ、本音と建て前がグルグルしている場なのではないでしょうか??
誰もが「本音を言わない」「信頼していない場」なのであれば、無理にそこで人を信じなくてもいいと思うんです。

その場にいる人たち全てと分かり合えなくてもいいし、本音と建て前のある世界なんだから、深入りするのはやめておこう、と自分のために距離を上手に取っておいていいのではないでしょうか?

この世界にはたくさんの人がいて、残念な事に自分とは合わない人や、過去にゆんちょさんを不信感の中に突き落とすようなことを平気でやってしまう人もいます。
そのような人たちを無理矢理信用しようとして心を押し殺す必要はないですよね??

先ほどリハビリの話をしましたが、リハビリそのものも「傷が癒えて動けるようになってから」始めるものです。
骨折をして傷を固定して骨をくっつけるための時間が必要な時に、無理やりに動いてしまったら、治るどころか悪化して、骨が変なくっつき方をしてしまいます。
まずは「傷の手当て」を優先し、傷が回復してきたところで次のステップである歩行訓練や手指を動かす練習…と言ったように、順番を経てリハビリのステップを進めていきます。

心のリハビリも、同じではないでしょうか??

人間不信になるくらいの事件・事故があって、そこで傷ついたゆんちょさんの手当ては、どれくらいできているのでしょうか?
怒りや悲しみを、どれくらい解放してあげられていますか??

まだ思い出すのも嫌だ、触れたくない、というのであれば「それだけ辛かったんだね。ごめんね。今はまだ人を信じるなんて無理しないでいいよ。そんなのむりだよね。大丈夫??苦しいね。」と震えている自分に優しい言葉と暖かい毛布を掛けてあげるようなやり方で、

出来なくていいし、そのままでいいよ。

と言ってあげてください。
何度も何度も、自分が人を信じられない…と嘆くたびに、しょうがないんだよ、と優しく暖かい声をかけ続けてあげてください。

そして、少しだけ過去の痛みや苦しみに向き合ってもいいと心が思えるようになってきたら、その声を「ただ聞いて・受け止めて」あげてください。

悲しみがあれば「辛かったね。そんなに嫌だったんだね。」と一緒に泣いてあげましょう。
怒りがあれば「それはムカつくよね!!私も許せないよ!!」と一緒に悪態をついてあげましょう。怒りが収まらなければ、新聞紙を何重にも巻いたいらないお皿(欠けて捨てようと思っているお皿や100均などで準備)をビニールに入れて飛び散らないようにしたものを、バカ野郎!!と言いながら叩き割ってもいいと思います。
それでも足りなければ、藁人形という手もあります。(オススメなのが伊豆にある怪しい少年少女博物館という場所です。手軽に藁人形が打てますよ!)

悲しみも怒りや憎しみも、湧き上がってきたその感情をただ解放してあげて、分かってあげることをするのが、過去の傷の手当てになります。

誰よりもその痛みを分かってあげられるのは、ゆんちょさんご自身ですものね。

傷付いた自分に、どんな言葉をかけてあげたいでしょうか?
その時の自分に向けた手紙を書いてあげるというのも、傷を手当てするのに優しい絆創膏のような仕事をしてくれますのでオススメです。

そして、痛みをこんなにも抱えながらも「また人を信じたい」と思っているゆんちょさんの事を少し俯瞰で見てあげると、どんな思いが沸きあがりますか??

ゆんちょさんが映画館の椅子に座って映画が始まるのを待っているのをイメージしてみてください。
スクリーンに光が当たり映画が始まると、そこには人が怖くてオドオドしてしまい、周りからどう思われているんだろう?と震えるように委縮して働いているゆんちょさんの姿が映し出されています。
職場でも、親しい人との関係でも、自分がいない所で何を言われているんだろう?と怯えてしまい、怖くて行動できずに泣いているゆんちょさんがいます。
些細な失敗や間違いがあった時に「どうしよう」と震え、体が強張って呼吸が苦しくなっているゆんちょさんがいます。

どうでしょうか?
どんな言葉をかけてあげて、どんな風にゆんちょさんを迎え入れ、接してあげたいと思いますか??

ゆんちょさんが思ったやり方で、ゆんちょさんに声をかけてあげて、受け入れてあげてください。
ずっとずっと、不安で怖くて震えながらも頑張って生きているんです。

人を信じられないなんてダメな私!!
ではなく、人を信じられないくらい傷付いた私をほっておいてゴメンネ、とだきしてめてあげたくなりませんか?

> この、人間不信のブロックを外すには どのようにすればよいのでしょうか。
(このギャップを埋めるためにも 自己肯定感を上げることは必要なのだと思ってはいます。)

ゆんちょさんが言ってくれているように「自己肯定感」を高めていくことは、人間不信を克服する上でも大きな力になってくれます。

自己肯定感が高い状態というのは「何もしていなくても自分には価値がある」「誰がどう思っていても私は大切な存在だ」と思える状態です。

自己肯定できるようになってくると、ありのままの・今の自分で大丈夫!と言ってあげられるようになりますから、ゆんちょさんが気にして苦しんでいる

・考えてもどうしようもないこと
・人にどう思われているのか
・失敗してしまった時に「こう思われてたらどうしよう」

というのが気にならなくなっていく(だんだんと気にしなくてよくなっていく)ので、ゆんちょさんが生きやすくのびのび出来るようになります。

> だったらこれ以上傷つきたくないし 何も感情を感じたくないから 人間辞めたいって思うばかりの毎日です。

とはいえ、こんな風に「人間を辞めたい」と思っちゃうくらいまで自己嫌悪・自己否定してしまっている状態で、自分を肯定(褒める・認める)というのはハードルが高すぎますよね。

なのでまずは、否定しちゃっても落ち込んじゃってもいいので、そんな自分をただ「そう思っているんだね」「苦しんでいるんだね」「何も感じたくない状態なんだね」と

ただ受け止める・受け入れる

という事をしてあげましょう。
「ふーん、そう思ってるんだね」というだけでOKです。

今、私は落ち込んでいるんだ。
今、私は生きるのをやめたいと思っているんだ。
今、私は苦しいんだ。

ただそれを「分かってあげる」だけでいいので、そこから始めてみましょう。

ゆんちょさんは「人間不信」と書いてくれていますが、目の前の人がどんなことをしてくれたら「この人を信頼してもいい」と思えるでしょうか?
よかったら「信頼できるための条件」を紙に書き出してみてください。

・話をちゃんと聞いてくれる
・ウソは付かない
・辛い時に側にいてくれる
・分かろうとしてくれる
・大切にしているものを尊重してくれる
・悪口を言わない

いくつか私が考え付いたものを挙げてみましたが、他にもきっと色々とリストアップできたと思います。

リストアップしたこれらの事を「ゆんちょさんに対して」実践していきましょう!!

自己肯定するためには自分を「受け入れ」「信じる」事が必要です。
だって、信じられない人の事を褒めて肯定なんてできませんよね??

自分を生きやすくしてあげるために、人を信じる・信じないは後回しでいいので、自分との信頼関係を築くために、自分に対してやってあげられそうなものから取り入れてあげてください。

本当に不思議なのですが、自分が自分にするやり方で周りからも扱われます。
心理学では「投影」(自分の心を周りの人に映し出して見る)という見方をしているのですが、自分が自分を信頼できない(信じていいと思えない)と、周りの人の事も信じることが出来ません。

なので、まずは「自分」との信頼関係を作ってあげて、今は誰も信じたくない・傷付いた自分がいる事を「受け入れて」あげて、自分にうんと優しく接してあげてください。

北風と太陽のお話ではないですが、暖かく自分を照らしてあげて、自分を信頼してあげてもいいかな??と思えるようになる頃には、同じように「また人をちょっとだけ信じてみようかな?」と思える気持ちが芽生えてくると思います。

それと同時に、自分が自分を信頼できるようになると「人にどう思われても自分が分かってくれる」ので、そのことを必要以上に気にしなくてよくなります。

誰だって周りの人から良く思われたいし、嫌な顔をされたり悪く言われたくありませんから、自己肯定感を上げても「なんだか嫌だなぁ」「なんだか悲しいなぁ」と思う出来事はあったとしても、立ち直るのがうんと早くなれます。

結局のところ、自分が少しでも呼吸しやすく、朗らかに生きられたら「人を信じる・信じない」は気にならなくなって行って、信じても信じなくてもいいよなぁ~と、問題が問題じゃなくなればいいんですものね。

人を信じたい!と思ってるゆんちょさんにとっては、人を信じられない事が苦しくて葛藤してしまう事であるとは思いますが

身近な人にも不信感を感じるくらいの出来事があって、人を信じたくても信じられないでいる事って、悪い事でもイケナイ事でもないと思うんです。

事故にあって骨折を直すために安政治療を余儀なくされている人に向かって「早く歩きなさいよ!!歩けないなんて最低!!」などとは言いませんよね??
動けないのは骨折しているんだからしょうがないよね、と言うと思いませんか?

今のゆんちょさんは、これと同じで「信じたくても信じられない」状態なのですから、それを責めて「人間を辞めたい」と言ってしまうよりも

人を信じられないくらい傷だらけの私なんだよなー。
嫌だけど、しょうがないよなー。
信じられないのが私という人間なんだもんなぁ。

というように、現状を否定ではなく「受容」してあげることはとっても大切だと思います。

どんなに桜の花がヒマワリに憧れて「頑張るからヒマワリになりたい!!」と思ってもヒマワリにはなれないように、人間不信が強い今の状態を抑え込んで「人を信じたい!」と思っても、今は無理な状態で、思えば思うほど自分を苦しめてしまうのであれば

しょうがない。「今は」人を信じられないんだから、この私で生きていく!!

と思ってあげて、少しずつ自分との信頼関係を作っていき、自分を癒し、自分を肯定する力をつけていって、変化した自分が「人を信じてもいいかな?」と思えるようになったら、そこからスモールステップで少しずつ、身近な存在との信頼関係を築く練習をして、人間不信を緩めていければいいんですものね。

全ての人を信じられなくても、信じたい人を信じられるようになれたらいいんですもの!!

ゆんちょさんが悲しい体験を通して人を信じられなないという「変化」をしたように、私たち人間は、いつもずっと同じではなく、良くも悪くも変化する生き物です。

だから大事なのは『今は』と思ってあげる事です。

今は、信じたくないんだよね。
今は、信じられないんだよね。

けれど、それがずっとこの先もそうとは限りません。
自分を肯定できるようになって、自分自身や自分を取り巻く環境が変化したときに「今度は」変わってもいいかな??とその時々で変化したくなるものですから、今できない事のために自分を攻撃してしまったり鞭を打ってしまうのではなく、今やれることを無理せずにやっていきましょう。

こんなに苦しみながらも「また人を信じたい」と葛藤できるゆんちょさんは、大きな愛の持ち主ですもの!!!
その大きな愛を、自分にいっぱい注いであげて、自分を暖かく成長させてあげてくださいね。

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