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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】自分らしく生きるための問いかけを日記などでしたり、心の中で問いかけても、あまり良い答えが出てきません。

おっきな毒の朝ごはんするんでちー 毒っておいちーみたいなんでちー

基本は在宅勤務なので、出社していた頃と比べたら格段に「朝の時間」への余裕が生まれて楽チンなのですが、やはり休みの日の朝の自由な気持ちって全く違います!!

今日は朝6時に目を覚ましたのですが、土曜日だもんねー、ともう一度お布団を引き上げて包まり、すやすやと二度寝。(はぁ、至福)

8時半にもう一度目を覚まし、あったかいお布団の中でしばらく電子書籍の本を読んで、9時半過ぎにやっとベットから抜け出して活動スタート。

日常のルーティーンである「ギンちゃん・仁くんのトイレ掃除」や「ベッドメイキング」をし終えてから、ざっと簡単な掃除をして顔を洗い、ブランチ(?)的な時間に楽しみにしていた「コストコのずっしり重たいマフィン」を解凍していただきま~す。

電子レンジでちょっとだけ暖めたら、チョコチップが程よくとろけだしたチョコレートマフィン。
チョコは人間にとってはご褒美だったりするけれど、ギンちゃんや仁くんにとっては「毒」になる恐ろしい食べ物。

ずっしり重たい「毒」を食べる私ですが、食いしん坊な私でも、重たいマフィンを1個は食べきれず持て余してしまいました。

土曜ののんびりとした朝と、楽しみにしていたマフィンを食べたよ!という私情報を勝手に発信した後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

楽になりたい、出来れば自分らしく生きたい、そして幸せになりたい、そう想いコロナ禍時の自宅待機の時間がある時に心理学の本を買ったり動画を色々観てこちらを知りました。

そして身体を緩めること日記を書くこと自分を責める声を観察することなどなど時々挑戦しています。

身体を緩める(お風呂やただ疲れた時は少しでも横になる)をやるとリフレッシュするどころか、どんどんゆるみの中に沈み込む感じがありこのままずっとこうしていたいと思うようになってます。

だからそれはほどほどに三行日記や軽い運動、ベランダ菜園(土を触る)を主に今はやっています。

自分を責める声も少し距離を持って観察できるようになると、客観的な視点に立てるというか、以前のように感情的に辛くなるということは軽減された気がします。

ただ自分らしく生きるための問いかけを日記などでしたり、ふと時間がある時に心の中で問いかけても、あまり良い答えが出てきません。
何もしたくない、もっと寝たい、何も考えたくない、めんどくさい、そんなものしか出てきません。

自分が好きなものをたくさん見つけて、イキイキと生きて行きたいのですが見えてくるのは無気力で無感動な自分ばかりです。

すぐにではなくてもいつか生きてることに心から感謝したり楽しんだり出来る自分になりたいです。

アドバイスいただけたら幸いです。
ありがとうございました。
ご相談:昨日のしっぽさん

昨日のしっぽさん、こんにちは。
ご自身のことを大事にしてあげて、幸せにしてあげたい!とご自身に向き合って観察してあげている事、とても素敵ですね!!

実は私も昨日のしっぽさんと同じように、自分を楽にして・幸せに・自由に伸びやかに暮らせるようになりたい!と願い、あれこれ試しては「なかなか楽になれない」とモヤモヤすることを繰り返してきました。

楽しめる時もあるけれど、気乗りしない時もある。
良かれと思っているのに、心が自分の思っている事にのってくれない。
このままでいいんだろうか?
私はこんなことしていて、ちゃんと自分を好きになれるんだろうか?

自分を楽にしてあげて幸せにしてあげたいはずなのに、やることなすこと指さし確認して「いいの?あってる?」「ねぇ、今の私の気分って上向き?なんで元気になれないの?」と知らずのうちに心に見張りを立てて、自分を監視しちゃっていたんです。

積極的に緩む時間を取ろう!
できるだけ自分を寛がせて労わって、元気になってもらおう!
と思って、自堕落にしてみたり何もせずにゴロゴロするのに「ねぇ?疲れは取れた??」「休んだからなんかやりたい事は見つかった?」と、せっかく手足を伸ばしている途中でせわしなく声をかけることをしていました。

うわぁ、これでは休まらないですよね。
休んでいるはずなのに、休んだからもういいでしょ?と見張られていたら、ちっとも楽しく休めませんよね。

> ただ自分らしく生きるための問いかけを日記などでしたり、ふと時間がある時に心の中で問いかけても、あまり良い答えが出てきません。
> 何もしたくない、もっと寝たい、何も考えたくない、めんどくさい、そんなものしか出てきません。

昨日のしっぽさんがご自身に問いかけた結果出てきた答えが「あまり良いもの」じゃないとがっかりしていらっしゃいますが、何もしたくない・考えたくない・休みたいというのは、決して「良くないもの」ではないですよね??

当たり前ですが、疲れていたら休まないと倒れてしまいます。

長距離走をイメージしていただきたいのですが、42.195kmを走った人が「疲れたから何もせずに休みたい」と言ったら、「うーん、それはどうかなぁ。」なんて言いませんよね?「お疲れ様、しっかり休んで!」とねぎらいの言葉をかけるのではないでしょうか?

フルマラソンで疲れるのは想像しやすいですが、もしも走る事が得ではない人であれば、1Kmでもヘトヘトかもしれません。
1Kmでへばって「もう無理!限界!!」と倒れ込んでいるのが昨日のしっぽさんの大事なお友達だったとしたら「え?たった1Kmだよ?疲れたっておかしいよ。もっと頑張れるよ!」といって無理矢理走らせるようなことはしませんよね??

お疲れさまー。まずは休憩してしっかり休んで、もうちょっと走れる距離を一緒に伸ばしていこうか?

そんな風に声をかけることはあったとしても、まずは「疲れた」という声を受け止めてあげるのではないでしょうか?

走れる距離が人それぞれに違うように、私たちがやれることや頑張れるための体力や精神力も「個人差」があって同然です。

そして、昨日のしっぽさんが信頼している人に「今の素直な本音を聞かせて!」と言ってくれた時に、あまり前向きじゃないんだけれど…と勇気を出して自分の今の気持ち(疲れた・寝ていたい・休みたい)をを伝えたところ、少し顔色が曇って「…そ、そっか。それが今の気持ちなんだねー。」と受け入れてもらえずガッカリされたら、昨日のしっぽさんはどんな気持ちになるでしょうか。

前向きでワクワクするような気持ちを伝えた訳じゃないので、キャピキャピと楽しい反応が返ってこないのは想定内だとしても、私が今感じている素直な気持ちって「いけないものなのかな?」と感じてしまうって、寂しいですし打ち明けなきゃよかった…と拗ねたような気持ちも生まれてしまいます。

「疲れてるんだねー。とりあえずちょっとお昼寝でもする?お布団敷こうか?なんなら起こしてあげるから、安心して寝てね。」

と言ってもらえたら、素直に「ありがとう」って嬉しくなりますよね。

> 楽になりたい、出来れば自分らしく生きたい、そして幸せになりたい

と思って自分への問いかけをしているのですから、内側から湧き出た答えが「自分が望んでいたものではない」と突っぱねてしまったり、がっかりしてしまったら、幸せではなく「寂しさ」を抱えてしまいますよね。

自分らしさ、それはさっきも少したとえに出したマラソンと同じです。
42キロをビュイーンとさっそうに走れる人もいれば、1キロが精一杯な人もいます。
走れる距離が長い方が素敵に見えるかもしれませんが、別にどちらが「正しい・悪い」なんてないんですよね。

そして、幸せって「感じるもの」ですから、自然と沸き上がるものです。

忙しさのあまり食事をとれず、お腹がペコペコで食べ物のことしか考えられない時に「イキイキする私について一緒に考えよう!」と食事するのを遮られたら、幸せどころか苛立ちを感じますが、お腹がペコペコの時に普段は避けているようなジャックフードであってもパクッとかぶりついた瞬間に満たされて、思わず「幸せ~」と笑ってしまいますよね?

幸せって、自分の願いを受け入れて(理解してくれて)叶えてくれたら勝手に湧き上がるものです。

その逆で、大事な自分の思いを否定されたら、心は拗ねてしまいますし閉じていてしまいます。

疲れたなぁ、休みたいなぁ、考えたくないなぁ。

そんな気持ちが自然と湧き上ってくるというのは、それだけ昨日のしっぽさんが「持てる自分の力を発揮し続けてきて、エナジー不足」になっている状態だからではないでしょうか?
大事な大事な昨日のしっぽさんが、これ以上頑張り過ぎたらガス欠で動けなくなってしまうよ!!と無理させないように機能のしっぽさんが健気に教えてくれているのだとしたら、その信号を「良くないよ!」と制するのではなくて

「教えてくれてありがとう。今、私は頑張れないみたいだね。」

と、ご自身を優しく包むように労わってあげる時間が必要なのではないでしょうか?

車は走るためにガソリンや整備が必要です。
人も同じように、疲れている時は十分な休息を取る事が必要です。

ヘロヘロの状態で鞭打って、匍匐前進して這うように進んでも対して前には勧めませんよね。
それよりも「疲れた自分をしっかり労わって手当してあげて」元気が回復してから歩み始めるほうが、勇ましく大きな歩幅で前に進んで行けます。

私自身、疲れて立ち止まることはいけない事だと鞭打って生きてきましたが、疲れ切ってしまう前に自分に対してこんな声掛けをしてあげるようにしてだいぶ楽になりました。
その声掛けとは、アントニオ猪木さんの有名なあの言葉です。

元気ですかーーー?!
元気があればなんでもできる!!

元気があれば何でもできるんです。
その逆で「元気…が今はないな」という時は、元気になって何でもできるようになるために休むことを許可してあげようと決めています。

そう!
これからイキイキと何でもできて、自分らしさを存分に発揮するための「積極的な休息」を自分にプレゼントしてあげよう!!って、休むことが無駄ではなく「攻めだ」と思ってあげられたら、休みたいという自分の気持ちを無視してしまう事が出来なくなりますものね。

> 自分が好きなものをたくさん見つけて、イキイキと生きて行きたいのですが見えてくるのは無気力で無感動な自分ばかりです。

無気力 = 効力感がない状態

つまり、認められていると思えなかったり、やりがいを感じられていなかったりする状態ですよね。
私たちは誰しも「愛されて認められて褒められたい」という欲求を持っています。

イキイキしてやりたい事にあふれた私になりたいというのも、自分の生きる張り合いを感じていたいからですものね。

でも、それを感じられないというのは「認めてもらえない」「どうせ分かってもらえない」と、昨日のしっぽさんがどこかで諦めを感じてしまっていたり、絶望しているからではないでしょうか?

分かってもらう、側にいてもらう、優しくしてもらう、受け止めてもらう、何よりも昨日のしっぽさんの味方をしてくれて受け入れてくれる存在があったら安心していられますし、その人に喜んでもらいたい!と気力も沸いてくると思いませんか??

一番側にいて、一番昨日のしっぽさんの事を理解してくれる「昨日のしっぽさんが自分に寄り添って」あげましょう。

自分が自分に寄り添うことが出来るようになると、分かってくれる人のために「よし!やってみよう!」という気力も沸きますし、何よりも「やってみたい事・試したい事」が生まれた時にも信頼して打ち明けてくれるようになります。

イキイキしていない無気力な私はダメだから…と突っぱねてしまって寄り添ってくれなければ、どうせ私の声なんて…と昨日のしっぽさんの大事な思いを殻に閉じ込めて教えてくれなくなってしまいます。

自分に寄り添うって、自分にしかできない事です。
そして、ネガティブに見えるような思いであっても、イキイキしていなくても「それが今の私」だと抱きしめてあげることが、何よりも大事です。

イキイキしてやりたい事にあふれている輝いている時は、一緒に喜び楽しみ、共感してあげることはやりやすい事です。
その逆で、無気力さや疲労感でいっぱいで動けない時にそれを「共感してもらう」事を必要としているにも関わらず、なんか前向きじゃないから…と突き放してしまったり否定してしまったら、自分を傷付けてしまいますよね。

気持ちって寄り添ってもらい、共感してもらうと本当に楽になります。
問題が解決してもしなくても、分かってもらえるだけでまた前を見ようと思う力になります。

「自分に寄り添う」事の一つとして、自分の中の望ましくない状況や感情に「しんどいんだね。気付けなくてごめんね。」と言ってあげたり「悲しかったのに頑張らせてきちゃったね。前を向こうとして幸せを諦めないでくれてありがとう」と共感してあげること。

「あんなに休憩してばっかりで、今もそんなに頑張ってないのに…」なんて、自分を糾弾して叱ってしまうようなことは今はお口チャックにしてあげましょう。(お口ミッフィーちゃん!と私は呼んでいます。小さなバッテンを手で作って、そっと自分を虐める言葉を封印しちゃいましょうね。)

昨日のしっぽさんは、自分を愛して理解して大事にしようとする作業を始めたところですものね。
3行日記や積極的な休息、土いじりや自分の心を整えるように俯瞰して見る事を意識したり、自分のために愛を注ごうと努力している「自分に寄り添っている最中」です。
とことん寄り添って、自分と仲良くなっていきましょう。
今はその「未知の途中」ですから、具体的にイキイキするための方法を考えて実行するのは、もうちょっと自分と仲良くなって信頼関係が深くなってからにしませんか??

自分に寄り添い切ると、不思議な事に勝手に元気になって前向きになります。
否定的な自分に対しても「いいよ。分かるよ。」と常に側にいて手を握っている人がいると、私たちはいつまでも下を向いていたくなくなっちゃうんです。

この人なら、私のやりたいことを応援してくれるだろうし、失敗しても側で一緒に泣いてくれるだろう、と心から安心できれば、やってみるから力を貸してね!応援してね!!と前に進みたくなります。

なりたい自分の姿があると、どうしてもそこから離れている自分は「このままではダメなのに」と叱責してしまいたくなりますが、そこから離れているという事は

これから変化を楽しめて、うーーんとやりがいのある事が待っている

という見方も出来ますものね。
元気になって「やってみたい事」が一つ、二つ、と見つかっていくのは、それこそ宝探しをするように楽しい時間が待っているんだとしたら、今はその宝物を探すために、とことん休んで体力をつけたいと思ってあげられるようになるのではないでしょうか?

動けない時間も大事な時間です。
休む時間は遠回りしているようで、案外近道になることだってあります。

私自身、自分を責めることをやめて「寄り添う事」「理解しようとする事」「分かってあげること」を意識するようになってから、ダメな自分や身動きできない自分を受け入れてあげることができるようになり、そうしていたら勝手にイキイキしたくなって行きました。

立ち止まっている時は「大丈夫かな?」と先が分からず不安にもなりますが、自分を理解しようとするというのはとっても素敵な事ですから、ぜひ、昨日のしっぽさんがとことん自分に寄り添ってあげて、ご自身の一番の親友になってあげてくださいね!!

一番の親友にどんな風に接してあげたいでしょうか?
一番の親友をどんな風に愛してあげたいでしょうか?

それをたくさん自分に与えてあげて、疲れて前向きになれない今の状況に優しくしてあげてください。
きっとその優しい思いは心を耕し、いつかきちんと芽を出して幸せの花を咲かせます。

大丈夫、ゆっくり、ゆっくり、自分を幸せにさせるために愛を注いでいきましょうね。

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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