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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】無職で躁鬱。服薬治療を10年以上。寛解の見通しが見えない。

マミコちゃん、手々の皮がボロボロむけて ビヨインの先生から お薬のハンドクリームするように 言われちゃったんでち

こんにちは。
あなたの心の痛みや悲しみの傷に優しく絆創膏を貼る「心の保健室」を目指しているマミコです。

顔がカサカサ・真っ赤になって洗顔で水をつけるのも痛い!という状態になってしまい、今年になって早々に皮膚科に行き投薬&塗り薬での治療を続けています。

が…
原因はハッキリせず、皮膚が敏感になり刺激に対して過剰に反応しているらしく、マスクも長時間着用すると真っ赤になり細かい発心が出てしまいます。(2時間くらいが限度)

通院から3週間となった先週、赤みが少し改善してきてよかった…のですが、手や足の皮が乾燥し過ぎてボロボロするので診てもらうと、どうやら「敏感肌」と言われ、ハンドクリームのようにこまめにクリーム状の薬を塗るように指示されました。

塗り始めてもうじき1週間ですが、おかげでだいぶ手の乾燥は落ち着いてきました。
ずっと自分の肌は頑丈だと思っていましたが、意外にも敏感だというのを知ってびっくりしています。
というか、体質って変わるのかもしれませんよね??

今週また診察の予約があるのですが、回復していて飲み薬や塗り薬が減るといいなぁと思っている私の皮膚事情を勝手にお届けした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

34歳で実家暮らし。
無職で躁鬱。服薬治療を10年以上。寛解の見通しが見えない。
主治医から一般企業への就職は無理だろうと言われている。
障害者求人でしか働くことを許されていない。
働くにしてもB型作業所と呼ばれる場所で長期間金にならない仕事をしないといけない、いつ就職できるかもわからない、両親は3月で退職。
金も未来もない、死ぬ方がいい。
ご相談:ldi3さん

ldi3さん、こんにちは。
躁鬱病とお付き合いされているとのことですが、今はもしかしたら「うつ」の状態が強いのでしょうか??

私たちの感情は一定ではなく、上がったり下がったりと揺れ動きますが、躁うつ病を患っていらっしゃるのであれば、その上げ下げの幅が大きく、ldi3さんはその波に振り回されてヘトヘト…なんてものじゃないですよね。

病気が見つかってからの10年以前からもきっと、病気に振り回される「生きづらい状態」の中でldi3さんは生きてこられたんだと思います。
私は病気と診断されるほどの上げ下げではないものの、突然不安になる事があり、気分がガクンと落ちる事や揺れ動く時に「しんどいなぁ。波がなければいいのになぁ。」と泣けて来たり悲しい気持ちになりますが、それ以上に大きな幅で気持ちが揺れる状態を体験されているldi3さんが、どれほどのしんどさの中で日々暮らしているのでしょうか??

私は今、離婚して独身に戻ったのですが、結婚してすぐに旦那さんだった人が「重度のうつ病」になりました。
その時に彼が幾度も言っていたのが

やりたいと思う事も出来なくなる事、何も出来なことで自分にどんどん自信を無くして悲しみがより深くなる事や、とにかく心が晴れずにうっとおしい重たい気持ちが1日中付きまとい、好きだったことにも興味を持てなくなり、何をしても「楽しい・嬉しい」という気持ちが持てない上に、生きている価値がないと自分を責める気持ちが強く湧きあがるという事でした。

朝起きた時から、絶望しているんですものね。
起きた途端、心がモヤモヤと重くて「また今日も生きていないといけないのか…」と感じるというのは、どれだけ苦しいのでしょう。

鬱状態が酷い時は、自責の念も強く出ますし自己嫌悪で死にたくなってしまうこともあると思います。
自殺念慮も強くなってしまい、実際に自殺を図ろうとしたり死についてのあれこれを考えてしまう時間も長くなる事もあると思います。

それくらい、鬱の時の落ち込みって辛いんですよね。
辛いとかしんどいとか、そんな言葉では言い表せないくらい「筆舌に尽くしがたい」苦しみの中にいるんですから、生きる希望を失いますよね。

躁鬱病と言う事ですから、状態のいい「躁」の時がある分だけ、鬱になった時は苦しさが大きいですよね。(躁状態もまたエネルギーを使い疲れますよね)

ずっとこの病気が続き、病気に支配されて「つきたい仕事にもつけず」「病気とどれくらい長く付き合う必要があるか」を考えたら、途方に暮れてしまいますよね。
希望を持てないって、生きていく中でとっても辛い事ですものね。
未来が真っ黒で絶望しかないと思ったら、私も同じように、生きるのをやめたくなっちゃうと思います。

生きている中で理不尽に思うこと、叶わない事、ごくごく普通の「当たり前が奇跡みたいに見える事」があると、やってらんないよ!!って人生そのものをリセットしたくなるのに、そうできずに「生きるしかない」のは辛いですよね。

病気を抱えながら生きていくしかない中で、ldi3さんはきっと沢山「自分を改善させよう」「普通になりたい」と試行錯誤されたと思います。
それなのに気分の浮き沈みによって「やれない事」「周りに迷惑をかけてしまうこと」「分かってもらえない事」「周りを傷付けてしまう事」などでさらに自信を失い、ご自身を責めることが多々あったのではないでしょうか??

調子のいい時と悪い時の差が激しければどうしたって、自分という存在が「一体何者だろう?」と分からなくなりますし、お仕事にチャレンジしようとしてもうまく行かない事や怖れが強ければ、自信もすり減り自分を嫌いになる気持ちが止められなくなりますよね。

自分を嫌いになってしまうのですから、楽しいとか幸せなんて感じられませんし、そうやって生きるのは苦しい時間です。

私たちはそれぞれ「持てる力」「走れる速度」が違います。

誰かにとっての当たり前と同じことが出来ない人も沢山いますし、その逆にあれこれできる人もいます。
それは人間の「出来」ではなく、単なる違いでしかないのですが、やっぱり出来ることが多い方がよく見えてしまいますよね。

私自身、うっかりしている事が多く、頭もよくないので「他の人がスムーズにできる事」が出来ずに遠回りしたり時間がかかることがたくさんあります。
それをいけない事だと思い、自分を否定・嫌悪していた時期もありますが、どんなに鞭打っても

やれない事はやれないんですよね。

それはまるで、チューリップの花が「私はヒマワリがいい!」と言ってもヒマワリになれないのと一緒なんですよね。
チューリップとヒマワリは同じ「花」ですが大きく違っています。
大きく違いがあるけれど、どちらかに優劣があるわけではありません。

あとどれくらい「生きなければいけないのか」は本当に分からないけれど、もしも生きることをマラソンに例えるならば、ゴールするまで「いかに楽に走るか」「いかに自分のペースを見つけるか」が大事になると思うんです。

頑張り過ぎて飛ばしてしまえば息切れして続けられませんし、立ち止まった自分を叱責したくなると「自分を攻撃する」ことになり、やっぱりとてもつらい事です。
やれない事が多く、もっと…と手を伸ばしたくなると思いますが

生きていくうえで、辛くなるまで自分を頑張らせない。
自分の出来る範囲の事をやれたら「まる」を自分に付ける。
無理して自分を傷付けない。
3日坊主を繰り返すことでいい。
自分の力以上のことを目指さなくていい。

そんな風に、自分に言ってあげられたらいいですよね。(とはいえ、本当に理想論ですけれど、ね)

ldi3さんの病気の辛さとは違いますが、私は自分のことを少しも好きではなく自己否定・自己嫌悪して生きてきました。
生きづらくて、自分を嫌いで、消えてしまいたいと思う事も沢山あり、なんで生きているんだろう?なんで生まれてきたんだろう?

何で私は私なんだろう??

と自分のことが受け入れられず、そんな自分を変えたくて「自分を好きになるためのあれこれ」を何年も、何度も実践しました。
その度にうまく行かず、自己否定をつのらせることをしてきましたが、今はだいぶ自分と仲直りをして「これが私だからしょうがないよね」と言ってあげられるようになり、日常は以前と何も変わらなくても幸せだなぁと感じられるようになりました。

自己肯定感を上げる、自己受容する、という言葉で表現されるのですが、私はこの「自分を受け入れる」というのは

自分のやれることを受け入れる、自分の弱さに折り合いをつけて「いい意味で妥協する事」なんじゃないのかな?と思っています。

しょうがないよね。だって、これしかできないんだもん。
しょうがないよね。だって、これが私なんだもん。

しょうがないって思う事、どうしようもないって言ってあげること、うまく表現できないけれど「プラスの方向に諦める」という感じでしょうか??
私はそうすることで、自分の持てる力以上のことはできないから…と自分をだいぶ許してあげることが出来るようになりました。

病気による気持ちの大きな揺れとも戦いながら、生きるのをやめたい中で生きている事はどれだけ苦しい事でしょう。
自分ですら自分のことを持て余したり、嫌いになる事がある中で、人から誤解されたり受け入れてもらえなかったり「分かってもらえない事」もきっとたくさんあると思います。
その中で生きるって、過酷です。
本当に良くやっていらっしゃると思います。

鬱の状態の時は、生きる力すら湧かない時間が続くと思いますから、この時はただ「時が過ぎるのを待つ」だけでいいので、どうか生きていてください。
生きていたら、何かのタイミングで「生きる希望」が見つかるかもしれませんし、病気との付き合い方に何か変化があったりするかもしれません。

また、病気状態にもよりますが「障害者年金」を受給できれば、少しではあっても金銭的な不安が楽になるかもしれません。
頼れるもの、利用できるものは最大限に活用して、少しでも余計な負担を軽くするのも病気と共に生きる上で大事な事だと思います。

未来が見えない時は、未来を見ようとしなくていいと思います。
足元を見て、今日この数時間を堪える事だけでいいはずです。
無理に未来を見ようとしても、見えない時は見えないんですもの。

私も自分が「人生のどん底」にいた時期には、光なんて見えなかったですし、また未来に笑える日が来るなんてちょっとだって思えませんでした。
だから、その日を生きる事だけで、絶望の中にいる自分が「今日一日を乗り越えただけ」でヨシとしました。

人生には「調子のいい時も悪い時もあります」から、今が特に「悪い時」であればいつも以上にスローペースにしてあげてください。
ldi3さんの苦しみや悲しみ、絶望や病気のことをきっと分かっていない部分が沢山あったと思いますが、少しだけでもその苦しい気持ちや「生きていたくないくらい希望がない状態」を分かりたいと思い、お返事を書かせていただきました。

ldi3さん、ここに気持ちを届けてくれてありがとうございました。
今日の気分はどうですか?生きている事は昨日より少し楽でしょうか??
大きな波の中で生きているldi3さんが、少しでも「総鬱の状態が凪」になれる方法が見つかりますように。

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