周りの幸せを素直に喜べない私は性格が悪い…って思わなくていいんだから、ね。
気がついたらもう9月も後半戦に突入。
明後日はオニクリ…でもあり「秋分の日」だなんて、まったくそんな感じがしない暑さが続いていますよね~~。
とはいえ、真夏のような「早朝から深夜まで」の強い暑さではなく、朝晩はそれなりに涼しい時間帯もありますし、ここ数日は網戸にしていても過ごせるかな?という温度の日もあるのですが…
仁くんが全然ダメでして、我が家は今も24時間エアコン稼働DEATH!
エアコンは28度設定なのですが(それでもキンキンに冷えます)、朝晩になると外気温との差があまりなくなることもありエアコンがシーンとします。
なので、エアコンを切って網戸にした途端にハァハァし出し、エアコンセンサーでも内蔵しているんじゃないか?!と思う勢いで、仁くんの呼吸が荒くなります。
気温だけではなく、湿度にも影響されているのでしょうし、風の入り方もエアコンと違ってまばらなのかな??
私やギンちゃんは網戸でもいい季節ではありますが、仁くんがしんどいようなので、もうしばらくエアコンフル稼働の日々が続きそうです。
今年は暑さが続いているので10月くらいまでずっとエアコンを使っているのかなぁ??
とはいえ、私は寒いよりは暑い方が好きなので、エアコンがいるくらい暖かい方がありがたいのですけれど。えへへ。
そうそう、ほぼ1か月の間24時間エアコンを使っていた我が家ですが、電気代がいくらになるんだろう?とドキドキしていた結果が
9,846円
という、まさかの1万円を切る価格でホッと一安心。
電気代も上がると言われていたので、2万円近くになるんだろうな…と覚悟していたので、嬉しい誤算にニヤニヤ。
嬉しかったので、楽天でポチッと気になっていたシールを買っちゃいました。
昨年は24時間稼働ではなくタイマーで夜中にエアコンが切れ、早朝にエアコンが入る設定にしていました。
エアコンの使用方法や部屋の間取りなどによっても違うとは思いますが、一時的にエアコンをオフにするよりも、24時間つけっぱなしの今年の方が電気代がお安くなっていてビックリでした。
やはり稼働する際には「えいやっ!」と負荷がかかるのは人間と同じなんだなぁ~と、電気代を見て思った夏の振り返りでした。
* * *
先日、妹が仲よくしている女友達が、不妊治療を諦める!と決めた途端に赤ちゃんを授かったという嬉しいニュースが届きました。
妹の友達ではありますが、私も「お花見」「ビアガーデン」などなどのイベントごとに誘ってもらって混ざっていたので、友達…というか「クラスメイト」の妊娠報告を受けたような気分。
顔が思い浮かぶし、不妊治療をやめようと思った矢先だし、本当に良かったね!!とお祝いできるのが嬉しかったのですが、妹はどうやら複雑な気持ちのよう。
もちろん、大好きな女友達が「妊娠を望んでいて、それが叶った」ことは、本当に思いっきり嬉しい。
のだけれど…
自分だけが置いて行かれてしまったような、友達が違う世界に行ってしまって取り残されたような、なんだか切なく寂しい気持ちになったのだそう。
妹は結婚してはいるものの、子どものいない夫婦。
不妊治療をしている(またはしようと思っている)訳ではなく、かといって絶対に作らないと決めている訳でもない状態。
別に現状に不満がある訳ではないし、子どもを積極的に望んでいる訳ではないのに、自分と同じような世界にいた友達との間に「見えない壁」「違う世界の境界線」が出来てしまったかのような、寂しさと羨ましさと、色んな感情がごっちゃになったような気持ちを味わっていたようです。
うんうん、分かるよ。
うんうん、近しい存在だからこそ、嬉しいのに「羨ましい」「寂しい」って思っちゃうんだよね。
嬉しいんです。
だって、大好きな友達が望んでいたことが叶った「おめでたいこと」だから。
もちろん、ほんっっっとうに嬉しいのに、でも同時に近い存在だからこそ感じる「羨ましさ」が湧きあがったりもするんですよね。
友達の幸せを無条件で喜べない自分は、最低だ…
親しい人のおめでたいニュースが羨ましい…を通り越して”妬ましい気持ち”になる私って、性格が悪い…
凹んでしまった心が痛いのに、そう思った自分をさらに責めて、ますますモヤルことってありますよね。
でもね、本当は『自分が一番喜んであげたい』って思っているから、それ以外の感情が湧くことに罪悪感や嫌悪感を感じるんじゃないでしょうか?
無条件で、誰よりも祝福してあげたい!って思っているからこそ、そんな自分に対して嫌悪感を感じるんじゃないのでしょうか?
そして、自分が手にしていない「幸せ」「いいなぁ」というものを目の前にしたら、羨ましいという気持ちが堰を切ったように湧きあがるのも、全然普通のことですよね。
だって、私だって「こうありたい」という幸せを叶えたいって思うから。
嬉しいんです。
そして、同じくらい羨ましいんです。
私はパートナーシップを望んでいるけれど、今のところ「無風・無音」のまま離婚してからの歳月が過ぎています。
あっ!片思いはしていますよ。でも、片思いのままで何も起きていません。(つーっ。頬を伝う涙。)
そして離婚してから数年の間に、独身だったお友達や、離婚経験のある同僚などが次々に「結婚」を叶えて、幸せ報告を聞かせてくれています。
くはーーーっ。
おめでとう!!(涙)
いいなぁ、本当にいいなぁ。羨ましくて泣けてきちゃう。
よかったね、嬉しいね!
こんな感じで、同じように「結婚」を望んでいた友達の「思い描いていた夢が叶った」ことが嬉しいと同時に、私にはその奇跡のかけらも起きていないことを感じると、羨ましくてションボリした気持ちにもなっちゃいます。
だって、喉から手が出るほど叶えたいのに、私にはまったく叶わないんだもん。
私だって努力していないわけじゃないのに、神様、どうして私には奇跡が起きないのでしょうか?
そして、心がグッと凹んで羨ましさが「喜び」の邪魔をする自分に対して、なんて嫌な奴だろう…って自己嫌悪しちゃうんですよね。
でもね、この「羨ましさ」「自分だけが取り残されたような寂しさ」って、きっとみんなそれぞれに感じたことがあるんだと思うんです。
人前で言わないだけで。
でもね、ちょっと考えてみたら、もし私が順風満帆で願ったことが何でもスイスイ叶っていたら、大好きな人たちの「幸せ報告」を聞いても、無条件で「よかったね!おめでとう!!」って言えるのかもしれません。
チクッと心がつねられたように「羨ましい」「寂しい」を感じるのは、それだけ自分が「傷ついてきた」「うまくいかないことがあった」「叶わないことに涙してきた」からじゃないのでしょうか。
もし私がパートナーシップがうまくいっていたら、結婚報告にはただただ「やったね!!」って笑えるだけだったでしょう。
でも、羨ましいと心がつねられるのは、私にはそれが叶わなくて涙が出る日があるからなんですもんね。
誰にでも起きている「当たり前」。
(中略)
世の中の日常で繰り返される平凡な現象が、自分にとっては「奇蹟」に映る。
(中略)
当たり前だったことが、当たり前でなくなった時。平凡につまづいた時。
人は手を合わせて、祈るのだろう。
(引用:東京タワー オカンとボクと、時々、オトン/リリーフランキーさん著)
みんなそれぞれに、隣の芝が青々して泣ける日ってきっとあるはずです。
身近な友達、大切な人の「幸せ」を妬んでしまったり、寂しさを感じて、重たい感情が邪魔をして素直に無条件に喜べないことがあっても、どうかどうか、自分を責めないでください。
羨ましさや寂しさを感じるほど、傷付いたことがあったり、諦めてきたことがあるんだから。
そしてね、順風満帆だったとしても、何でつまずくかなんて分からないから、今無条件で喜べている自分が、「人の喜びを羨ましいと思う側」になるかだって、分からないんだものね。
でも、羨ましいと思っちゃったとしてもいいんです。
羨ましいものは、羨ましいんだから!(忍法開き直りの術)
私は子宮を摘出した際に、12センチくらいの切開痕ができました。
手術から時間も経ち、術後に感じていたような痛みや引き連れる感じはなくなり、傷跡もかなりきれいに「横一線」になっています。
普段はお腹を切ったことなんて思い出すことはないけれど、でもふとした時に傷の周辺がヒンヤリ冷たくなり、その部分の皮膚感覚がマヒしていて痺れます。
あぁ、そっか。
傷があったんだもんね。
普段は全然意識していないし、思い出すこともないけれど、ふとした時に「傷がある人」はその傷痕を思い出すことってありますよね。
傷がなかったらいいけれど、傷があるからしょうがないんです。
時々思い出しちゃったり、ふとした時にその傷に気付く出来事がある。
傷があるから、傷を負ったから。
そしてね、心の傷も、心が折れるような挫折経験もあるのに、それでも「羨ましいと思っちゃうなんてダメだ!」と素直に喜びたいとまで思える、優しいあなたのことをほめてあげて欲しいんです。
過去に傷付いたか自分の傷がチクッとしているのに、それでも誰かの幸せを喜びたいと思えるほどに素敵な自分がいることを、全力で褒めてあげてください。
と当時に、こんなに羨ましいと思っちゃうくらい色んな過去を持ちながらも、頑張って生きているだけで偉いよね!って自分を誇ってください。
誰にも見せない、私だけが知っている傷があるのだから。
…って言われても、自己嫌悪している時には自分をほめる・誇るんなんてできませんよね。
ということで!!
私が代わりにほめちゃいます。
いくよ、せーーのっ!
– – – – – –
あなたは誰かを羨ましいと思っちゃうくらいに頑張って生きてきたのだから、もう十分過ぎるほどにエライんだよ。
何を思っても、何を感じても、あなたはもうすでに100点満点。
あっ、そうそう、今日は特別に5%増しの日だから「105点」なんだから!!
どうか自分を嫌い過ぎないでね。
あなたの幸せを、祈っているからね。
– – – – – –
私も自分を嫌いになっちゃう日もあるけれど、そんな私のこともまるごと「振れ幅ある私って、よくなくなくなくなーい?!」って煙に巻きながら、自分に「マルッ!」って言っています。
羨ましさや寂しさは、勝手に湧きあがるのだから、あなたも私も、感じてしまう自分を責めすぎないであげられますように。