「折れないしなやかさ」は「ブレない」ということではない。ブレても戻れる柔軟さがある方が、人はきっと強い。
GWだー!と浮かれていましたが、今日から5月。
私は季節の中で「5月」が一番好きです。
なんというか、日差しが明るくて緑が生まれ出すような明るい緑色で、なんだか5月の外の景色を見ていると「希望」が湧くような不思議な感じがするんです。
なーんて、4月の半ばくらいからだんだんと日差しは明るさを増して、5月と同じくらい気持ちよくて好きなんですけれど。えへへ。
さてさて、私は今日は仕事だったのですが、朝早起きしたので(昨日、眠さに勝てずに早く寝ましたが)、仁くんと朝のお散歩をして帰ってきてから簡単な朝ごはんを食べて身支度を整え、それでもまだ仕事を開始するには時間がたっぷりあったので、
一人朝活!イエーーイ!!
と意識高い系を気取って、グリーフケアの本を読み返したところ、その時には気付かなかった視点で突然「あっ」と思うものがあり、短時間ではありましたがとても収穫のあった時間を持てました。
グリーフケアの教本の中に、レジリエンス(resilience)と言う言葉が出てきます。
本の中では柳の枝のイラストが添えられており、「しなやかで強靭、折れずに回復する力」が喪失という困難で絶望的な状況にうまく適応する力になるということが書かれていました。
逆境からの立ち直りに必要な「レジリエンス」は、人間に備わっている素晴らしい力であり、思考の柔軟性がある方が、その力は発揮されやすいということが教本に手書きでメモされていました。
柳の枝はしなやかさがあり、しなることで折れずに揺れます。
しなやかさがない頑丈な枝は、外側からの強い衝撃に「しなって耐える」ことができずに、ポキンと折れてしまいます。
考え方によっては、このポキンと折れた枝には、新しい脇芽が生えてきて「それまでとは違う結果」を得ることもできるでしょうから、どちらがどう…ということは一概に言えないような気もするのですが、でもやっぱり「折れるよりも折れない方が」回復するのは楽ですし、何より痛みも最小限で済みます。
大きな困難に直面した時にも、私たちには「回復する力がある」という意味で、レジリエンスを信頼して待つということが大切だということは理解していたつもりでしたが、今日改めて気付けたことは
枝がしなる=大きく揺れ動く
ということでした。
折れてしまわないだけで、決して楽なんかではないんです。
回復する力があるとしても、それは「大きくしなって揺れ動き、ブレまくる」から、振り回されてしんどいんです。
いくら私たちには「回復する力がある」と言われても、振り回されてしなり切っている枝の状態の時は、本来の自分の軸からはズレたようにも感じますし、なによりも苦しい時間に支配されて、自分自身がヘロヘロになってしまっています。
ブレ幅が少なく自分をしっかりと立たせて、軸が通っていた方が生きやすいからこそ、自分軸や自己肯定感が持てるようにと自分に栄養をあげ続けますが、自分と言う幹や軸は、まっすぐな強さよりも「どれだけブレようともしなやかにたわんで『その状況と共存できる』軸」になれている方が、きっとどんな困難や痛みに対しても強いんだな、って。
どんなに自分の軸をしっかり立たせて揺れない様にしようと思っても、私たちはこの地球上でたった一人で生きているのではなく、色んな人と共に生きているので、周りの影響で軸がぶれることもあります。
また、愛する存在や大切なもののために、自分の枝が大きく揺れても手を差し伸べたいと思う愛も持っています。
ブレないんじゃない。
大きくブレる自分を、少しでも楽にしてあげて、ブレても戻れるしなやかさを大いに褒めるべきなんですもんね。
人生には「まさか」が突然やってくることがあります。
嬉しい「まさか」もあれば、来てほしくないような「まさか」もあり、体験してみるまでは「絶対にこんな風にはなりたくない!」と思っていた自分が、大きな衝撃を受けた結果「まさか私がこんな思考をするなんて…」というくらい打ちひしがれてしまい、自分の道を見失うこともあります。
ブレない強さも素敵ですが、確固たる信念やブレない自分軸よりも、「たわんで揺れ動き、思いっきりブレても大丈夫」と言える、しなやかな自分軸を持てたら素敵ですよね。
自分軸や信念が、曲がったってブレたっていい。
またゆっくりと寄り道しながら、自分の大切な軸に時間をかけつつ戻れればいい。
そう思ったら、なんだかちょっと「ブレる自分」でもいいかもしれないな、ってニッコリしました。
柳のように揺れる、しなやかでフラフラしちゃう自分でいい。
ううん、むしろ「レジリエンス」という観点で見たら、ブレても折れない私になれた方がいい!!
それに、ブレた先で見つけられるものもあるはずです。
他人軸…となってしまうとしんどくなるけれど、しなやかな自分軸は、他人軸のように見えることがあっても軸は自分です。
それに、他人と痛みや哀しみ、喜びや怒りをともに揺れながら感じられるのも、生きている醍醐味でもありますし。多少は相手軸で揺さぶられてもいいじゃない!って自分に笑ってあげられるくらいの余裕が「しなやかなたわみ」なのかもしれません。
大事なことは、揺れないことではなく『大きく揺れる自分』でも大丈夫、と自分を優しく愛おしく信じることなんだなぁ~と、今朝の朝活でレジリエンスと言う言葉を見て感じました。
なんならね、大きく揺れてブレた先で見つけた「自分の軸がまっすぐな時には見えない世界」を楽しんで、そこで収穫を得て実をつけてしなって戻ってくることだってありなんですもんね。
ブレちゃう自分がいたら、そんな自分を責めずに一言、こう言ってあげてください。
しなやかな私がいるね、って。
しなやかは強いんです。
ポキンと折れるよりもずっと。
そしてしなやかさを持つ人は、自分がブレたり揺れるからこそ、人のブレや揺れにも理解を示しやすく愛情を持って接することが出来るはずですから。
ではでは。
これから魔女っ子・3人娘での『推しへの愛』を語り合うYouTubeライブなので、お茶を準備してスタンバろうと思います!
後ほど、YouTubeライブでお会いしましょう!!