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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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ゆるやかに笑って「自由」に感じながら、これからも共に生きたい

4月とは思えぬ極寒ぶりですね…

朝のワイドショーで、4月とは思えぬ「積雪」の映像にビックリ。

私たち2魂が暮らす新潟市は、桜の開花の声はまだ聞こえていませんが、関東方面は桜が満開な時期にいきなりの寒さのようですよね。

幸いにもこちらは積雪がなくて済みましたが、先週は季節を飛び越えたようなホカホカ陽気だったこともあり、急な冷え込みは「骨身に染みる…」。

ギンちゃんと一緒にガクブルしたため、ぬくぬくと暖を取るように暖かいブランケットにくるまって過ごしています。

寒暖差に体調を崩してしまわれる方もいらっしゃると思いますが、暖かくして栄養を取って、季節の変わり目を共にしなやかに乗り越えましょう!!

* * *

私はノートをまとめるのが好きで、B6サイズ・全面方眼の『NOLTYノート』を愛用しています。

とにかくなんでも雑多に「いいと思った言葉」たちを書き込んでいたのですが…

チマチマしていて目がチカチカしますですよ

ちょっと古い写真ですが、とにかく「字が小さくてチマチマしている」ため、1ページの掲載内容が多い!

誰かに見せるものでもなく、私が読み返すだけなので「これはこれでOK」なのですが、心理学的な話からスピなこと、恋愛絡み、哲学、本の言葉、グリーフケアに関すること、小説の素敵なフレーズ、ネットで見つけた言葉…と

見つけたら書く

というスタイルのため、「気になる言葉」を後から探す際に、少し時間がかかります。

細かくノートを使い分ければいいのかもしれませんが、思いついたら「すぐ自由に」書き込める方が私には合っているので悩ましい。

でっ!!

基本的には雑多で無問題(モーマンタイ)ですが、グリーフケアに関することだけは別に分けたほうが「自分にとって便利」だと思い、去年の夏から2冊使いをはじめました。

冒頭のギンちゃんの横に立てかけたのは、数日前にXでつぶやいた「ピンクのノート」で、グリーフケア・ターミナルケアに関する言葉をまとめているもの。

細長いタイプのノートですね

ずっとB6ノートを愛用していましたが、去年使い始めた「ほぼ日手帳weeks」という縦長いものが使いやすかったので、A5スリムという細長いノートを購入しました。

・縦長タイプ
・薄すぎない(120p以上)
・紙がザラザラしていない
・全面方眼
・方眼の色は薄くてマス目が細かい
・糸綴じ

というのが「私がノートに求める条件」のため、選択肢がグッと狭まる中、最高に好みのノートがあったんです!!

ピンクのノートは表紙がツートンタイプ

じゃーん!
このノートは『ノウト通販』で販売されている、限定タイプのもの。

今年は2タイプが販売されていて、ビタミンカラーのノートも買い足しました。

メーカーさんがノートの紹介文の中で『つるつるすべすべで、しかも不思議なしっとり感』と表現されているのですが、本当になめらかでしっとりしている、不思議な紙!!

控え目グレーの3㎜方眼

全面…ではなく『ほぼ全面』な方眼ですが、3㎜という細かさと薄くて邪魔にならないグレーがすごく使い勝手がいいんです!!

はぁ♡

縦長になってもチマチマは健在ですね

それなっ!!

相も変わらず「チマチマ」ではありますが、好きで集めている言葉たちに、私はいつも助けられてきています。

雑多なB6のノートも、縦長のグリーフケアに関するノートも、どちらにも共通しているのは

私の心が動いたもの
私が大切にしたいもの
私のために残しておきたいもの

を書き留めていること。

だからこれは、自分のための「お守り言葉」「お薬言葉」がいっぱいで、何でもないときにも、何かあった時にも

自分を助け、自分に優しく染みる言葉

が並んでいる、私専用の救急箱のようなものです。

* * *

雪深い時期に借りた本

年末年始、図書館から借りて読んだ『どうして死んじゃうんだろう?いのちの終わりを巡る旅』(細川貂々さん著・晶文社)の中にも、とても印象的な言葉がいくつもありました。

ブッダのお弟子さんアナン、ソクラテスやイエス、イスラムの詩人ウマル、宮沢賢治、エリザベス・キューグラーロスなど、様々な人に出会う旅の中で死について考える本。

この本の言葉のいくつかも、ピンクのノートに書き留めてあります。

個人的にとても印象的だったのが、エリザベス・キューブラーロスの章でした。

キューブラーロス博士は、死にゆく人が終末期に辿る受容までの過程を「5段階」で示したことで有名な精神科医。
私もキューブラーロス博士の『死ぬ瞬間』という本を持っています。

後にご本人が、脳梗塞を患い左半身が不自由に。
車椅子生活を余儀なくされる上に、何度も発作に見舞われ、死と向き合うことになりました。

その時のことが「どうして死んじゃうんだろう?」という本に描かれていて、とても印象的だったのでノートに書き留め何度も読み返しました。

実際私は、脳梗塞を何度もくり返して、体が動かなくなったことを受け入れることができてない。自分自身の学説にあざ笑われてるような気持ちです。
  (中略)
失ってしまったものは二度と手に入らない。
かといって簡単には、受け入れられない。
(引用:どうして死んじゃうんだろう?いのちの終わりを巡る旅/細川貂々さん著・晶文社)

これまでたくさんの「死にゆく人」の側で真摯に死と向き合ってきたキューブラーロス博士であっても、自分のこととなったら『自身の学説にあざ笑われているような気持ち』『簡単には受け入れられない』と言っています。

なんと素直で、なんと人間らしいのでしょう、ね。

実際に自分の目の前に「不自由さ」「死という理不尽さ」が現れたら、誰しもがうろたえますし受容に至るなんて至難の業です。

キューブラーロス博士だって、いつしか受容にたどりつくとしても「現実と折り合いをつけている最中」であれば、葛藤しますし怒りや取引き、抑うつなどの心の揺れや乱れがあるのが当然です。

私自身、この言葉にとっても勇気づけられました。

いくら理解し、学びを深めて知識を持ち、共通の言語で話せる心強い仲間がいたとしても

自分の大切な存在を亡くした後には、深いグリーフに落ち込むだろうし、それでいいのだ、と。

そして実際、仁くんが亡くなった後の私は、自分でも苦笑いしちゃうくらいに取り乱しましたし、ゆっくり「時間という良薬」の力を借りて元気を取り戻してはいますが、今でもまだ悲しみは心の大きな場所にドッシリと居座っています。

情けなくてもいいし、いくら学んでいても「ダメダメ」でいい。

そう思ったのが今年の初めで、それから2か月という短い時間の後に仁くんを見送ることになりました。

不思議だね。
自分に必要な情報というのは、ベストなタイミングで供えられているんだね。

* * *

キューブラーロス博士は、「蝶の絵」について言及しています。

一つ目は、ユダヤ人強制収容所でガス室に入れられ、もうすぐ死ぬという子どもたちが必死に爪で彫ったもの。

二つ目は、自身が立ち上げたホスピスで、余命いくばくもない小児がんの子どもたちが描いたもの。

「魂」を表す古代ギリシャ語はプシュケーというものですが、他にも「蝶」を表す言葉でもあるそうです。

小さな子供たちは、蝶がプシュケー(魂)という意味を持つということを知っていないはずなのに、共通して蝶を描いている。

そこでキューブラーロス博士が、蝶を描く子供たちに「これは何?」と質問すると

「ぼくはこれになるよ。これになってお空に飛んでいくんだよ」

と答えたのだそう。

グリーフケアを学んでいる中で、亡くなった人の気配を感じたり、蝶や鳥や風といったものに「故人を感じる」ことをよく耳にしますが、もしかすると『魂が蝶のようにヒラヒラと自由になり』、遺された人に柔らかく「大丈夫だよ!」と伝えているのかもしれませんね。

過去の肉体は脱ぎ捨てているため、同じ形で現れるのは難しい。
でも、目に見えない…と伝わらなくて困っちゃうから、蝶や葉っぱや風や鳥といった「感じれれる・目にできるもの」を通して、違う次元から『不思議なほど軽やかに』、愛する人に愛を送っているのかもしれません。

他の人から見たら「そんなことないでしょ~」と言われちゃうくらいささやかな、本人だけが気付く不思議な再会。

仁くんが亡くなって2週間が過ぎた頃、マンションのエレベーターの真上に

めちゃくちゃ大きな蛾

が突然現れました。

セミみたいな色をしていて、お世辞にも「キレイ」ではなく、巨大で目を逸らしたくなるような蛾。

少しずつ仁くんの死を受け入れようとしていた時期だったのですが、この蛾を見たら不思議なのですが

あはは。
仁くんったら、これは蝶じゃなくて「蛾」だよ~。
間違っちゃったとか、そういうの仁くんっぽい!!
めっちゃウケタよ~。
ありがとう、仁くん。

と思わず笑ってしまいました。

蝶と蛾を間違えるって、なんて愛おしいのよ!!
最高かよ!!

しかも、めっちゃ大きくてグロテスクで、お世辞にも「かわいくない」のに、気味の悪い蛾を見て号泣しながら大笑いました。

蝶も蛾も、風も葉っぱも、鳥も木漏れ日も、いろんなものを通じて「勝手に気配を感じる」だけかもしれませんが、それでも愛おしい存在を感じられるって幸せです。

仁くんとは全く関係なく、ただ単にそこに偶然「大きな蛾」がいただけかもしれないけれど、私が自由に解釈して、軽やかに心を弾ませて、自分なりに暖かい受け取り方をして笑えたら、それでいいのだもんね。

きっとここからは、だんだんと「哀しみもありつつも暖かく思い出せる」ようになっていけるはずです。

仁くんとの日々は、宝物でした。

ギンちゃんと仁くんと、他愛もない毎日を重ねることが、私の生きる力になっていました。

これからは少し形を変えてしまうけれど、私が振り返るとそこには「宝物」の時間がいつだって変わらずに残っています。

自由な思い込みや感性で、緩やかに笑いながら過去を思い出せる私になろう。
思い出している時間は、色褪せることなくそこに「生きた命」と繋がれるのだから。

クスクスしちゃう自由で楽しい、そんな気配を感じられたことは、きっとお空の上から仁くんが「チチンプイ」とかけてくれたとっておきの魔法かも。

ギンちゃんと揃って「蛾って、ないわ~」と笑ったことも、きっとお空の上からニヤニヤしてみてるんだろうなぁ。

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