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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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大きなアイス、モロゾフのチーズケーキ。幸せに対してもっと素直でいいし、感じ方は自分の物差しで決めていい。

マミコちゃんが お給料日・きゃふ♡って言って 大きなアイシュを買ってきたでち…

こんにちはー。ちはー。ちはー。(← 大好物のひとりやまびこ)

私の勤めている会社は「毎月25日」がお給料日。
3月のお給料日は金曜日だ!とカレンダーを見間違えていて、うっかり1日勘違いしていたおかげで「お給料日YEAH!」な気分に乗り遅れました。

今月のお給料は、先月忙しかった分の「残業」が加算されていて、思っていたより少しいっぱいでした。わーい。

だから小さいアイスじゃなくて 大きいアイスでご褒美なんですか??

YES!そのとーーーりっ!(← 久しぶりのタケモトピアノ)

お給料をおろした後、そういえばごま油がなくなりそうだったから買っておこうと思ってスーパーに寄り道。
と同時に、お給料日だし、思っていたよりも「ちょびっと」とはいえお給料が多かったから、ささやかなご褒美を買おうと思って、スーパー内をハンギングアラウンド。(← うろつきまわる)

久しぶりにハイチュウを3本くらい買おうか??と思ったのですが、ふと通ったアイスクリームのコーナーでこみ上げた思い出がムズムズとして、懐かしい気持ちで「そうだ!大好きなレディーボーデンの大きなサイズ」を独り占めしよう♡とホクホクして大きなパックを買ってきました。

* * *

わたしがうんと小さな子どもの時、レディーボーデンの大きなパックのアイスを食べるのは「幸せ」で夢のような時間でした。
多分、お母さんが内職をしていた際のお給料がもらえた日だったり(封筒に糊付けしたりするのを手伝ったりして楽しい思い出)、何か臨時収入があったり、父のボーナスが出たとかそんな日だったのだろうとは思うのだけれど

普段は買わない、大きくて、ちょっと高価な、特別な日のアイス

を食べるのは、胸が躍るような気持でした。

今日、学校から帰ってきて妹と一緒に宿題をして自分の係のお手伝いが終わったらアイスが待っている!!
そう思うだけで、ずーーっとワクワク・ニヤニヤしていた気がします。

そして、普段アイスを食べる時の子供用の小さなスプーンではなくて、この時ばかりは妹と二人で「カレースプーン」を握りしめて、母がアイスの蓋を開けてくれるのを待っていたっけ。
カレースプーンは大きくて「大人のスプーン」だと子供心に思っていて、その大人びた大きなスプーンで、まだ固いアイスを掘るようにすくい上げる時は真剣そのものだったなぁ。

ちょっとでもいっぱいすくい上げたくて、真剣勝負!な時間。

大きなスプーンですくったアイスを頬張り、妹と母と順番でアイスを掘って食べるのを待つ時間ももどかしく、誰かが思ったより大きくアイスをすくえるのを見ると泣きたくなったりもしたっけ。

大きなアイスは、3日くらいかけて食べた記憶があるのですが、ある程度の所で母が「もう今日はおしまい」といって冷凍庫に片付けるのですが、数日間は夢のような日々で、アイスのパックの底が見えた時は妹と二人でしょんぼりしたなぁ。

我が家はお金持ちでもなければ、オシャレでもなんでもなかったので、きっと体験している事も「大した事ではない」と思います。
それでも、子どもの時はただ素直に「幸せ」「すごい!」「素敵!」をいっぱい感じていたのに、いつから、

人の目や、周りからどう思われるのか?

が前面に出てしまい、自分の「素直さ」をいけない事・恥ずかしい事としてしまったんだろう??

* * *

私の母は専業主婦で(時折お友達から紹介してもらった内職をしていました)、父の転勤で縁もゆかりもない新潟にやってきたこともあり、交友関係は広いものではありませんでした。
キリスト教を信仰し始め、同じ信仰を持つ人の中で知り合いが増え、ある時少しお金持ちのお家にお呼ばれした際に食べた「モロゾフのチーズケーキ」にビックリした母。

今でこそあちこちにモロゾフはありますが、私が子供時代は百貨店に行かないと買えなかった、我が家にとっては「高級ケーキ」でした。

なので、大晦日になぜかモロゾフのチーズケーキを食べるという習慣があったのですが(特別な日で贅沢なこと)、このケーキが食べられる日は、すごく特別で素敵な日だと思っていました。
おかあさんも笑顔だし、カットしたケーキを家族みんなで「じゃんけんで勝った人が一番大きいものを選んでいい」という決まり事があって、真剣勝負したっけ。

大人になって、私の世界は広がりモロゾフは身近なものになりましたが、今でもモロゾフのチーズケーキはちょっぴり胸がキュンとする、ご褒美スイーツです。

子どものときは、大人になって行ける場所が広がり(校区外に行けるようになるし、一人でバスにのってお買い物に行っても大丈夫なんて信じられませんでした!)自分を満たすためのお金だって持てるようになりましたが

いつからか「ささやか」なもので自分を喜ばせるなんて、恥ずかしい、とか、寂しいと思ったり、そもそも「自分を喜ばせていい!」という気持ちを押さえ込んだり禁止したりして

素直でいることは、みっともない事。
素直でいることは、恥ずかしい事。
素直でいることは、幼稚な事。

と、誰に対してなのかは分かりませんが、周りの人に対してカッコつけるようになりました。

でも、幸せってこんな小さな「自分のワクワク」を満たすことで感じていいんじゃないのかな??って思うんです。

大人になったからって、何も「人から見て価値があるかどうか」で幸せを感じる【べき】なんて思う必要ないんですよね。

私は、ハーゲンダッツも好きだけれどレディーボーデンも好き。
私は、有名パティシエの見た目にもきれいなスイーツにも心弾むし、モロゾフのチーズケーキにもときめく。

たった、1個 100円くらいのお菓子でも「お疲れ様」って自分にあげられたらニッコリするし、誰かに会うわけじゃないけれど「お気に入りの香水」をシュッとする贅沢も好き。

基準は自分。

私は笑っているかな?
私はキュンキュンしているかな?
私は幸せを感じているかな?

誰かの物差しなんていらないし、そこには「大人」だからという物差しも不要。

アイスを買ってきて、幸せは自分で決めていいし、自分で感じていいと思ったら心が軽くなった、お給料日翌日の私の記録でした。

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