手のひらサイズの幸せのお友達

手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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今日が笑える日で良かった。今日が幸せで良かった。

風は冷たいんですけどお部屋は日差しのおかげでポカポカなんですね~

朝はキュッと冷え込んでいて、ベッドから出るのに「エイヤッ」と勇気が必要な季節になって来ました。
我が家には今日も朝から燦々と日が差し込み、今日もキラキラ輝く光の下で温められたギンちゃんが開き始めていました。(あったかいとネコちゃんって開いていきますよね~。)

朝、日が昇って差し込むのを仁くんを抱っこして眺めました。あったかい光っ希望に満ちた気分になれます。

朝日が昇り始めて光が差し込むのが眩しくて暖かくて、仁くんを抱っこして朝日をぼんやり眺めながら、しみじみと感じたのが『幸せだな』という事。

先日、妄想記事の中で「好きな人がいるという事が嬉しいと思った…」というようなことを書きましたが、あの後で私は一人で号泣しました。

丁度1年前の今頃、私は本当に自分自身に対して「迷子」になっていました。

ハロウィンの日に離婚をすることを決め、そのほんの数日前に師匠のお弟子さん講座に勇気を出して申し込みをしたものの、私はカウンセラーを目指してはおらず『自分を助ける方法を知って自分をカウンセリングしてあげられうようになりたい』と思っていました。

離婚もお弟子さん入りも「ちゃんと自分で決めた!」とは言え、心はずっと曇った状態で、私は私の事を嫌っていました。
生きづらくて自分を否定してしまってばかりで、何をしても楽しくないし生きている意味ってなんだろう?と焦って空回りするような日々でした。

ひとりぼっちが寂しくて、かといって紹介してもらう人・出会う人・道を歩く人を観察しても少しも心がときめかず、もう誰も好きになれないんじゃないか?と自分の心が凍っているのでは??と不安だった日々。
自分が何を好きなのかも、何を食べたいのかも、何に悩んでいるのかも分からないのになんとなく「不満」だけは抱えていて、お風呂に入るとよく泣いていました。

「私が自分を生き直すために、幸せになるために離婚を決めた」

と、ちゃんと頭では分かっているし、彼は既に「新しい家族」と生活を共にしていて、私がしがみついているだけの状態だと自覚していたので、離婚したところで「これまでと何にも生活は変わらない」のに、それでも突然大きな心の穴に突風が吹きつけるような絶望に襲われて、不安でたまらなくなる日もありました。

何で私は幸せになりたいのになれないのだろう。

そう思ってひたすら思考してはため息をつき、町の中のカップルや家族連れが心の底から羨ましいと思っていました。

ある日急に、マミコちゃんがうわーーーん!!って泣いたんでちよね。

丁度1年前の今頃、離婚して半月くらいの時に何もかもがダメだと思って、部屋の中で大声で泣いたことがあります。

アンパンマンのマーチじゃないけれど、何のために生まれてきたんだろう?何をして生きたいのだろう?私は何を喜べるのだろう?私はちゃんと「幸せ」を見つけられるのだろうか?

この寂しさは消える事があるのだろうか?

ひとしきり泣き、翌日も泣き、なんだかんだと1週間近く落ち込み続け、そして「こんなに苦しい思いをしたんだから、これからはちゃんと幸せにならないと私がかわいそうすぎる!」と急に浮上しました。

浮上といっても泣かなくなっただけで、やっぱり心は空っぽでガランとしていました。
私の日常は変化もなく、毎日仕事と家の往復で自己肯定感を上げようとあれこれしているのに何にも手ごたえもなく、自分をけなしてばかりの毎日で、ビクビクしていたっけ。

だから、お弟子さんに申し込んで「変わりたい」と思いながらも1年後の私を想像なんて少しもできませんでした。
何かが変わっていたらいいな…と祈っていた私に、今の私が会いにいったらビックリすると思います。

急にその頃の自分を思い出して思わず号泣したのですが、1年前の私に届けたい言葉があります。

あなたはもう、泣いていないよ。
あなたはちゃんと笑ってるよ。
あたなはちょっとアホだよ。
あなたは今、恋をしてるよ。
あなたは今、伸びやかに日々を楽しんでいるよ。
あなたは今を慈しんで、今を精一杯自由に生きてるよ。
あなたは自分を好きだと思えているよ。

あなたは今日、不安ではなく幸せだってちゃんと自分を抱きしめているよ。

1年前と今の私と「生活」は何にも変わっていません。
生活のため…と言って続けている仕事に通い、スーパーで買い物をして帰り、時に晩ご飯を作ったり手抜きしたりしてお風呂に入り、勉強したり本を読んだり手芸をしたり何もせずにボーッとして夜を過ごして眠り、週末は時折女友達とお酒を飲んだり、妹と買い物に行ったり、何もせずにダラダラしたり…
ほーんと、大きな変化なんてなにもないのに

毎日が幸せで楽しいと思って生きています。

自分を諦めずに仲直りして、自分に優しくしてあげると自分の世界が変わります。
自己肯定感が地中にめり込んでいたってちゃんと自己肯定感は上がります。
自分の事をちゃんと好きにもなれます。
自分で自分を幸せにすることが出来ます。

先日、お弟子さん講座の二期の講座をオブザーバーという形で聴講することが出来たのですが、講座の中で『鏡の瞑想』というイメージワークをやりました。

1年前の私だったら…きっと鏡の中に映る私は怯えて傷らだけで無表情で、そんな自分を見て号泣したはずです。
イメージワークすら辛くて耐えられなかったかもしれません。
半年前でもまだきっと、イメージワークで泣いていたはずです。

けれど、今回のイメージワークで鏡に映った私は私に向かって満面の笑顔でこう言ってくれました。

マミコちゃん!!
私を諦めないでくれてありがとう。
私を助けてくれてありがとう。
私を好きになってくれてありがとう。
仲直りしてくれて、ありがとう。
ようこそ、そして、おかえり。

そう言って鏡の中の私とイメージの中の私は、大笑いしてハイタッチしていました。

今年になってこのブログを始め、最初の頃の記事で「自己肯定感を上げるための私のプラン」を立てていました。

自己肯定感が低い(← ここは自己評価と一緒)
と書いている事からも、私は2月の終わり頃はまだ全然こんな風に自分を肯定出来ていない日々を生きていたのに、そう思うと変わろうと思えば人は変われるんだな…と感慨深いものがあります。

私がやったことは『自分を愛するという事』です。

何があっても「うんうん」と自分の声に耳を傾け、絶対に自分を否定せずに抱きしめ続け、自分を励まし応援し、時には一緒に泣き、徹底的に自分に優しくしました。
素敵だね、頑張っているね、ありがとう、ごめんね。そんな風に自分に何度も言葉を届けました。
ガチガチになってい私という土壌をひたすら耕し、自分の価値(小さいもの)をひたすら見つけてあげて、私に教え続けました。
出来たことは何でも私と一緒に喜び、できなかったことは「伸びしろあるね!」と言い続けてあげました。

私にたくさんおもてなしもしました。
丁寧にお茶を入れてあげたり、お風呂ではボディーソープを丁寧に泡立てて大切に自分を洗ったり、自分が思わず微笑めるような香りや肌触りのものを与えて自分をご機嫌にすることを大切にしました。
何もしたくない日はとことんゴロゴロする自分のことも褒めました。
泣きたいときは一緒に泣き、生理前後は特に自分に激激激甘にして過ごしました。

自分で自分の頭を優しく撫でてあげる事や、自分の体を両腕で包み込んで抱きしめてあげる事もしました。
自分にたくさん「いいね」を見つけてあげてそれを教えてあげました。

ダメな自分を愛する事を徹底しました。
ダメな私もかわいいと思えるまで、徹底的に自分を許し続けました。

上手くできない日もありました。
そんな自分を責める自分を「しょうがないよねぇ。クセがでちゃったねぇ」と笑って許し続けました。

そうしているうちに、大嫌いだった私が私を信じてくれるようになり、私が私の味方として側に居てくれるという安心感が生まれたころには、自分を肯定する力がついていました。

私が私を大切に扱うから、私を雑に扱う人はいなくなりました。

1年前に「私が私を助けて生きづらさから抜け出したい」と思っていた私の願いは、ちゃんと叶いました!

あれれ???
なんか私は何を言いたいのかよくわからなくなって来ちゃったけれど、1年前を振り返って、泣き続けてた弱虫な私に届けたい言葉を持てている今日に感謝しています。

今、少し前の私と同じように自分を好きになれないあなたがいたら、それでもいいし大丈夫だよ!と届けたい。
私もあなたと同じように、自分とはぐれて迷子だったけれど、自分とちゃんと仲直り出来ましたから。

そのやり方は地味だけれど、自分を愛するって本当にやりがいのある楽しくて素敵な作業です。
あなたがあなたと向き合いたいと思えたら、ぜひ、あなたの事を全力で味方してあげてください。

なんか支離滅裂ですが、遠回りしても大丈夫。道に迷っても大丈夫。トンネルの中で闇に目を凝らして震えていても大丈夫。
フレーフレー、私。
フレーフレー、頑張り屋さんのあなた。