手のひらサイズの幸せのお友達

手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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日曜日の朝の思い出と幸せな未来と。

ただいまでちーー 昨日の夜に先生がお家帰っていいっていってくれて マミコちゃんにお迎えに来てもらったでちー

おかえりでちーーー♡

昨夕、お世話になっている動物病院の先生から「退院OK」の連絡をもらい、仁くんをお迎えに行ってきました。
仁くんはお家シャンプーもトリミングも我慢しているのですでにうっすら「ワンコ特有の匂い」がしているのですが、そこに病院のお薬などの匂いも付き、先ほど蒸しタオルで「タオルシャンプー」したばかり。
すこし頭の毛がしっとりです。

退院をすることはできましたが「万全で」退院できたわけではなく、少しでも呼吸がおかしかったり調子が悪そうなら即連れてきてくださいと言われていた通り、夜も少し寝ては起き上がってハァハァと呼吸を整え、また落ち着くと少し寝て…と調子は良くなさそうです。(夜・明け方は心臓病特有で調子がよくありません)

今日もずっと様子を見ていますが、ご飯や茹でたササミなどは食べれていますし、今はお気に入りの「モチモチクッション」の上で横になって熟睡しています。
今日の夜が何事もなく過ごせ、無事に明日の夜に手術先の病院に向かっていけることを祈るばかりです。

先生からは、お家に帰っても今と変わらない呼吸状態であれば月曜の夜(出発前)に病院で「利尿剤」の注射を打って少し脱水気味にさせていった方がいいと言われているので、出発前に主治医の先生から診てもらってから行く予定です。
先生も「あと2日ですもんね。無事に手術に臨めるように祈ってます!!」と言ってもらい、仁くんがたくさんの人の優しさや祈りをもらえていることにジーンとしました。

オレも塗り薬のおかげで アレルギーが良くなってきたですよ!

目の上から耳に向けて「虫刺されによるアレルギー」で発疹と脱毛をしていたギンちゃん。
毎晩寝る前に塗り薬を塗っていたのが効いてきて、発疹も落ち着き新しい毛も生えてきています。

明日の夕方から実家でお留守番をしてもらうので、ギンちゃん用の「特別ウェットフード」や「ちゅーる」を買いに行ってきました。
実家でかわいがってもらいつつ、いつもより大盤振る舞いで「ちょっといいウェットフード」でご飯時間を楽しんでね!

* * *

昨晩は仁くんが辛そうにするのに合わせて私も起きていたため、細切れ寝&寝不足で、朝もしばらくギンちゃん・仁くんと一緒にベッドでゴロゴロしていたのですが、ボーッとしつつ枕元のスマートフォンで音楽を聞いていました。

今日は曇りではありますが、朝は薄い光が射しこんでいて、少し遠くで音楽が聞こえてくるベッドの中でウトウトしている時間がなんだかとても懐かしい感じがしました。

あぁ、子どもの時の日曜日の景色だなぁ。

私が子供時代、古い借家の一軒家で両親と妹と暮らしていました。
父方の祖母がきつい人で、私たち家族は一時同居をしていたのですが折り合いがつかず、歩いて10分くらいの近くも遠くもない場所に引っ越しました。

子ども心に「お母さんが毎日泣いていない事」が嬉しくて、少し古いお家でしたが楽しい思い出がいっぱい詰まっている「借家暮らし」でした。
大きな庭と、そこに大きな欅の木があって、夏は砂遊びや穴掘りに興じたっけ。
欅の木の下の日陰で、氷の入ったグラスで飲むカルピスがすごく美味しくて、私の家は決して裕福ではなかったけれど、子ども時代の記憶はなんだか胸をつねられるようなくすぐったいものがたくさんあります。

私の父は週末になるとギターを弾いてくれることがありました。
母は音楽教師になってピアノを教えたいという夢があったようですが、中学3年生の時に心臓病で父親を亡くし、ピアノどころか急に女手一つになった母親(祖母)を助けるために家事やもろもろを担う「武闘派女子(長女)」として自分の夢を諦めたそうです。
たまの息抜きは学校にあったオルガンを弾くこと。
その後、社会人になる際に選んだのが「大好きな音楽」に関われるレコード屋さん。
毎月のお給料は大体を実家に入れる中で、自分用に取り分けたお金の中からお化粧品やお洋服、そして厳選して数枚のレコードを買うのが楽しみだったと、母が持ってきたレコードを聞くたびに昔話を聞かされたっけ。
ピアノを買う事は出来なかったけれど、当時流行っていたらしい「エレクトーン」を知り合いから随分と安く譲り受けることができたとかで、日曜に父と母がエレクトーンとギターで演奏しているのを時々見ていました。

私は音楽の才能が全くなく(楽譜が読めない)、父や母も「音楽が好き」ではあるけれど音楽一家という訳ではなく、けれど音楽は割といつも家の中にあったような気がします。

古い一戸建ては「キッチン」「子供部屋」「父と母の寝室」「リビング」があり、父と母の寝室はリビングとくっついていましたが、子ども部屋はキッチン側で少し離れていました。
土曜の夜は「明日は学校がないから夜更かししていい」と、子供なりに遅い時間まで本を読んだりして朝寝坊がお決まり。
のんびりした朝、ベッドの中でムニャムニャと浅い夢を見ていると、父が起きてレコードをかけて流れる洋楽が目覚ましのように聞こえてきます。

父の聞いていた音楽は英語の歌で、朝は賑やかではなくカントリー調のものが多かったような気がします。
タイトルも何も分からないのだけれど、目を空けてしまわないようにしながら窓から入ってくる光を感じると世界は暖かくて白く眩しく感じられて、日曜のこの朝の時間を子供心に楽しんでいました。
大人の音楽で全然分からないのに「なんだか幸せで優しい気持ち」になって、ずっとこの幸せな時間が続けばいいのに、とベッド中で光を感じながらもじっと目をつぶっていたっけ。

でもしばらくすると妹が起き出して賑やかにり、私もベッドから起き出して着替え、母がホットプレートを出してきて「ホットケーキ」の朝ごはん。
父の音楽はまだ流れていて、厚手の白いマグに淹れたコーヒー(← 大人の苦い飲み物)を飲みながらホットケーキを焼く私たちを笑って見ていて。

「お父さん!うさぎちゃんの形に焼けたよ!!」
「お父さんのは一番大きいヤツだよ!」
「ホットケーキのシロップの前にバターだっけ??」

毎週の日課みたいにホットケーキを食べていたのはいつまでだったんだろう??

喧騒で音楽は流れていてもかき消され音の記憶はないのだけれど、ホットケーキの朝ごはんを食べた後はなにかしら個々に活動をして、午後になると父の車で橋を超えた先にあるデパートかショッピングモールに行くのが楽しみだったなぁ。

日曜に繰り返されるいつもの景色。
ちゃんと私は幸せだった。
気持ちよくて涙ぐみたいくらい、暖かい朝だった。

今はもう、朝寝坊に音楽が届いてもその後のホットケーキはないけれど、気持ちだけはいつだって懐かしさと幸せでホカホカすることはできる。
小さな音でかけていた音楽になんだか感傷的になりながら、薄曇りの鈍い日差しの脇で仁くんやギンちゃんの寝息がして、あぁ、ささやかだけれど私の大好きが全部このベッドの上にあって、あったかくて緩んでいて、幸せだな~と思っていたら音楽が変わって、何度も聞いているはずの音楽なのに急に涙腺が崩壊しました。

流れてきたのは『Beautiful In White』という曲。

この曲を私が知ったのは、別居を続ける期間が1年を超えて今のマンションへ引っ越してきて、気持ちを立て直しだして「離婚を受け入れてもいい」と思ってしばらくした頃でした。

自分に対する自信も何もなくなって、でも自分で決めて新しい人生を歩くと決めた頃で、また私はいつしか大好きな人に出会い、その人と結婚して家族になれたらいいなと思っていました。

でも、彼以上の人に出会って、胸がドキドキしたり会いたくなったりする事なんてあるのだろうか?
また誰かを好きになれるのだろうか?

そんな気持ちの方が大きくて、未来がとにかく不安だったっけ。

私は彼と二人だけの結婚式を挙げていますが、人をお招きしての結婚式というのをしていません。
結婚式の話はしていたのですが、入籍直前に彼がうつ病を患い仕事を辞め、治療に専念する中でいつの間にか「結婚式をする」事は流れてしまいました。
というか、そんな気持ちにはなれず「彼がまた苦しみや涙から解放される日が来る」事の方が重要で、結婚式なんてどうでもよくなっていました。

私は20歳になって間もなく、仲良しの女友達と年末年始にオーストラリア旅行をしました。
当時、オーストラリアにワーキングホリデー&ホームステイをしていた女友達に会いに行く旅だったのですが、12泊という長旅だったのですごくたくさんの刺激をもらいました。
この旅の中でいくつもの「憧れや夢」を描きましたが、その一つが「公園でのピクニックのような結婚式をすること」です。

お友達のホームステイ先のパパとママが「ディナーをしましょう」と誘ってくれて遊びに行くと大きな公園があって、すごく眩しい光の中でピクニックするようにナチュラルに結婚式をしている幸せな瞬間を見ました。
主役の新郎新婦のウェディングドレスやタキシードも華美ではないけれどみんながドレスアップし、大きな木に繋がれたガーランドがはためき、ピクニックテーブルのようなものに可愛らしいお花が飾られていて、そこに居る人がみんな笑顔でキラキラしていて、あぁ、なんて素敵な結婚式だろうと感動し、通りがかりなのに泣けてきて。
私もいつかいつか、新緑の頃、できれば5月の爽やかな日曜日に公園で手作りのピクニックみたいな結婚式をしたいと思いました。

彼と結婚が決まった後もこのピクニックの話はしたので、それじゃぁガーデンウェディングかな??なんて話はありましたが、結局、その話もどこかに消えました。

その後、彼がうつ病を寛解し、新婚旅行も兼ねてビーチリゾートに行くことになりました。
すると「結婚式をしよう」と言ってくれて、ふたりだけの結婚式を挙げました。
二人だけの結婚式でしたが、お花が敷き詰められた教会のバージンロードで彼の腕に手をかけてドレスで歩く脇で、ウェディングソングを歌ってくれる3人の声に涙腺弱めの私は鼻をグズグズして涙がこぼれて。

結婚式っていいな、って思いました。

華美でなくてもいい。
でも、大切な人たちと一緒に幸せを分け合えたらいいな、って。

だからきっといつか、私はまた結婚式を挙げたい。
また愛せた大切な人と、私を好きでいてくれるたくさんの笑顔と新緑の季節にピクニックするように。
ギンちゃんや仁くんも、首にカッコいいタイとリードをつけて一緒にね!

So as long as I live I’ll love you
Will have and hold you
You look so beautiful in white
And from now til my very last breath
This day I’ll cherish
– – – – – – – – – –
生きてる限り 君を愛し
ずっと大切にするよ
純白のドレスを着ていると
本当に綺麗だね
この瞬間から人生の終わりまで
ずっと大事にしていくよ
(Beautiful In Whiteの歌詞より)

きっときっと、幸せな未来が待っていると信じて。
こんな風に愛する人に思ってもらえる私がいて、同じように「ずっと」と誓える私がいる未来がきっとあると楽しみにして。

日曜日のベッドの中で、小さな音で流れてきた音楽から懐かしがったり泣いたりと忙しかった私の今朝の記録です。