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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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きっといつか「まる」になる

びたーん びたーん

少し前までキャッキャと遊んでいた仁くんが、静かになったな…と思うと
キッチンの扉の前のフローリングスペースで、ぬいぐるみハウスの住人で1番の大親友である「ヒツジちゃん」を引き連れて、びたーんと横になってスピースピーと子供の気配を漂わせて眠っていました。

あぁ、なんて可愛いの♡

あ、ちなみに我が家の床はフローリングなのですが、ツルツルと仁くんが滑って歩きずらいため、クッションマットを敷いています。

厚み1cmまでなら扉も大丈夫!と測って買ったはずなのですが
あと1mmくらい薄くないと、扉の下が引っかかって戸がスムーズに開かないため(当たり前ですが、ピッタリでいいわけなく、ゆとりがないと引っかかりますよね…)
扉が開く分のスペースはクッションマットが敷けないという衝撃事実に、一瞬唖然としたものの…

あぁ、きっといつものアレ言っちゃうんでしょうね…

ギクッ

そう、勘のいいみなさんもすでにお察しだとは思いますが、
一区画だけクッションマットが敷けなかったとしても

小ちゃいことーは気にすんな
それ!ワカチコワカチコ

クッションマットって全面に敷いてみて初めて分かったのですが
フローリングより断然あったかいんですよね。

で、仁くんは暑くなってくると、クッションマットのないこの一角で寝る姿が見られるのですが、
ある意味、失敗して敷けなかった区画が仁くんにとっての『涼ポイント』になっている訳で、

むしろ良かったんじゃね?
あえての区画じゃね?
ってか、マミコ、マジ・天才じゃね?

と、心の中の女子高生から猛烈に褒めてもらい(← 自画自賛・自己肯定)
見た目は少し残念だけれど、結果、何が「いい・悪い」は分からないんだよね、と思うわけです。

まぁ、結局はなんてもオールオッケーって事なんですよね


う、うん。

そう言いたかったし、すっごくいい事言ってくれてるはずなんだけど
その顔とそのポーズ…

脱力しすぎじゃない???

綾野剛くんが猫の姿を借りている…とまで言わしめているギンちゃんなのに、イケてる時もイケてない時も、何をしていてもパーフェクトなギンちゃんなんだよね。

ちょっと横道に逸れてしまったけれど
その時には最悪に見える出来事も、後になると「あのおかげで!」と言えてしまったり、本当に物事って

結局はオールオッケーにできている

んですよね。
オールオッケーだと思えるまでの過程にいる時は、いっぱい悩んだりもがいたりするけれど、そんな時ほど、ギンちゃんじゃないけれど力を入れすぎずに適度に緩みながら、クスッと笑えるようにしていかないと、心は折れてしまいます。

私は根っからの長女気質で、白黒しっかりつけたガールでグレーな状態にいるのが苦手でした。
甘えたいのに甘え方が分からず、何でも自分で抱えて1人でやり遂げようとし
助けてください、って言えずに、いつもボロボロなのに無理して笑っていました。

でもね、それって疲れちゃうんです。

本当は、私もゴロニャンと可愛く甘えたいし、荷物をスッと持ってもらって「ありがとう♡」と笑っていたいし、何でも白か黒・0か100の世界にいるではなく、もっと肩の力を抜いた世界の住人になりたかったんです。

けれど、その内側の私の声を無視し続けたのは、他でもない私でした。
何度も何度も、心の中の私は、助けて!苦しいよ!と、私の心の扉をノックしていたのに、そのSOSを振り切って、自分を蔑ろにしてきました。

自分が自分に訴えても聞き届けてもらえない…
そう思った時に、

大きな問題を起こして
立ち止まることを私に見せてくれたのも
他でもない私自身でした

夫婦問題が起きた時、あんなに白黒つけたい私が、決断できずにグレーな状況に身を置くしかできなくなり、
自立して何でも1人でやろうとして、助けてと言えなかった私が
助けてもらわないと生きていけないと心療内科の扉を叩き先生の前で泣いて気持ちを話して分かってもらえることを体験し、夫婦問題のセミナーに参加したりと、自分だけで何とかする、ということを放棄するしかなくなりました。

それはとっても荒療治で、痛かったけれど
今になって思うと、私はこの大問題を通して、生きやすく自分を好きになるきっかけをもらいました。
それは、とてつもなく大きな恩恵で、私が物心ついた時からずーっと欲しかった「自分で自分を肯定してあげられる状態」を手にするための足がかりでもありました。

問題の渦中にいた時、私が好きだった言葉があります。

戦場カメラマンの橋田 信介さんの言葉で、戦場で亡くなる最期に残された言葉です。

月は満月になり
私の人生も円くなった

奥さんとキスしたこと。
子供が生まれたこと。
その子が初めて微笑んだこと。
橋田さんの人生で楽しかったこと10個を挙げて書かれていた最期の台詞が、上の言葉だったそうです。

嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、悔しいこと、色んなことがあるのが私たちの人生です。
そしてそれを味わうために、私たちは生まれてきました。

私は問題の中にいた時、グレーな状態の中で何度も自分に問いかけましたが、離婚するにしてもこのまま続けるにしても「自分でこう決めた!」と言えるなら、それが私にとっての正解なんだろうと思い、自分が決められるまでは決められない自分を許し、待ってあげることを貫きました。

私が笑顔でいるためにどうすればいいかを考えて、自分が決めた事は、きっと正解なんです。
そして、誰の人生も、やがて円になっていく。

私の人生も、きっと満月のようなマルになっていくのでしょう。
だから、どんな事があっても、その時はそう思えなくたって、私たちは大丈夫なんだろうと思うんです。

今、問題の中にあって
少しもそう思えない人がいても、それでいいんです。

ただ、最期は必ずマルになるのだから、自分らしい選択が出来ることが自分を幸せにしてあげる近道なのでしょう、ね。

ちっちゃいことは、本当に気にしなくていいんものね。
そんな時は立ち止まって、ポツッと言ってみてください。

ワカチコ、ワカチコって。

きっと小さな魔法の呪文です。