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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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タマネギの皮がむけていくように、少しずつ、少しずつ、自分を楽にしていける

あたらしいシール見つけたでちか??

いやぁ~、シールっていいですねぇ~。

思い返せば子ども時代、おこづかいをもらうとワクワクしながら向かうのは、学校区内にあったファンシーなものがいっぱいあった小さな文房具屋さん。

匂い付きの消しゴムも、かわいい鉛筆や鉛筆サックにも目をキラキラさせましたが、毎月1シートだけ買い足すシールをどれにするかを迷うのが、一番真剣だったっけ。

すぐには決められず、学校から帰ってから何度もお店に向かい、数種類の柄を前にして「一個だけにするとしたら、やっぱりこれかなぁ~」と悩んで買えず、また翌日にお店に向かって…を繰り返し、ようやく買って来たシールはもったいなくて全然使えなくて。

子どもの時に夢中だったのは、切手を模した形の中にかわいい絵が描かれていた「切手シール」や、キャラクターのシール。

使ってしまうとなくなっちゃう…と、大事に大事にしていたシールたちは、今もきっと実家の押し入れのどこかに隠れているかもしれません。
いつか大捜索してみようかな??

子ども時代からずっと、文房具が好きでした。

私はファザコンならぬ「グランパコンプレックス」を自称しているくらい、おじいちゃんっこでした。

おじいちゃんは、自分の年金が出る日に「両親と相談して決めた額」を特別おこづかいとして支給してくれました。

そして時々、おばあちゃんには内緒だよ!と言ってデパートに連れて行ってくれて、妹と私に「サンリオ」で筆箱やスタンプセットなどの

子どものおこづかいでは高くて買うのをためらうもの

をひとつずつ買ってくれるのですが、年に数回のスペシャルな日は、まるで夢を見ているように嬉しかったなぁ。

薄いピンク色のマイメロディちゃんの筆箱は、ずっとずっと欲しくて、けれど1,000円以上するものだったので憧れて見つめるだけのものだったのに、それが自分の手の中にあるなんて!!!

今でもあの時のことを思い浮かべると、お腹の奥が熱くなるような興奮した気分を思い出します。

小さなプラスチックのケースに入った、マイメロディちゃんのスタンプセットは今でも実家の「大事な物コーナー」にしまってあります。

振り返ってみると、小さな時からずっと私は文房具(特にシール)が好きで、今に始まったことじゃないみたいです。

今は大人になったから自分でシールを買うでちね!

そのとーーーりっ! ← 久しぶりのタケモトピアノ

自分で働いてお給料を貰うようになり、好きなものを自分に買うことができるようになりましたが、大人になるまでに色々な体験をして

・自分のことが分からなくなる
・自分の好きを後回しにする

ようになっていました。

こんな私なんて…という無価値感がたくさんあり、同時に平和主義やら犠牲するクセが混在して、

自分よりも人を優先すべき!
自分の気持ちは後回しで、人の気持ちを考えて行動しなきゃ!!

と、自分のことを仲間外れにして周りの空気を読むことに必死になり、先回りしたり尽したり…と、自分をすり減らせて「勝手に与え続け」ました。

別に頼まれたわけではありません。
私が「こうすれば愛されるだろう」と勝手に思い込んで、勝手に犠牲していただけ。

だから当然、自分を押し殺して差し出したものへの見返りを心の中で求めていて、思ったような反応が返ってこないと落ち込んで「まだ足りない…」と自分を責め、それと同時に「なんで愛してくれないんだよ!」と怒りもフツフツと溜めていました。

まぁもう、とにかく生きづらかった!!

自己肯定感なんて「は?なにそれ、美味しいの?」というくらいワケワカメで、正直、地中にめり込むくらい低い状態で生きていました。

結局、自分を変えざるを得ないような「どん底」に突き落とされたことがきっかけで、自分にやさしくすることを少しずつ実践し、ようやく自分を受け入れ、大事に扱えるようになりました。

今もずっと変わらず、自分との関係をより良いものにするために、自分を愛することを続けています。

今でこそ「自分にご褒美♡」「今日は何食べよっかなー」と、自分の好きな物や自分のものを考えて自分にプレゼントすることができていますが、自分との関係を改善させよう!と思い始めた数年前は

私が何を食べたいのかすら分からない…

と、自分の気持ちが何ひとつわからないことに呆然として、スーパーでカゴを持ったまま泣きました。

いやー、あの当時の私は、かなり怪しい人だったんだろうなぁ。

夫婦問題で絶望していたときに、自分を奮い立たせるための「言葉」を書き留めて、自分を勇気付けよう!と始めたのが、小さなノート作りでした。

何も希望が持てない中で、自分の誕生日がやってきた時に、「私の好きな物を、私がプレゼントしてあげよう!」と思って雑貨屋さんへ行きました。

まだこの頃は、自分が欲しいものが頭には浮かばなくて、ウロウロしながらこれだ!というものを買おうとしていたなぁ。(懐かしい!)

そこで立ち寄ったのは、カワイイ文具が集まったコーナー。

シールがいっぱい並んでいたので眺めていたら、子どもの時に感じたような「ワクワク」した気持ちが蘇ってきました。

自分のために、シールをプレゼントしよう!
実用的…じゃないけれど、ワクワクしているもん、いいよね?

自分のために「実用品以外」を買うなんて、なんだか罪悪感を感じていたので、この時は「上限 1,000円」と決めて、5枚ほど厳選してシールを買いました。

子どもの時と同じで使うのがもったいなくて、透明の袋に入ったシールを眺めては「フフッ」と笑って。

あの時買ったシールたち

自分の好きなものを「買っていいよ」という練習をし始めたときに買ったシールは、今も大事にしながらも「使う」こともできるようになりました。

そして今では…

こんなにいっぱい!!

今や「自分へのご褒美♡」が当たり前にできるようになり、好きなことであるノート作りのための「お気に入りアイテム」を、毎月少しずつ増やしてきた結果

シール富豪

と思えるくらい、たくさんのカワイイシールに囲まれています。

で…シールを持ち歩くためのケースを追加購入したんですね

そうなの!そうなの!!

この、シートシールをまとめておくのに無印良品の「スリムチケットホルダー」がすごく使いやすいんです。

シートシールを入れるのにシンデレラフィット!

私は一番後ろの大きな収納袋は切り離して、シートシールだけを入れて使っているのですが、シールもどんどん増えてきて、いつしかケースに収まり切らずにシールを「挟んで」使っていました。

と同時に、シールケースが厚みを増して、ケース内の小分け袋に入りきらなくなっている状態に対して、どこか罪悪感を感じるようになりました。

好きな物、かわいいな!と思えたものを、今も少しずつ買い足したり、仕事を頑張ったご褒美や、自分のノート活用のために買うことは「何ら悪いこと」ではないし、今も買いますが

ここしばらくは、新しいシールやメモ、付箋を見るたびに

あぁ、また買っちゃった。
今あるものも使いきれてないのに…

と、嬉しい気持ちにモヤーッとした染みが広がるみたいに、自分をちょっとだけ責めていることに気付きました。

なんでこんな罪悪感のようなものを感じるんだろう?と思った際にハッとしたのが、シールを挟んでいる「チケットケース」がパンパンなこと。

収納用の袋に入りきらず、ケースの合間にシールを挟めるたびに「増えすぎ…?」とチクッとしている私がいました。

ならば、もう一冊ケースを買って「2つに分ければいいじゃん」と思い立ち、先日仕事用手帳を買いに行った際に、シールケースも合わせて買ってきました。

パンッパンになっていた「1冊」のチケットケースからシールをすべて取り出し、自分なりに「これとこれはココで…」と分けて収納。

2冊のチケットケースに収めなおしたら、スッキリしていい感じ!

2冊目の方は「まだまだ余裕満点」で、新しいシールをお迎えすることができそうです。イヒヒ。

シールを詰めかえる時めっちゃニヤニヤしてましたよね…

ギンちゃんの言う通り、シールを一つずつ出して分けていた間中、かわいいシールに目を細めてニヤニヤしっぱなしでした。

あっ!!!
シールを使いきれないからって自分を責めていたけれど
「眺めている」「使うときに選ぶ」時間も
こんなに楽しいんじゃない!!

もちろん、使うに越したことはないけれど、よく考えたら子ども時代からずっと「使うのも嬉しい」けれど

見ているだけで嬉しい

って思ってたんです。

* * *

自分が喜ぶものを、自分のために選んでプレゼントして、自分をニッコリさせることはできるようになりました。

それは、数年前の私からしたら、すごく大きな変化です。

いつしか「自分を喜ばせる」ことに慣れてきて、日常の中に溶け込みだすと、今まで長年かけて培ってきた思考のクセが出てきて、罪悪感がチクチクしました。

そこでもまた、立ち止まって自分の中にある「チクチク」したものや、喜びに染みを広げるような嫌な気持ちがなぜ湧いてくるのかをゆっくり探りつつ、自分が喜ぶことはなにか?を丁寧に自分に聞く作業を続けました。

でも、答えはすぐには見つかりませんでした。

そこで、モヤッとする瞬間が「シールが入りきらないのを見たとき」だと気付いて、ケースを買い足して整理してみよう!と思い立ちました。

たったそれだけの、小さな小さな行動でしたが、新しいケースにシールを分けて入れながら、かわいいものを見て嬉しい自分に気付きました。

そっか、使わないことで自分を責めなくてもヨカッタんだね。
私が「私のため」にしてあげていることが、こんなに増えていたし
「見る歓び」が私を幸せにするんだから、大丈夫なんだ、って。

そしてもう一つ、これは全部、私が自分で仕事をして、自分の生活を維持しながら「無理ない範囲」で自分にしてあげてきた結果なんです。

自分を喜ばせたくて、自分にニコニコして欲しくて、少しずつ時間をかけて「シールが増えた」んです。

そう思ったら、すごくじんわりとしてきて、心の中に広がり始めていた染みのような嫌な気分が消えていきました。

自分の好きすら分からなくなっていた場所からスタートして、自分の声を聴くことを大事にできるようになれましたが、歩みは本当に緩やかで、タマネギの皮を剥くように「新しいこと」に少しずつ挑戦してきました。

そしてまた、新たにタマネギの皮が1枚剥けて、「見ているだけで嬉しい」に気付くことができて、より自分をゆるく楽にほぐしてあげられました。

きっとこれからも、自分を甘やかし、自分を笑顔にさせていく上で、薄く薄く、タマネギの皮を剥くように新しい発見や気付きに出会っていくのでしょう。

だからきっとこの先にも、自分がどんどん楽に呼吸しやすくなるための「扉」があって、その都度身軽になっていくのかも!と思うと、ワクワクします。

そうそう!!
シールの整理と共に、不要な文具類の整理もしました。

買っていたけれどインクが薄くなったペンや、もう使わないと思う付箋やシール、大事に取っておいたけれど「お役目を終えた」ように感じたものを

ありがとう!

と言って処分しました。

手帳と一緒に買ったシールや付箋♡

という訳で、また心置きなく(?)自分の好きなものを、ちょびっと買い足してニッコリしました。

はー、かわいい。
見ているだけで幸せ。

さらにこれ、見てニヤニヤするだけじゃなく、使うこともできるんですよ!!

ではでは。
連休明けの仕事は、いつも以上にお疲れが出やすいと思いますので、ゆっくり休んで今週もエイエイオーで乗り切りましょうね!!

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