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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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今を生きる事は幸せを感じる近道であり、不安を柔らかくほぐす方法。

いいお天気だったから マミコちゃんとベダンダで のんびりしたんでちー

午前中は雨予報が出ていましたが、午前中と打って変わり、午後からは暖かい日差しと青い空がとびきりに気持ちよかったので、折りたたみの椅子をベランダに出し、ノンアルコールビールとひざ掛け、仁くんと一緒にしばしボーーッと太陽の光を浴びました。

肌寒いかな?と思っていましたが、暖かい太陽の日差しの中で風がすーーっと吹く感じがとっても心地よくて、ただボーーッとしている時間がとっても贅沢で幸せだなぁ~と脱力でした。

去年の今頃は、心臓が少しずつ悪化し出して気管を圧迫しているために熱さにへばっていて、熱中症予防の冷え冷えバンドを巻いていた仁くん。
年末から急激に心臓の状態が悪化し、こんな風に「ただのんびりと健やかに過ごす」事が出来るようになるなんて、本当に半年前には思いもしませんでした。

退院してきてからもしばらくは「咳き込む」事がありましたが、だんだんと咳をすることは少なくなりました。

きゃふー、きゃふー

丁度、一番調子の悪かった頃が冬だったのでお散歩に行く頻度も少なくなる時期とはいえ、冬時期は心臓への負担がかかる事から「短時間でのお散歩のみOK」で、テクテクとあちこちをお散歩することはできませんでした。
というよりも、お散歩の途中で呼吸が乱れて咳き込み、仁くん自身が「帰りたいでち」と動かなくなっていたのですが、術後1か月がたったのでお散歩も解禁したところ、心臓が悪くなる前と同じように嬉しそうにお散歩をする姿が見れました。
ハァハァと口を開けるものの、呼吸が乱れて咳き込むことは一度もなく、その変化には目を見張りました。

術後、少しであればお散歩もしてOKと言われていたのですが、仁くんは術後まもなく体調不良から入院をし、退院してからしばらく様子を見てからのお散歩解禁となりました。
いつの間にか夏の入り口のような明るい日差しの中、お散歩コースになっている通りではお家の方が丹精にお手入れして満開になっているバラが咲いていました。

マミコちゃんが、仁くんと一緒で幸せだなぁ~ってうるさいんでち。

だ~ってぇ~~。
仁くんとこうやって「今年初のベランダ時間」を和やかに、そして心配や思い煩う事がなくただのんびり過ごせるんだもん。
これを私にとっての幸せと呼ばずになんと呼べばいいの?!

嬉しいから、椅子に座った後は膝に仁くんを載せて、足をブラブラしちゃったもんねー。

オレはマミコと仁を眺めながらホカホカの日差しが差し込むベッドでシエスタしてたですよ

ベランダに面した寝室のベッドの上で、日差しを浴びながらギンちゃんものんびりシエスタ。
仁くんは私の膝の上でスピーと寝始め、私は日差しの中で電子書籍を読んで自分に栄養を補給。
それぞれが朗らかにのんびりと日曜の青空の午後を楽しみました。

350mlのノンアルコールビールを飲み終わるまでに、大体1時間弱の時間のベランダ日光浴。
日差しと心地よさでお酒を飲んでいないのに睡魔がやってきて、ベランダから撤収してギンちゃんがシエスタしているベッドにダイブ。
並んで私もシエスタタイム。
あっという間に夢の中に落ちていきました。

* * *

私は今でこそだいぶ自分の事を俯瞰して見る事が出来たり、自分を立て直すことが早くなってきたとはいえ、もともとが『過度に不安を感じてしまう』『未来への過剰なまでの怖れ』を抱えて生きてきたので、今でもその

得体の知れない不安

がムクムクと顔を出すことがあります。

強い不安に襲われると心臓がバクバクしますし、一気にネガティブの沼に入り込みます。
怖れから身動きできなくなりますし、怖れの状態は苦しいのでなんとか浮上しようとしてもがくのですが、もがけばもがくほど沼にどんどん落ちていきます。

分かっていてももがいちゃうんですよね~。
そんな時は、自分の肩を横から組んであげて「よっ!」と言ってあげるようにしながら

しょうがないよねー。それが私だもんねー。
もがいてもいいよ、側にいるからね。
焦らない、焦らない。
今は沼に浸かってていいし、少し楽になったら一緒に浮上しようね。

というように自分に寄り添うようにしています。

勿論、不安なので心はザワザワしていますし、気分も重たいけれど、私は私を見捨てないんだから不安の沼にハマっていても分かってくれる!という心強さがは、沼から上がるためのタイミングを早めてくれるのに大いに役立っていると感じています。

私の「未来に対する病的な不安」は幼少期に形成されたのですが、ストレングスファインダーの上位資質である「共感性」も強かったことに加えて、持ち前の妄想力(想像力)ゆえに

不安や恐怖をリアルにイメージしてしまう

事で、発狂しそうになったり眠れなくなってしまう事を繰り返してきました。
私は子供時代に「終末思想」のキリスト教を母親が信仰していて、大人になる前にこの地球は神様によって『善と悪』で裁きがあり、神様の事を信じない人は裁きの日(ハルマゲドン)で命を落とす…という未来を信じていました。

私の心は不実です。
良い事を行いたいと思うのに、時に小さなウソをついてしまったり、怠けてお手伝いを嫌がることだってあります。
神様の教えを信じたいけれど、子どもには難しい事も沢山あって理解が追い付かなかったり、誰にでも親切で優しさと思いやりと愛を持って接したいのに、私は自分が「少しも優しくないのでは?」と自分を責めて犠牲する事を覚えました。

どんなに良い人になりたくても、完全ではないから出来ない事があるのに、ましてや心は「喜怒哀楽」をもともとから備えているので怒りや妬みや悲嘆といった「どちらかというとネガディブな感情」を感じるように作られているにもかかわらず、それを感じる自分を嫌い・憎しみ・罪深いと思っていました。

そんな私を救ってくれたのは「図書館」と「妄想(ファンタジー)」でした。

私は子供時代から本を読むのが大好きで、図書館で本を借りてきて読み終えると次を借りるのが楽しみでした。
時に「1回で3冊借りてもいい図書週間」などがあると、一度に3冊も読みたい本を選べるなんて!と夢のようにワクワクしました。

主に読んでいたのは児童書ですが、本を読んでいる時は夢中になって文字を追いかけ『今を生きる』事が出来ていました。
そこに集中し『今、文字を読む』事以外に意識が向いていないので、怖れや不安を感じることがありませんでした。

そして、本には私の知らない世界が沢山ありました。

食べた事のないお菓子の名前を見て、本の描写からそれが甘くて大きいのだろうか?どんな色をしているのだろうか?と妄想の世界であれこれ考え、それを私が食べるとしたら、どんな時で誰と一緒で…と考えるのは幸せな時間でした。

現実は不安がいっぱいでした。
だから、私は不安から逃げるために「妄想の世界」を作り、そこに自分で逃げ込むことを選びました。

現実とは違う世界だ、私が想像しているだけの作り話の世界で、そこに逃げても何も現実の問題は解決しないと分かっていましたが、私は妄想の世界があったから生きてこられました。

妄想をしている時は、私の思考は「過去」や「未来」に向いていなくて『今』を生きていました。
だから不安ではなかったし、その時間が過ごしやすかったのだろう思います。

特に夜に寝る前は、私にとっての「最高の妄想タイム」でした。

私は怖い夢を見てしまう事が多々あり、眠るのが怖かった時期があるので、寝る前に楽しい事を妄想するようにして「怖い気持ち」を自分から追い出していました。

子どもの妄想なので「好きなアイドルとアイスクリームを食べるデートをする妄想」とか「本の主人公のようにふんわりした巻き髪やお嬢様のようなお洋服を着て、好きな事をしている私」とか「動物と話す力を持っていて、色んな動物を助ける私」とか、今思うとほほえましい妄想でしたが、私にとっては救いでした。

ここ数週間、電子書籍の沼にハマり、あれこれと読みたい本を片っ端から読んでいます。

読んでいた本の中で「未来への不安の対処法」のようなものが紹介されている箇所があり、それは何度も見聞きした「新しい情報」ではないけれど、改めて私の中にストンと入ってきました。

私たちはどんなに思考しても、生きることが出来るのは「今」でしかなく、「今」起きることを感じる事しかできない。

というような内容で、本当にそのとーーり!(← 大好きなタケモトピアノ)なのですが、日常の中で私たちは常に思考しているため、その思考が「今」ではない場所に飛ぶことがビックリするくらい多いんですよね。

そして、これまた当たり前なのですが

●思い描く未来が必ずやって来るという保証はどこにもない
●未来を100%当てる事の出来る予言者は一人もいない(予言者でもない私ならば、さらに当たるかどうかなんて分からないよね??)
●怖れている未来の時間軸まで、私が生きているという保証だってない
●世界情勢や「今の当たり前」がそのままであることはあり得ないので今予測している事が当てはまるの??
●人間は同時に2つの感情を味わえないので、今を意識して感じることで不安を手放せる

などなど、自分が「取りこし不安」をしようとしたときに、不安がっている自分に「ねぇねぇ」とかけてあげたい言葉たちに出会えました。

今を生きる簡単な方法は、大きく伸びをして「気持ちよく伸びているのはココ」というのを感じてみること。

あぁ~、わき腹が伸びて気持ちいい!
あぁ~、背中が固まっていたのにじんわりと暖かくなってきた!!

と、感じている時には「今」しかありませんよね。
そして、伸びている場所を感じている時に「脇腹が伸びて…老後2,000万円問題が…」なんて考えて震えませんものね。

不安に感じる時は「今」に意識を戻してあげるのがとっても大事な事です。

●今、私は何を飲みたい?
●今、私は何を食べたい?
●今、眠たい??
●今、目に入ったものは何?

本当にちょっとした事でいいんです。

そして、不安って怖れがセットなので体も強張ります。心だってギューーッと硬くなっています。
対照的に安心している時は、ゆるーーっと脱力して緩んでいて柔らかいですよね??

だから、今、出来るだけ「自分を笑顔にしてあげる」「自分が好きな事」「自分を心地よくする事」をいっぱい与えてあげて、自分を柔らかくしてあげることも不安を和らげるのに効果大です。

そして、私は今日、いいお天気だからベランダで本を読んだら最高じゃない?!今、それをしたいよね!という「私にとっての楽しい事」を自分のためにプレゼントして叶えてあげました。

他の人から見てどうこうではなく、私がしたかった事を叶えると、私が私に「ありがとう」って微笑みかけてくれて、柔らかく緩めます。
柔らかく緩むって、幸せです。

私たちはみんな、誰かを助けたり誰かを笑顔にするために「沢山与える事」をしています。

それと同じように、自分にも「今、私が欲しいもの」を与えてあげて、自分の幸せを感じて生きていいんです。
自分を幸せにするものを選び、それを大切にしていい。
小さな幸せに「うふふ」って笑えるように、自分の大事なものにちゃんと目を向けてあげて、自分をご機嫌にしてあげるために、自分をもっともっと生きていい。

変えようのない過去への後悔や、まだ来ると決まっていない未来への不安に押しつぶされそうな自分を「ヨシヨシ」と労わりながら、ほんのちょっとだけでいいので

さぁ、今の私は何をしてあげたら笑ってくれるかな?
さぁ、今の私は何をしたら少しだけ楽になれるかな?

と「今」を意識してあげて、不安で硬くなった心をほぐしながら今を生きることが出来ますように。

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