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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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愛してあげられない罪悪感であの人は苦しかったのかもしれないね。

昨日の夜は オンラインでココロのことについてみんなでお喋りしてたですね。

昨晩はお弟子さん仲間の「麻宮 悠ちゃん」が発案・企画してくれている『心理分析(ケーススタディ)の勉強会』に参加しました。
離れた場所にいるみんなとオンラインですぐにつながって一緒に勉強できる時間ってとっても楽しい♡
悠ちゃん、いつも企画してくれてありがとう。この場を借りてお礼しちゃいます。ペコリです。

私は心理分析は得意ではないけれど、なぜこの人はこの問題を必要として悩んでいるのだろう?
なんでこんなに苦しい思いをしてしまうのだろう?
どうなると幸せを感じられるのだろう?
この人の価値や魅力はどこにどれだけ隠れているのだろう?
この人が笑顔になるには、どんな言葉を届けたらいいのだろう?
と「なんで?」の部分を探すのはすごく興味深いと思っているし、知りたいという思いが強いので、分からない事はいっぱいあれど「心理分析」についてもっと分かるようになりたいなぁと思っています。
だから、難しすぎて唸りながらも、ケーススタディと呼ばれる例題をもとにその人の抱えている問題に寄り添うための分析をする学びの時間は「そうなんだ!」と思う事がいっぱいあって楽しいと思っていましたし、みんなが見ている角度や届けたい思いが知れるので、一緒に学ぶ時間というのはとっても充実した時間だと思っています。

もっともっと、心のことについて知りたいなぁ。

さて、昨日のケーススタディ勉強会の前に、鬼畜生仲間であるサトヒちゃんがブログに「神記事」を書いていたのでご紹介。

師匠である根本さんのお師匠様である「平さん」の講座を聴講した際に語られていた言葉を紹介してくれていたのだけれど、私は参加していないので背景もなんにも分からないのに、この言葉に涙しました。

「愛してあげられないことほど、辛いことはない」

サトヒちゃんのブログに書かれていたけれど、愛されないことよりも「愛せない罪悪感」のほうがよっぽど辛いものであり、愛せない事で感じる罪悪感というのがどれだけ大きく重たいのかについて思いを巡らせてみたら、離婚問題の最中にあった彼のことを思い出しました。

離婚問題において、私は最初のうちは「一方的な被害者」だと自分のことを思っていました。
心理学を知ることになり、自作自演で必要として問題を「私が」起こしたのだと頭で理解はできたものの、感情はそれを受け入れることができず、なんとか彼を取り戻したくて私を見て欲しくて、愛して欲しくて、いっぱい泣きました。

愛されなくなった自分に傷付き、愛される価値がないんだと自分を忌み嫌い、自分で自分を満たせなかった私は、彼からの愛で自分を満たしてもらおうと躍起になっていました。

でもね、彼は「与えてこなかった」訳ではないんですよね。
ずっとずっと、私に与え続けてくれていたのに、私はそれを受け取れなかったし、受け取ったとしても「足りない」と拗ねて、もっともっとと彼の愛を試すようなことばかりしてたのだと思います。

思いっきり自立していたので、頼るなんてできませんでした。
そのくせ弱くて泣き虫で、嫉妬深くて自分に自信がないから、私のことをもっと愛してよ!と常に乾いた喉を潤すために彼に求めるばかりだったのだと思います。

受け取ってもらえない悲しさを、彼が私に背を向けた時に嫌というほど体験しました。
愛している気持ちも、大好きだという思いも、あなたの笑顔が見たいという願いも、何一つ受け取ってもらえないという事が、どれだけ心をペシャンコにして傷つけるのかを、離婚したいと言われて初めて私は痛みとセットで気付かせてもらいました。

受け取ることも愛の一つだと、受け取り拒否をし続けた私は「自分が受け取ってもらえない事を通して」教えてもらいました。

もう自分では何もしてあげられない、愛しているのに受け取ってもらえない、愛する人を満たせない…と無力感を感じ続けた先に

もうこの人を愛することをやめよう。
この人を愛することで傷つくことから自分を守ろう。

と、愛することを放棄したのだとしたら、それを決めた時の苦しみや絶望はどれくらい大きかったのでしょう。
何をしても届かない…と、愛することができなくなっていった彼の感じていた罪悪感というのは、どれだけ強く自分を苦しめたのでしょう。

愛されない事に泣いていた私の隣で
愛してあげられない苦しさと罪の重さで、彼もずっと苦しみ続けたんだね。

でもそれも、お互いに対する「愛」があるからこそ苦しかったんだよね。

愛したいのに愛することができなくなったと自分を責めるのも、ひとつの愛だと私は思っているから。

罪悪感を感じるほどに、その人に対する愛を持っているんだものね。
ごめんね。愛したいと思っていた感情を失わせるほどにあなたの愛を受け取れずにいた私をどうか許してね。

愛されない傷は深く大きく、なぜ彼は私を愛してくれなくなったのだろう?と心に小さなトゲが刺さったままでいた部分はあったのだけれど、私のことをいつからか「愛することができなくなった」と感じてしまった時の彼の気持ちを想像したら、その辛さに涙が溢れました。

今の私は、彼に対する思いを手放し「大好きになってくれた時間があったこと」をありがたく楽しかった日々として懐かしく思い出して笑えるようになりました。
彼に対する「小さな愛」は今までの家族としての想いやパートナーとしての特別な思いとはまた形を変えて、たぶんきっとこの先もずっと大事にしていくと思います。
お互いに幸せであって欲しいと思っていますし、何かあったら味方になりたいとも思っていますし、ずっとずっと、素敵な彼でい続けて欲しいとも勝手に願い続けています。(恋愛感情はもうないので、人間として素敵な存在であって欲しいという思いです。)

愛されなかった傷も少しずつ癒えてきた中で、愛せなくなった彼の苦悩や感情を理解することができたことは、また一つ自分の傷に貼っていたガーゼを剥がすことにつながりました。
感情的な理解ができることで本当に手放しは進みますし、自分のことも許せるようになります。自分を許すという事は、同時に相手を許すことでもありますものね。

愛せない事で彼がうんと傷付き、苦しんだことを「今」になってではあっても知れたことは良かった。
自分の痛みだけでいっぱいになっていたけれど、お互いに苦しみ続けたんだなぁ。

また一つ、過去に対する感情の整理ができました。

上手く書けないのですが、愛する人の愛を受け取ることも「愛」で、愛する人を愛せなくなる事で苦しむこともひとつの「愛」で…

うわぁ!頭がこんがらがってきたけれど、罪悪感を感じる根っこには「大きな愛」があるので、大好きな人があなたを愛せないと悩んでいる姿に涙しているあなたにがいたら、愛せないと苦しみ葛藤している根っこには「あなたへの愛」があるから苦しんでいるんだから、どうぞ今以上に自分を責めないで自分を愛してあげてください。

あああーーっ!
もう頭がごちゃごちゃなので、まとまりきらずに逃げるようにしてドロンします。

とにかく、愛は無敵!ってことで。

ほな、ドロン!!

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