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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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ハイジのお爺さんのイメージワーク

仁くんちにーたんはマミコちゃんのお実家にお泊りでちね!

こにちはーー!!
今日はマミコちゃんはトーキョーにお泊りに行くんでちよー。

と、仁くんからご紹介いただきましたが、私はただいま「乗車率100%」というくらい混んでいる新幹線に乗って東京に向かっています。

今日・明日と2期のお弟子さん講座が開催されていて、明日の講座を聴講させてもらおうと思っていたのですが、東京に住んでいる妹が「それなら土曜から泊まりにきて一緒にご飯食べたりしよう!」と誘ってくれたので、急遽泊まりでの東京行きとなりました。

ギンちゃんは「222のネコの日に??」と憤慨している様子でしたので、帰ってきたら「アフター猫の日」のお祝いをしようと思います。(← 相変わらず強引なやり方)

事前予約していた新幹線のチケットを変更して今日の新幹線の指定席を取り直そうとしたら、今日は連休の初日だったんですよね!!
指定はことごとく満席で自由席にしましたが、ほら、いつもうっかりだから今日もバタバタして、ギリギリ乗り込んでみたものの、座席が空いていない!!
偶然見つけた空いている席にチョコンと座りひと段落。

ふぅ。
ご褒美にはやっぱり「ハイチュウ」だよねー。
新幹線といえば500mlのアルコールに手を出したくなるけれど、まだ朝なのでそこは自粛。えらいなぁ、私。(← 自画自賛)

旅のお供のハイチュウと…

でねでね、私はここ数年の間「家用のパソコン」を持っていませんでした。
お弟子さんになって「これはスマートフォンだけではしんどい事になりそうだ!」ということになり、iPadを買いました。

はっきりいって全く使いこなせてなくて、オススメされた有料アプリも入れたりもしましたが、まぁね、使えていない状態です。(てへへ)
カバーとしても使えるキーボードとタッチペン(画面に触って使える鉛筆みたいなやつ)も買ったのですが、ペンに至っては一度も使っておらず、落とすと悪いので家に置きっぱなし…

ほんと、宝の持ち腐れとはこのことです。

私はバリバリのビジネスマンでもないし学生でもなく、新幹線やカフェなどで仕事や勉強をしている人たちがノートパソコンやタブレットを使っているのを「かっこいいなー」と遠巻きに見ている星の住人だったのに、iPadを買って以来、東京に行く時はこうやってカチャカチャやる星の住人になりました。
いひひ。かっこいい私、に酔っています。

さて、最近は罪悪感やら寂しさやら楽しさやら…と感情が忙しいなぁと感じていましたが、ふと「私は前とは変わったよな〜」と感じました。

自己肯定できるようになってきた分、悩んでも浮上が早くなり「寝たら気持ちがだいぶリセットできる」ようになったのもあるのですが、よく言っていたあれ…

自己肯定感が上がっても問題は起きるーでち

さぁ、もう一丁!

ご唱和ください!自分軸で生きていても問題は起こる!

そうそう、過去にギンちゃん先生・仁くん先生とご唱和したアレです!

メメントモリとして心に刻んでいる『自己肯定感が上がっても問題は〜、起きるぅ〜』ですが、自己肯定できるようになって自分が無理をしていた事をいよいよ手放すステージがやってきたのかもしれないなぁ…と。

今までは「嫌な人のいいところを見つけて好きになる努力をしないなんてダメだ」という価値観で生きてきたのですが、それが私を生きづらくしんどくしているのだと自己肯定した結果「もういいよ。その観念は私に要らなくなったからサヨナラしていいんだよ。」と新しいステージに一歩踏み出す事をした瞬間から、まぁ、あらゆる抵抗を感じて感情が乱れました。

どの感情にも「いい・悪いはない」と分かっていても、やはり怒りや憎しみなどの重たくエネルギーのいる感情って苦手ですし、慣れていないから扱いに困ります。
けれど、感じちゃったものはしょうがない。向き合う時が来たんですものね。
言い換えると今まで扱えなかった感情を扱ってもいい!と潜在意識が許可をだしてくれて、だから何かしら苦手な人を通して問題に対峙する事で感情と向き合っているんですものね。
ほんと、自作自演。

で、そんな自分を「否定しない」という見方をどうやると楽しく・優しくできるのかな〜?と思って自分を俯瞰で見るというのをやってみようと思いました。

妄想強めの私なので、自分を外側の大きな窓から見るイメージをしてみようとしたら、子供時代に幾度とビデオで見た「ハイジの世界」が広がりました。
空は青くて白い雲がもくもくと流れていて、ヤギたちや優しそうなおじいさんやおばあさんたち。
ハイジの住んでいたお家のわら草のベッド。
そのベッドの上で膝を抱えている私が見えました。
窓の外は明るいのに、膝を抱えている私は小さく見えて、思わず抱きしめたくなりました。

するとドアをノックして、おじいさんがぽってりと厚いマグカップに暖かいスープと素朴なパンを手にして私の隣に腰掛けてくれました。

何を怖い顔をしているんだい?

とお爺さんに聞かれて、私は自分が誰かから離れる事に大きな罪悪感を感じて、そしたら怒りやら寂しさやら、いろんな感情に振り回されているんだと素直に気持ちを話していました。
するとおじいさんは小さく笑って

いいんだよ。
マミコが感じているなら、怒ったって離れたって、泣いたって、笑ったって。
何をしていてもマミコは自慢のマミコだよ。
怒れるようになってよかったのぉ。

と言って持ってきたパンの一つを齧って、パンくずがお髭についているのを見たら思わず抱きつきたくなって、お爺さんに抱きつきました。

お爺さんは何も言わず、ただ背中をトントンとしてくれました。
怒れるようになってよかったね、って言って欲しかったんだ。
今までダメだと禁止していた事を「いいんだよ」って抱きしめてもらいたかったんだ。
あぁ、きっと私は許されたかったんだ。

ハイジのおじいさんや大好きな赤毛のアンに出てくるマシューおじさんは、私の理想の「おじいちゃん」です。
私は子供時代、ちょっとキツイおばあちゃんや嫁姑関係で悩んでいた母を助けたいとオロオロした子供で、けれど持ち前のウッカリと元々あまり頭も良くなく鈍臭いので「期待に応えられない」事でたくさん失望してきました。
容姿に対する自信がなくなったのも幼少期で、祖母や親戚から「背ばっかり高くてひょろ長くて、母の実家の血筋で色黒で可愛くない。それに比べて○○ちゃんは…」と言われて萎縮していました。

そんな「ダメ」な私を、いつも受け入れてくれて「最高にかわいい」「まみちゃんの優しさは世界一」と褒め続けてくれたのはおじいちゃんでした。
塗り絵をしてはみ出してしまったり黄色や青で髪の毛を塗ったりするとおばあちゃんに思いっきり怒られるのですが、その後でしょんぼりしている私に「はみ出ない魔法の塗り方」と言って外側を縁取ってから塗るという方法や、髪の毛をカラフルに着色した私には「想像力が素晴らしいね!」といつも愛を届け続けてくれました。
それはまるで共犯者のようで、実際おじいちゃんは自分のおこずかいで「買い慣れていない」と照れ臭そうにミスタードーナツの袋を入れて自転車で遊びに来てくれて、その時間は今思い出しても涙が出るくらい楽しい時間でした。

いつも私を許してくれたおじいちゃんは、パーキンソン病という病気のため私が中学2年生になる少し前に天国に行きました。

あぁ、私はずっとそれから「誰も私を許してくれないんだ」と罪悪感を持っていたのかもしれません。
また一つ自由になりたくて、けれど罪深くダメだとずっと重い罪悪感を持っていた私はやっと前より自分を許せるようになったけれど

何をしてもいいんだよ。
何をしても私の自慢のまみちゃんだよ。
何を考えても、間違っても、大丈夫だよ。許されていいんだよ。

と、おじいちゃんに言って欲しかったのかもしれません。
やばい!!おじいちゃんコンプレックスがあるのかもーーー。ひゃぁ。
なにこれ?グランドファザコンっていうの???
なんかグランドファザコンって壮大に拗らせてる感じでよくなくなくなぁ〜い?

で、これを書きながら満席の新幹線でマスクをしながら涙をホロホロ流している私は、十分怪しすぎることをここにお伝えいたします。
ってか、前回も新幹線で感極まって泣いてたような…

もしや新幹線は私の癒しスポットなのかしら??
いやいや、そんなことはあるまい。ウッカリしていて相性悪いのだから…

ということで(← どういう事)ちょっと疲れてしまった時や、自分の気持ちが不安な時は自分を肯定してもらって抱きしめてくれる「優しいハイジのおじいちゃん」を召喚して癒してもらうの、おススメですよ〜