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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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大きくてひょろ長かった女の子の話。

超マイペース。ノバノバ最高

桜の木の芽が少しふっくらとしたところで、いたずらな冬の気配が勢力を増し
今日はすぐに消えてしまうほどに儚い、小さな紙吹雪のような雪が舞っていました。
きっと今季最後の雪。
晴れているのにハラハラと飛び交う雪に、小さくバイバイと言いました。
もうすぐきっと、私の住む町にも春が来る!

オコタ大好き兄弟は、冬の間は競うようにオコタの中に潜って暖を取っていますが
先月あたりから、オコタが少し暑く感じるのか、暖まるとモゾモゾと這い出してきて

ドタン!
ノバーーッ!

とマイペースに好きな場所でクールダウンして脱力しています。

見ているだけで思わず笑ってしまう、自由な可愛らしさを持つギンちゃんと仁くんは「マイペースに素直に生きる」という点で、私のお手本であり師匠です。

今日、ステキなおじーちゃんに出会ったんでちよね?

マンションから歩いて5分程の、最近新しくできた大きなドラッグストアに行ったら
駐車場と入り口までのスペースのところで、おじいちゃんが向かい合うように2人いて、何やら笑顔でお話ししていたんです。

で、私はその脇をすーっと通り抜けようとした時に、
ちょうどお別れするタイミングだったみたいで、握手をして

今日は天からの出会いでした!
素敵な出会いに感謝いたします

と、ツイードのジャケットを羽織っていたおじいちゃんが、グリーンのジャンパーを着ていたおじいちゃんにニッコリして語りかけていた言葉が聞こえて来ました。

何だろう。すごくステキだなー、ってジンワリ染みました。

ちょっとした再開、立ち話程度の時間を「ステキな出会い」と言える素敵さ。
それを天からの出会いと感じて、感謝できる純真さ。

当たり前ですが、そこで偶然に出会うというのは、天文学的にもすごい数字をくぐり抜けて…という感じで、約束していない人とすれ違うって、実はすごいことなんですよね。

おじいちゃんのステキな言葉に、こっそり私も「すれ違えたこと、ステキな気付きを与えてくれたこと、天に感謝します!」ってクスリとしました。

おじいちゃんの話とか、無視して違うこと話します

え、えへ。(← 図星)

以前にも記事に書いたのだけれど、私の名前は「まみこ」と言います。(え?今更??)

そして「まみこ」である私は『小さな』に憧れがあります。

子供の頃、成長の早かった私は【前ならえ】では1番後ろで頭ひとつ飛び抜けて…ではなく、肩から上が飛び出していた『大型ひょろ長系女児』でした。
それをからかわれることもありました。

まみこという名前も嫌いでした。

同じクラスに1番小さな『マミちゃん』という同じ名前の女の子がいて
私は同じ名前なのに『まみこ』と呼び捨てされてしまう大柄の女の子。

マミちゃんは本当に小柄で(前ならえで1番前。しかも顔もとてつもなくかわいい)
同じことをやっているのに、とにかくかわいく見えて、先生やクラスメイトが

マミちゃんはあんなに頑張ってるのに
まみこはなんでワンテンポ遅れてるんだ!

と言われ、とにかく必死に頑張ってみるものの
全てが『大技』で頑張っているようには見えないため、いつも全力以上でした。

※通知表には『本人は努力しているようですがワンテンポ遅いです』と小学・中学校の9年を通して記載されていました
※多分、今でもそれは変わっていませんが、今の私はそれが個性だと思っているので気にしていません

そんな私は、いつしか頑張っても報われないけれど
頑張らなければスタートにも立てない
頑張らなかったら何の価値もない背がデカイだけの人間、だと
自分の事を決めました。

ずっと後の未来、中学生になったら【前ならえ】で後ろから2番目になる…なんて知らなかった私は

とにかく目立ってはいけない。
私はかわいくないし、頑張っても何もできないんだから迷惑だけはかけないようにしよう。

と子供心に決めたのだと思います。

私は本が好きで、図書館でいろんな本を借りました。
だから、図書カードの色がどんどん変わり(借りた冊数でカードが変わっていくシステムでした)年に一度、学校で『読書をたくさんしている人』の表彰がありましたが
銅賞になる!と聞いた時に私が思ったのは

神さま、そんなことしないで

という思いで、表彰当日に風邪を引けるように、水風呂に入ってみたり、寝る前にパジャマを脱いで震えて風邪を引くために全力投球しました。

見事に風邪れました。(やれる実力ありますよね 笑 すごい!)
あぁ、書いていてなんだか泣けてきちゃいました。
今、だぁだぁ泣きながら書いています。

小学生時代、ずっとバレエを習っていた時も、そう。

私はバレエは嫌いではなかったけれど、本当に体がヒョロ長くて大きくて
集団の中でも大きさが全然違うからこそ、ワンテンポ遅れるのが目立ってしまっていました。

発表会は、いつだって緞帳の近くの端っこ。
だけれど一生懸命振り付けやポーズを覚えて、頑張って踊っていました。

そんな私に、バレエの先生(私の叔母)が
ずーっと頑張ってバレエをやっているのだし、同じ学年の子供だけの踊り(同じ学年の子供は3人しかいなかった)で
一度だけでもセンターをやらせてみようか?と言ってくれて
発表会の練習に入る前に、その話を同じ学年の子供達の前でしてくれた時に
踊りが上手くて、いつもセンターをしていた女の子が

まみこちゃんは、「すごく下手」で踊りに遅れるのに
もっともっと上手に踊れて頑張ってる私がセンターじゃないなんて、変だ!おかしい!!

と、泣きながら先生にくってかかるのを見て
すごく、すごく、悲しかったのを覚えています。
その場では傷付いてなんていないふりをしてヘラヘラ笑って。

私も、あなたと同じくらい一生懸命頑張っているんだよ。
だけど、下手だったり遅かったりするだけ。
ただ、それだけなんだけど、ね。

結局、私はバレエを習っていた9年間、一度もセンターで踊ることはなく
発表会やお楽しみ会、折々にみんなで並んで撮っている写真でも、いつも端っこの方で、誰よりもピョコンと背が大きく、少し後ろに引っ込んで写っていました。

今の私は、必死に自分の価値を殺してきた、大きな背丈のひょろ長い女の子に寄り添って、その子に魅力を伝えてあげられます。

ごめんね。
あなたの優しさや痛みに気付いてあげられなくて。
ごめんね。
本当はとても辛かったし、頑張っていたし、背が高いのは悪いことでもなんでもないのにね。

お母さんがおばあちゃん(姑)にいじめられていたから
お母さんを笑顔にしてあげたくて、甘えることもせずに、家族や、何よりもお母さんを笑顔にしたくて、そのためにお家の中では楽しそうに、しっかりしたお姉ちゃんでいようとしてたんだよね。

いつも空気を読もうとして
だけどノンビリ屋さんだから失敗して
そんな私を抱きしめるのではなく

なんで出来ないんだ!

って泣いてるまみこちゃんを叱り続けちゃったんだよね。

本当にごめんね。
ごめんなさい。ごめんね。
あなたの優しさを否定してきてごめんね。

ありがとう。
頑張ってくれて。ありがとう。

ありがとう、私が私で。

大きくてヒョロ長かった女の子である私は、それからもずっと
なんだか生きづらいような、けれどそこそこ楽しく、でもやっぱり自分を否定してしまい周りの顔色を見て道化になるような、そんな生き方を選んできました。

そんな自分に向き合うきっかけになったのが、結婚生活の破綻で
そこでどれだけ自分が自分を嫌っていたか、どれだけ自分を許さずに縛り、苛めていたかを、まざまざと知りました。

知って、だからすぐに自分を好きになって許せたのか?と言えば
答えはノーで、私はずーーっと長い時間をかけて、自分を肯定できずに、けれど自分を好きになる努力をしていました。

その努力は、固くなった土地に茂った雑草をいく日もいく日も抜き、荒れた土地を耕し、土に栄養を与え、種を植えて、あとはその種が芽吹くのを待つような
途方もなく時間がかかり、本当に変化しているのかわからないような努力の日々でした。

けれど、自分を大切に肯定する努力は
私を裏切らずに、いつしか時間をかけて「今」の私は、自分のことを

うん!結構悪くないよね。
うん!結構ステキだよね。

と言って笑って日々を過ごせるようになりました。

そんな今が、私は好きです。
過去もひっくるめて、今の私が、多分とても大好きです。

今のあなたが、もしも私と同じように自分を許せずに苦しんでいるのだとしたら
最初はなんの変化もないように感じられる事であっても

自分を大切に、自分を一番に考えて味方になってあげる

そんな自分の応援団になってみませんか?
私はそんなあなたのことを、フレーフレーと大きく旗を振って応援します。

自分が自分の味方になるって、とても心強いことです。
だって一番身近で、一番強い応援団だから。

最初の一歩は、踏み出すのに勇気がいるけれど
1人じゃない、誰かと一緒ならやってみよう!と思えるかもしれません。

もしも、その一歩のお手伝いを私ができるなら
とても嬉しいな、って私はニコニコします。

あれれ??
なんだか今日も長い上に支離滅裂…

でも、ま、いっか。
だってこれが【まみこ・スタイル!】