自己否定をなかったことにする秘密の呪文
今朝、ちょっと寒かったのでひざ掛けを久しぶりに使うシーンがあり、使い終わったひざ掛けをソファーの上にポンと置いておいたら、かくれんぼするかのようにギンちゃんが中に潜り込んでいました。
チラリとのぞいた顔がかわいくて「あれ?ギンちゃんどこいったーーー?」と探す振りをしながら激写。
保護色に紛れてかくれんぼも上手なんて、うちのギンちゃんは天才かしら??(← 親バカ)
我が家のソファーは「ギンちゃんの漢を磨く大型爪とぎ」と呼んでいて、毎日ソファーの脇をバリバリと爪とぎしてくれていますが
爪とぎだけじゃなく、私が座ったり仁くんがベットにしたり、こうやってギンちゃんがかくれんぼにも使ったりと「多用途」な爪とぎなんです。
えぇ、ある時からソファーだという幻想は捨てました。
爪とぎなのに人も座れて仁くんまで寛げる!!
そういう見方に変えたら、ボロボロになっていっても気持ちが楽になりました。
●爪とぎは「ソファー最強!布一択!!」とギンちゃんが決めた
●研ぐたびに「あぁぁ、破れる!!」と思ってしまう
●その他の爪とぎグッズを用意し、そこで研ぐようにギンちゃんにお願いする
●新しいアイテムでは研いでくれず、がっかりする
●破れていくソファーにイライラとストレスがたまる
●ソファーは大事に使うべきもののなのに…(← このルールは誰が決めたの?私が決めたんだよね??)
ソファーなのに、インテリアなのに…と言う目で見ていた時は、ボロボロになるのに胸が痛かったのですが、爪とぎなのだという角度で見てあげれば、選び方や考え方が違ってきます。
(ギンちゃんが布製品でしか爪とぎをしないネコちゃんなのに、過去の私はこの性質を受け入れてあげていなかったんですよね…)
●ソファーではなく、人も座れる大型爪とぎ
●消耗品なので「高くないものでお気に入りを探す楽しみ」を見つけよう
●とはいえ安いものではないので補修はしよう
●今日も元気にバリバリしてるねー、破れてきたねー
●あ!仁くんもソファーで寛いでいるね~。マルチに使える爪とぎ!最高か?!
「ソファー破壊神GINTA」は子猫の時から何も変わらず元気にソファーで爪とぎをしていますし、目の前で起きている事実は何も変わりません。
でも、味方が変わったら「ストレス度合い」「感じ方」が全く変わりました。
起きている事は変わらなくても、自分がどんな「メガネ」をかけて目の前の事実を見るか・受け取るか・考えるかで、出来事の受け止め方は変わるんですよね。
ソファーだと捉えれば爪とぎされることがストレスに感じましたが、爪とぎなのに座れるんだよ?!と思ったら、爪を研がれても「あちゃー、ボロくなってきたねぇ」と大らかに笑えるようになりました。
ホントに自分の世界は自分がどう見たいかを選べるんですよね。
「起きている出来事」は変わらなくても、自分が「どんな風に感じたいか」を取捨選択できるのですから、少しでも楽しく・ストレスに感じないメガネを選びたいなぁと思っています。
とはいえ、これも試行錯誤です。
どのメガネが自分を楽にするかな?といろんなメガネをかけて「見る・体感する」ことで、選んでいくんです。
だから私にとってはいいと思える考え方でも、他の人にとってはストレスに感じるものだったり、その逆だってあるんです。
それはまるで、近視の人が乱視のメガネをかけているようなものですよね。
メガネとして役割を持っている事は分かるけれど「合わない」というだけ。
いい・悪い、正しい・間違い、という事ではないんですもんね。
私は今でこそ「自分を否定する」という事が少なくなりましたが(それでもたまには自分責めみたいなことをしちゃう日もありますよ。泣く日もあります。)、お弟子さん入りしたキッカケも『自分を助けてあげたい、肯定できるようになりたい』という動機だったので
★自分を責めるのが基本性能
★一人反省会は日々の日課
★自分を好きになるなんて今世では無理だと思う
★自分のいいところなんてあり得ない
★自己肯定感はお母さんのお腹に置いてきた
★自己否定の達人
という感じで、とにかく常に思考して自分を責め・人と比較しては脳内で自分を貶め、自分をどんどんと委縮させて虐めていました。
これはもう抜け出せない「クセ」のようになっていて、気が付くと無意識に自分をけなしたり否定していました。
なので意識して自己否定をしないようにしよう!と思っても、反射的に自分を否定してしまうのでどうしたらいいんだろう??と途方にくれました。
自己肯定 = とにかく認める、という事ですから「肯定してあげようと努力する今の自分にOKを出す」という事をすればいいので、否定しちゃうことを否定する(あー、もう、日本語がややこしい!!)事をしなければいいんですよね。
なんか、もう頭がごちゃごちゃしてきました。
つまり!!!
反射的に自分を責める「今の自分」を絶対責めなきゃいいんだ、と思い至った訳です。
– – – – – – – –
責めちゃったかー。どんまい!
しょうがないよね、だってこれが今の私だし。
責めた事を責めないようにしようね。ヨシヨシ、気付けたって事がいい感じ。
– – – – – – – – –
というようなことを自分に日々言い続けました。
否定しちゃう今の自分を肯定する、という事をし続けました。
というか、今まで何度も「否定する自分を責めて前に進めなかった」ので、じゃぁ別のメガネをかけて挑戦してみよう!というイメージで、ただフラットにそこで見る事をするように心がけることをしたんです。
これを数か月続けてみて、合わなかったら別の方法を探せばいい。
やり方はきっと無数にある!!
このやり方を採用しても、すぐに目に見える劇的な変化はないので心は何度も折れそうになりましたが、何十年もこじらせてきたものを一瞬で変える事は出来ないから、もうしばらく続けてみよう…とやり続けました。
正直、これを始めても1か月くらいは何にも変化は感じられず、こんなことをしている自分を責める気持ちもわき、虚しいと感じたこともありました。
でも、この「脳内自分責め」がとにかく苦しくて、何とか楽になりたかったのでそれでも否定せずに「今の私を大事にしてあげよう」と思い、やり続けました。
潜在意識(無意識)は強力です。
そして変化を嫌いますからすぐには変わってくれません。
けれど、諦めずに続けてたら「今のあなたがやってることを採用しても安全なんだね」と受け入れてくれるようになり、いつからかだんだんと
自分を責める自分に「まる!」と言っていたはずの自分が、それをしていない事に気付きました。
そうなんです、自分を瞬間的に責めることをしていないと気付いてビックリしました。
前は反射的に責めていたのに「さて、この案件については責めましょうか?どうしましょうか?」という感じで、思考が一瞬立ち止まってくれるようになりました。
今はこんな感じで、瞬間的に自己嫌悪・自己否定するという事はなくなりましたが、無意識で反応していた時にやり続けた事がもう一つあります。
先に紹介した「これが今の私だから」と受け入れる事をしたくても、やっぱり否定した自分を責める気持ちって湧くじゃないですか???
その湧きあがった気持ちがモヤモヤしますし「また責めてる…」って悲しい気持ちにもなったので、自分責めをリセットする魔法の呪文を唱えることをしました。
まぼろし~~(by IKKOさん)
あ…
今、拳を握りしめたあなた!!
暴力は後々「あなたに罪悪感」しかもたらさず何も生みだしませんから、あなたの平和のためにそっとその拳は降ろしましょう!!!
ふざけているのでもなんでもなく、私は自分を責めた後で「まぼろし~」というIKKOさんを憑依させて、自分を楽にさせてきました。
– – – – – –
どうせ私なんてダメだ。また自分を変えられずに同じことを思考している。
良いところを探したって全然心に響かない。私は自己肯定なんてきっと一生できないんだ…
– – – – – –
こんなネガディブな思考をグルグルさせた後で、人差し指を顔の横で「チッチッチッ」と振るようにして言うんです。
まぼろしぃ~~、って。
そう、たった今自分を否定していた私は「まぼろし」なんです。
まぼろしだから、なかったことです。実体がないんです。
サンドイッチマンさんの「揚げてあげるからカロリーゼロ」と一緒です。
自己否定しちゃった自分は「幻だった」と、その自分をゴシゴシと消しゴムで消してあげるような、秘密のリセットワードを持って実践しました。
もしも今、ちょっと前の私のように「瞬間的に自分を否定してしまって、そんな自分を許せない」という気持ちを持っている人がいたら、まぼろしだ!って思ってみてあげてください。
考えた事、自分に対して言った事を「消しゴムで消しちゃえばいい」んです。
別に誰かに対して言葉を投げたわけではなく、取り消せるんですから!
私が自己肯定するためにあれこれやってきた中でも、これは「私には合っている」と思えたので、同じ度数のメガネとして合う人がいたらいいな、と思ってご紹介させてもらいました。
ぜひ、IKKOさんを召喚してくださいね。
IKKOさんのおおらかな笑顔で笑い飛ばしてもらいましょう。
自己肯定のやり方は無数にありますから、今やっているやり方が合わなくても大丈夫。
また別のメガネをかけて「世界がちゃんと自分らしく見えるか」を探せばいいんですもの。
遠回りもしましたし、うんと時間はかかりましたが、私でも自分を肯定できるようになれましたから、自分に合った肯定方法を掴むことが出来るように応援しています。
フレーフレー!!!エイエイ・オー!
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