私に出来ることは小さなことだけれど、そこに優しさと愛を込めて。
秋の始まりだったような陽気とお天気も昨日で終了。
今日は気温は暖かいものの、雨降りのスッキリしない金曜日でした。
ギンちゃん・仁くんに「トホホ」と言われている私は、今日は6日に1回の出社当番日。
昨晩、少し遅い時間にお客様の所を訪問する用事があり、打ち合わせで結構なボリュームの仕事の依頼があったため、今日はいつもより1時間早く会社に行く予定で準備していました。
私は「うっかり」が標準搭載のため、もらってきた資料等を忘れないように、会社が貸してくれているノートパソコン類と一緒に玄関前の目につくところに準備しておきました。
が…
早く行ってあれもしてこれもして…と頭の中であれこれ考えて出かけたら
パソコンごと仕事道具一式を持って行くのを忘れる
という痛恨のミス。
事前に「忘れないように!」と玄関の近くに出しておいたことが逆に災いし、考え事をしていてすっかり見落として出勤。
普段通りテーブルの上に置いておけば、目についたはずなのに。
良かれと思って裏目に出る…
これが「マミコ・スターーイル!!」
* * * * *
私たちは出来れば悲しい出来事を体験せずに生きていたいのですが、時に這い上がれないくらい悲しい出来事に直面することがあります。
泣いても泣いても、まだ涙が湧いてくることもあるでしょう。
心細くて寂しくて、ひとりでいると叫びだしたくなることもあるでしょう。
何を食べても味を感じられず、食欲すらわかない事もあるでしょう。
夜が来ても眠くならず、闇の中で膝を抱えて朝を待つ日もあるでしょう。
世界から色彩は消え、楽しそうな音が消え、真っ暗で深い深い海の底にひとりで取り残されたような気持ちの日もあるでしょう。
早くなんとかしたいと思うけれど気持ちは全くついてこなくて、毎日虚しい気持ちと悲しみの板挟みで、生きる希望が持てない事だってあるでしょう。
苦しみは隣り合わせで少しでも早く楽になりたいけれど、悲しい時は悲しい気持ちをそのまま受け取ってあげましょう。
泣いてもいいし、怒ってもいいし、悔やんでもいいし、わめいてもいい。
無理にそこから這い出そう・抜け出そうとはせずに、しんどいけれどそこで悲しみを味わい尽くすことはあなたが悲しみから抜け出すための大事な儀式だと思ってあげてください。
無理しなくていいんです。
悲しい時は、悲しいって泣きましょう。
なんで?どうして?って理不尽さを呪って、悲しみを感じきりましょう。
しばらくはずっと、海の底で悲しい気持ちにグルグル支配されていると、だんだんと悲しみの帯がゆるみ、海の底にかすかな光を感じられるようになる日が来ます。
その時にきっと、その光に向かって歩き出したいと思うでしょう。
そこからまた歩き出せばいいし、泣き笑いしながら進めばいい。
りんどうの花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」です。
私は過去に幾度か「立ち上がれないかも」と思うような悲しみの底で涙にくれる時間を過ごしました。
大好きなおじいちゃんを見送った時、受験に失敗した時、愛する「家族」だったペットたちが虹の橋に向かった時、失恋したとき、大切な人が病を抱えた時、愛する人に離婚を告げられた時。
私は今を楽しく生きていますが、私の「こころ」をお見せしたら、きっとそこには目を覆いたくなるような大きな傷跡や、あちこちについたたくさんの小さな傷の痕跡や痣があります。
すごく痛かったし、すごく悲しかったし、すごく耐え難かったけれど、私はこうやって「傷跡を持ちながら」生きています。
あなたの悲しみや絶望を、なにもかも「分かる」という訳ではないでしょうし、私には悲しみを解決するために使える魔法のようなものも持ち合わせていません。
けれど、悲しみの中にいるあなたを「ひとりにしたくない」と思っています。
あなたが悲しみの底で泣いていたら、ただ温めてあげて側にいたい。
悲しんでいるあなたのことを、大事に慈しみ、愛を贈りたい、と思い続けています。
悲しんでいるあなたは、決してひとりぼっちではありません。
あなたに「良くやっているね。悲しいのは辛すぎるよね。」と暖かい毛布とお茶を準備して、あなたをまるごと包んであげられるような私でありたいと思っています。
悲しみは時間がかかるかもしれないけれど、少しずつ少しずつほどけるように和らいでいけますから、頑張り過ぎずにいてくださいね。