【リレーブログ】(3巡目)なぜ私がカウンセラーを目指したのか?
先週、東京の感染者数が300を超えたというコロナのニュースを皮切りに、最近は感染拡大のニュースを耳にすることが増えましたね。
新しい生活様式とはいえ少しずつ日常生活を取り戻していた中で、また感染拡大から「自粛」を考えざるを得ない状況になるの??と思うと、閉塞感と未来への希望が持てずにしょんぼりした気持ちになりますよね。
丁度GWに、ともすると気落ちしそうな「自粛生活」の中で、何か少しだけでも読めるものがあってクスッとできたり、言葉に誰かが安心したり涙したり笑顔になれたらという思いを込めて、リレーブログを提案・実行することができました。
私を含めて総勢12名の個性豊かなメンバーが、順に「マイペースな速度」と「やり方」でバトンをつないでくれたおかげで、予定していた内容の最後である第三回目のバトンをHarunaカウンセラーから託してもらいました。
あらー、かわいいテーマ発表をしてくれて、どうもあーがとでち!
仁くんが紹介してくれている通り、三回目となる最後のリレーブログのテーマは
なぜ私がカウンセラーを目指したのか
そうねぇ、なんで目指したんだろう???というのを初心に帰って思い出すって大事だよね。
という事で、私がなぜ「カウンセラー」の勉強をしたのかを書いてみたいと思います。
* * * * * *
あの、その…という感じではありますが、大前提として「私って、カウンセラーとしての活動してるっけ?」という疑問があります。(えへへ)
とはいえ、カウンセリングメニューも掲げていますし、体験会を通してお話をさせてもらったりお悩み相談をさせてもらったりと、全く持って「無」という状態ではないけれど、カウンセラーとしての経験値はまだ少なくて、手探りの状態だと思っています。
私の思うカウンセラー像ってどんなものだろう??と考えてみると、ご相談を受けて話を聞くことに加えて何かしらの提案やアドバイスができて『役に立てる』事を仕事にしている、そんなイメージなのかもしれないなぁと漠然と感じています。
でもそれって、私にできることかな??
カウンセリングって何だろう?
私は自分で勝手にハードルを上げて、高尚なものにしちゃっていないかな??
私がやりたいことって何だろう?
私にできることって何だろう?
私らしさ、私のやりたいこと、私にできること。
「私」という視点で考えてみたら、私が目指すカウンセラーの姿や私がなりたいと思っているものは、さっき話した「カウンセラー像」ではありませんでした。
私は保健室でありたい。
私はただそこにいて明かりをともすような灯台みたいな場所でありたい。
私は何もできません。
ただ、話を聞かせてもらい、あなたを理解したいと願う私であり続けたい。
答えも道も、すべてあなたの中にあるからこそ、あなたにとっての幸せを見つけるために一緒に答えを探す手伝いをすること。
寂しさや悲しさを抱えている時に「ひとりぼっちじゃないよ」と抱きしめてあげられる私でありたい。
アホな私で笑っていたい。そしてあなたにも笑って欲しい。
いつもそこにいると思い出してもらえて、ちょっとだけ話を聞いてもらって気持ちを軽くしてもらえたら嬉しいな。
保健室が空いているから、そこでちょっとだけ休んでいきたいと思い出してくれた嬉しいな。
道に迷ってもそこに小さな明かりがあるから、また歩き出そうと思える「光」を届けられたら最高に嬉しいな。
ただ分かってもらえる。
ただ寄り添ってもらえる。
いつでもそこにある。
そんな場所を目指しているのだと思います。
ん??
テーマをちょっと確認してくるね(→ リレーブログを見に行くおまみーぬ)
…
ギンちゃんの言う通り【なぜ私がカウンセラーを目指したのか】がテーマだったぁぁぁぁぁぁ。
どんなカウンセラーを目指しているのかにこっそり趣旨替えしちゃってるけど、そんなのちがーーーう!!
でもね…
ちっちゃい事は、あの、その、気にしちゃいけないのよね♡
さぁ、久しぶりに叫びます。
ワカチコ・ワカチコーーーッ!!
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私がカウンセラーを目指すことになったのは、お弟子さん入りした2019年の1月でした。
ブログでも良く書いているのでご存じの方も多いと思いますが、根本 裕幸さんにお弟子さん入りすることにした理由は、カウンセラーになりたかったからではなく
思考優位で自分を虐める私を楽にしたい。
私が私をカウンセリングしてあげて助けてあげられるようになりたい。
自己肯定できるようになりたい。
私を好きになりたい。
というもので、とにかく生きづらかった私を助けたくてお弟子さん入りしました。(丁度、まとまった額の慰謝料をもらってお金があったことが後押ししてくれました)
とはいえ、お弟子さん講座そのものが「カウンセラー育成」のお弟子さんだという事は分かっていましたし、カウンセラーとして独り立ちしたいとかそういう目標は持っていなかったのですが、いつか保健室のように痛みや悲しみ・苦しみや頑張っている事を『あの人は分かってくれる』と思われる存在になれたらいいな、と漠然とした思いは持っていました。
プロフィールページにも書いているのですが、結婚と同時に旦那さんが仕事を抱え込んだことが原因でうつ病になったことがあり、側にいた自分自身は元気なはずなのに『誰にもわかってもらえない』と感じる気持ちを抱え込み、倒れそうになったことがあります。
自分自身ではなく、大切な人が心の風邪をこじらせてしまったり痛みを抱えてしまい、必死で支えているけれど自分が倒れてしまいそう…
大切な人を支え、重い荷物を一生懸命背負っているあなたがほんの少し荷物を降ろして休憩できる、そんなお手伝いできればと思っています。
あの時の私は、何かアドバイスをもらいたかったわけでもなんでもなく、ただ「分かるよ」「大変だね」「なんでも言っていいんだよ」といってもらえるだけで救われると感じていました。
心療内科への通院に付き添いで行っていたのですが、旦那さんの診察が終わると私だけ少し残るように言われ、先生から「ご家族もサポートするうえで頑張ってますからね。大丈夫ですか?眠れていますか?」と声をかけてもらってポロポロ涙が出たのを覚えています。
それだけで気持ちが明るくなれたことを、それだけでまた頑張れたっけ。
辛いとかしんどいとかそういうことよりも『誰も分かってくれないしどこにも言えない』と抱え込むことがどれほど心細く自分を弱らせることだったかを身をもって体験しました。
大丈夫ですか?
いいんですよ。どんなことを話してもらっても。
頑張っていますね。辛かったね。よくやっているね。
話してくれてありがとう。
そんな風にただ「自分を分かって寄り添ってくれる場」に、いつの日か私がなれたらいいなと、その時に漠然と思いつつ、カウンセラーになるとは思わず【ちょっとお茶を飲んで寄り道して元気になれる所】として保健室になりたいなと思っていました。
今、私はカウンセラーを名乗るようになり、こうやってブログを通して私を表現したり、実際にカウンセリングをさせてもらったりして活動を始めてはいるけれど
私は私のなりたい保健室になれているのかな?
私はちゃんと「聞けている」のかな?
私はあなたを理解しようとできているかな?
私が私のやりたいことを裏切っていないかな?
大事なことを立ち止まって考える事が出来た事、リレーブログでこうやって書けて良かったな!
サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室
~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~
あなたは独りぼっちじゃないし、あなたの魅力や価値をあなたに届けたい。
あなたの痛みにそっと絆創膏を貼って、根拠はないけど大丈夫だからね!って微笑んで、いつも同じ場所で同じ灯りを灯し続ける私でいたいな。
そして今、私は「保健室」である自分と「灯台」でありたい私のことが好きです。
できない事や実力不足な私であっても、カウンセラーとしてやっていきたいと思っています。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。(ペコリ)
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リレーブログの3巡目、次は「賢者見習い」から「伝説の勇者」を名乗るほどに成長中のサトヒーヌへバトンを渡します。
サトヒちゃん、夜露死苦!!