見えているようで見えていない?!常識を疑ってもいいんだよ。
仕事用の資料を見ていて、なんか違和感がありました。
なんでだろう???と思っていましたが「優しさ」を表現するべき商材の資料の色が『爽やかな青』だったんです。しかも柔らかいトーンではなく、割とぱっきり鮮やかな青。
あー、違和感の正体はコレか!!と納得すると同時に、この手の「良く分からないけどモヤモヤする」というのって日常生活に結構潜んでいるんですよね~。
突然ですが、皆さんは「トリックアート」とか「目の錯覚」「色の錯覚」みたいなものにご興味はありますか??
私はこの手のものが結構好きです。
まちがい探しとか、脳トレ的なやつで絵が変わっていくのを探すのとか、そういうのも結構楽しく真剣にやってしまいます。
※ファミレスのサイゼリヤのまちがい探しとか、意外と難しくないですか??
私は過去に色彩について授業を持っていた時期があり(← 過去に学校で働いていました)『錯覚』についての講義時間が終わると、受講者さんや学生さんがグッタリするのを見てきました。
多分、当たり前のことが「違って見える事で脳が混乱してしまう」から疲れるのだろうなぁ…と思うのですが、是非、皆さんも色彩の持つ面白さ体験してみましょう!(← うーわ、強引)
まず見ていただくのは、中に引かれた線に色が引っ張られて濃く(強く)みえたり薄く(明るく)見えたりする「縁辺対比」。
線がひかれているマスタード色の背景は、どちらも同じ色です。
左側に色のサンプルを準備していますが、小さな四角で塗られているマスタードイエローとまったく同じ色の上にそれぞれ線を引いたのに、黒い線・白い線で囲まれた背景色は、同じ色にには見えませんよね。
縁辺対比とは:
異なる色が隣接した図形の境界で起きる、著しい対比現象のこと。
これも上の縁辺対比と同じように、水色の背景色の鮮やかさが左右で違って見えませんか?
線の色は同じ水色なのですが、右側は彩度(鮮やかさ)が強いもの、左側は彩度が低いものを配置しています。
そうすると、細かい線に引っ張られて背景色が鮮やかさを増したり暗さを増したりして本来の色と違った色に見えます。
色の同化とは:
ある色に別の色を挿入することで、元の色が挿入された色に近づき変化したように見える現象。
みかんが赤いネット・オクラが緑のネットに入って売られているのも、この色彩の同化を利用しています。
「より鮮やかなオレンジや緑に見える事で美味しそうだと錯覚する」んですよね!
他にも、同じ大きさの段ボールが置かれていた場合、どちらの段ボールが重いように感じますか?
左側の濃い色の段ボールが重そうに見えますよね。
私たちは明るい(明度が高い)ものの方が軽く見えてしまうのですが、これは色の持つ心理効果の一つです。
色の持つ心理効果として、色が持つイメージというものがあります。
これは育ってきた環境などの心的要因も関係して、必ずしも同じように感じない場合がありますが、一般的に「赤は情熱や戦い」をイメージさせたり、青は「冷静さ」をイメージさせたり…と、私たちの感情面に色は干渉・関与してきます。
ですからリラックスしたいときには緑色のものを置いてみたり、元気が欲しい時にオレンジ色のものを意図的に身の回りに置いてみるなども、心に対して働きかけてくれます。
おーっほっほ!!
たまには、くっだらなくない話も大事でしょ?
ここまで色彩について見てきましたが、色が少し関連している心理効果について少しご紹介します。
下に色のついた文字を表示します。
この文字を左から順番に読んでみてください。
正解は左から順に「くろ」「みどり」「あお」「き」ですね!
ですが読むときに一瞬「むむっ?」と混乱しませんでしたか??
青で書かれているのに「くろ」、黄色で書かれているのに「みどり」ですから、声に出して読むにしても頭の中で判別するにしても、普段よりも情報を確認するのに時間を要したと思います。
文字につけられた色情報が干渉して、認知の邪魔をしています。
このように情報に対する反応が遅れる事を『ストループ効果』と呼んでいます。
ストループ効果とは…意味の異なる刺激が同時に示されると、刺激に反応するまでに時間が多くかかる現象のこと。1,935年に心理学者ジョン・ストループにより発表。
つぎに、下に表示される文字に塗ってある「色名」を左から順に読んでみてください。
正解は「あお」「き」「みどり」「くろ」ですね!
先程と似ていますが、こちらの方が声に出して読むまでに時間がかかったのではないでしょうか?
文字の表しているものとインクの色が違う事で干渉を起こして脳が混乱して、処理までに時間がかかってしまうこの現象を『逆ストループ効果』と言います。
ストループ効果も逆ストループ効果も、どちらも「脳トレ」などに使われますが、脳が一瞬混乱してしまい、処理するのに頭と時間を使います。
というのも、私たちの脳では「文字」と「色」をそれぞれ処理する担当場所が違っているので、答えが出てくるまでに時間がかかると言われています。
色は「右脳」で認識し、文字は「左脳」で認識すると言われていますが、情報処理をする脳の部位が違うだけではなく、文字と色では処理する際の時間も違うとされているため、答えが出る速度が異なる事も関与して、考えるのに間が出来て正しい認知をして答えを出すまでに時間がかかってしまうのだそうです。
さて!!
私たちの日常にもこのように「色」の認識を通して混乱が起きる事があります。
トイレを示すピクトグラムですが、左側は見ていてもあまり気持ち悪さを感じないと思いますが、右側はどうでしょうか??
一般的なトイレの表示の認識として、以下の色が広く使われていて、私たちは日常的に芽にする事で、マークと色を見て瞬時に判断をしています。
・男性は「青や黒」
・女性は「赤やピンク」
ですから、左側の色は「ちょっと想定ていない色な上に、どちらかというと男女を連想させる色イメージも異なる配色」のため、違和感を感じます。
日本では基本的にこのような色認識を持っているため、すでに認識しているものと違うものがあると「モヤモヤ」と違和感を持ちます。
ですが、もしもこの通りの配色ではない国が存在していたとしたら、日本のトイレのマークを見ると違和感を覚える訳ですよね。
私たちは育ってきた環境で様々な「常識だと思う事」を自分の中に教えて成長してきていますが、その常識はあくまで「自分の中の常識」なんですよね。
必ずしも青が男性・ピンクが女性…という色認識をみんなが持っている訳ではなく、違う色認識をしている人にとっては「私の常識は相手にとっての非常識」なんです。
これも同じ、色認識による違和感を感じるものではないでしょうか?
私たちが生活する上で大事な信号の色は「緑がすすめ・赤が止まれ」なのに、突然道路にこの看板が立っていると、咄嗟に混乱してどうしていいか判断できなくなります。
文字情報の「とまれ」「すすめ」をちゃんと見ているのにも関わらず、私たちは戸惑ってしまいます。
いかに私たちが「育ってきた環境や学習してきた事」に簡単に引っ張られたり干渉されたりするかが良く分かりますよね。
これもよーく見ると「うわーーー!気持ち悪い!!」と感じませんか??
方向に対しても、多くの人はこのような認識を持っています。
・右は未来を示す
・左は過去を示す
これらはグラフなどで時間を認識する事が影響しているのですが、図に書いた「次へ」は未来を指すので右側にあって右を差した三角の方が違和感がないですし「戻る」も同様です。
これも一瞬混乱しますよね?
・細い線は女性らしい繊細さ
・太い線は男性らしい力強さ
を連想させるため、文字でそれぞれ「男性らしさ」「女性らしさ」と書かれていても入ってこないというか「うーん?」と違和感を感じて首をひねってしまいます。
こんな風に、私たちは自分の目で見て知覚しているものに対しても「イメージ」の力が干渉してくるため、見えているようで見えていないものがたくさんあります。(邪魔されて本質が見えないんですよね)
その逆もあり、認知されている常識やイメージを利用するとで、目の前の人を惑わしたり騙したりもできる訳です。
男性性が強めで「おい、こら!!体育館裏にこいや!!」と部下を呼び出している女性であっても、柔らかいシルエットで優しさを連想させる色彩の洋服に身を包んでいると「あの人は女性らしいよね」などという認知をされたりしますものね…
私達の「認知」については、こんな面もあるそうです。
(私もこれはなるほど!と思ったので長くなっていますがご紹介)
みなさん、この絵を覚えておいてください!!
「間違い探し」になるのですが、この元の絵からどんな変化があるのかを、以下の絵を見て探してみてください。
ではまず、ばばっ!と2枚の絵をご紹介します。
違いはそれぞれ「1か所」ずつです。
どうですか?違いに気が付きましたか??
正解は「カップの取ってが増える・減る」の変化です。
ではお次も2枚の絵を見ていただきますが、これも元の絵と違っているところがあるので、それを探してみてください。
▲念のために、これが元の絵です
どうですか?
すぐに変化していた場所に気が付けましたか?
正解は「ソーサーの上のコーヒー豆が増える・減る」でした。
取っ手の変化もコーヒー豆の増減も、どちらも『認知の変化』を利用したまちがい探しなのですが、難易度の差があるのに気が付きましたか??
最初の2枚はコーヒーカップの取っ手が「増えたり・無くなったり」した変化がありますが、これは分かりやかったのではないでしょうか?
コーヒーカップには取っ手がついているもの!!という認知が私たちの中にあるので、取っ手が増えたりなくなったりというコーヒーカップ「らしさ」「ぽさ」が失われることでそこに違和感を感じるため変化が見つけやすいんです。
※両方に取っ手のあるコーヒーカップは日常的に目にしませんし、取っ手のないものも見かけません。
そして、次の2枚はコーヒー豆が「増えたり・無くなったり」していますが、これは最初の取っ手のあるなしよりも探す時間が長く必要ではありませんでしたか?
コーヒー豆はもともとソーサーの上に散らばっていたため、それが増減しても大きな違和感を感じないため、よく見ないと変化に気付けません。
また、取っ手についてもコーヒー豆についても「増えた」時と「減った」時では、どちらの方が変化に気が付きやすかったでしょうか?
多分「取っ手が増えた方」「コーヒー豆が増えた方」が分かりやすくありませんでしたか??
私たちの認知する力は、何かが無くなった時(削除)よりも、増える(増加)した時の方がその変化に気が付きやすいのだそうです。
例えばですが、建物が壊されて無くなった後で「何があったっけ??」と思い出すのに時間がかかりますが、新しく建てられた時の方が気が付きやすいといいう経験があると思いますが、これも「増える方が認知しやすい」という特性からなんです。
自分が見ている世界は、「見ているようで見えていない」ものが沢山あったり、「そう見える」という錯覚や思い込み、様々な経験が干渉して来て『事実をそのまま見る』というのは、とっても難しい事なのかもしれませんね。
育ってきた環境や、今置かれている環境。
自分が傷付かないように決めてきたルールや社会で決められたルール。
国民性だったり地域性、信じてきた事や思い込んできた事がまるで「眼鏡」のようになって、私たちは「自分専用のメガネ」で世界を見ているんでものね。
自分ひとりで考えすぎてしまって「〇〇だから▲▲しかない!!」と絶望を描いて落ち込む時もありますが、そんな時程視野が狭まっていて「見えている世界に不安や怖れのフィルター」が強くかかっていて可能性やそうならない未来が見えなくなってしまう事が多々あります。
・別居するって言われたからもう無理だ…
・仕事で大きなミスをしたからもう終わりだ…
・年齢=恋人なしの私は価値がないんだ…
・3日も既読スルーだから私に興味ないんだ…
・もう30歳なのに結婚できない私はダメだ…
「~なんだ!」と未来を悲観してしまったり、自分を虐めてしまったり、自己否定してしまう事がありますが、それって「本当」なのでしょうか??
私たちは色んなものに影響されたり邪魔されて、見たくない世界に引っ張られて世界を見ているのかもしれません。
お友達や先生、ご両親や恋人、カウンセラーなどに話をすることで「え?そうなの?」と言われた事がきっかけで凝り固まった視界が広がって、今まで見つけられなかった解決策や方法を見つけたり、違う道や選択肢を探し出せる事は沢山あります。
自分の中にある自分を苦しめる常識があったら、それを疑って見てあげてもいいんです。
何しろ私たちは常に変化している生き物ですもの!
その都度都度で、自分の常識だって変化していくと思いませんか??
見えているようで見えていないものをカウンセリングを通して見つける事が出来るかもしれませんし、悩んだりしんどい時はカウンセリングを通して「一人では見えない世界」が見えるようになれたらいいな、と思っています。
いつもにも増して「長い記事」にお付き合いいただきありがとうございました。(ペコリ)
- タグ:
- 学び