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手のひらサイズの幸せ

『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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ドロッとモヤモヤした気持ちも、大事な私の気持ち ~どんな気持ちも吐き出せる場所があるのって大事だなぁと思った話~

マミコちゃんが 「悲しいときーーー」って 言って!ってうるさいなの

ニピキと一緒に、「夕日がしずむときーーー」と言いたくなっちゃう夕方時間。

あったかくなってくると楽しみにしているのが、ベランダに折り畳みチェアを広げて、生ぬるい風を感じながら夕日が沈んでいくまで、読書をしたりビールを飲んだりする時間。

昨日は朝から自分のための「充電活動」をいっぱいしたのですが、昨日の〆は…

近くの回転寿司のテイクアウトで「私の食べたい折り」を作って、ベランダで本を読みながら、ビールと共に夕飯を食べる!

ということがやりたい!と思いつきました。

その願い、叶えてみせようホトトギス

ということで、5時過ぎに回転寿司屋に行き、タッチパネルで「どれにしよう?」と迷いまくりマクリスティで好きなネタを厳選し、『私が食べたいものだけの特製折り』を作って、ご機嫌に帰宅。

ベランダに椅子を出して…と思いましたが、ベランダに面した窓にほど近いベッドに腰掛けながら、窓を開けて網戸全開にして過ごすのもいいかも!と思いつき、お行儀悪さは無視して、ベッドでゴロゴロしながらの晩ご飯。

こはちゃん・はっくんも一緒にベッドの上でゴロゴロしてくれて、夕日も見つめながら風を感じる、とびきり心地よい時間を過ごせました。

自分のための休日、完全満喫!!!

思いっきりパワーチャージしたので、今週は何とか乗り切れるかと思いきや、今日1日ですっかり毒に冒されてモヤモヤしていますが、ま、しょうがないよね。てへへ。

私は2冊の日記をつけています。

1冊は、去年から始めた「5年日記」。
こちらはノンビリマイペースながら、日々の記録や感情を綴っています。

見開きページの左側は、5分割されていて「同じ日の5年分」の記録をつける日記スペース。

右側はフリーページなので、その時々で自由に使えるようになっていて、映画を見た際の半券を貼ってみたり、その日に見つけた素敵な言葉を書き留めたり、学んだことで残して置きたいことを書いたりと自由に活用。

ギンちゃん・仁くんを亡くした日には、その記録や足型スタンプも撮りました。

去年の仁くんの命日のページにはギンちゃんを見送る前に足型を一緒に残しました

パラパラと見返すと、思わぬ気付きがあったり、1年前の自分と同じことで悩んでいるなぁと苦笑いしたり。
もうすっかり解決して記憶から零れ落ちた出来事に、葛藤していた過去の自分を愛おしんでみたり。

私専用の「生きて来た証」「マイ伝記」のような、宝物を綴っている気分になれます。

お弟子仲間のFukaちゃんが書評を書いていた「寂しい夜にはペンを持て」という本を読んだことがキッカケで、日記をつけるハードルが下がると同時に、日記を楽しむことができるようになりました。

失敗したと思ったら「終わり」じゃなくて「仕切り直し」すればいい ~もう一度ワクワクしたから手帳再開!~
失敗したと思ったら「終わり」じゃなくて「仕切り直し」すればいい ~もう一度ワクワクしたから手帳再開!~
3連休は全部が雨かな?と思っていた新潟市ですが、今日の午前中で雨が上がり、久しぶりに気持ちよい青空を見ることが.....
https://many-smiles.com/book/if-you-fail-try-again

5年日記と並行してつけているもう一冊の日記が、1年ごとに買い換える手帳を利用したもの。

これなのーー

こはるちゃんがまだチビッコで毛が薄かった時期に買った、今年の手帳の写真が出てきました。
なつかしーーーー。

話がちょっと横に逸れましたが、手帳は「ほぼ日weeks」という縦長のものを愛用して3年目。

1日の記録をつけるスペースは広くないのですが、5年日記も併用しているため、こちらの手帳は、自己肯定感をあげる際に言われる『例のあれ』をやるべく活用することにしました。

例のあれとは、その日の良かったことを集めて書き出す、というあれ。

幸せだと感じたこと、頑張ったこと、認めてあげたいこと、いいなと思ったこと…などなど、自分を肯定する力をつけるために、自分の「いいこと」を集めるのが目的。

な・の・で・す・が! (← ドリカムの「アイシテル」の感じでお読みください)

いいこともあるけれど、それと同じくらい「はぁ?」とか「どゆこと?」とか「ムカつくんだけど」というような、ドロッと濃いめの気持ちも、1日を振り返ると湧いてきちゃったりするのであーる。
URであーる。

で、でっ ← 安定のなれなれしさ

もう、手帳の方は思う存分「どんな感情も吐き出す場」にしたらよくない?

ということで、良かったことも、悪かったことも、幸せに感じたことも、末代まで祟ってやっても許せないかも…と思うような怒りも

「どんな私の気持ち」もオールオッケー!

と、人には決して見せられないようなことをセキララに綴っています。

ニコニコできる、ご機嫌な日の記録はそれはそれでいいのですが、どこにも吐き出せないような生々しくてドロッとした気持ち、ネガディブで真っ暗なことも、いーーーっぱい書き連ねています。

だから、手帳にはいっぱい『ない』があふれています。

悲しい、寂しい、孤独感。
罪悪感や怒り。

ネガティブな気分の時は、感じたくなくて蓋をしがちですよね。

でも、悲しいと思っている気持ちも、寂しくて人を妬んだりすることも、怒った後で「なんでこんな気持ちになるの?」とモヤモヤしている気持ちも、

全部が「生きている私が体験している、価値ある気持ち」。

だから否定するのではなく、書き残しておきたい。

「ないものねだり」な自分ごと抱きしめてあげたい。
「寂しくて欲張り」な自分だって愛おしんであげたい。

「ある」や「ポジティブ」にフォーカスをして生きることは大切なこと。

でも…
「ない」や「ポジティブ」にフォーカスしたり、自分が乗っ取られちゃう日だってあるもんね。

「ないものねだり」や「隣の芝が青々して羨ましく見える日」だって、生きていればあるものです。

悲しくてつらくて苦しい時に、無理に前向きにならなくていい。
どろどろに腐っている日に、無理やり輝いているものを探そうとしなくていい。

私は今、「ない」しか見つけられないんだもん。
苦しくて悲しくて、傷だらけなんだ。

そんな自分だからこそ、ぎゅっと抱きしめてあげたい。

晴れの日が大好きだけど、曇りの日や雨の日だって、あるのが当然。そして、雨が続いたっていい。
土砂降りだって、いつかは勝手に晴れ間がやってくるんだし。

こんなにも真っ黒でモヤモヤするくらいまで、追い詰められている自分のこと。
こんなにも生々しく傷ついて頑張っている自分のこと。
悲しくて、人を羨んじゃうくらいうまくいかない中で、希望を見つけようともがいている自分のこと。

それって、何て健気で愛おしいんだろう、って思いませんか?

ドロッとした気持ちの中で泣いている人が、あなたの大切な友だちや家族だったら、その気持ちを否定なんてしないと思うんです。

「そう思うのは、つらいね。」

って優しく涙を拭いて、側にいて、トントンと背をさすってあげるのではないでしょうか?

ううん、もしかしたら一緒に「それはムカつくよ!そんなことされたら、私だって同じ気持ちになるよ!」と一緒になって怒り出すかもしれません。

手帳の中に綴られているモヤモヤが多いほど、私は苦しい日を生きたはず。
真っ黒な言葉が並べば並ぶほど、悩んでもがいて、精一杯に生きようとしていたはず。

ほめられたことではないかもしれないけれど、頑張って生きた私の証なんだもの。
ドロッと濃密であればあるほど、優しさを、暖かいまなざしを求めているのですから、自分が自分に対して「こんなになるまで、よくやってきたね」って、自分を暖かくハグしてあげたいですよね。

こんなに荒れ狂う程に、雑な扱いを受けたんだね。
それは悔しいよね。ヨシヨシ。
私は知ってるよ。私がとっても素敵で、こんな風に扱われていいわけないって。
もうほんと、あいつら見る目がなさすぎーー。
どんだけ~~。
← 最後はIKKOさん降臨

そうやって自分の絶対の味方でい続けたいな、って。

モヤモヤも殴り書ける自由な手帳日記は、いつの間にか私にとっての大事な「安全基地」になっていることに気付きました。

私にだけ見せていいよ、と気持ちを素直に吐露してくれる場所。
絶対に否定されない、安全な場所。

キラキラできなくたって大丈夫。

ブラックOK!と許可したら、「デスノート」ならぬ「デス日記手帳」になるんじゃないか?と思っていたけれど、そこにはモヤッと濃密で陰鬱な言葉ばっかりではなく、楽しかったことや嬉しかったこと、私にだって「ある」と思えたことも、ちゃーーんとたくさん並んでいます。

何だって見つけていいと言われたら、キラキラだって見つけてくるものですね。

私の日記は、人さまには決してお見せできない代物だけれど、それでも何食わぬ顔で書いています。
そこに綴られた、自分の気持ちが、どんな気持ちもヨシヨシしてあげましょ♡

おやすみなさい。
明日のあなたの手のひらに、小さな幸せが見つかりますように。

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