今でもとても会いたいよ ~仁くんの命日に寄せて~

2025年3月8日。
私の宝物、かわいいの塊の仁くんが会陰ヘルニアの手術の前に、突然旅立ちを決めた日。
今日で丁度1年。
長くもあり、でもなんだか「もう1年なんだ」と時が経つのにビックリしている、そんな不思議な感じで命日を迎えました。
1年前の今日。
会陰ヘルニアによる排泄障害でヒヤヒヤした日が続く中、手術を受けることで仁くんの日々のQOLが上がるんだ!と希望がいっぱいでした。
それと同じくらい、不安もありました。
仁くんは15歳7か月。
ハイシニアな年齢での麻酔・手術という体への負担を考えると、どうしても「万が一」という不安は大きくて。
リスクはある。
けれど、排泄ができないことで苦しむ姿を見ていただけに、手術が可能であればその可能性にかけたいし、いっぱい悩んで迷って、他の手も探して、その中で手術をしてもらえると分かり、希望の光が差したことに心から安堵したのを覚えています。
それでもやっぱり、いろんな可能性を頭の中で思考して悩み抜きました。
おしっこが出ない状況から、あまり時間はかけられない中で精一杯に考え抜いて、私は手術をすると決めました。
仁くんの会陰ヘルニアは「気管支虚脱・気管支軟化症」という、気管支が潰れてしまい咳が出たり呼吸が苦しい疾患が原因で起きたもの。
仁くんが旅立った後のブログでも書きましたが、気管支に関しては効果的な治療法がなく咳がひどかったこともあり、しんどい状態が続いていたのだろうと思います。
その中で、「マミコちゃんが手術を決めたのならそれに付き合ってあげよう…」と言うかのように、手術直前まで精一杯に生きてくれました。
もう、ここまでだよ。
仁くんは、手術直前ギリギリまで、私のために頑張ってくれたんだろうと思います。
ほんとうに、なんて愛情深くカッコいいんだろう。
甘えん坊でカワイイの塊なのに、弱虫で不安定な私のために最後まで「マミコちゃんのために頑張るんでち!」って生きようとしてくれたこと、心から誇りに思っています。


2025年の元旦から「5年日記」を始めました。
この日記を終える頃は、ギンちゃんが21歳、仁くんは20歳。
かなりの高齢になっているはずですが、この日記の中には2魂とのお別れという哀しい記録は書かずに済みますようにと、ちょびっとだけ祈りを込めていました。
それがまさか、日記を始めて3カ月で仁くんとのお別れの記録をつけることになるなんて。
思ってもいなかった現実に打ちのめされちゃたな。
旅立ちの日である3月8日の日記の隣のフリースペースには、仁くんの身体を火葬するまでの時間に、仁くんのことを見つめながら似顔絵を描いたり、足型を残したりしました。
そしてまさか、同じ年にギンちゃんも旅立ったことを書き残すことになるなんて思ってもいなかったけれど、9か月後にギンちゃんが旅立った際に、仁くんの足型を残したこのページにギンちゃんの足型もペタッとスタンプしました。
魂の双子のような存在だものね。
一緒が、いいもんね。
3月に入り、いよいよ日記のこの日のページが来るんだ…と思うととても怖かったけれど、思い出し泣きしながらも、ちゃんとこのページを見ることができて、そして穏やかな今日を過ごすことができたことに安堵しました。

先に少し書きましたが、手術に向かう前日は「明日の手術が終われば仁くんは楽になる!暮らしの質が良くなるんだ!」と明るい光が差し込んだ気持と同時に、不安もたくさんありました。
丁度この頃、アサヒビールのLINEで「マルエフ」ビールが当たるキャンペーンがありました。
キャンペーン期間は、3/7まで。
当たる=手術も成功する
というような気がして、祈るような気持ちでキャンペーンに応募。
1日1回、応募して結果をすぐに確認できるのですが、ことごとく「残念・ハズレ」の結果。
キャンペーン最終日、手術に向かう前日。
ここで当たれば、きっときっと、大丈夫だから!!
そう思って応募ボタンをタップした結果は、なんと当選!
勝手に私が関連付けていただけで、因果関係なんてなにもないのに、涙が出るほどうれしくて、同時にとてつもなく安心した気持ちになりました。
大丈夫、直前に当選したんだもん。
いい風向きのはず。大丈夫、大丈夫。
手術当日の朝、一緒に付き合って静岡に向かってくれた妹にこの話をすぐにして、キャンペーンで当選したマルエフビールの引換券の画面を見せました。
妹も「うわーー、幸先いいね!!」と喜んでくれて、二人でニッコリしました。
仁くんを病院に預け、手術が終わるまでの間にビールを引き替えて、そしてその日は宿に一泊する予定になっていたので、そこで「手術が無事に終わった」ことを祝い、二人でこのビールで乾杯しようね!と道中で決めて。
その後、病院に仁くんを預けてから、近くのセブンイレブンでビールを引き替えて、そしてその1時間後に、仁くんが心停止したという連絡を受けて病院へ駆け込みました。
途中までは、私たちが描いた、うまくいくシナリオ通りだったのに。
その後、このビールを見ることもつらくてしまい込んでいましたが、少しずつ日が経つにつれて、1年後の命日の今日、このビールで献杯しようという思いが湧くようになりました。
でもなぁ…。
缶を手のひらで包むようにしながら、これはなんだか仁くんと私を繋ぎ続ける大切なもののような気がして、飲んでしまうのが悲しいような、なんとも言えない複雑な気持ちが湧いてくるようになりました。

そんな中、去年と同じ時期に、アサヒビールのLINEで「マルエフ」ビールが当たるキャンペーン情報が届きました。
その瞬間に「あ、これ、きっと当選する」と思い応募ボタンを押すと、1回で当選しました。
もーーっ、仁くんの粋な計らいよね?!
コンビニで引き替えてすぐに、ギンちゃんと仁くんに報告。
手前にあるセブンイレブンのシールが付いたままのものが、去年、仁くんが亡くなる直前に静岡で引き換えた思い入れのあるビール。
そしてその奥が、仁くんの命日が近い時期に行われたキャンペーンで当選したビール。
シールが付いたままの「思い出のマルエフ」は、やっぱりきっと、飲まずに大切に我が家に置いておこうと思います。
大切な宝物だから、ね。
1年間に「願掛け」のようでもあり、希望の光になってくれた「思い出深いマルエフ」。
ただのマルエフではなく、同じ時期にキャンペーンで当選した、「類似性のあるマルエフ」。
仁くんから「こっちを飲んででちよ」と託された、そんな気がして、命日の今日に献杯するぞ!と決めていました。

このところずっと気温が高くて、梅の花も咲いているのを見たばかり。
今年の桜は、もしかしたら早いかな?なんて思っていたのに、今日はグッと気温が下がり冷える1日。
天気が悪いということはないのですが、キンと冷たい日曜日の夕方、換気をしようと思って窓を開けたら、突然パラパラと細かい雪が降ってきました。
仁くんのような、真っ白でふわっとした小さな白い欠片が、暖かい日の合間に私たちの暮らす地域に降り注ぎました。
雪が降ったのは一瞬で、すぐに雪は止んで消えたけれど、空からいたずらいっぱいに仁くんがプレゼントを届けてくれたのかな。
雪を見ながら、涙ではなく暖かい笑みがこぼれ、こはるちゃんとはっくんを抱き寄せ、空に向かって
仁くーーん、ギンちゃーーーん。
ありがとう。
大好きだよ。
これからもずっと、愛しているよーーー。
と声に出してみたら、そこでホトホトと涙があふれてきました。
悲しさも寂しさも、まだ本当にたっぷりあるけれど、でもね、悲しみと同居したあたたかい感謝と愛情の涙というか。
ちゃんと、悲しいだけじゃなくなっていて、1年という時間の力を感じました。
仁くんとギンちゃんの遺骨を納めている骨壺(骨箱?)を、いつもの場所からテーブルに移動し、マルエフビールで献杯。
私の人生の中で、ギンちゃんと仁くんはなくてはならない存在でした。
あなたたちがいてくれて、私は生きることを諦めずに、こうやってここにいることができています。
出会ってくれて、ありがとう。
愛させてくれて、ありがとう。
私のことを、まっすぐに愛してくれて、ありがとう。
5年日記を始めた1年ちょっと前には、仁くんとギンちゃんがいなくなってしまうことは少しも想像できませんでした。
そして1年後には、こはるちゃんとはっくんという「新しいワンチーム」になってくれた2ピキがいるなんて、誰が想像できたでしょう?!
嘆き悲しみながらの1年でしたが、命はバトンタッチされて、思いもできなかった未来を生きています。
次の仁くんの命日は、どんな私を生きているのだろう。
その前のギンちゃんの命日にも、きっと立ち止まって考えるのだろうけれど、ね。
2魂に笑顔で「ありがとう。大丈夫だよ」と言える未来を生きたいな。
ゆるやかにゆっくりと、まだ頑張る力が持てずにいるけれど、でもきっと亀のような歩みであっても1年後の私は、今の私が思いもしない未来を生きているのだろうから、流れに身を任せながら、幸せな方向に流されて行きたいな。
仁くん、仁くん、仁くん。
あなたが恋しいよ。
あなたに会いたいよ。
どんなに離れていても、仁くんを想い、愛し続けているからね。
2026年3月8日。
仁くんの命日に寄せて。
* * *
おやすみなさい。
明日のあなたの手のひらに、小さな幸せが見つかりますように。
