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【ココロノマルシェ】周りの人はみな誰かと一緒にいるのに私は一人なんだろう、一体どこで間違えてしまったんだろうと思います。

マミコが毎日植物を見てニヤニヤしているんですよね~

4月も後半に差し掛かり、冬の寒さをすっかり遠くに感じるようになりましたね。
朝晩はまだ冷えるけれど、陽ざしが暖かくなり我が家の植物たちも静かに眠っていた冬の季節から目覚め、新しい葉を次々に広げだし、冬の間に少し色を変えた葉はもうじき役目を終えてポロッと取れるのを待っている状態です。

ギンちゃんと並んでいる「アルテシマ」と言う名のゴムの木は、引っ越してきたときに買ってきたわずか10cmくらいの細い木でした。

今年でまるっと3年。
細くて小さかった姿を思い出せないくらいしっかりと幹を太らせ1mくらいの高さまで背を伸ばしました。
今年もまたうんと成長してくれるのかな?と楽しみで、日々の水やりの際にニヤニヤと観察してしまいます。

誰トク?な我が家の植物の話を強引にねじ込んだ後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

30代の女です。長いこと会社員をしておりましたが、体調を崩し今は自宅療養中です。

最近、一人でいることがどんどん辛くなってきました。

もともと一人でいることが好きだったので友人もいなくても大丈夫だったのですが、今は自分が弱っているからなのか、あるいは世間が騒がしいからなのか、一人でいることに強い不安を感じています。

街で幸せそうな人たちを見ると、心がどんどんすさんでいきます。

何故周りの人はみな誰かと一緒にいるのに私は一人なんだろう、一体どこで間違えてしまったんだろうと思います。

幸せそうな人はみんな死んでしまえばいいと思っています。

思えば、昔から周囲の人と人間関係を作るのが苦手でした。
両親は不仲で、私も両親のことは嫌いでした。今はもういません。

私なりに今まで努力してきたからこそ、今まで生きてこれたと思う一方で、もう疲れたから死にたいとも思っています。
甘えでしょうか。でもこれが本心です。

誰にも言えないのでここに書きました。
相談者:麻子さん

麻子さん、こんにちは。
体調を崩されて療養中とのことですが、お体の方は少しずつ快方に向かっているでしょうか?

少し前には想像もしていなかった「コロナ」という病で、日々目にするニュースや自粛の日々、先が明るく見通せない毎日は、やはりどうしても心を疲れさせてしまいます。
ましてや、自分が「一人でいる事を寂しい」と感じるように弱っていた時や体調が思わしくない時であれば、自分で意識していなくてもヒタヒタと不安が心を侵食し、どうしてもネガティブな気持ちに寄ってしまいますものね。

私たちは生まれつき「愛されたい」という気持ちを持っています。
ひとりの時間が大事なように、誰かに愛される時間も大事だと知っています。

> 街で幸せそうな人たちを見ると、心がどんどんすさんでいきます。

この気持ち、とてもよく分かります。
こう思っちゃうくらい「寂しい」んですものね。
幸せそうな人と私は「何が違うのだろう?」「なぜ、他の人が当たり前に手に出来ている事が私には手に出来ないのだろう?」と思ってしまうと、泣けてきますし絶望します。

過去に、私も同じように「生きるのをやめたくなるくらい」絶望し、生きている事がただ「日常を無意味に繰り返しているだけ」に感じられ、砂を噛むような日々だったことがあります。
そんな自分を変えたくて、自己啓発系の本を読んだり「無理やりポジティブな考え方」を採用しようとして疲れ果てたり…

でもいつも心の中には大きな穴が開いていて、スースーしていました。
周りの「ごくごく普通似見える人」の事が、喉から手が出る程に羨ましくて、何もない自分が情けないやら悲しいやら、とにかく生きている事が楽しいなんて思えなくて真っ暗な気持ちで暮らしていました。

過去に、ココロノマルシェで同じように生きるのがしんどい…と気持ちを届けてくれた方へ宛てたお返事にも書いているのですが

平凡な当たり前が「奇跡」にしか思えない時、
私たちは人生に絶望し、生きることすらしんどくなります。

リリー・フランキーさんの著書「東京タワー」の一節に涙したことがあるのですが、麻子さんも同じように感じるのではないでしょうか?

世の中の日常で繰り返される平凡な現象が、自分にとっては「奇蹟」に映る。
叶っていいはずの、日常の中ある慎ましい夢。
平凡につまづいた時。人は手を合わせて、祈るのだろう。
(東京タワー / リリー・フランキーさん著)

周りの人に当たり前に起きることが、自分には奇跡みたいに輝いて眩しくて遠くにあるなんて、本当に辛いし寂しいしやるせなくなりますよね。

> 街で幸せそうな人たちを見ると、心がどんどんすさんでいきます。

自分の心がささくれてすさんでいくと思うくらい、幸せを願っているんですもの。
それくらい寂しくて、それくらい絶望しているんです。

荒むというのは「愛されたい私が泣いている」という事。
孤独でいい・寂しさを感じていないという状態であれば、周りを妬んで荒むような事はないのですから。

人はみんな『幸せ』になることを願っています。
人はみんな『愛されたい』と願っています。

本当は街で見かける幸せそうな人のようになりたいし、同じように笑って楽しそうに生きたいけれど、心がすこし疲れてしまっていたり傷付いていたり、孤独や不安を強く感じ過ぎて弱ってしまっていると

もう私なんて生きていたくないし、生きている意味すら分からない。
私なんてどうなったっていい。

と言ってしまいます。
本音は、他の人が当たり前に手にしている暖かな交流を持ちたいと心の底では願っているのに、自分の心が疲れきってしまっている時は、自分が心の底で願っているものを当たり前のように手にしている人を「あんな人達!」とこき下ろしたりバカにしたり呪ったりすることで、寂しさや不安で弱ってしまっている自分の心を一生懸命守ろうとしているんです。

すっごく健気に、自分を助けたくて荒んでいくんです。

> 何故周りの人はみな誰かと一緒にいるのに私は一人なんだろう、一体どこで間違えてしまったんだろうと思います。

麻子さんはなんにも間違っていませんよ!!
でもそう思わないとやり切れいない位に、寂しいし辛いんですものね。

> 私なりに今まで努力してきたからこそ、今まで生きてこれたと思う一方で、もう疲れたから死にたいとも思っています。
> 甘えでしょうか。でもこれが本心です。

死にたい・消えたいと思うくらいまで一生懸命に自分の足で生きてきたんですね。
頑張ってきましたよね。ずっと孤独や寂しさを心の奥に感じながらも、一人でいる事に楽しみを見つけて折り合いをつけて、懸命に生きてきましたものね。

麻子さん、本当によく生きてきてくれました。
死にたいって思うくらい苦しいのに、こうやって自分の本音を届けてくれてありがとうございます。
誰かに聞いて欲しいと思ってくれて、本当にありがとう。

甘えだっていいじゃないですか!!
疲れて消えたいと思うくらい疲弊してしまった私の本音を我慢させなくていいんです。
誰かの気持ちではなく、誰よりも大切な麻子さんの気持ちです。
それをただ「感じて」「許して」あげていいんです。

あーーっ!!
今もしも目の前に麻子さんがいて、触れることが出来るのであればただギューッと抱きしめて「お疲れ様。うんとうんと、頑張って生きていたね。」「今日までいっぱい寂しかったね。」「偉かったよね」と麻子さんを労って優しく優しく包んであげたいです。
そうする事は今叶わずに文字でのお返事ですが、文字通り誰かに抱きしめてもらうというのは孤独を和らげるお薬のように暖かく心に響くものです。

バカバカしい…かもしれませんが、セルフハグといって自分で自分を抱きしめて優しく声をかけてあげる事も、人からハグされるのと同じように寂しい気持ちに柔らかく浸透する力がありますので、死にたいと思うくらいまで耐えてきた健気な麻子さんの事を、どうか幾度も幾度も抱きしめてあげて下さい。

どうしようもないくらいに悲しい時は、いっぱい悲しんでいいと思っています。
立ち上がれないと泣いている時は、いっぱい涙を流していいと思います。
落ち込んでどうにもらならいと這い上がろうとしますが、そうできないならしばらく落ち込んだままでもいいと思います。

本当にしょうがないんです。
今は「そういう時」であり、元気を出そうとしてもそうできないくらい疲れているんです。
無理矢理に元気になろうとせずに「私は辛くて悲しくて落ち込んでいる」と自分を受け入れて許してあげませんか?

あまりに生きることがしんどい時は、心療内科や精神科の先生に相談してお薬の力を借りることだってなんら悪い事ではないと思っています。
実際、私は心療内科に通院し、そこで先生とのカウンセリングを通して生きる事を続けることができました。

一人で頑張り続けなくていいんです。

カウンセリングなどで気持ちを誰かに聞いてもらうだけで楽になる事もありますから、麻子さんがそうしたいと思うならば、気になるカウンセラーさんを頼ってみるのも一つの方法です。

生きている事がしんどくなるくらいに落ち込みが深い時や孤独がきつい時は、心も体も休むことが大事です。
何か無理矢理自分を奮い立たせようとしても気分は上がらないのですから、今がどん底なくらい弱っている自分を何とかしようと叱咤激励するのではなく、そっと疲れている自分を毛布で包むように優しく受け入れ、しばらくそのままで「しょうがないね」って落ち込んだままでいてあげましょう。

心がすさんだっていいし、私も幸せになりたいのに独りぼっちで苦しいって泣きながら、時に激しく落ち込みながら、そうやりながらでいいので生きて行きましょう。

今の麻子さんは「今日を生きた私」を抱きしめるだけでいいんです。
深い悲しみや孤独の中で落ち込み、涙する時間は決して無駄なんかではなく「必要」な時間です。(とてもそうは見えないけれど、ね)
そこでじっとしている時期があってもいいんです。
何も咲かない凍える冬がやってきて、その中でじっと春を待つようなそんな時間が人生の中で時に訪れる事もあるんですものね。

悲しみを抱えながらでいいし、人を妬んで心が痛んだっていい。
幸せそうな人なんて死ねばいい!と呪ったっていい。
それでいいから、そうやって、今を生きて行きましょう。

愛されたいという願いに対して、今日少しご紹介したリリー・フランキーさんの本の話と一緒に、孤独の中で少しでいいからあなたを愛せるようにとお返事を書かせてもらった記事をご紹介します。

お悩みを書いてくれた時は生きる事に希望を見いだせず「消えたい」と言っていたご相談者さんが、それから1年経たずしてとっても嬉しい感想を届けてくれました。

お悩みを書き込んでくれた時も、感想を届けてくれた時も、彼女は「彼氏ができた!とか、仕事が順調!!!とか目に見えたものではない」と書いてくれている事からも、置かれている状況がとびきり変化した訳ではないにも関わらず、消えたいと絶望していた状況から自分を立て直して、日常の小さな変化に微笑めるようになっていました。

直ぐに心を立て直すことは出来ないかもしれませんが、自分を諦めない・弱音を時にこうやって吐き出すことで、ゆっくりゆっくりですが、また「生きていることを苦痛に思わなくなる」日がやってきます。

劇的に楽になる方法や、心を一瞬で上向きにする薬はありませんが、誰かに気持ちを聞いてもらうだけで楽になる事がありますので、またいつでもココロノマルシェに書き込みをしてもらってもいいですし、私もブログでお悩み相談をしているのでそれを使って気持ちを吐き出してみてくださいね。

死にたいと思った私は、今は笑って暮らしています。
周りの人がうらやましく思える事だって時にはあるけれど、離婚をしてから特にパートナーにも恵まれず、けれど笑って一人で生きれています。

自分を責め過ぎずに、ここまで必死に生きてきた麻子さんを少し休憩させながら、また前を向ける日までゆーーーっくりのスピードでいいと言ってあげられますように。

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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

ココロノマルシェへ

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ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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