【ココロノマルシェ】子供を亡くしてからいろんなバランスが崩れてしまった気がします。
今週はグズグズした雨や強風で少し寒かったので、クシュンとくしゃみをしていた仁くんに、久しぶりにお洋服を着てもらいました。
ダサいバナナの洋服…とわが家の兄弟にはイマイチ不評ですが、裏起毛であったかい上に私から見るとカワイイんですけれど…
「みんな、バナナのお洋服かわいいね~って言ってるよ!」とおだてて着せている関係か、着た後でお尻尾パタパタとご機嫌に走り回っています。
わが家のアイドル「仁くん」のかわいらしいバナーヌな姿を見せびらかした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。
突然のご相談失礼します。
毎日色々なことを考えてどうしたらいいかが分からなくなってしまいました。
一昨年の8月に生後半年の息子を亡くしました。
元々早産で出産直後から息子はNICUに入院し、亡くなるまで7度もの手術を乗り越えましたが、残念ながら元気に退院することは出来ませんでした。
息子の入院中は自分の退院した翌日から亡くなるまで毎日休みなく病院へ通いました。色々な思いがありましたが不安を言葉に出すことが怖く、言霊があるのではないかと夫や家族に気持ちや話を聞いてもらうことが一切できませんでした。
元々母親が娘の私を自慢するのが快感なようで、今まで母親の期待に応えられるように生きてきました。そのため母が息子のことについて目の前で泣いてるのを見ると、どうしても明るく振る舞わなきゃと思い息子の死後もあまり泣くことができませんでした。結果的に亡くなってからもなかなか周りに頼れず、明るく振る舞い、早々に復職し仕事に打ち込みました。
ただ心の底では悲しい気持ちを誰かにわかって欲しい、夫に支えて欲しいのに支えてもらえないという辛さをずっと抱えていました。その反動からか外の男性(妻子持ち)に依存して不倫してしまい自分から離婚を申し出て昨年離婚に至りました。
少し冷静になってから夫について考えると、夫は仕事帰りに毎日病院に5分でも顔を出してくれ、手術の度に仕事を抜けて駆けつけてくれました。会社から1時間かかるのに面会時間に滑り込んでくれ、本当に息子想いのとてもいいお父さんだったとおもいます。入院中は私がしっかりしなきゃとずっと気を張っていて、そんな夫のいい部分は目に入らず、病気に関して頓珍漢なことを言ったりする情けない部分だけ目についてしまい常に見下していたと想います。息子が入院して亡くなったという立場は夫も同じで、辛い中必死に生きてきたはずです。今となってはそこを考慮せずに自分の欲求を優先しすぎたと思っています。
不倫相手の男性も同じ時期に家庭も仕事もうまく行っておらず、お互い傷の舐め合いの共依存だったと思います。
この男性は不倫がバレてしまい昨年離婚しました。お子さんと会わせてもらえず、多額の慰謝料や養育費の支払いに追われ、どんどんやつれていっています。お子さんには最後に「パパと一緒にいたい。もっと遊びたい。」と泣かれてしまったようです。
息子に会いたくても会えない私からすると、会えるなら会わせてあげてほしいと思いますが、当然口を出せる立場ではないのでただ彼を支えるしかできません。
本人も精神的に限界のようで、側から見てもうつのような状態だと思います。
まだ関係は続いていてこの先も一緒にいたいとは思っていますが、それは息子を亡くした寂しさを埋めようとしているのか、または救えなかった息子の代わりに彼を支えてあげることで自分のバランスを保とうとしているのかがわかりません。私に突き放された元夫と彼がかぶる部分もあります。
根本先生の本を読んだり、色々調べたりしていますが、何に向き合うべきなのか(母親、息子、元夫、今の彼)がわからなくなってしまいました。
今の彼が精神的に不安定なのも鏡の法則なのかなと思うと、私と離れた方が彼は幸せになれるのではとも考えてしまいます。
ただただゆっくりと休みたい、だけど1人は悲しくて怖いというのが今の正直な気持ちなのですが、どうしたらいいのでしょうか。
まとまりのない文章で、また何を相談したいかもぼんやりしていて申し訳ありません。
何かアドバイスいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
相談者:天使ママさん
天使ママさん、こんにちは。
未来や希望を沢山背負ってこの世に望まれて生まれてきた小さな愛らしい命をこんなにも早くお空に還してしまわれて、どれ程の気持ちを抱えていらっしゃることでしょう…
私は残念ながら自分がママになるという体験をすることができていないので、天使ママさんの気持ちにどこまで寄り添えるのか、正直足りていない部分がたくさんある事を承知の上で、お悩みを読ませていただき、私に出来る範囲のお返事を届けたいと思っています。
> 一昨年の8月に生後半年の息子を亡くしました。
> 元々早産で出産直後から息子はNICUに入院し、亡くなるまで7度もの手術を乗り越えましたが、残念ながら元気に退院することは出来ませんでした。
新しい命を授かることも奇跡ですが、無事にお腹の中で決まった期間を過ごして産めるという事も、また奇跡なんですよね。
誰しも自分が「早産」になるなんて思ってもいませんし、お母さんである天使ママさんは「早く産んでしまったこと」への自責の念なども感じられたのではないのでしょうか?
頭の中では「しょうがなかったこと」と思おうとしても、心がそうは思えない事が沢山あるのだろうと思います。
> 息子の入院中は自分の退院した翌日から亡くなるまで毎日休みなく病院へ通いました。色々な思いがありましたが不安を言葉に出すことが怖く、言霊があるのではないかと夫や家族に気持ちや話を聞いてもらうことが一切できませんでした。
自分にとってかけがえのない最愛の小さな命を前にして、誰にも言えないたくさんの思いを飲み込んで頑張り続けた天使ママさん。
どれだけ苦しみ・不安・怖れを「たった一人」で抱えて耐え続けてきたのかと思うと胸がギューーッと押しつぶされるように苦しくなります。
生きようとして必死に戦っている小さな我が子を前に、弱音を吐いてはいけないと自分を叱咤激励して乗り越えられたのですよね…
天使ママさんが「頑張り屋さん」ゆえに、自分を頑張らせすぎちゃったんですね。
子どもの命が危険だと思う事はどれほどのストレスを伴う恐怖と向き合った時間だったのでしょう…。
天使ママさんはきっとお腹に赤ちゃんを宿したときから特別な絆を赤ちゃんと結んでこられて、たくさんの夢や未来を描いていらっしゃったのだろうと思います。
やっと出会えたはずの我が子が、7度もの手術を頑張ってくれて生きようとしてくれたのにも関わらず、救ってあげられなかったときの絶望や自責の念はどんなに重たく大きかったことでしょう。
死別を体験した人の9割(ほぼすべての人ですね…)が、自責の念を抱えると言われています。
どんなに出来ることに最善を尽くしても尚、もっと出来ることがあったのではないか?あそこまで頑張らせてしまってよかったのだろうか?などと、したこと・しなかった事の両方に対して「後悔」すると言われています。
何が正しく・何が望みであったかは遺された側には答えがない問題を前に、きっとたくさん自分を責めてきたのではないでしょうか??
小さな命がこんなにも頑張ったのに逝ってしまうなんて、死の意味を何とか考えて納得しようとしても、答えなんて何も見つからないですものね。
本当に納得いかなくて、理不尽ですものね。
> 母が息子のことについて目の前で泣いてるのを見ると、どうしても明るく振る舞わなきゃと思い息子の死後もあまり泣くことができませんでした。結果的に亡くなってからもなかなか周りに頼れず、明るく振る舞い、早々に復職し仕事に打ち込みました。
> ただ心の底では悲しい気持ちを誰かにわかって欲しい、夫に支えて欲しいのに支えてもらえないという辛さをずっと抱えていました。その反動からか外の男性(妻子持ち)に依存して不倫してしまい自分から離婚を申し出て昨年離婚に至りました。(中略)
> 不倫相手の男性も同じ時期に家庭も仕事もうまく行っておらず、お互い傷の舐め合いの共依存だったと思います。
誰にも気持ちを分かってもらえない、言えない、と抱え込んで潰れてしまいそうな自分をなんとか頑張らせてしまった天使ママさん。
悲しんで泣き、嘆き悲しんだりしてお別れの時間を感情的に過ごすこと(感情の表出)を押さえてしまって頑張ってしまったんですものね。
アメリカの心理学者で死別の悲しみについて研究をしてきたキャサリン・M・サンダースさんという人が『子供を失った夫婦はすべて例外なくある時期問題を抱える』と言っていますが、お互いに労わり合い必要としているべきタイミングで、与え方がお互いに不器用で思いやっている事を上手くコミュニケーションできず、感情的な理解をしてもらいたかったのに「誰にもわかってもらえない」と深く大きな孤独を抱えていたら、差し出された手があった時にそれに救いを求めてしまうのは仕方のないことだったのではないでしょうか?
共依存…とおっしゃっていますが、きっと彼は天使ママさんの「悲しい気持ち」「分かって欲しい気持ち」「支えて欲しい気持ち」を理解し、欲しい言葉や態度を届けてくれて、傷付いて泣いていた心を優しく包んでくれたのではないのでしょうか??
もしかしたら彼は天使ママさんの痛みを背負うようにして一緒に泣いてくれたのかもしれません。
自分が生きて行く上で「その時には必要だった」のですものね。
傷を舐め合う事で自分の傷を癒すしか、その時には出来なかったんです。
それくらい、天使ママさんはいっぱいいっぱいだったんですよね。今もきっと、苦しみ続けていらっしゃるのだろうと思います。
息子さんはNICUに入院・手術を繰り返して闘病を続けていた期間も、お母さんとお父さんにはそれぞれ負荷・負担がたくさんかかっていたと思います。
命を繋げられるのか?と常に綱渡りの状態で、喜んだり不安で泣いたり、感情的な負担はとてつもなく重かったのではありませんか??
お悩みの中で「今の私なら理解できる」と当時のご主人の事を振り返って書いてくださっていましたが、愛する命を失った時、どうしても頭も心も混乱してしまいます。
混乱の中では「アンビバレント = 大好きなのに嫌い」というような複雑な感情がわいてしまったり、男女で悲嘆への表出の表現が違う事で夫婦の間に軋轢が生まれる事もあります。
女性は一緒に泣いてくれる人を求め、男性は自分を二の次にして目の前で喪失感に囚われている人を助けようとしてトンチンカンな事をしてしまいます。
擦れ違ってしまうのは、わざとでもなんでもなく「お互いに思いやっていたのに届かなかった」だけなんですよね。
少し時間の経った今、当時の事を振り返ってご主人の気持ちや痛みを思いやることができたり、見方が変わって「彼も精一杯だったんだ」と思えるようになれた事は愛や感謝を抱ける素敵な変化ではありますが、あの時に私はそれに気付けず突き放してしまった…と罪悪感を感じているのであれば、その痛みを無理に背負わなくていいんですよ。
子供を失うというのは、想像を絶する悲しみです。
そしてその気持ちはどんなに身近な配偶者という存在がいたとしても「誰も理解してくれない」と疎外感を感じ分かってもらえない事でより痛みを強くします。
お母さんが泣いているのを見て明るく振る舞わなくてはいけないと歯を食いしばり、ご主人は同じ思いを持っていない・理解してくれない…と頼る場所がなかったのだとしたら、私は倒れられない!ともう力なんてないはずなのに、なんとか気力と体力を奮い立たせていたのではありませんか?
最愛の息子さんを亡くしたばかりの時に頑張る力なんて残っていないのに、奮起して笑顔を作ったり仕事に向き合ったりして「普通に振る舞う」事で、本当はもう立っていられないくらいの状態だったんですものね。
助けて欲しい…と依存のように甘えてしまう・寄りかかってしまうのは仕方のなかったことです。
甘えられる場所・分かってくれる場所がなかったら壊れてしまっていたのではないでしょうか??
どうか、あまり自分を責め過ぎないであげてくださいね。
> 本人も精神的に限界のようで、側から見てもうつのような状態だと思います。
まだ関係は続いていてこの先も一緒にいたいとは思っていますが、それは息子を亡くした寂しさを埋めようとしているのか、または救えなかった息子の代わりに彼を支えてあげることで自分のバランスを保とうとしているのかがわかりません。私に突き放された元夫と彼がかぶる部分もあります。
大切な愛する命を失った痛み・日常への適応は、一直線ではありません。
人によっても時間の経過による癒しのスピードは異なりますし、様々な感情が行ったり来たりします。
無意識の内に自分だけが生きている事に罪悪感を感じて「私は幸せになってはいけない」と自分を追い込むこともあるでしょうし、子供の死を前にすると『養育者の自責感』というのが繰り返し襲うと言われています。
この自責感は「私が早産にならなければ死を防げたはずなのに」「助けてあげられなかったにしてももっと幸せに生きる時間を与えられたのではなかったのだろうか?」など、限りなく湧き上がってきては自分を責め続けてしまいます。
救えなかった命にしてあげられなかったことを他の何かで埋めようとしてしまうのも、寂しさを埋めるのも、どうしようもない事ではないでしょうか??
ケニス・ドーカーの著書「死と死ぬことの百科事典」という本には、このような言葉があります。
・グリーフ(悲嘆)反応は一直線ではないこと
・悲嘆反応には固有の時刻表は存在しない(どのくらいの期間ですよ…というものは存在しない)
・人によって何年もかかる事があり、納まり方も違う
・人は「死を乗り越えたりはしない」
・痛みや無力感は長い時間をかけて納まり、喪失前のように機能できるようになっていく
大切な愛する存在を失った時、激しく感情が揺れたり恋しい思いが沸き上がり、それは時間と共に波の幅がおさまったように見えても、また大きく揺れ動いたりして「決して乗り越えられる」ものではなく、それと折り合いをつけていくものなのですものね。
私が悲しみや痛みであるグリーフの勉強をした時に、こんなことを教えてもらいました。
大切な愛する存在を「死」というもので切り離されてしまった時、遺された人たちは4つの反応をするそうです。
・思慕と空虚 … 恋しいし、愛しい
・疎外感 … もう戻れない、どうせ誰にも分からない
・うつ的な不調 … 身体的な不調や元気が出ない
・適応対処の努力 … 頑張らなくちゃいけない
つまり、悲しみの中でもうすでに頑張っちゃっているんです。
天使ママさんは息子さんを早産する…と分かった時からずっと、頑張り続け、死別というどうしようもない悲しみを体験した中でも、またさらに「頑張らなきゃ」と自分を奮い立たせて、ずっとずっと頑張り続けているんです。
人によっては頑張ることに力を入れてしまったりショックが強いときは、思慕の気持ちである会いたい・悲しいという感情が後から湧いてくることもあります。
> ただただゆっくりと休みたい、だけど1人は悲しくて怖いというのが今の正直な気持ちなのですが、どうしたらいいのでしょうか。
不倫の関係だった彼の事、あの時に同じ痛みを抱えていたのに突き放してしまったご主人の事、色んな感情が押し寄せて自分を攻撃してしまっているかもしれませんが、天使ママさんにとって
その時の支え
が必要だったんです。
いい・悪い・こうすべき・向き合うべき…色々あるかもしれませんが、向き合っていくにはまだ少し時間が必要ではないのでしょうか??
向き合う力が、今の天使ママさんにあるのでしょうか??
『ただただゆっくりと休みたい』というくらい、もうすでにいっぱいいっぱいなんですもの。
まずはちょっと、頑張ることをお休みして、感情に寄り添ってあげませんか??
『1人は悲しくて怖いというのが今の正直な気持ち』と打ち明けてくれてありがとうございます。
誰かに支えて欲しいですよね。一緒に居て欲しいと思うくらい心細い思いを、ずーーっとずーーーっと頑張って胸に秘めて耐え続けてきちゃったんですものね。
本当に本当に、どれだけ辛抱強く耐えてきちゃったのでしょうか…
死別に関しての誰にも分かってもらえない気持ちについては、グリーフケアの自助の集いなどがありますので、そこに参加してみたりすることも一助になってくれるかもしれません。
インターネットで検索すると色々探せるようですので、天使ママさんが「これがいいかな?」というものがあればいいですね。
参考までに、悲嘆ケアについて私が学んでいる日本グリーフケア協会のワークショップについてURLをご紹介しておきますね。
今は「休みたい」という天使ママさんの声を一番に優先してあげましょう。
マッサージに行ったり温泉や美味しいものを食べて緩んでもいいですし、何もせずにひたすら泣いて泣き疲れて寝てもいいですし、ただボーッと空を眺めたり風を感じたりしてもいいですし、頑張れないなら引きこもってベッドの中で丸まってもいいんです。
そしてまた「何かできそうかな?」と思ったり感じた時に、問題だと天使ママさんが思っている事に少しずつ向き合って生きませんか??
一人が悲しくて怖いという事ですから、もしも一助となるのであれば、その時の気持ちや今の思い、誰にも分かってもらえない心の内を少しだけでもいいので話してみませんか??
そのためにカウンセリングを利用してもいいですし、私でよければブログでお悩み相談を設けていましたので、ただ気持ちを吐き出す場所として使ってもらっても大丈夫ですから、話をしたいと思ったら気持ち(どんな気持でもいいんですよ。みっともない・情けない・真っ黒・ダメダメ・切ない・悲しい・悔しい・許せない・自分が消えてしまいたいと思う…なんだっていいんです。)を届けてくださいね。
またココロノマルシェをご利用いただいてもいいと思っていますので、一人で抱えている悲しみや怖れを少しでも和らげられる場所でありたいと思っています。
> まとまりのない文章で、また何を相談したいかもぼんやりしていて申し訳ありません。
ううん、いいんですよ~。
十分にまとまっていましたし、私の方がまとまっていないお返事(しかもダラダラ長い…)ですから。
相談したい事がぼんやりしていても全然いいので、また話をしたいと思ったり、何かの助けになれることがあれば、抱えている気持ちをほんの少しでいいので吐き出せますように。
天使ママさんが欲しい言葉や、分かって欲しい気持ちに届いていないかもしれず、寄り添いきれていない部分もいっぱいあったお返事だったと思いますが、何も届けられなかったしても、天使ママさんの気持ちを理解し背中をさすれる場所でありたいと願っていますから、ひとりぼっちだと思った時に、ぜひ「話せる場所がある」事を思い出してもらえたら嬉しいです。
今日は金曜日。
お疲れを癒して暖かいお風呂で体を伸ばして、少しだけでもゆったりと休むことができますように。
祈りを込めて。
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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡
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ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。