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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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(お悩み相談)私は【加害者】でしかないように感じ、 こんな自分は幸せになるべきではないと感じています。

バリバリ バリバリ バリバリ

毎日コツコツと渾身の力を込めてソファー(もとい、大型爪とぎ)で爪とぎに精を出すギンちゃん。

夏に補修したのも虚しく、もう手の施しようのないレベルまでボロになってきました。(悲しいときー。悲しいときー。)
冬休みにまた補修するか…どうかはただいま検討中です。

で…
さりげなさげに(← 思いっきり目立っとるがな!!)配置した「アート」にお気付きでしょうか?

オシャレさんのお部屋にはオシャレなアートが飾ってあるじゃないですか?
ついにおまみーぬも「オシャレさんを気取って」みようと思い、小さな絵を買ってみました。

先日、ふらりと覗いたフランフランで「チーター」のクッションカバーに一目惚れして買ったのですが、そのシリーズで壁掛け用の絵も売られていて、迷いまくったのですが、買ってみました。
お値段2,000円だったのが購入の決め手です。(オシャレの星の住人じゃないため、上手に扱えなくても打撃の少ない金額)

寝室に飾ってみました

寝室のベッド脇、鉄骨の柱が飛び出している壁部分に「剥がすときに後にならない両面テープ」を利用して絵を掛けてみました。
残念ながら壁紙とテープの相性が悪いみたいで絵がストンと落ちてしまう事が多発し、結局絵はトイレに飾る事になってしまいましたが、トイレも殺風景だったので一気に柔らかくオシャレ空間に変わったのでヨシとしています!
今日も不要な情報を延々とした後で(← 安定の不要な前置き)ココロノマルシェのお悩み相談へ相談者さんへのお返事を読んでくれたことをきっかけにブログにお悩み相談を届けていただいいたお悩みへのお返事をお届けしようと思います。

こんにちは。
絶賛、地獄の底にめり込んだ気持ちが浮上しない辛さを味わっています。
先日は感想に対するお返事、ありがとうございました。

マミコさんの言葉と銀くん仁くんに、いつも救われています。

ようやく自分と向き合えるようになり、母親とも少し向き合えるようになりました。幼少の頃の両親(自分のことを棚に上げて人を批判する父親とそれに負けない強い母親)の険悪なムードにいつもおびえながら過ごしていたことも、伝えました。驚いていました。

ただ最近、不安に感じていることがあります。
1)自分がワクワクできる世界は「今の仕事に復帰すること」ですが、これは主人からただ逃げているだけではないのか。
主人を裏切ってしまった罪悪感と向き合っていないだけではないのか、と考えている自分がいます。

2)こんな自分でも幸せになれるのか。
マミコさんのブログだけでなく、根本先生のブログなどで相談内容をたくさん拝見するのですが、私の中で【相談している人は幸せになってもいい人ばかり】と感じているのです。
不倫「された」方は、裏切られたのだから幸せになるべきだと感じますし、不倫で悩んでいる方も独身の方は誰かを裏切っているとは思わないので、幸せになれる、と思います。
でも、私は将来を誓った相手がいるにもかかわらず、相手を裏切って不倫に走ってしまった。私は【加害者】でしかないように感じるのです。
こんな自分は幸せになるべきではないのではないか、と感じています。

…今更ですが。
自分の幸せを想像し、感じ始めた途端、こんな気持ちになってしまい、ものすごくダメなことを考えているように感じてしまいます。
そして、どこかで「(相談している)みんなは辛い思いをしてるもの。私とは違うよ。」と、自分を排除しようとしています。

うちにも猫が2匹います。銀くんのように、彼らも私たちのことで辛い思いをしていたら…と思うと、本当に辛いので、早く浮上したいです。。。
相談者:kanaeさん

▼kanaeさんの前のお悩み相談の記事

kanaeさん、こんにちは。
問題の渦中にある時って、「加害者」も「被害者」も、どちらもとても苦しいものです。

もちろん「傷付けてしまった側」であれば、自分を許すのは容易ではありませんし、許されてはいけない!と思ってしまうくらいに『罪悪感』を感じて自分を罰し続けようとすると思います。

私たちは不完全な人間ですから、誰しもが間違いを犯します。
自分にしか降りかからない間違いもあれば、誰かを巻き込んでしまったり傷付けてしまう事もあります。
もしも自分が「誰かを強く傷付けてしまった」「大切に思っていた人を傷付けてしまった」「取り返しのつかない事をしてしまった」と感じているのであれば、その罪の重さは強烈ですし、いくら「罪を赦されてもいい」と言われても自分がそれを手放して許すには時間がかかるものだと思います。

どんなに自分を許そうとしても、落ち込む気持ちや自分を責めてしまう気持ちは、勝手に湧き上がってきている状態だと思うんです。
とても辛いですけれど、無理に浮上させてもしんどいだけですから、落ち込んでいる自分を「しょうがないよね」と見つめてあげて、落ち込む自分の側でただ寄り添うようにしてあげていてくださいね。

問題の中にいながらもお母さんとの関係に変化があった事、すごいですね!!
ご両親へは自分の意見が言えない…と自分軸がグラグラする中でもちゃんと自分の気持ちを伝える事をしている今のkanaeさんは、うーんと成長・変化していると思いませんか??
お母さんに傷付いた自分を見せる事はとても勇気のいる事だと思います。
ちゃんと勇気を出して向かい合えている自分がいることを、まずは褒めてあげましょうね。

問題を通して私たちは成長をしています。
ほんとにしんどいですし「こんな問題いならい!」と泣きたくなる事もありますが、本当にいつかの未来で「あの問題があったから…」と自分を変えることになる転換点になるものに変わっているはずですから、闇の中で迷子になってしまう自分の手を握り続け、励まし続けてあげられますように。

> 自分がワクワクできる世界は「今の仕事に復帰すること」ですが、これは主人からただ逃げているだけではないのか。

kanaeさんにとって「仕事」が自分らしく生きる大切な糧だったんですよね??
そこではイキイキと自分らしく楽しく生きていられた「自分にとって大切な場所」なのであれば、それを目標にして頑張る事とは問題の中で自分を支え・励ましてくれる「頼みの綱」ではないのでしょうか??

希望の光があるというのは大切な事だと思っています。
だから頑張れる、だから耐えられる。
その希望の光をわざわざ消してしまう必要はないと思いませんか?

また、私たちは「逃げる = 悪」のように思ってしまう事があります。
確かに問題を先送りして逃げても、またその問題を乗り越えなくてはならずに問題は目の前にやってきますが、

今はkanaeさんがそこで闘える状態でしょうか??

戦場で大怪我を追っている時(自分が仕掛けていた戦術で相手も負傷させつつも自分も怪我をしている)に、息も絶え絶えの兵士に敵地へ突っ込んでいくようにとKanaeさんが司令官だとして命令するでしょうか?

しませんよね。
一旦引き上げさせて傷を回復させてから、また敵地に向かわせる事を選ぶと思います。

逃げるって時には一つの「方法」でもあると思っています。
だから、逃げるなら全力で逃げていいと私は思っています。
そして逃げている時は逃げる事に必死で、誰かを傷付ける事をする余裕もないはずですから、逃げるって「自分と相手を守る」事になる事もあるのではないでしょうか?

今、がっぷりおつに組み会える状態ではないのであれば、お互いに傷つけ合ってしまいますものね。

> こんな自分でも幸せになれるのか。

結論を言っちゃいますね!

いいんですよ。幸せになって。
でもいきなりそうなれなくてもいいんです。
まずは自分を「楽にする」事を見つけていきませんか?

先の質問の中で「主人を裏切ってしまった罪悪感と向き合っていないだけではないのか」とありましたが、逃げているのでは?と自分を責めている時点で、罪悪感を感じで自分の心に生まれている自分を罰する感情と戦っている訳ですよね。

「罪を犯してしまった」と感じる気持ちって、とてつもなく痛く重たいものです。
さらにきっと、ご主人は「被害者」の位置にいて自分の心を守ろうとしていると思いますから、どうしたってkanaeさんを責めるような態度や口調、空気や蔑むような視線を送ることもあるのだとしたら、どうやって償えばいいのだろう?と自分を強く強く責めてしまいますものね。

罪悪感というのは「幸せになっていけない」と自分を監視して縛り付ける感情です。
そして誰しもが多かれ少なかれこの感情を持って生きていますが、もしかしたらkanaeさんは自分では気付いていなかったとしても「罪悪感」を心の奥でずーっと抱えて生きてきていたのかもしれませんね。
ご両親に対する感情やご主人に対しても顔色を伺って相手軸になる事の奥には、無価値観と一緒に「私は幸せになる事は許されない」という罪悪感があり、罪悪感とは罰せられなくてはいけない感情ですから、さらに罰せられるために「罪」を求めるというややこしい状況を必要とします。

前にご感想の中で彼との間で悲しかった経験を話してくれましたよね。
あの時も、沢山自分を責めたのではないでしょうか?
彼が歩み寄るどころか理解してくれずに苦しかった気持ちを一人で抱えながらも、複雑な罪悪感を抱えていたののではありませんか?

結婚前に子供ができてしまった事や、流産してしまった事で、自分を責める気持ちはありませんでしたか??

その他のご両親や彼との「日常」の中でも、自分を責める気持ちが色んなところにあったのかもしれません。
人知れずkanaeさんの心の中では「私は汚れている」「私は幸せになってはいけない」と自分を罰し続けてきたのかもしれませんね。

罪悪感というのは本当に巧妙に形を変えて現れます。

自分が罰せられるべき存在だ!!と無意識のうちにも思い込んでいるのであれば、何も罪がないと困るんです。
だから、問題を自ら作り出して罰せらるべき自分を作ることすらあります。

罰せられる罪がないと困る状態であれば、許されない罪を自らが背負いに行って「不倫」という行為を通して自分を加害者のポジションに置いて罰しているのではありませんか?

罪を犯して自分を「加害者」のポジションに置く事で、kanaeさんはもしかすると愛する人を守っていたのかもしれません。
本当は苦しくて助けてほしい自分がいても、自分がもともと価値がなくて汚れている存在だと自分のことを見ていたとしたら、自分を助けさせてしまったら相手も汚れた存在になってしまう。だから助けてもらってはいけないんだ。
私はもっともっと罪を重ねて、蔑まれるべき存在にならなくてはいけない…と自分を追い込んで罪を選んできたのではありませんか?(罰せられるべき存在であれば、罪を重ね続けないとつじつまが合いませんものね)

けれどそうはいっても罪を償っている状態というのは、寂しいし苦しいし、そこに関係ない第三者から救いの手が差し伸べられたらその手を掴んでしまうのは「仕方のなかった」事なのではないでしょうか?

心理学の世界では「被害者」は「加害者」にもなるという見方をしています。
被害者という役割を持たされると、被害者は罪を責め立てて加害者を攻撃します。誰かを攻撃するという時点で被害者は「加害者」にもなってしまうんです。

だから「無害者」という位置を目指しましょう!とご提案するのですが、「不倫」というのは望ましい関係ではありませんからどうしても罪の意識は芽生えます。不倫は何より自分を傷付ける行動ですし、自分だではなくパートナーも同じように傷つけてしまいます。誰かを傷付けたら胸が痛みますし楽しい体験ではないので苦しい気持ちも感じます。

kanaeさんが罪を犯した…と「加害者」のポジションでい続ける限りは「被害者」が必要になります。

言い換えると、ご主人はずっと「被害者」というポジションにいなくてはいけなくて、ずっとkanaeさんを罰し憎み続ける役割を与えられてしまっている、という事。

誰かを憎み続けるのは、心が痛い作業です。
誰かを許せずに怒りを持ち続けるのは、いつも心が波立って穏やかではいられない状態を創り出します。

kanaeさんが「加害者」でいる限り、ご主人はいつまでも「被害者」でいなくてはいけないのだとしたら、お互いにとって何も幸せではないですよね??

自分が犯してしまった罪の意識を感じるな!ということではなく、いつまでも「加害者」で居続けるのではなく、相手の幸せのためにもその役割を降りる事を努力することも、また罪の償い方のひとつだと私は思っています。

私は過去にkanaeさんとは逆で「不倫をされた側」を体験しました。
いわゆる被害者側を体験しました。

でもね、被害者でい続けるのもしんどかったんです。
憎しみ続けなくてはいけませんし、許してはいけないんですもの。
いつまでも「悲しかった体験」に縛られて身動きが出来ず、自分を正当化させて相手を責めるうちに、段々と「責め続ける」事で罪悪感を感じたりもしました。

被害者でいるうちは自分が幸せにはなれないと知りました。

夫婦関係は50:50というように、本当に「お互い様」で「必要だから問題が起きている」んですものね。
彼の気持ちは彼のものなので私には分からないけれど、私はずっと大きな罪悪感を抱えて生きてきました。
私の罪状は「神さまの教えに背く」というもので、その時の事はこの記事にまとめていますのでご興味があれば読んでみてください。

私は自分が「罪人」なので幸せになってはいけない!と潜在意識下で思い続けて生きてきました。
言い換えると「幸せになりたくない」と全力で願い続けている状態でもありました。

だから、罰してもらい幸せを壊してもらわなくてはならず「私の願いを叶えてくれるために」彼が不倫という行動をしてくれました。

彼の気持ちは分かりませんが、彼もまた罪悪感を感じていて「自分が大きな罪を犯す事で罰せられるべき」としてこの役を引き受けてくれたのかもしれません。

kanaeさん、お互いの幸せのために、自分を加害者の位置に起き続ける事を手放す事をしてみませんか?
罪の意識を消しましょう!ということではなく、いつまでも相手を被害者の位置に置いて苦しませ続けるのを止めるために、自分が先に加害者の位置から抜け出して相手を楽にさせる道を用意してあげることも、また罪の償い方のひとつではないでしょうか?(罪という言い方もまたちょっと違うのだと思うのですけれど…)

kanaeさんはご両親やご主人の前では「親軸」「彼軸」になってしまう、と言っていましたよね。
それは相手に合わせてあげる事(自分を抑える事・自分を無価値な小さな存在にする事)で、大切な人たちを守ってきたkanaeさんなりの愛し方だったのではないのでしょうか??

自分が我慢する事、耐える事、折れる事で大切な人たちのポジションや笑顔を守ってきたのだとしたら、本当に健気に頑張ってきたんです。

> でも、私は将来を誓った相手がいるにもかかわらず、相手を裏切って不倫に走ってしまった。私は【加害者】でしかないように感じるのです。 こんな自分は幸せになるべきではないのではないか、と感じています。

この感情も「罪悪感」のパターンのひとつで、何をしても自分が全て罪であって

自分が世界で一番の罪悪人

のように感じて、全ての罪を自分が背負う!くらいに自分を追い込もうとします。
そして大切な人を遠ざけていきます。(何しろ自分は極悪人ですから、大切な人を傷付けてしまうと思っていますから。)

自分を罰しているのは、他でもない自分自身です。
この世界で自分が一番自分のことを責めて見張り続けるんです。
自分を許せないのは、他でもない自分なんです。

今すぐには思えなくていいので、少し想像してみてください。

kanaeさんが逆の立場でご主人の不倫を知った被害者だったとします。
彼が自分の罪を後悔し、自分は許されない罪を犯したから…といつまでもずっと罪を背負って幸せになることを拒んで生き続けているとしたら、kanaeさんはどんな気持ちになりますか??

はじめのうちは「被害者」の気持ちが抜けずに「もっと苦しめばいいんだ!幸せになんてなるな!!」という怒りの気持ちがあるかもしれませんが、何年も罪の意識で自分を追い込んでボロボロになっている姿を見たら、段々と「もう許されていいよ」と声をかけるのではないでしょうか?
確かに一時は痛い気持ち・悲しい気持ちにはなりましたが、ずっと罪人として生きてほしいなどとは思いませんよね?
もう罪の意識から楽になって欲しい…とお願いしても尚、ずっと自分を責め続ける相手を見たら、kanaeさんはその人を見捨てて自分だけが幸せになれると思いますか??

相手を思い、相手が幸せになることを助けるためにも、自分の罪を許して行くというのは愛のある行動なんです。
確かにすぐに罪の意識を緩めることは難しいことです。
けれど、相手を自由にするためにも、罪を許すことを受け入れるというのは本当に大切なことではないでしょうか??

そしてもうひとつ、私たちは自分に許可したことと同じ事を相手に許可することができます。
自分に禁止してることを他の人がしているとモヤモヤして怒りが湧いたり許せないという感情を持つことがあります。

つまり…

自分が幸せになることを許可できないと、周りの人が幸せになることも受け入れられませんし応援もできません。
また、私たちは自分が傷付いて弱っている時に誰かを助けることができません。
まずは自分の傷を癒して力を蓄えて自分を満たしてからでなければ、人を助けることができないのです。

だから自分を許して満たし、今度はその豊かな愛情を惜しみなく周りに注ぐことで「愛を循環させる」事で、大切な人たちを笑顔にする事するためにも

まずは自分が幸せを許可する

というのはとっても重要なんです。

今までずーっと周りの人のために自分を犠牲にして生きてきました。
本当は罪なんて何もなかったのに、勝手に償い続けて自分を抑えて生きてきたのですもの。
もう、その牢屋から出て自分を幸せにする事をしてあげてもいいと思いませんか?

すぐには「不倫をしてしまった」という傷からは逃れられないと思いますが、アンダーグラウンドと呼ばれる人に言えない場所を持つ事で、私たちはなんとか自分の心のバランスを保とう・自分の感情を処理しようとしてしまうことがあります。
そうじゃないと、自分が壊れてしまうから、その時にはどうしても必要だったんです。

ほんと、しょうがなかったんです。

罪悪感の癒し方については、師匠である根本さんの「罪悪感本」がとても役に立ちますので、ご興味があれば是非手にとってみてください。(沢山のワークを通して罪悪感を緩めることができる本です。)

自分を罰するのも、自分を救えるのも、自分だけなんです。

今すぐに自分を責めるのを止めることはきっとできないと思いますが、責めている自分がいる…と客観的に見る事を意識してあげる事で、少しずつ「過剰な自分責め」を緩めていけるようにしていきましょうね!

問題が大きい時に、すぐになかった事にもできませんし浮上も簡単にはできません。
浮き沈みしながらゆっくりゆっくり問題をクリアしていくのですもの。

時間をかけてでいいと思いませんか??
少しずつ自分の罪を赦していくために、自分を大切にしていきましょうね。

猫ちゃんたちはkanaeさんが穏やかに居てくれることがきっと1番の幸せです。
今は穏やかな気持ちにはなれないとしても「側にいてくれてありがとう」と届けてあげるだけできっと伝わっていると思いますよ!!

自分を責めてしまう時というのは、あっちにもこっちにも自分を攻撃する材料を置こうとしてしまいますから

あー、私は今、自分を思いっきり責めていじめているなー

と一歩引いて声がけする事を意識してみてくださいね。
責めてもいいんです。責めている自分がいるんだもんね、と受け入れることが自己受容という作業です。(ややこしいですよね)

自分を受け入れる事で少しずつ自分と仲直りして、自分を許す事ができるようなっていくので、責めてしまうダメな自分にただ寄り添う事をし続けて下さいね。

kanaeさん、大きく深呼吸しましょう。
一生懸命生きてきた自分を、これからゆっくり愛していけるように、きっととびきり大きな問題を必要としたのかもしれませんもの。

自分を受け入れ・許すのは簡単な事ではないからこそ、やりがいのある作業です。
本当にちょっとずつでいいんですから、無理せずにできる事を少しずつやってきましょうね。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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