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(お悩み相談)私は今高3、受験生です。志望校は決めていますが、本当の自分は何をしたいのかわかりません。

マミコちゃん専用のお腹ムニムニになる栄養なんでち

MARIEってビスケット…だよね??
あれれ、これはクッキーというかサブレみたいになってるけどマリーなんだよね???

とスーパーで逡巡しつつ、そんなことよりもレモンクリームサンドっていうだけで美味しそうだから買うよね~とカゴに入れ、クリームは冷やしておこう!と冷蔵庫に入れたまま、すっかり買ったことを忘れていました。(てへ)

森永製菓のホームページで調べたら、どうやら「マリービスケットの生地を練り込んだクッキー」という事みたいで、ビスケットではなくこちらはクッキー。
サクサクのクッキーの中のレモンクリームが爽やかで、油断すると2つ3つ…とお腹のムニムニにとっての強力な栄養になりそうですが、美味しいってやっぱり幸せ♡

食べ過ぎないように蓋をして冷蔵庫にしまったけれど、また明日もモグモグしちゃってなくなる事は必須。
期間限定だからスーパーに行ったら買いた足そうと思っているという私のおやつ事情をご紹介した後は(← いつもの長い前置きです)ブログへお悩む相談をいただきましたので、お返事したいと思います。

お悩み相談(高校3年生さん)

私は私立の中高一貫校に通う、高校三年生女子です。

小6の時に、親の強制で受験をしました。

学校の勉強はできても、塾ではいつもビリのクラスで、結果ギリギリ第2志望の学校に入学しました。

中学生のとき人生初の部活動で、ある先輩の努力家な所に影響され、私も努力が好きになりました。勉強もできるようになり、他にもクラス委員長に立候補してみたり、部長に選ばれたり、失敗はあっても常に自信がありました。

しかし中3で勉強の特進クラスに入った私は、周りについて行けず、クラスではまたビリの方になりました。ちょうど「部長のあるべき姿」などにも悩んでおり、この頃から注意力散漫になったと思います。

私は今高3になりますが、高校では特進クラスから落ちてしまい、勉強もできていません。 課外活動や委員会活動は変わらず続けています。

私の母親は恵まれない環境で育ちましたが、常に完璧でなんでもできる子だったみたいです。母親の人生とは違い、沢山のお金をかけてもらい恵まれているのに私は勉強ができません。母親からは産まなきゃ良かったとか、苦労話や自慢話を小さい頃から聞かされていて、我慢して聞くのが辛いです。学校では委員会などのリーダーとして動き、家でも気が張り詰めた状態ですごく疲れてしまいます。でも親の話題を出しているあたり、私は自分の出来なさを環境のせいにしてしまってますよね、、皆んなはここを頑張っているのに。

私は今受験生です。志望校は決めていますが、本当の自分は何をしたいのかわかりません。でも学歴主義の親からのプレッシャー・中学受験の失敗を取り返さなきゃという思いがあります。後輩や特進の時の担任の先生にも立派なところを見せたいです。晴れて大学生になれば、親元から離れることも自分のやりたいこともできるはずです。そう思うと頑張りたいのです。

なのに、それとは反対にもう頑張りたくない、生きたくない、逃げたいという気持ちもあります。 何も頑張れていないのに、常に誰かに甘えたいと思ってしまいます。前までは、高い目標でも「自分はできる」という自信がみなぎっていたのに、今はできる気がしません。中学生の頃の様な自分、素直で向上心のある元気だった自分を取り戻したいです。どうしたらいいでしょうか。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

高校3年生さん、こんにちは。
受験生、そして10代後半というとても繊細で多感な時期の高校3年生さんは、今、いーっぱい人生について考えたり迷って、自分の足で自分の人生を歩き出そうとしているところなんですね。

自分のこれからの道を歩き出す。

こんな風に書いてみましたが、そう思うとたった1歩を踏み出すのだって体験したことのない事の連続ですから「おっかなびっくり」で、行ってみよう…でもこれでいいのかな?これで失敗しちゃったりしないかな?と臆病になるのはすごく普通な気持ちだと思いませんか??

私は高校3年生さんよりずーっと年上で、人生経験もそれなりに重ねてきましたが、それでも「これからのこと」を考えて踏み出そうとするときは、やっぱり足がすくみますし怖いなぁと感じることも沢山あります。
学校を卒業して、社会人になり、恋人ができて失恋して、また恋をして結婚して、離婚して、職場で悩んで(← イマココ)と、いろんな経験をしている【大人】の私であっても、立ち止まって動けない時もあれば頑張れない時間もありますし、何をしたいのか分からない…と惰性で過ごすことだってあります。

いろいろと経験を重ねている大人の私ですら、道に迷ってあれこれ考えますし、今までできていたことができなくなったり、泣いたりわめいたりするんですよ!
大人になっても経験を重ねても、人生では「悩んだり迷ったり」という事がついて歩くようです。

受験生って、それだけですごく大きなストレスを背負っていると思うんです。
受験生というだけで決めなくちゃいけない事も次から次へと出てきますし、何よりも「追われる」感じが常について歩きますものね。
志望校を決めるという大きな選択をするのだって悩みますし、さらにそこに入れるように勉強をし続けなくてはいけませんし、もしも合格圏内にいたとしても「油断したら枠から零れ落ちる」事を危惧して気持ちを緩めることもできません。

選ぶ大学で何を学ぶのかによっても、その後の人生も左右する…と思えばおのずと選択する際に肩に力も入りますし(実際は大学だけで人生が決まるわけではないですが影響はありますものね)、この選択でいいのかな?本当は何をしたいのかな?私はこれを選んでいいのかな?と一生懸命考えて考えて、分からなくなっちゃうこともあると思います。

> 小6の時に、親の強制で受験をしました。
> 学校の勉強はできても、塾ではいつもビリのクラスで、結果ギリギリ第2志望の学校に入学しました。

凄く頑張ったんですよね!
ビリの場所に居るって楽しくないし自分を追い立てます。
ギリギリで第2志望というのは「こんなに頑張ったのに」と悔しさだってあったと思います。
でもそれ以上に「安堵」もあったのかもしれませんよね。
中学受験できちんと合格して、ご両親を失望させずに済んだんだ、って。

それだけご両親に対する愛があるんですよね。
愛している人たちだから「がっかりさせたくない」「笑って欲しい」「喜んで欲しい」と思って苦しいんですものね。

> 中学生のとき人生初の部活動で、ある先輩の努力家な所に影響され、私も努力が好きになりました。勉強もできるようになり、他にもクラス委員長に立候補してみたり、部長に選ばれたり、失敗はあっても常に自信がありました。

人生ってホント、なにが「吉」となるか分かりませんね!
高校3年生さんが頑張って第一希望の学校に受かっていたら、憧れの先輩に出会う事はなかったですし、自分に自信をもって数々の成功体験を積むことができたかどうか分からないですものね。

そして、努力が好きになる・楽しめたという事は、今はやる気がなかったとしてもいざとなったら『そうできる』という大きな実績があるので、いざとなったときにうんと強い力を発揮できると思います。

> しかし中3で勉強の特進クラスに入った私は、周りについて行けず、クラスではまたビリの方になりました。ちょうど「部長のあるべき姿」などにも悩んでおり、この頃から注意力散漫になったと思います。
> 私は今高3になりますが、高校では特進クラスから落ちてしまい、勉強もできていません。 課外活動や委員会活動は変わらず続けています。

自分の持つ力が「周りより劣っている」と感じるのって、とっても辛い経験ですし自分の価値がグラグラしてしまいますよね。
ましてや憧れの先輩の背中を追いかけていたのですから「こうなりたい!」「こうあるべき!!」と目標がしっかりしていればいるほど、自分がそうなれないと知ったら悩みます。
「こんな風にできたらいいな」と憧れているのと「こうなりたいしなるべきだ!」では思い入れが違います。

頑張り屋さん・頑張れてしまう人ほど『完璧主義の罠』にはまってしまいやすく、ちゃんとしていない自分は駄目だ!!と自分に呪いをかけてしまいます。
理想像に足りない自分は価値がない…と自分を否定してしまいますし、もっと頑張らなくちゃ!と自分を叱咤して頑張らせようとしますが「すでに十分に頑張っている」のですから、もっと頑張るための力がないゆえに、頑張れない…という自分に対して情けない!!と容赦なく自分虐めをしてしまいます。
注意力が散漫になるくらいに悩んでいたんですものね。より良くありたい・お手本になるべきという、成長意欲や頑張る姿勢が高校3年生さんを苦しめちゃったなんて、本当に辛かったですね。

勝手な想像ですが、高校3年生さんはうまくやれない自分に出会ってから、ずっと「自分をもっと頑張らせよう」として力を入れて努力したのだと思うんです。
けれど、頑張ってもうまく行かずに特進クラスから外れて、ますます自分を追い込むけれど、実はもう、頑張る力が残っていないくらい疲れているのに、それでも頑張らせようとして、燃え尽きてしまったのではないのでしょうか??

高校3年生さんに、ぜひ声に出して呟いてもらいたい言葉があります。

– – – – – –
私はずっとちゃんとしなきゃって頑張ってきました。
でも、もう頑張れません。
私はずーっと大丈夫なんかじゃないのに、大丈夫な振りをしてきました。
私は全然大丈夫なんかじゃありません。
だからもう、頑張らなくていいですか?
だからもう、休んでもいいですか?
私のことを助けてください。私のことを抱きしめてください。

– – – – – –

高校3年生さんはこの言葉を抵抗なく言えましたか??
「もう頑張れません」「大丈夫なんかじゃない」「ちゃんとできない自分でもいいですか?」と、できない自分に白旗をあげることが苦しいと感じていたら、それはもうすでに十分すぎる所まで頑張り過ぎてきたんです。
ちゃんとしていない私、成績が良くなくてお手本になれない私でも「愛して欲しい」とずっと寂しかったのに我慢してきたんです。

頑張らなくても、特進クラスから外れてしまっても、理想の部長の姿に近付けなくても、本当はちゃんと愛されて価値を認めてもらっていいのに、いつも一生懸命に頑張り続ける事で褒めてもらったり親を喜ばせて笑顔にしてきたのであれば、ダメな私を見せるなんてとっても怖いし、不安で、弱い私を見せられなくなっちゃったんですもんね。

> 私の母親は恵まれない環境で育ちましたが、常に完璧でなんでもできる子だったみたいです。母親の人生とは違い、沢山のお金をかけてもらい恵まれているのに私は勉強ができません。母親からは産まなきゃ良かったとか、苦労話や自慢話を小さい頃から聞かされていて、我慢して聞くのが辛いです。

高校3年生さんは、お母さんの期待を一生懸命に背負ってきたんですね。
お母さんが苦労話や自慢話をする背景には「お母さんが本当はいろいろやりたかった」という我慢や諦めの気持ちが隠れていて、自分がしてもらえなかったことを与えたいと思いつつも、羨ましさやそのためにいろいろしてあげているんだから!と恩着せがましくなってしまっているのかもしれませんね。

でもね、お母さんの期待はお母さんのものです。

ちょっと想像してみてください。
高校3年生さんのお母さんが大事にしてきたバックを譲ってくれました。
とってもかわいくて使い勝手がよくて、高校3年生さんはそのバックが気に入ってボロボロになるまで使いました。
でも、もうボロボロだし自分には合わないなぁと感じるようになりました。

そのバックを、高校3年生さんはどうしますか???

お母さんからもらったものだから、何とかして修理して使わないと悪いなぁと思うでしょうか?
それとも使えないしもう要らないけれど、捨てるのは悪いから…と大事にしまっておくでしょうか??

でもね、バックをお母さんに返してもいいんですよ。

ボロボロになるまで使った後で、もう私には合わないし、じゅうぶんに使って満足したから返すね!今までありがとう!!
って、直し手無理やり使おうとしたり、いつまでも手元に残しておかずに「お返ししちゃう」という事をしてもいいんです。

ここで例えたバックというのは、お母さんからの期待です。

中学受験という大きな期待を必死に受け止めて結果を出しました。
そのおかげでたくさん学べたこともあったし、努力することの楽しさやそこで変化することができたという大きな実績もつめました。
でも、なんだかそれが合わなくなって、もうお母さんの期待を背負ったり抱えたままにするのは違うなぁって感じているのであれば、これは私のやりたいことじゃないし、お母さんの抱えている期待だから、私には負担が大きすぎるから背負えないよ!お返しするね!!と、受け取ったものをまた戻していいんです。

今の私は、お母さんの期待に応えません。
またいつか、答えたくなったら応えてもいいし、自分で選んでいい。

そんな風に何度も何度も、自分に「お母さんと私は別の存在だから、何もかも背負わなくていいよ」と境界線を引くために声掛けをしてみてください。

でもね、高校3年生さんがお母さんの言葉で悲しんだり苦しんだりしているのは、それだけ真剣にお母さんに向き合っているからなんですよね。
優しい気持ちと愛情があるからこそ、期待に沿えない自分を責めますし、自分を罪のようなダメな存在としてお母さんを助けようとしちゃってるんです。
その大きな愛と優しさを、私ってすごいなぁって受け取ってくださいね。

> 学校では委員会などのリーダーとして動き、家でも気が張り詰めた状態ですごく疲れてしまいます。でも親の話題を出しているあたり、私は自分の出来なさを環境のせいにしてしまってますよね、、皆んなはここを頑張っているのに。

みんなって誰でしょうか??
いいんですよ、誰かと比べて自分を我慢させなくて。

私がしんどい。
私が辛い。
私が頑張れない。

その「私」の声を大事にしてあげましょう。
辛いって感じるのは他でもない高校3年生さんで、誰も変わってはくれません。
辛いと感じる感じ方も、人によって全然違いますし、比較する必要もありません。

私が辛いなら辛いんです。
だから、私を楽にさせてあげよう!って自分を優先していいんですよ。

みんなが頑張っているからって頑張れない自分に鞭打つ必要はありません。
頑張れないくらい疲れて泣いている高校3年生さんの事を、ぎゅーーーっと抱きしめて一緒に泣いてあげましょう。

あぁ。私が本当に保健室の先生で高校3年生さんがそこにいてくれたら「良く頑張ってるよね」「委員会の活動ご苦労様」「受験生だから勉強も頑張って大変だね」「進路のことや未来のことで今は悩む時期だね。いっぱい揺れるし抱えちゃうね」って一緒にあったかいお茶を飲みながら笑って話を聞いて、高校3年生さんの頭を優しくポンポンとしてあげて、「大丈夫だよ。頑張りすぎなくていいよ」ってただ抱きしめて泣かせてあげたいな。
本当に本当に、頑張ってるものね。
お疲れ様。とっても偉いよ!!

> そう思うと頑張りたいのです。
> なのに、それとは反対にもう頑張りたくない、生きたくない、逃げたいという気持ちもあります。
> 何も頑張れていないのに、常に誰かに甘えたいと思ってしまいます。

生きたくない・逃げたいと思うくらいもういっぱいなんです。
頑張れていないんじゃなくて「頑張り過ぎて頑張れない」が正しいんです。

頑張る力がないんです。
疲れた時はちゃんと休むことが一番大事です。
力を蓄える時間が必要なんです。

誰かに甘えたい・助けて欲しい・寄りかかりたいと思うくらい、もう限界まで頑張ったんです。
白旗をあげて、カッコ悪い私でいいって自分に対して言ってあげてください。

失敗すること、みっともない姿を見られることって、とっても怖いですよね。
その時には「情けなく見える失敗」でも、後でそれが転機になる事なんていくらでもありますし、休んで元気を取り戻したら、休んだ分なんてもしかしたらあっという間に取り返してしまえるなんてことも良くあることです。

アントニオ猪木さんの「元気ですかーー?元気があれば何でもできる!」というセリフがありますが、元気がない時はなんにもできないんです。
今、高校3年生さんは元気ですか??違いますよね。
そうであれば、何もかもをできなくてもしょうがないんです。

実は私は、高校受験に失敗しています。
高校3年生さんと違って、頭はあまりよくなかったのですが高校に受かれるようにと塾にも通わせてもらい追い込みましたが、結果は不合格。
滑り止めに予定していた私立の学校は私の苦手教科ばかりで受かるわけもなく、中学卒業と同時に1年間の「浪人生活」が決まりました。

世界が終わったような気持ちになりました。

凄く惨めだったし、情けなかったし、親にも申し訳なかったし、親身になってくれた先生にも合わせる顔がないと思いました。
友達が高校生になったのが眩しくて、一気に置いて行かれた上に次の年に受かる保証もなければ、部活などで一緒だった後輩と同級生になることも怖かったです。

半年くらい泣いたり何もできずにモヤモヤしたりしましたが、いざ実際に浪人生活を終えて不安に思っていた新しい環境に踏み込んだら、思ってたよりずっと楽しくて、また元気になりました。

高校3年生さんも、またちゃんと頑張れるようになれますし、今までにちゃんと「素直で向上心のある元気な私」として様々な努力を積み重ねるという実績があるのですから、やりたくなったらちゃんと輝けます。
大丈夫!!本当に大丈夫です。

一度や二度失敗しても、高校3年生さんの価値が陰ったりすることはありません。
勉強ができても出来なくても、親の期待に応えられても応えられなくても、遅咲きでも、やりたいことが今見つかっていなくても、高校3年生さんは「ちゃんと素晴らしい存在」です。

夢を諦めたんじゃないのよ。
もっと素晴らしい夢に出会ったのよ
(テレビで見た何処かの国のおばあちゃんの言葉より)

私が好きな言葉です。
テレビ番組でお孫さんがやりたかったことと違う道を選び、ずっと応援してくれていたおばあちゃんをがっかりさせてしまう…と悩んで悩んで打ち明けた時に、おばあちゃんがかけてくれたこの言葉は、本当に輝く素敵な言葉です。

夢ややりたいことが分からない時は、それを探している道の途中です。
やりたいことが見つかっても、後からそれが要らなくなったり別の夢に代わることだってありますが、それだっていいんです。

周りの誰かのためではなく、高校3年生さんが笑顔になれることを集めて、高校3年生さんが安心して幸せを感じられる人生を送ることが何より大事な事ですもの。

周りの人のためにうーーーんと頑張ることのできるすごい力がある高校3年生さんに備わっている愛と価値をどうか「えっへん」と受け取って、今度はその愛を自分にも向けてあげられますように。

人生は長く、時に休憩したり寄り道したりしますが、そこで見える世界や知り合える人、自分が気付くことがその後の人生を豊かにすることはたくさんあります。
だから、スローペースにしか歩けない今の自分を虐めるのではなく「一緒にゆっくりやっていこうね」と手を取るようにして、自分に優しくしてあげながら、元気を取り戻して生きましょうね。

「何も頑張れなくていいし、誰かに甘えたいと思った時」に、思い出してもらえて、また話したいことがあったら気軽にメッセージしてくださいね!

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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