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【お悩み相談】自分も子どもも楽しく過ごせる方法ってないのでしょうか。

アルテシマの新芽が今年も葉を広げました

日差しが暖かさを増してから、我が家のグリーン達は活き活きと健やかに成長を見せてくれています。
毎朝、鉢に水やりをしながら新しい芽や広がり出した葉をチェックしてはニッコリの日々。
5月になると少しのんびり気味に固く芽を閉じていた木々も、柔らかく芽をほどき柔らかく瑞々しい緑の小さな葉を開きだしてくれました。

ちょうど丸2年前。
お引越しをしてきて「一人暮らし」になる自分を楽しませ、自分の好きな空間で過ごそう!と思って買ったグリーン達。
※厳密には1人と2匹の愉快な共同生活です

葉っぱさん、ひょろひょろでチビだったんでちよ

頼りなく小さな鉢で買った「アルテシマ」の幹は、昨年ぐーんと太く大きく成長し、今年も勢いよく上に向かって黄緑色のツヤツヤした葉を大きく広げてくれそうです。
冬になると天芽を固くしてビクともせずに冬眠するかのように息を潜めているのに、ちゃんと自分にとって芽吹くタイミングが来ると
今までの無言が嘘のように、勢いをつけて成長する姿を見せてくれます。
※今では仁くんよりも大きなサイズに成長しました

植物も人間も、それぞれにベストなタイミングがあるんですよね、きっと。

今は固く芽を閉じる時期だとしても、
それはいつまでも続くものではありません。
自分にとって芽吹くその日まで、じーっと体力を蓄えている時間も大事なんですよね。

さぁ!
全くもってなんの脈絡もない長い前書きといつもながらの唐突さで、いただいたお悩み相談をしたいと思います。

初めまして、今日は子育てのことについて相談させてください。

私には、4歳の娘がいるのですが、普段からかわいがっている方だと思っています。

しかし、どうしても彼女の遊びに付き合うことができません。
なんというか・・・飽きちゃうんです。

子どもというのは、不思議なことに、楽しいと感じたことをこれでもかとエンドレスでリピートしてきます。

じゃんけんにはまると、延々とじゃんけんをやり続けようとしますし、手遊びを教えると、延々と繰り返してやろうとします。

ただ、ゲームに負けると怒って泣くので、それも面倒で、子どもを勝たせようとしてしまうのですが、それも自分的につまらないのです。(たまに無性に勝ちたくなって勝つと、泣かれて結局イライラします。)

おままごとをやると、全て彼女のシナリオ通りにやらないと怒られますし、それも私にはつまらなくて飽きてしまいます。

元々1人遊びは得意そうなので、塗り絵やパズル、Youtubeなどを集中的にやっている間は放っておけるのですが、飽きると人恋しくなるのか、「一緒に遊ぼう~」と呼ばれます。

私は私で自分のやりたいこともあるし、家事を片付けてしまいたい気持ちもあるので、それを言い訳?に、腰を落ち着けて子どもと遊ぶのを避けようとしてしまいます。

自分なりに考えてみたところ、自分がやってて楽しいことであれば、長くやれるんじゃないかと思い、塗り絵や神経衰弱などは、多少付き合うことができました。

また、子どもと二人でいる時は、なるべく外出して子どもが遊べる場所に連れて行ったり、保育園のお友達のママと一緒に遊んで、子ども同士で遊ばせたりしています。

子どもの遊びに付き合うのは面倒だし、全く気乗りもしないのですが、付き合ってあげないとかわいそうだなぁと思う気持ちもあり、揺れています。

自分も子どもも楽しく過ごせる方法ってないのでしょうか。
理想は同じ空間で、お互い好きなことをして過ごせることです。
何かアドバイス頂けますと嬉しいです。
相談者:Oさん

Oさん、お悩みを打ち明けていただきありがとうございます。
早速ですが、Oさんに先に謝っておきます。

私、子供を持った事も育てた事もなく
「お母さん」という存在になるってどういう気持ちなのか100%理解できていないので
見当違いなところがいくつもあると思います。
どうぞ、Oさんの母性と慈愛で、そんな私を生暖かくみていただけたら嬉しいです。

4歳のお嬢さん。
よく言われる「イヤイヤ期」というのを通り抜け、きっとおしゃまで色んな事を「一丁前」に出来るようになっている年齢ですよね?
保育園に通って少しずつ社会性が生まれだし、出来る事が増えていきながらも
まだまだママが全て!なのだろうと思います。

自分の子供の時の事を思い出そうとしたのですが、
4歳の頃の自分の姿はボンヤリしていて、どんな事をしてどんな気持ちでいたのかをしっかりと思い出せませんでしたが
大人の世界と違って、子供だった私の世界というのは、家族と親しく遊んでいるお友達とそのママと、保育園の中とおじいじゃんおばあちゃんのいる場所や、よく行くスーパーや時々外食する中華料理屋さんだったり、とーーっても狭い世界でした。

小学校に入って、自転車で「校区内」を自由に動き回る事で、
小さな子供だった私の世界はなんて大きいんだろう!と思った記憶がありますが
それだって自転車で小学校区を見ているだけの、ごくごく限られた世界でした。
それでも私の世界は大きく広がったように感じていのはきっと

ずっと「お母さんが世界のすべて」だったはずが、自分が成長するにつれてお友達がどんどん大切になり
お母さんだけ!の世界から飛び出していった事がそう感じさせたんだろうと思うんです。

今、Oさんのお子さんはまだ小さくて、お友達とも遊ぶとはいえ「お母さんの世界の中」から飛びだすことない安全な領域で遊んでいると思うんです。
言いかえると、お母さんが全て見てあげていないといけない世界があるということで、Oさんはお悩みの中で具体的に例をあげてくれていますが
ちゃんとお母さんとしてお子さんを楽しませる世界を作っているように感じたのですが
もっともっと!と思うのは何でなのでしょうか?

> どうしても彼女の遊びに付き合うことができません。
> なんというか・・・飽きちゃうんです。

飽きるのは「普通」ではないのでしょうか???
4歳の女の子と、その何倍も生きてきた大人のOさんでは、見るもの・体験してきた事・楽しい事の範囲が全然違うんですもの。
子供にとってとっても楽しい事でも、大人にとっては退屈な事があるというのは、ごくごく普通な事に感じます。

飽きてしまう…と、お子さんと同じ熱量で同じ時間を遊べない事にどこか罪悪感を感じてらっしゃるかもしれませんが
Oさんは「遊べないんです」と言っているのではなく「遊びに付き合えない」だけで
子供にとってはつきあう時間は関係なく「お母さんが遊んでくれた♡」という事が嬉しいのではないでしょうか?

というのも、自分が子供の時の事を考えた時
私の母は専業主婦でいつも一緒にいたはずですが、記憶にあるのは「遊んだ」事よりも

  • ご飯を作ったりお掃除したり洗濯をしている姿
  • お友達の家で遊んでる間、お母さん同士がお喋りしている姿(お母さんがいてくれる事が安心だったっけ…)
  • 夜に寝る前の「お話の時間」がワクワクしていた事
  • 頑張った事を褒めてもらえた事
  • お父さんが出張の日は「お父さんに内緒 de 手抜きカップラーメン晩ご飯」が楽しかった事
  • 大事にしていたぬいぐるみの首が取れて悲しかった時に、手術して直してくれた事
  • 毎朝、私の髪を結んでくれた事
  • 私がかわいがっていたウサギやモルモットが病気になった時、誰よりも一生懸命看病してくれた姿
  • お裁縫が何より苦手だというのに、バレエの発表会の衣裳を必死に作ってくれた事(苦手ゆえに着ると内側に布の切れ目が当たってチクチクしたけれど嬉しかった)
  • お裁縫が何より苦手だというのに、大事にしていたジェニーちゃんのためのお洋服をお友達に習いに行って作ってくれた事(それは地味な柄で不格好だったけれど、すごく感動したのを覚えています)

あぁ、どうしよう…
小さな時の記憶は断片的ですが、思い出したらなんかすごく愛されていた気持ちがムクムク湧いてきて、泣けてきちゃいます。

話がちょっと逸れてしまったのですが、
私が子供ながらに一番嬉しいと思ったお母さんの姿は

楽しそうに笑っているお母さん

なんです。
何をしてくれた、何を買ってくれた、何に付き合ってくれた、ではなく
振り返った時、抱きしめてくれた時、何気ない時に
お母さんが楽しそうに笑っている姿を見るのが、一番好きだったんです。

> 私には、4歳の娘がいるのですが、普段からかわいがっている方だと思っています。

Oさん、サラッと書かれたこの言葉が、とっても大切で大事な事なんだと私は思うんです。
普段から愛情を持ってかわいがっている、それが一番娘としては嬉しい事だから。

Oさんは試行錯誤しながら「楽しく遊ぶ方法」を考えて実践したり、喜ぶ姿を見るために一緒に遊びに行ったり、いっぱい愛情を持ってお嬢さんに接していらっしゃいますよね。

> 私は私で自分のやりたいこともあるし、
> 家事を片付けてしまいたい気持ちもあるので、
> それを言い訳?に、腰を落ち着けて子どもと遊ぶのを避けようとしてしまいます。

遊んでいても「イマイチ楽しめない」「私が面白いと感じれない」と自分の中で不消化な気持ちをもってしまっているがゆえに
腰を落ち着けて遊ばない自分を否定したり、それを避けようとしている自分を「ダメ」だと思っていらっしゃるかもしれませんが
お母さんにもお母さんの時間があり、腰を落ち着けて遊べない事も多々あるはずです。
特にお仕事をされているお母さんであれば、家事に仕事に育児に…
時間がいくらあっても足りないくらいではないでしょうか?

> 子どもの遊びに付き合うのは面倒だし、全く気乗りもしないのですが、
> 付き合ってあげないとかわいそうだなぁと思う気持ちもあり、揺れています。

遊んで!とか、遊ぼう!と純粋な目でお願いされたら、嫌だな~と思ってしまう自分を責めたくもなりますし、出来る事ならその要望を「自分も喜んで」叶えてあげたいと思うのも、お母さんの持つ母性と愛情なんだと思います。

またもや私が子供の時の話をしてしまうのですが
私はそんなにたくさん母に「遊びに付き合ってもらった」記憶がないんです。
※遊んでもらっていたのかもしれませんが、覚えていないというのが正式です。

けれど、先に少し書いたのですが「寝る前のお話の時間」というのがあって
私と妹は、その時間を毎日ものすごーーく楽しみに待っていました。

お話の時間は本を読み聞かせてくれる時間ではなく
母は本が大好きで、学生時代に自分も本を書きたい!と思った事があるそうです。
母が学生時代に見た夢は別の夢に変わり、本を書くことはしていなかったのですが、想像の翼を広げて物語を考えるのは「好きな事」だったようで
寝る前に母の作った「お話」を聞かせてくれる時間が何よりも楽しく、ワクワクして待ち焦がれれいました。

絵本ではなく「お話」なので、小さな子供だった私には未知のものとの遭遇もたくさんあり、その度にそれはどんな形をしているのだろう?どんな色なんだろう?と寝る前にお話を思い出しながらたくさん想像しました。

お話は物語の日もあれば、お母さんの学生時代の初恋の話(これは何度も「聞かせて~」と姉妹でせがんだお話です)や、外国人の留学生と英語で文通をしたお話もあれば、お父さんとお見合いした時の話、私が生まれるよりずーーっと昔に病気で亡くなってしまったお母さんのお父さん(おじいちゃん)がどんなに子供を愛していたかの話や、私が生まれてくる前に「マミコ」という名前を付けたいと言ったらおじいちゃん(父方)が素敵な漢字を考えてくれたエピソードなど、子供の私には想像すら及ばない話もありましたが
どのお話もいつもドキドキ・ハラハラ・ワクワクしていました。

> 自分なりに考えてみたところ、
> 自分がやってて楽しいことであれば、長くやれるんじゃないかと思い、
> 塗り絵や神経衰弱などは、多少付き合うことができました。

この部分を見て、あぁ、私の母も「好き」な事を楽しんで続けてくれたからこそ
その時間が今でも大切な思い出であり、楽しみの時間だったんだ…と頷けたんです。

Oさんの好きな事、お嬢さんと一緒にやりたい事(お嬢さんがそれをできる・出来ないは考えずに)って何でしょうか?
Oさんがワクワクとして楽しそうに笑いながら出来る事を、いーーっぱいリストアップしてみてください!

そしてリストアップした中から、
工夫が必要であっても一緒に楽しめそうな事や、成長段階を踏んで少しずつ一緒に楽しめそうなもの、今すぐ一緒に出来そうなもの…と分類してみて、試してみるのはいかがでしょうか?

お母さんも楽しくて笑顔
子供も一緒に時間が過ごせて笑顔

そんな時間が持てるかもしれませんね!
そしてそれは、毎日である必要もないと思いますし、時間が短くてもいいと思うんです。
大好きなお母さんが、楽しそうにしてくれていて、笑顔に包まれて安心して「一緒に何かをする」時間は、娘であった私が何より嬉しかったように、Oさんのお嬢さんにとってもとても楽しい時間になるのではないのかな?と思うんです。

> おままごとをやると、全て彼女のシナリオ通りにやらないと怒られますし、
> それも私にはつまらなくて飽きてしまいます。

なんか、想像したら微笑ましくてあったかい気持ちになっちゃったのですが
いつもお嬢さんのシナリオに合わせるだけではなく

今日はママがやりたいおままごとで一緒に遊んでもらっていいかな~?
えー?ダメなの??ズコーーッ(← ここで変顔)

と、ママも楽しんで遊びたいから、ママにもやりたいようにやらせてよー!と「子供と同じ目線」「子供と対等の位置」で要求してみてもいいと思うんです。
予想外の展開にキャッキャとお嬢さんが喜んでくれることもあるかもしれませんし、そうなれたら一番いいんですけれど、ね。

> 元々1人遊びは得意そうなので、塗り絵やパズル、Youtubeなどを集中的にやっている間は放っておけるのですが、
> 飽きると人恋しくなるのか、「一緒に遊ぼう~」と呼ばれます。

すごい!!
一人遊びも楽しめるなんていいですね~
とはいえ、お母さんはやることもいっぱいで、一人遊びをしていて欲しい時もありますよね??
ということで、こんな方法はいかがでしょうか??

題して:
ママの手作りポイントカード大作戦

子供ってシールを貼ってもらったりスタンプを押してもらったり
何より「ほめてもらう」事を喜びますよね!

夏休みのラジオ体操で、首から下げていたカードに毎日ひとつスタンプを押してもらって、それが増えていくのが楽しみでしたが
用紙は何でもいいのでマス目を書いた紙を用意して、一人遊びを楽しんだ数を毎日ママに教えてもらって、その数分だけスタンプだったりシールを貼って、カードを埋めていきます。
もしもイラストを書いたりマスキングテープで可愛らしくしたりする作業がOさんの好きな事であれば、お手製ポイントカードをお嬢さんと一緒に作る時間も素敵ですよね~

カードにスタンプを押している間、どんな遊びをしたかを教えてもらう時間にもできますし
例えば「今日youtubeで何を見たの?」「ママ、銀紙を丸めてツヤツヤにする方法なんてしらなかったよー。すごいねー。びっくりだねー。」などなど
お嬢さんが感じた事を聞いて反応してあげる時間が「やった事を共有」する事になり、お嬢さんにとっても「ママも一緒に感じてくれた♡」と思ってくれて遊んでくれたのと同じくらい嬉しい気持ちを持てると思うんです。

ポイントカードなので、いっぱいになったら「嬉しい事」を用意して、それを一緒に満喫するのもいいですよね!

新しい塗り絵を一緒に買いに行く、でもいいですし、
新しい塗り絵が、朝起きたら枕元にあって季節外れのサンタさん訪問気分♡というのも楽しいですし
パパには内緒で二人でパフェを食べに行く!とかスーパーでおやつを買ってきて一緒にお茶の時間をする、泡風呂にして遊ぶ、お手製の王冠を被せる…
ご褒美は何だっていいと思います。
お互いにワクワクと楽しめる時間を持てれば、それが一番ですものね。

なんだか長々と書いてきてしまいしたが、一番伝えたかったのは(← え???今更…ですみません)

子供と遊ばない事で罪悪感を感じて
自分を責めないで欲しい

ということなんです。
完璧なママなんていません。
得意不得意があっていいし、出来ない事があって当然なのだもの。

だらだら、だらだらと長くなってしまっていますが、もう少しだけ私の話をさせてください。

私は子供の時、神経質が高じて『脅迫的に手を洗い、埃が怖くて口元に三角布をして防ぐ』という奇妙な不安症を発症していた時期があります。

何かが少しでも手に触れると、慌てて石鹸で手を洗い
私の手は真っ赤になりヒリヒリし、見た目にも痛々しく、母はそれを見てとても悩んだと思います。

そんな私に対して、何も言わずにいてくれた母がある日、ただ私を後ろからギューッと抱きしめてくれました。
それからも、何日も何日も、ただ私を抱きしめる事を続けてくれて、私はゆっくりと手を洗う事をやめられました。

私の父方の祖母は、とても気性が荒く「嫁・姑」の折り合いが良くなかったので、母が泣いている姿を見ることもありました。

泣いている母を見て私がしてあげたいと思った事は
お母さんを抱きしめてあげたい、でした。

いいんです。お互いに完璧じゃなくて。

スピリチュアルなお話になってしまいますが、子供はお空の上でお母さんを決めて生まれてくるって聞きますよね。

だとしたら、お嬢さんは「対等に遊んで泣かせてくるお母さん」を「興味がない遊びだと乗りきれないお母さん」を選んできてくれているんですよね。

そして、そんなお母さんの事が誰よりも、何よりも大好きで大切なんですものね。

Oさんが笑顔でお嬢さんとできる「わずかな事」に想いを乗せてみるだけでいいはずです。
一番大切な「あなたを誰よりも愛しているよ」を届けることが出来れば、あとは不器用でいいんですから。

自分語り&子育てをしていない私なので、見当違いもたくさんあったと思いますが
Oさんがお嬢さんの遊びに付き合えない事を悩むその裏側には
お嬢さんを喜ばせたいという大きな愛があるからなんですものね。
その愛があることが何よりもお嬢さんにとってのギフトなのだということを知って欲しくてダラダラと書いてきてしまいました。

よく考えたら解決策を何も出せていませんが(はわわ)
Oさんが楽しみながらお嬢さんと出来る事が見つかりますように、と祈っています。
私に子育ての悩みを打ち明けていただいて、ありがとうございました♡

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。
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