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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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できない自分を責めるより、堂々と「あきらめます宣言」してみませんか? ~後ろ向きな”前向き”でも大丈夫だから~

こりは!!はっくんのご飯だね~

先週は夏休み期間で、一周間が「秒」のように感じたのに…

えっ?
まだ木曜なの??
時間が進まない呪いでもかけられてる??

と言いたくなっちゃうくらい(いや、言ってるよね…)、疲れているのにまだ明日も仕事だ~という感じです。

楽しみにしていた時間が終わり、日常をしぶしぶ取り戻すために、いつもより頑張って順応しようとして過ごしているのですから、今週は「ただ仕事に行く」だけ、「ただ最低限の家事をするだけ」で特大ハナマル。

予定していたことができなくて、とにかく寝る…という人も、自分の身体を休ませる選択ができているのだから、特大ハナマル!!

平日は飲まないと決めたのに、疲れた自分を癒すためにビールを飲んじゃっても、ハナマル。
今週まだ掃除機をかけてなくても、洗濯物が溜まっていても、ネイルがはげたままでも、今日を自分の歩幅で生きたのだから、やっぱりハナマル!

今週の私は、通常モードの時と比べると「4割くらいの出力」しかしていない…のですが(というか力が出ない)、そんな自分でも

ま、しょーがないよね!

と苦笑いしつつ、OKだと思っています。

だって、本当にしょうがないんだもん。

それにね、いつも「全力疾走」することなんて、絶対に不可能なんですものね。

毎日「100」の頑張りをし続けると、そこには余裕がなくて、一日の終わりには「エネルギーがゼロ」になっていて、ヘタをしたら寝ただけじゃ次の日の『自分メーター』では、まだエネルギーが満タンには貯まり切っていないかもしれません。

エネルギーが「60%」くらいしかないのに、「100」の力を出すのは無理ですよね??

それにね、もしも100の力を常に出そうと奮闘していたら、もしも何か思いがけないことがあって力を出す必要があった時に、もう力が残っていなくて、何にもできなくなっちゃいます。

人生には思いがけずに「まさか」なことが起こりえる。

その時に、余力がなかったら大切な人や、自分のために力を使えなくて悔しいどころじゃなくなっちゃいますものね。

いつも100じゃなくて大丈夫。
時々100を目指す日があってもいいし、毎日は少し余力を残していい。

なんていうのかなぁ。
メリハリって言うの??
わびさびって言うの?? ← 絶対違う

自戒を込めてではありますが、私自身もついつい「力を出し切っていない自分」を認めることがむずかしいと感じてしまいます。

努力することで成長する。
頑張ることは尊い。
全力を出し切ることが正しい。

勿論、自分の夢や目標に向かうときや、チームとして何かを成し遂げるときには、このマインドはとっても大事なもの。
成長のため、叶えたい事のため、成し遂げたい事のために、頑張ることはとっても素敵なことですものね。

でも、これは「目標のため」だからできることです。

日常でこれをずっと続けるのは、やっぱり無理ですよね。

でもどうしてか、自分に対しては「努力すべき」「頑張るべき」「全力投球すべし」と、常に厳しい監視のまなざしを向けてしまい、ちょっとでも力を抜いたようなことがあれば『あーあ』って自分に対して思ってしまうんですよね。

本当はもうちょっと頑張れたかもしれないのに…
今日は全力を出さなかったな…

って、なぜか罪悪感を感じちゃったりして。

私も未だに、力を出せなかったときに「勝手にわいてくる罪悪感」を持っていて、それとどう付き合っていくかを模索している最中です。

そこで意識的にしているのが、ブログでもご紹介したことのある、シスター鈴木秀子さんが言われている『聖なるあきらめ』です。

鈴木秀子さんが提唱している「聖なる諦め」とは、

【明らめる】
物事をはっきり見極め、明らかにする

【諦める】
物事に執着せず、前向きに諦める

というもの。

「あきらめる」という言葉は、どこかネガティブやマイナスなイメージがありますが、鈴木秀子さんは諦めるという言葉の前に【聖なる】という冠言葉をつけてくれたことで、なんというか罪悪感を感じにくく思えますよね??

私はこの「聖なるあきらめ」という言葉に、どこか救われたんです。

なにしろ、ただ諦めるんじゃなく、どうしようもないこともあるのだから「前向きに諦める」ことは、聖なることだ、って。
そう思えたら、罪悪感がほんのちょっとだけですが、すぅっと軽くなる気がしました。

どうにもならないことを前に、諦めるしかないことってあるものです。
それはもしかすると「自分で何とかしようとするのではなく、神様の領域に委ねるもの」なのかもしれませんものね。

そして、自分ではどうしようもないからこそ、誰かに助けてもらったり、得意な人に援助してもらうことで、諦めていた事柄が解決出来たり、新しい扉や道が開けていくものだったりしますしね。

ということで ← ん?どういうこと??

上手くやれないと思うことがあったら、あえての…

諦めます宣言

というのはいかがでしょうか?

これは私が実践しているもので、「敢えて先に諦めるって決めたし!」みたいに言っておくことで、自分に罪悪感を持たせなくするための、中二病感満載の選手宣誓です。

私の場合は…ですが、こんな宣言をしていたことがあります。
(過去の日記に書いてあったものを発表します)

・仕事を辞められない今の私を諦めます
・もじもじしていて好きっていえない私を諦めます
・月~木は飲まない!を諦めます
・会議にちゃんと参加する…を諦めます
・仕事中8時間ずっと集中する…を諦めます

私がもっと笑顔で心地よくいるために、出来ないこと前向きに笑って諦めます

自分を縛る「厳しい目」を少し解くために、前向きな諦め宣言をしてみませんか?

言っていることは後ろ向きでも、自分を助けるための諦めですから「後ろ向いた風で、全然前向きだし!!」って中二病全開で、宣言しちゃいましょ。

そうそう、他にも自分に優しいまなざしを向ける方法について、なんと9月16日(水)に講座があるんですよ!(白々しく強引なステマ)

講座では、私の師匠でもある根本裕幸さんにもご登壇いただき、前半戦では私が「ぬるま湯ロード」の歩き方について心を込めて準備していることをお届けした後、根本さんから心理学の視点で『自分との付き合い方』に関する特別講座を行っていただきます。

根本さんがどんな講座をされるのかについては、こちらの記事をお読みください!

連日の「全然さりげなくない胡散臭いステマ」で、なんとなく申し込みたくなっちゃった…という方は、色々すっ飛ばしてこちらからお申込みいただけます。

セミナーは無料で、1週間の見逃し配信アーカイブもありますので、お気軽にお申し込みください♡

お申込みはこちら

と、ここまで書いてきて、今さらですが冒頭のはっくんを置き去りにしていたことに気付きました。

って、どんだけ~~

はっくんは間もなく1歳の誕生日を迎えるのですが、先日ロイヤルカナンというフードメーカーで『子猫フードサンプルプレゼント』というメルマガが届き、子猫後期という今のはっくんにピッタリのフードのサンプルに応募しました。

思いがけないプレゼントをもらた気分

食べることが大好きなはっくんに、少し早いお誕生日プレゼントをもらったような、くすぐったくて嬉しい気分になりました。

早速今日の朝ご飯に、いただいたフードを出したところ、とっても美味しそうにカリカリといい音を出して食べてくれました。

自分が愛する大切な存在が美味しそうに食べている姿を見ていると、私が勝手に幸せを感じてニッコリしちゃいます。

健やかな食欲って、生きている証のようなものですものね。

これからも、愛するこはるちゃん・はっくんが「おいしい」と思って食べられる日々が続いて行きますように。

ではでは。
明日のあなたの手のひらに、小さな幸せが見つかりますように。

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