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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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自分を思いやったり受け入れる「クセ」が付くのに、時間がかかってもいいんだよ、の巻

マミコちゃんは ボロボロのスマートフォンカバーを 使ってたんでちーー

天気予報を忠実に守るように今日は急に気温が下がり、これならば昼休みにお散歩に行けるね!と、仁くんと晴れ間を見て外に出たとたん「うわっ、寒っ!」と思わず口走ってしまうほど、一気に秋がやってきました。

夏が過ぎて少しずつ温度が下がる日や、気配が秋めいてきてはいましたが、今までは「涼しくなったねぇ~」と心地よく感じていたものが「寒い」に変わると、一気に気分がシュンとしてしまいます。

私は夏が好きなのでシュンとしますが、職場の男子は「寒い方が好き」「雪が降ると嬉しい」と言っていたので、寒さを感じてヨッシャー!と嬉しくなる人もいるんですよね~。
ほんと、『みんな違ってみんないい』ですね。

話はいきなり変わり、私のスマートフォンカバーは使い込まれてボロボロになったグレーのネコ型。

片目の刺繍が剥げていますが、
他にはまつ毛や口元の刺繍も取れて
グレーのレザーも剥げてきていました

かれこれ4年近く(絶対に3年は経過しています)使ってきたため、最初についていたビーズのまつ毛も取れ、目もくすんだりレザー張りのケース本体もすれて剥げてしまったけれど、このカバーは一目ぼれして清水の舞台から飛び降りる勢いで買った、私の中ではお値段の張るカバー。

一目ぼれした瞬間に「欲しい!」と思ったのですが、お値段がまぁ、高かったんです。
確か、5,000円近かった気がします。(あれ?4,000円だったかも。でもとにかく、高かったんです!)

それまでは1,000円~1,500円くらいのカバーを使っていたのですが、下の妹の住む東京へ真ん中の妹とGWに遊びに行った際に、大都会・トーキョーで出会っちゃったんです。

新宿のルミネでこのカバーに釘付けになり、手に取ったところお値段が高額で、一度はひるんでそっと戻してお店を後にしたものの、やっぱり気になる…

ということで、他のお店を見て回った後で「やっぱりに気になるからもう一回見てもいい?」とお店にもどるものの、迷って迷って、だけれどケースに5,000円近い金額なんて高い!!と断念。

その後にちょっとお茶をして休憩してから、またしてもショッピングに繰り出しましたが、どんどん好きが溢れていき、もう一回お店に行きたい!!と戻ると…

ニッコリと笑って店員さんが「お待ちしてました~。お帰りなさい!」ともみ手でお迎えしてくれました。

まだこの当時は、お金を使うことへの罪悪感だったり、自己肯定感も低い頃だったので「自分のために」という行動が苦手で、だから簡単に自分の好きなものを買う事もできずでした。

今でもポンッと高額を出せるわけではないのですが、この当時はこのカバー一つ買うのだって脳内でたくさんの自分会議をしてようやく買えたんですよね~。

確かに5,000円近いカバーは私にとっては「お高い」ものではありますが、このカバーを買うお金を持っていないわけではなく、買ったからと言って生活に困る訳でもなく大丈夫なのに、自分のためにお財布をなかなか開けずでした。

でもこんなにも好きなものを毎日使うスマートフォンにつけていたら、やっぱり気分が上がるはず!
それになんといっても、私の愛するイケメン・ギンちゃんと同じグレーのネコちゃんなんだもん!!

3回目の来店で、勇気を出して清水の舞台から飛び降りて買ったカバーは、その後、お気に入り過ぎてボロボロになっても他に欲しいものに出会えずに使い続けることとなりました。

さすがに使い込んだ感があり、レザーが剥げるだけではなく、その下のプラスチックの部分も割れてきたので、いよいよカバーを変えなくちゃだなぁ…と、雑貨屋さんや家電屋さんに行くときにチェックしたりインターネットでも探したりしたのですが、いまひとつピンとこなかったのですが、ようやく欲しいものを見つけて買っちゃいました!!!

インターネットでポチリ

じゃじゃーーーん!!!

透明のカバーに、まるでクマの形のグミがくっついたみたいなカバーに一目惚れ。
早速カートに入れた後、他のケースも見ていたら、このアヒルのお化けみたいなカバーを発見し、これもかわいくてズキュンとしてしまい、お買い上げ。

しかも、しかもですよ!
このカバー、信じられないお値段なんです。

●クマのグミ風 … 250円
●アヒルのお化け … 219円

いやーー、たまげたお安さです。

実際に届いたら、アヒルのお化けみたいなカバーがとびきり好みで、ようやくボロボロになったネコちゃんカバーはお役目を終えて、新しいカバーに付け替え完了。

これはこれで、見るたびにニヤリとしちゃってお気に入り。
もちろん、クマのグミのものもかわいいので、両方をその時々で使ってニヤニヤしようと思っています。

お値段がはるものは、やはりすぐにホイッと買うことはできずに迷ったり考えてから買う事も多いのですが、一番大事なことは『それを私が使うたびにご機嫌になれるかどうか?』なんですよね。

もちろん、しっかり迷ってから買う・買わないは決めて全然いいものですし、どんなにときめいても「今自分がそれを買うことで、生活が苦しくなって疲弊する」ならば、諦めるのも自分を大切に扱うための前向きな選択です。

何も値の張るものばっかりが素晴らしい訳ではないですし、お値段のするものを買ってご機嫌になるもよし、お値段に関係なくリーズナブルでも自分が笑顔になれるなら、それでよし!ですもんね。

* * *

スマートフォンカバーの話を長々としてきましたが、ボロボロになったカバーを前にして思ったのは、数年前の自分のことでした。

このカバーを買った頃は、まだ自分を思いやったり受容することがうまくやれずでした。
常に思考で忙しくしていて、自分をいっぱい否定して虐めることには慣れているけれど、それがしんどくて「自己肯定できるようになりたい」とチャレンジしていた頃。

自分に優しくする声がけをし始め、今までとは違うアプローチで「自分をとことん慈しみ、自分にどこまでも甘くなってあげよう」と行動し始めた頃で、毎日試行錯誤しながらも、特に大きな変化は感じていなくて

こんなことを続けていてもいいのだろうか?

と思ったりしたことが幾度もありました。

自分をいじめたら「ゴメンね」と謝り、自分を労うことや見方になることを意識して、それでも最初の3~5か月くらいは『暖簾に腕押し』のように感じていて、ピンと来ていませんでした。

でもその毎日の「特に大きな変化を感じなかった時期」にも、私が私に向けていた優しさは、固くなってひび割れていた私の自己肯定の土を耕し、ある時なんとなく楽になれている自分に気付けました。

あぁ、自己肯定感っていきなり手に取るような変化はないんだな。
そしてある時ふと「以前の私よりもちょっとずつ楽になってる」と気付くものなんだな。

* * *

自己肯定感を高めたい、自分を受け入れて大事にできるようになりたいと思っていた時には、自己肯定感万能説ではないですが、身に付けたら人生バラ色でなんでもかんでもうまくいって順調でどうしようもなくなる…というようなイメージを持っていました。

自己肯定力を身に付ければ、私は無双状態!

という勝手なイメージ図がありましたが、自己肯定できるようになって分かったのは、現実は何も大きく変わらない、ということでした。

私の現実は、離婚して傷付いてひとりになった時から大きな変化はありません。

同じ場所で一人+2魂(+1赤ベコ)で生活し、仕事も変わっておらず、恋人も出来ていませんし、口説かれたりするロマンチックな出来事もありません。

自己否定していた頃には、この現実がつらくて抜け出したくて、こんなの嫌だ!!と毛嫌いしていたはずの状況が、今も変わらずに私の日常です。

でもそんな日常は、私にとってとても楽しく、幸せだと言える日常になりました。

私が私の一番の味方であり、最強の親友であり、私は私と共いることで心地よく過ごせるようになりました。

人間ですから自己肯定感があろうがなかろうが、気持ちに波があって揺れまくるのは今まで通りで変わりませんし、ネガディブにもなりますし、仕事をやめたいと泣く日もあります。

でも、そんな自分を愛せるようになって、私はとっても楽に生きています。

私がしてきたことは、特別なことではなく「地味で小さくて時間のかかること」でした。
誰にでもできるくらいささやかなことを、ただゆっくりと積み重ねて自分を思いやる力を身に付けました。

正直、やり始めて数か月の「暖簾に腕押し」「糠に釘」のような日々を、今までに幾度も繰り返して途中で投げ出して来た過去がたくさんあります。
でもきっとね、昔に投げ出したことも含めて全部がトータルしての実を結んだんだと思っているんです。
過去にやってきたすべては全部、自分のためにしてきた愛ある行動だったんだから。

なにもかもがちゃんとするまでには、ずいぶんと長くかかるかもしれないわ
(ムーミンママの言葉 / トーベ・ヤンソンさん著)

自分が願う「ちゃんとする」という場所に到達するまでには、長い時間がかかっているかもしれませんし、すぐには手応えが感じられないかもしれません。

私もそうなのですが、何か新しく「いいな!」と感じたことに挑戦しても、思ったような成果が出ないと気持ちが焦ることがたくさんあります。
そんな時には、深呼吸して「挑戦していることって素晴らしいよね!」と言ってあげながら、ムーミンママのこの言葉を自分にかけています。

種を蒔いて収穫するまでに、それぞれに適した時間があります。
桃栗三年柿八年という言葉があるように、果樹であれば実を収穫するのに「年単位」での待ち時間が必要なこともあります。

すぐに結果が欲しくなるのは、人間だもの、しょうがない事ですが、成長して目標を成し遂げるまでには、時間がかかることもあるのだ、ということを意識して思い出せたらいいですよね。

私は今、グリーフケアの学びを続けていますが、一足飛びにもっともっとと学びたい事がありますが、さらに上のことを学ぶためには、1年間の継続のカリキュラムをしっかり学んでからではないと申し込むことができません。
どんなに急いで色々やりたかったにしても、時間をかけなければいけないことって世の中にはいっぱいありますよね。

長い時間をかけても向き合えるってすごいことではないでしょうか?
何度も「やーめた」と言いながらも、また取り組もうと向き合うことって、本当にすごいことだと私は思うんです。

自分に厳しいから、自分を虐めちゃうから、自己否定ばかりだから…
そんな自分を助けたい、自分をもっと朗らかに生きたいからと、自己受容や自己肯定感を高めようと、幾度だって挫折しても向き合っているって、とっても素晴らしいと思いませんか??

私も何度も何度も投げ出してきました。
そして今でこそ自分を受け入れられるようになりましたが、そうなるまでの渦中で

こんなことを続けて、何になるんだろう??

と心が折れそうになったり、疑問が湧くことだって幾度もありました。

そんな時にはできるだけ頑張ることを意識的にやめて、休むことを優先して、自分の好きなことを増やしてゆるゆると続けようとして今に至ります。

時間がかかることならば、ゆっくりやめずにやれる方法を見つけよう、と。

すぐに結果を出せる人もいるでしょう。
そうではない人もいるでしょう。

時間をかけたからこそ得られる収穫を手にする人もいますから、あなたが今、あなたのために頑張っていることがすぐに実を結ばなくとも、頑張り続けている自分を誇ってあげながら、細く長く…と出来ることだけを少しずつ積み重ねていけますように。

自分が願った「ちゃんと整う」「ちゃんと叶う」「ちゃんと実感する」までには、随分と長くかかったり、随分と道が遠かったりするかもしれないけれど、そんな時には、ムーミンママの言葉を胸に、自分に暖かいお茶を届けてあげて、ゆっくりゆっくりやっていきませんか?

小さくていい、時間がかかっていい。
自分を受け入れるまでの時間を、誰かと競う必要はないんですものね。

私も時間がかかっています。
大丈夫!!!
ゆっくりでも、何度投げ出しても、大丈夫ですから。

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