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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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あなたの中の「リトルあなた」は笑っていますか?

昨日は久しぶりにお刺身買ってもらって マグロ・サーモン・ブリを食べてご機嫌でしたよ。

ただいまーー!
昨日は母の日アゲインではないですが、実家で手料理をふるまい家族揃って「団らん」を満喫してきました。

実家への道の途中に(ちょっと遠回り)先週半ばくらいにオープンしたスーパーがあり、寄り道してお刺身も買っちゃいました。
何でもない日のちょっとした奮発。ギンちゃんも久しぶりのお刺身のおすそ分けに大喜びしてくれました。

おしゃれパン買ったでちね

私も子供時代から知っている妹の同級生であり今でも仲良くしている女の子が手作りパンを販売しています。
季節の野菜や果物から酵母を作って作る国産小麦のパンは、不定期販売ながら販売するといつも大人気で、何度かイベントに出店している際に買いに行ったのですが、いつも出遅れて販売終了…と買えずにいました。

昨晩実家に泊まった際に妹から「明日Sちゃんのパン屋さんがあるよ」と教えてもらい、妹とオープン時間丁度に買いに行ったのにすでに行列!!
ソーシャルディスタンスな行列に並び、レモンのパン(← 正式名称を忘れてしまった…)とチョコがけのプレッツェルと、越後姫という新潟県産のイチゴを酵母にして使った生地にセミドライのイチゴも入ったパンを買いました。
Sちゃん曰く『食べるイチゴのハイチュウ系』と紹介されたので、買っちゃうよね~。
おしゃれパンを買えたので、今晩はパンとチーズに生ハムにサラダといった「おしゃれ系おひとり様ディナー」を堪能しました。
イチゴのパンはほわーんと初恋系というか、甘くてイチゴのいい香りのとっても乙女でおいしいパンでした。

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今朝、実家でついていたテレビでサッカーの長友選手と本田圭佑選手がリモート対談している映像が少しだけ流れていて、本田選手の「ビックマウス」的な発言を聞いていたら

根拠とか何にもないけど、なんか笑えるし元気になるなぁ

と楽しくなっちゃいました。
本田選手と言えば、私の中で大好きなのがACミラン入りをすることになった際の記者会見のこのセリフです。(※私はサッカーには詳しくありません)

心の中で私のリトル・ホンダに聞きました。「どこのクラブでプレーしたいんだ?」と。
そうしたら、心の中のリトル・ホンダが「ACミランだ」と答えた。
(本田圭佑さん / ACミランでの入団会見より)

心の中の「リトル・ホンダ」の声を聴くというの、とっても素敵ですよね!
「リトル・ホンダ」というワードに思わず笑ってしまう部分も含め、すごく好きな言葉です。
深刻になるよりも、少し「クスッ」と笑えるというのは緩めている力みのない状態ですし、笑える要素を取り込みながらであれば『無理して』『頑張って』続ける必要がないと感じさせてくれるのもあり、私は「リトル・ホンダに聞きました」というフレーズが大好きです。

自分自身に対して「私はどうしたい?」「私はどう感じている?」と聞いてあげる時間を持つのはとっても大事な時間だと思っています。
実際に私も自分に対しての声がけを日々実行していますが、その際に「リトル・マミコはどう思ってるの?」というように本田選手の言葉をお借りして聞いてあげることが良くあります。

私の中の「リトル・マミコ」は今笑っているのかな?
私の中の「リトル・マミコ」は本当はやりたくないことを頑張ってやってくれたんじゃないのかな?

心の中の小さな私「リトル・マミコ」をイメージして話しかけてあげると、自分との対話がしやすくなります。
しかもちょっとクスッとできるので、深刻過ぎずに楽しみながら自分に優しく声がけできるので自分との対話や自分に労いの言葉をかけるのがあまり得意ではない…と感じている人がいたら、ぜひ試してみてくださいね。

コツは、ちょっと笑ってあげるくらに力みをなくすことです。

アドラー心理学では『この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える』と思えたときに愛を実感することができると言われています。

一番身近でずっと一緒にいる存在である自分に対して、自由にふるまってもいいんだ!と安心感を持ってくれるように接してあげるのが『自分を愛する』という事でもあるんですよね。

私たちは子供時代に様々な体験を通して学び、成長して大人になってきました。
その中で「条件付きの愛情」をもらう事が多いと、知らずのうちに愛されるために自分を犠牲にして差し出そうとしてしまいます。

条件付きの愛情とは「〇〇だったら愛さない」「〇〇したら愛してあげる」というものです。
例えば「塾に行かないあなたは愛してあげないけれど、塾にちゃんと行って勉強するあなたのことは愛してあげる」というような、自分の意志ではなく強制的にやらされる状態。
【本当はやりたくないことを渋々でも受け入れること】で愛をもらうというもの。

自分のやりたいことをしていると愛してもらえず、やりたくないことを我慢してやることで愛してもらえる…と学習してしまい、自分の中の自然な欲求を抑えてしまうことがクセになります。
これを繰り返していくうちに「どうせ私の願いは叶えてもらえない」「私は好きなことをしていては愛されない」と自分を否定し、自分を愛せなくなって行きます。

「愛する」という事について、皆さんはどんなイメージを持っていますか?

きっと、愛する存在の事を理解したいと思うし、とっても大切にしたいと思うのではないでしょうか?

だとしたら自分を愛するという事も同じなんですよね。
自分のことを理解して、自分を大切にしてあげることが「自分を愛すること」に不可欠です。

もしお子さんがいたり、愛するペットという小さな命が側にいたら、その子たちに対して辛くあったったり無理な要求をしたり、ボロ雑巾のように扱うことはしませんよね?

けれど私たちはついつい、自分をぞんざいに扱い、理解しようとする前に叱責してしまったり否定し、まるでボロ雑巾のようにひどい扱いをしてしまいがちです。

あなたが愛している『一番大事な存在』をイメージして、その人やその命に対するように、ううん、それ以上に自分を大事に扱ってあげてください。

努力している姿、成長しようと前向きな姿があれば「よくやっているね!」とその努力を褒める言葉を、疲れていれば「お疲れ様、本当によく頑張ったよね」とねぎらいの言葉を惜しみなくかけてあげましょう。

私は自分に対してまだ「頑張ったからエステだね!」とか高級なご褒美をじゃんじゃんあげることが出来る…とまでは行きませんが、頑張っている自分や落ち込んでいる自分に「ご褒美」を贈ることへの抵抗が、自分を否定していた頃より薄くなりました。
以前は自分にご褒美をあげることに罪悪感を感じていましたが、自分が自分の願いを叶えてあげるって(勿論、叶えられる無理のない範囲で)自分への優しい気遣いと「自分を理解してあげること」でもあるんですよね。

食べたいものを選んで食べていいし、ヘッドスパやマッサージでリフレッシュしたり体をメンテナンスしてあげてもいい。
落ち込んでいるときには「どうしたの?」と自分と丁寧に対話をしてなぜ自分が気落ちしているのかやどうしてもらったら嬉しいのか、どうしてもらうと気分が良くなるのかを「私と一緒に考える」ことはとっても大事な事。

自分に「いっぱい与えてあげる」「自分を理解しようと寄り添ってあげる」「自分を自由にふるまわせてあげる」「やりたい事を叶えてあげる」という事は、本当に重要なんです。

先ほど「リトル・ホンダ」「リトル・マミコ」について書きましたが、

あなたの中の「リトル・あなた」は、大切に扱ってもらっていて笑顔で手を振って笑っているでしょうか?
それとも、隅の方で小さくなって膝を抱えて肩を震わせて泣いていますか?

ぜひ『リトル・あなた』が無邪気な笑顔になれるように、自分を理解し・大切にし・信頼関係を築いて自由にふるまわせてあげてたくさん願いを叶えてあげて、誰よりも仲良くなれますように。

私も私の中の『リトル・マミコ』と大親友になれるように、何よりも大事にして自由にさせてあげられるように、いっぱい自分の声を聞いていってあげたいと思います!
お互いに(← 英語で言えばeach other)『litter me』との良いか関係を築いていけますように♡