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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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自分の事を「決められない」時は、もう充分に頑張って、疲れ切っている時なのかもしれません

マミコの大好きなハイチュウですね。とりま、角嚙んどきますですよ。

昨日、妹を誘ってアフタヌーンティーに行ったのですが、お迎えに行った際にカバンから「はい、これ。あげる。」ともらったハイチュウ。

私「え?ありがとう。どうしたの?」
妹「ハイチュウ、一番好きな食べ物でしょ?こないだドラッグストアで安かったから、あげようと思って買った。」
私「ありがとう!私が死んだときの棺にも入れてね♡」
妹「…そんなに好きなんだ」

誰かの「好きなもの」について事前に聞いていると、その「好きなもの」を見た時にその人の事を思い出しませんか?
そして、その人の笑顔思い出すと「プレゼントしようかな?」と思って買ってしまったり、プレゼントを考えるときにも「そういえば好きなものって●●だったよね?!」と、相手を喜ばせるために思い出して選びやすくなりますよね。

好きなものを伝えておくことで、好きなものが身近に集まりやすくなりますし、同時に「思い出してもらったり」「贈りやすい環境」を作る事にもつながるんだと思います。

私の妹は『グミ』が好きなので、やはり見たことないグミだったり好きだと言っているハリボーのグミを見つけると思い出したり買ってプレゼントしちゃいます。

ギンちゃんは魚系、仁くんはお肉系。
それぞれ好きが分かっていると、ついつい喜ばせたくて買っちゃいます。

やっぱり『好き』を大事にして表現するって、なんだかお得というか”いいこと”がある気がします。

* * *

突然ですが、私は2018年のGWに今のマンションを内見し、その日のうちに物件契約をして引っ越しを決めました。

ちょうどまる4年が過ぎ、3魂暮らしも5年目に突入となります。

引っ越してきた年のハロウィンに離婚をしましたが、ここに引っ越してきた当初は「少しでも自分で決められるようになりたい」「前を向きたい」「悩むのをやめたい」「自分を好きになりたい」と思っていたなぁ…としみじみ。

引っ越してきた当初は、心機一転で執着を手放して!と思っていましたが、それでもいっぱい泣いたし苦しんだし、心療内科通いも続けていました。

結婚生活を送っていた「色んな思い出」があったアパートを離れて、自分の名前でマンションの賃貸契約をして、ベッドや洗濯機などを新しくして…と、自分のために前進したことがきっかけで、人生を新たに仕切り直すことができました。
けれどそれだって、晴れ晴れとした気持ちでの引っ越しではなく、ひとりになれば「なんでこんなことに…」とワンワン泣きましたし、あの頃の私はもう充分だよ…っていうくらいに頑張っていました。

超絶・自立バリバリーヌだったため、人に頼る事も最小限じゃないといけない!と勝手に背負い、強がって、歯を食いしばって平気な振りをして仕事をして、本当によくやっていました。

私は自分でもうどうしようもなくなって(死のうとして)、心療内科を受診し、そこで出会った先生に『分かってもらった』『分かろうとしてもらえた』ことで、少しずつ自分を取り戻していくことができました。

それまでは勝手に一人で抱え込んで、自分の思考の中で結論が出ないことを責め、狭い思考の中で出た答えに悶絶し…と、勝手に頑張って勝手に自爆して勝手に苦しみ疲弊していました。

THE・自作自演

ということではありますが、その渦中にいた時にはそんなことに気付く余裕なんてないですし、気付けたとしてもすぐに考えを変えるなんて出来なかったと思います。
だから、私にとってはとっても辛かったけれど、心療内科を受診して「もうダメです。助けてください。」と言えることが必要だったんだと今だから言えます。

えぇ、当時はそんな風になんて思えませんでした。
弱い自分を責めましたし、過ぎ去ってから過去を「あの時にこれがあったから」と言えるのにだって、ある程度の時間が必要ですもんね。

当時を思い出すと、私はもう疲弊しまくっていて、考えることができなくなっていました。

自分の感情をずっと抑圧して生きていたこともあって、それを取り戻そう!とスーパーで「今日私が食べたいもの」を聞いて選ぶ練習もしましたが、何一つ自分の食べたいものが分からず、スーパーで泣きながらグルグルした怪しい日々もあったっけ。えへへ。

感情の抑圧に加えてですが、分からなくなっていたのは『疲れ切っていた』ということもあるんだろうなぁと思うんです。

それまでも「自分の意見より人の意見を優先」「人を喜ばせることが喜び」というような他人軸な生き方をしていましたが、かといって全部が全部『人の意見』だけで生きてきたわけではありません。
たとえば6~7割は人の顔色や意見を伺って決めたとしても、4~3割くらいは自分の意見で物事を選んだり決めたりできていたはずです。

スーパーでだって「今日は麻婆豆腐がいいな」「今日はハンバーグがいいな」「今日はうどんがいいな」って、毎日スルスル思いつかなくても、ちゃんと考えて決めることができていたはずなのに、心療内科を受診する前後は、もう、それすら決めることができませんでした。

食べるものすら決められず「これを選んでいいのか?」「何を選ぶのが正しいのか?」と、いつも心のどこかが焦るような気分で、

他の人の答えが欲しい。
他の人に決めて欲しい。
もう、何にも考えたくない。

という状態だったんですよね。
もう、考えることすらしんどいほど、余裕がなくて疲弊していました。

本当にヤバイ状況のときって、思考能力も判断能力もなくなっちゃいます。
そうやってフラフラ…と、私は自分が生きる意味が分からなくなって交通量の激しい国道に歩み出てハッとしました。

以前は自分でも決めることができた小さな事すら、もう決められない!!誰か助けて!!誰か答えを教えて!!となってしまっている時って、もう頑張り過ぎて疲れ切って判断する気力がない状態だよ、というサインなのだと思います。

私の場合は幸いにして心療内科の先生のカウンセリングで「時間をかけていい」「ワガママになっていい」と、私の決められない気持ちを肯定してもらった事で自分を追い立てる状況を緩め、休むことができました。

頭がボーーッとして、全く動かなくなるくらいまで疲れ切っていた自分を、その後1年以上かけて少しずつ緩めて休ませたから、私はまた動き出し「決めて」引っ越しをすることができました。
そしてこの引っ越しが転機となって、離婚だって決められました。

物事を決められない時は、もしかしたら『決めることをできる程力が残っていない』のかもしれません。
そしてそんな時は「決めるとき」ではなく、ふよふよと流されるように身を任せてしまうしかできなくてしょうがないんです。

決められないくらいまで頑張り、耐え、考えたあなたがいるんです。
疲弊するほど懸命に生きてきたんです。

なんかあれこれ決められないな、という時は、あなたが優柔不断だとか感情を抑圧しているからだとか、いろんな「おまけの要因」もあるかもしれませんが、

単純に疲れ切っている

事が大きいのかもしれません。
遠回りに見えるかもしれませんが「休息」を上手に取り入れながら、急がずに力を少しずつ蓄え、ある時に「決められる自分」になれるように、自分を応援していくことも自分に優しくする作業の一つです。

私は休息に1年以上使いましたが、あの時間に少しずつちゃんとエネルギーを回復して、今ここで暮らしています。

休むことは「積極的な自分への愛情表現」です。
大いに胸を張って、自分に栄養をあげちゃいましょう!!

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