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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】断れない、他人優先、他人の方が大事、な他人軸、自分中心に生きる罪悪感?はなんなんでしょうか。

オレ的カミングアウトなんですけど 最近ちょっと痩せた事が原因で 病院で検査されたですよ。

こんにちは。
あなたの心の痛みや悲しみの傷に優しく絆創膏を貼る「心の保健室」を目指しているマミコです。

毎年春になると、ギンちゃんは年に1度のワクチン接種をしています。
春の時期は狂犬病の予防接種やフィラリアの検査などで、動物病院がいつも以上に混みあう事もあり、それを避けるようにして今年は少し早めのワクチン接種と健康チェックをしてもらってきました。

半年ぶり位でご対面となる主治医の先生が体重測定後に「ダイエットしましたか?」と言うので何事かと思ったら、500gだったか600gだったか、それくらいの体重が急に落ちてスレンダーになっていました。

ダイエットはしていませんが、私が在宅勤務になって以来、おやつタイム(ちゅーる)を楽しんだり、カリカリフードの上にパウチのフードをトッピングしたり…としていたら、

満足度が高いらしく、量を食べなくても満足している

事で、知らずにダイエットに成功してしまっていたようです。
別に「ダイエットがいる体系」ではなかったものの「痩せすぎ」でもなかったので、今の体形をキープできるのが理想とのことですが、急激に痩せてしまう場合は甲状腺の病気や年齢も重ねているので呼吸器の病気の可能性もあることから、ネコドックならぬ健康チェックをしてもらいました。

結果、どこも悪いところはなくてものすごく安心しました。
人間も動物も、誰しもが病気になりたくてなるわけではありませんし、内臓の疾患などは自分でも気づかずに進行してしまう事もあるものですが、当たり前過ぎる事ですが「健康でいてくれることのありがたみ」を痛感しています。

血液検査のために採決されている間中「ううぅ~ぅ」と先生に文句を言い続けていたギンちゃんの裏情報を暴露した後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

はじめまして。
何度か相談させて頂いてます。
33歳男のがーすーと申します。

以前、20代前半に、大失恋をし
そこから、2人お付き合いを経て
結婚、子供、と生きてきたのですが
27歳頃から鬱だったり、パニックだったりをわずらい、会社の理解などに助けられながら、なんとか就業している現状です。

相談の件ですが。
私は、断る事が苦手です。

鬱っぽくなって
パニックになって
ずっと理由を考えていました。

よく、気持ちの抑圧が良くないといいますが、自分はどんな気持ちを抑圧しているんだろうかと考えていました。

実は、大失恋後、付き合いを経ていく中で、お付き合いが楽しい、相手を心から愛している感覚があまりなく
寂しさからお付き合いをしているのかもしれないと、何となく思っていました。

その中で、未練なのか、寂しさなのか、元恋人との比較なのか、合わないなぁと、どうしても前向きな恋愛が出来ていない感じがありながら、別れて1人になりたいような気持ちがありながら、相手をこちらから振る、別れる(自分的には、やりたくない事を断るの部分)がどうしても出来ず、嫌われる勇気がない、罪悪感が湧く、ような気持ちで、断れませんでした。
相手がめちゃくちゃ嫌いとかではないんですが。

その為、このまま結婚までいく、自分はきっと好きだ、と思い込ませ、気持ちを麻痺させてしまったんだと自分は思っています。

本当は結婚するの嫌だったのかもな
本音を抑圧してしまったのかもなと。
ずっとそうしてきて、感覚が麻痺して、 ストレスも分からなくなり、鬱になったのかなと。

でも不思議で
多分当時は、パートナーがあまり合わない、自分が乗り気じゃない感じがたしかにありました。
無理して付き合って疲れていたような。
別れたいような。

今は、じゃあ離婚したいのか自分? と考えても
「うーん、、、、」 ってなります。
子供がいるっていうのもあると思いますが。
今離婚して、誰かと恋愛する?
一人で生きてみる?
「うーん、、、、」と。

でも、家庭内で 嫌われたくないとか 乗り気じゃない気持ちへの罪悪感で サービス過剰になってる自分は感じています。
断れないし、合わせすぎちゃうし 奥さんの目を気にして生きてるし。

乱文になってしまいましたが 私は今どんな方向に解決していくのがいいのか分からず、途方に暮れており
自分が今どういった状況なのか自分でも分からなくなっている為 アドバイスを頂きたいのと
この、断れない、他人優先、他人の方が大事、な他人軸、自分中心に生きる罪悪感?はなんなんでしょうか。

大学生時代などは、割と自分勝手に生きていたと思うのですが。

以前、ふぁーこさんとオンラインでお話させて頂いた時に やりたくないことをやめてみましょうと言われましたが

何やめよう。
離婚?
仕事やめちゃう?
奥さんに合わせるの断る?
、、、、、

やっぱり、勇気でないー!
っと元に戻ってしまいます。

日々意識できること含めて アドバイス宜しくお願い致します。
ご相談:がーすーさん

がーすーさん、こんにちは。
以前からココロノマルシェへのご相談で、お悩みを拝見しておりました。
お返事を書かせていただくのは初めてになります。

> 以前、ふぁーこさんとオンラインでお話させて頂いた時に
> やりたくないことをやめてみましょうと言われましたが
> 何やめよう。

ふぁーこカウンセラーとの話の中で、どんな前後があって「やりたくない事をやめよう」と言われたのか分からないので、あくまでも私がココロマルシェにいただいたお悩みを読ませてもらって「やめる」ならば…と思った事を書かけていただきます。

・考えることをやめる
・過去を振り返って「もしも…」に縛られるのをやめる

のはいかがでしょうか??

ふぁーこカウンセラーが「やりたくない事」と言ってくれていますが、それはきっとがーすーさんを苦しめるような事をやめて自由になりましょうという事だと思います。

過去のココロノマルシェのご相談も読みなおさせていただきましたが、「なんとなくモヤモヤするこの【理由】はなんだろう?」と、懸命にあれこれと思考を巡らせて答え探しをされているように感じられましたが、何年も考え続けてがーすーさんを「楽にする」答えは見つかりましたか??

過去の大失恋のお話を毎回書いてくれていますが、心の中をこれだけ占領するくらい大きな傷を負ってしまった体験なのだと思います。

> 頭では、当時は悲しかっただろうなとかは思うのですが、そこにも実感はなく
> 自分に問いかけても自分の気持ちがわかりません。

あまりに大きな衝撃や痛み、処理できないほどの感情があるとそれを前にして「感じることを禁止」するように蓋をして、思考することに逃げようとしてしまう事があります。
強い感情と言うのは本当に大きく自分を揺さぶるので、それに「耐えられない」と感情のヒューズを切ってしまう事をしたのかもしれません。

この中でも書いてくれていますが「頭では~だろうと思う」と理解はできても、ピンと来ないというのは、感情と言うのが思考で「考える」ものではなく「感じる」「湧き上がる」ものだから。
「考える」って「感じる」とは違うものです。

大きな失恋をきっかけに「お別れしても気持ちを切り替えられない自分を責める」ことや「自分の好きだという気持ちを抑え込む」という事をし続けて、がーすーさんが感情をどんどん抑え込み、破裂しそうな状態であってもみてはいけない!!とさらに圧をかけて抑えたことで、うつ症状やパニック症状として体に現われたのだろうと思いますし、そこで気付いて休憩するように自分に向き合えたことは、きっと病気になったことがもたらしてくれた「気付き」だったのだろうと思います。

「過去のあの時にこうしていたら…」「目の前にいる奥さんに対して、彼女に対するほどの思いを持てない自分は罪深い…」「俺は最低な人間だ…」「過去の執着を手放さないといけない!」などなど、休む間もなくがーすーさんの頭の中では思考がフル回転で考えているのではないでしょうか??

そして、その考えは常に「お前はダメだ」と自分を責めるのですから、自分の事を好きになんてなれませんし、ますます自己否定を募らせて、自分をダメなポジションに置くしかなくなってしまいます。

考えることで、がーすーさんは心や体が楽になっていますか??
考える = 自分責め、自分苛めになっていませんか??

もしも思考することが自分を苦しめているのであれば、まずは「考え過ぎる」という事をやめてみませんか???

と言ったって、思考のおしゃべりが止む訳じゃないし…と言われると思いますので、まずは意識して「あれ?今、また考えてたな」と立ち止まることをしてみる事から始めてみましょう。
きっと無意識のうちに自分を攻撃したり責める「考え」をしてしまうと思うので、あぁ、またしんどい…苦しい…と思ったら、胸に手を当てて大きく数回深呼吸して

また自分を虐める考えをしちゃっていたな。
頭の中に、いろんな思いがあるよな。
オレのどこがいけないって今日は責めているんだろう??

そんな風に一度「考えてるよなぁ」と一歩引いた位置で自分を見てあげてください。
考えるのを一瞬でも止められればOKです。
考え続けない、という事が大事です。

そして大事なのは「自分を虐める思考をしているな」とただ気付くだけでOKだということです。

またこんなこと考えて、俺って進歩しないダメなやつ…などと、新たな自分責めは不要です。
ただただ「自分を虐める癖があるなぁ」とフラットな視点で受け入れてあげることをしてください。

これは【自己受容】といって、自分を肯定するための土台作りです。
自分を許し、自分を受け入れ、自分に愛を注ぐための【自己肯定感】を育むための土台作りだと思ってください。

受け入れたところで突然全てが好転する…という事はありませんが、考え続けずに「俯瞰」して一歩離れることが出来るようになると、自分を責め続けることが出来なくなります。
冷静な自分が現れて、自分が自分を責めてるなぁ~と中立な位置に立てることで、不思議な事に責め続けられなくなります。

実は、私も過去に自分の感情を押さえつけて感じることが出来なくなり、思考優位(しかもその思考は常に自分を責めるもの)で、どうやったら考えることをやめられるんだろう?と苦しんだ過去があります。
その時に実践したのが、この「考えている事や自分が苦しくなったら、意識して一歩下がって自分を見る」練習をしました。
するとだんだんと「あぁ、今こんなことを考えて、また自分を虐めちゃったなぁ」と気付けることで試行し続けるループから抜け出せるようになりました。

抜け出せたからといって「考えなくなる」という訳ではありませんが、少しずつ考える時間を減らしていくための力になってくれるので、一歩引く・俯瞰で自分を見る・考え続けている自分を受け入れることをしてみてください。

そして同時に、感じる事を取り戻す練習をしていきましょう!

がーすーさんが感情を抑圧していくうちに自分の感情が分からなくなってしまったのであれば、その感情を「思考」を使って一生懸命「こうなんじゃないか??」と考える事で取り戻すのは難しいですよね??
だって、感情は思考ではありませんから。
別物だから、いくら考えても「心が動かない」んですものね。

簡単な練習を繰り返し続ていくことが「感情」を取り戻すのにはすごく有用なので、毎日3つ、がーすーさんに「今日はどの洋服を着たい?」「コンビニで買うお茶はどれが飲みたい?」「今日のランチは何を食べたい?」というように自分自身に問いかけてあげて、そこで出た答えを可能な限り叶えてあげてください。(問いかけは簡単な物であればある程望ましいので、手軽なものにして下さいね!)

~したい、という大事な感情を、私たちは日常の中で抑圧してしまう事が多々あります。
コンビニでお水を一本買うにしても、お店のオリジナルブランドのものが80円、飲みたいと思っている銘柄のものが130円だった時に、お財布に「120円」しか小銭がなくて、お札を崩すのもなんだかなぁ~という「思考」で、飲みたいと感じていたものを我慢させる…という事をやってしまう事ってたくさんあります。

お財布の中を覗いらたら、それを買うお金がない…という理由で違うものを買うことになったり、お金を崩すのが嫌だと「感じた」ことで飲みたいものではない事を買う事にした場合は、自分に一声かけてあげましょう。

飲みたいのはこっちだけど、今日はこういう理由でこっちを買うね。
でも、飲みたいものを教えてくれてありがとう。

色んな事情があって、自分の感じたことを叶えてあげられない事はたくさんあります。
その度に、自分の中にある感情は「あーあ」って思っているんですよね。

がーすーさんは、自分のお願い事を100回聞いてくれたのに、101回目に「ごめんね、それは今日は叶えられない」と言われた場合に、1回断られたから102回目も絶対に願いが叶えられない…とは思わないと思います。

その逆に、100回全部が断られて、101回目に願いを聞き届けてくれた人に対して「1回聞いてくれたから次も絶対大丈夫に違いない!」とは思わないですよね?

自分の中の感情や願いに対して、後者のような態度を取り続ける人に対しては、ある日から「もういいや」と諦めて心を開くことをやめると思います。

感情も同じです。
がーすーさんに何度も「こうしたい」「これがいい」「これは嫌だ」「これは辛い」と訴えて教えてくれているのに、それを後回しにしたり聞かなかったことにしてしまえば、自分のことを信頼できず、自分の感情を教えてくれなくなってしまいます。

だから、まずは少しずつ、たった3つでいいので「自分が感じる」小さなことを叶えてあげる事や、叶えられないならば「ごめんね」とちゃんと真摯に自分に接してあげてみてください。
最初のうちはこんなことをして何になるんだろう??という位に心は頑なに反応しないと思いますが、続けていくうちにだんだんと自分が自分の願いを叶えてくれるという信頼関係ができ、自分の気持ちを自分が気付けるようになって行きます。

また、感じるためにコーヒーを淹れたらその香りをただ嗅いでみるとか、風が顔をかすめる時にどんな感覚なのかを味わってみるとか、道で咲いている花や膨らみだした木の芽やつぼみを見て変化を感じてみたりすることも、感じる力を取り戻すのには効果的ですので、気が付いた時にちょっとだけトライしてみてください。

また、思考でガチガチな気持ちを楽にするのには、体を動かしたり瞑想したりするのも効果的だと言われています。
私は専門家ではないのですが、ココロノマルシェで解答をしている「れんカウンセラー」は瞑想やマインドフルネスやヨガを通して、感情に繋がりやすいアプローチをされていますので、ご関心があればれんカウンセラーのブログなども目を通して見てください!

* * *

「やめる」という事についてあれこれ書いてきましたが、もう一つのお悩みである「嫌だと言えない」「顔色を伺う」という事について、もう少し書かせていただきます。

がーすーさんは、ご自身の事を「弱さもあるけれど、いい面もあるのが俺だ」「妻を愛しているか分からなくなる事もあるけれど、決して嫌いではない自分を許す」と思えますか??

・いい所もあるし、悪いところもあるのが自分だもんね

と、がーすーさんがどんな状態であったとしても「これが今の自分なんだ、OK!」と自分に対する価値をちゃんと感じることが出来ているでしょうか?
この「ありのままの今の自分でいいよ」と言ってあげられるのが、自己価値をちゃんと感じられている自己肯定感と呼ばれるものです。

ありのままの自分とは、人から認めてもらうために頑張ったり取り繕ったり顔色を伺う「偽りの自分」ではない「素の自分」の事を指します。

がーすーさんは「断れない」「顔色を伺う」という事で苦しんでいらっしゃる事から、ガースーさんの中にある弱さや嫌いな部分を自分自身が受け入れることが出来ず、自分を否定している状態だと思うんです。
「ダメな部分を受け入れたら、オレはダメ人間で価値がない」「断って嫌われるくらいなら我慢する方が楽だ」と、自分の意見や思いを表現することを禁止し、自分自身に沢山ダメ出し・NGを言ってしまっていませんか?

自分にダメ出しをしたり、自己否定・自己攻撃する人は、それがエスカレートすると「自分自身にNG」を出すようになります。
自分がNGな訳ですから、OKを出してもらう・価値を認めてもらうために「何かをする」事で周りから認めてもらい、それでやっと自分にOKと言ってあげようとします。

つまり、思いっきり自分自身を周りの人に明け渡している状態です。

他人軸と呼ばれるこの状態の悪いところは、評価基準が「他の人に委ねられている」という点です。
残念ながら、いつも周りの人が認めてくれるとは限りません。
期待したような評価をもらえない事もありますし、失敗したら怒られたり、相手の心変わりで失恋することだってあります。

これらは、自分ではどうすることもできませんよね??
だって、自分以外の人をコントロールすることは不可能ですものね。

いい所も欠点もある自分に「これが私だよね」と自分でOKを出してあげられずに、評価を人に委ねてしまっていると、思った形の「OK」が言ってもらえないと、メンタルがボロボロになります。
いつも人の顔色や気持ちを読むようにして「正解探し」をするのは、思考を使って先回りしなくてはいけないため疲労困憊しますし、それだけの労力を払っている事に周りは気付いていませんから『ふーん、それで?』と思ったような反応や評価をもらえない事で、どんどん疲弊していきます。

価値を自分の手から放してしまい、人に委ねてしまっている「他人軸」な状態はとても生きづらく辛いものです。
さらに、この他人軸が強ければ強いほど、こんなつらい思いはしたくない!という思いを強めますから、自分がこうしたい!という素直な気持ちよりも「周りの人にどう思われるか?」という事を思考して、それを優先して行動するようになります。

他人軸になってしまう時というのは、自分にOKが出せないことがほとんどです。
つまり、自己肯定感がうーーんと低くなっている状態で、自分を肯定するどころか「自分を嫌っていたり」「自分を憎んでいる」事すらあるかもしれません。

自分が自分の事を嫌いなのに、周りの人の顔色を見て「嫌われたくない」「良く思われたい」と思っている心の状態というのは、

ありのままの私の事を私は大嫌いだけど、あなたには私の事を好きになって欲しい

とお願いしている状態で、周りの人に無理難題を押し付けている状態です。
例えば、スーパーの試食販売で新商品を売っている店員さんが「この新商品、私は見た目も味もすごく嫌いで、実際全然売れてないんですけど、あなたにはぜひ買って欲しいんです!」と勧められた商品をがーすーさんは買いたいと思いますか?
そんなに嫌いだっていうけれど、オレはいいと思うなぁ~と手を伸ばす気持ちにはならないと思います。

自己肯定できずに自己嫌悪しつつ、他人軸で評価を人に求めている(嫌われたくない・分かって欲しい)状態というのは、まさにこう言っている状態と一緒です。

欠点もある自分の事を大事に思えない、OKを出せない事をがーすーさんは自分が一番よく分かっているはずです。
だからこそ、周りの人から見た時に「嫌と言わないいい人でいなきゃ!」と自分を抑えてNOを言えなくなります。

過去の失恋がきっかけになってしまったのかもしれませんが、がーすーさんが「俺は愛される価値がない」というメガネをかけてしまって世界を見てしまえば、どんなに周りが「そのままのがーすーさんでいいんだよ」と言ってくれても、その言葉を跳ね返して「愛してもらえない」「自分には価値がない」「自分は罪深いダメな存在」という視点で世界を見てしまいます。

また、このメガネをかけて自己否定を続け、愛されない自分を作り続けていくと

周りから大切に扱われるよりも雑に扱われたり、自分を罪深いと責める方が落ち着くようになり、自己攻撃の沼にどんどんとはまっていってしまいます。

自己肯定感が低い状態の時は、自分には価値がないから自分の意見を認めてもらう方が違和感がありますし、こんなダメな自分は愛されるどころか罰せられるのが納得できるし丁度いい!と自分をその位置に押しとどめようとしてしまいます。
もちろん、生きづらいから何とかしたい…と思ってはいるのに、自己肯定できないと、いつまでも「ダメな自分にふさわしい場所」に自分を押しとどめようとしてしまいます。

自分の気持ちを素直に表現する・本音を言う・NOを言えるようになるために大事なのは、自分と他人の間に境界線を持つことを意識すると同時に、人の評価に自分の価値を見いだすのではなく

欠点も長所もある自分自身を「これが私だよね」と受け入れて自己肯定すること

が不可欠です。
自己否定から自己肯定というのは、ハードルが高すぎますから、まずは自己否定をしている自分に「優しくする」「そう思ってるんだね」と労わる、分かってあげるという事からはじめませんか??

自分のどこが嫌いだと思ってるのか?
自分の自信のない部分はどこなのか?
今日も言いたい事を言えなかった…と悔しい思いをした自分がいる事を分かってあげる、寄り添ってあげることをしてみましょう。

いきなり好きになんてなれなくていいんです。

ダメなところもあるし、そこを嫌ってるんだね~と「受け入れる」「分かってあげる」のが第一歩です。
そして、とにかく傷付いている状態の自分に優しくしてあげましょう。

傷がまだ痛い時に鞭を打ってもただ辛いだけです。
傷が痛いならば、その傷に優しく絆創膏を貼り、手当てをして暖かい飲み物を差し出し、いっぱい話を聞いてあげて「そうだったんんだね」「今も苦しいね」と分かってあげる時間を沢山持ってあげましょう。
分かってくれる、優しくされると、また人は頑張りたくなりますものね。

長くなってしまいましたが、いきなり何か極端な事をやめるとか大きなハードルを超えようとするのではなく、自分を苦しめている「習慣」になっているものを見直したり(やめられなくていいので気付くだけでいいんです)、自分を否定して人に評価を委ねている事を「指さし確認」しながら、気付いた時に「自分軸だな!人は人、私は私。」と境界線を持つ呪文を唱えたり、日々の自分を労ってあげながら

少しずつ自分と仲直りして、自分を許し、自分を好きになって行けますように。

自分に対して「責める」「攻撃する」気持ちが緩むようになると、今よりきっと呼吸がしやすく、自分の気持ちも表現しやすくなっていくと思います。
長年かけて見に付けた自己否定ですもの、すぐに手放せなくて当たり前!!位の気持ちで、ゆっくり亀の歩みでやっていきましょうね。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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