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【ココロノマルシェ】母に対して自責の念2:恨み8ぐらいでモヤモヤと立ち止まっています。

この中にはフレッシュクリームとカスタードクリームがダブルで入っている匂いがするでち!!

いただきもののシュークリーム!
シュークリームって皮がパリカリッとしたクッキーのようなものと、しっとりやわらかホニョッとしたものと好みが分かれますよね~

私はどちらかというとクッキー派。(← どうでもいい情報)

でもたまに、ふんわりホニョッとしたシュークリームも美味しいなぁ♡とも思うので、多分、シュークリームって固い生地も柔らかい生地もどっちも幸せを運んできてくれるんだと思います。(選べない幸せ…)

仁くんの匂いセンサーのとおり、クリームは贅沢W仕様でウマウマでした。
あ、内緒だけどギンちゃんと仁くんにも、クリームを一口ずつお裾分けしました。(えへへ)

さぁ、今日もお悩みと全く関係ない前置きをしたところで(注:いつもの事です)ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

「投資株」として育てられた私がきちんと親の愛情を感じとり、また罪悪感を手放せる方法を教えていただきたいです。
取り上げていただけたら幸いです。

お世話になります。
当方39歳独身、子どもなし、中途半端な自立系武闘派女子です。
※「中途半端」というのは、さしてバリバリ稼いでいるわけでも仕事で大成功しているわけでもないのでそう呼んでおります。

主に恋愛とか恋愛とか時々お金とかで、いろんな方のブログやメルマガを購読し、時にはカウンセリングやセミナーにも出かけているのですが
その度に「親から愛されていた自分に気づきましょう」「親からの愛に感謝をしましょう」というような課題にぶち当たり、毎回モヤモヤと消化できない感情に襲われています。

はたして私は、親に愛されて望まれていた存在だったのか?と。

私は生まれながらに容姿に全く恵まれませんでしたが
なぜか勉強も習い事もそれなりの成績を修められる子どもでした。

生まれは田舎の超封建的な農家。

超男尊女卑な祖父とそれに逆らえない祖母と父、
そんな家の中で常に味方がいなかった専門職持ちの母は
「男の子がよかったのに」という空気を読まず第一子女子として生まれた私の予想外の片鱗に気づき、次から次へといろんな投資をしまくったのでした。

まるで自分の人生を、私を成功させることで一発逆転するんだと言わんばかりに。
女の子を生んでしまった負い目を、私を成功させることで晴らすかのように。

そのおかげかどうか、私は地域トップの進学校に余裕で合格。

きっと母は娘が、医者か弁護士か一流企業勤務か、とにかく何かきらびやかな世界に生きてくれると信じていたでしょう。

しかしその後は第一志望の国立大学にも落ち
親の反対を押しきって勤めた希望業界もうまくいかずに退職
現在は縁あって紹介された全く畑違いの業界で予想外に楽しく働いてはいますが
今まで私にかけられた投資金額には到底見合わないことは明らかです。

私は母に対して2つの感情があります。
ひとつは、ここまでいろいろしてもらったのに期待に添えなくて申し訳ない、という自責の念。
もうひとつは、私を私として受け入れてくれなかった、子どもではなく投資株としての扱いしかされなかったことへの恨み。

そういえば小さい頃、私が体調を崩すと
心配するんじゃなく不機嫌になって怒られたなぁとか
近所のママ友さんたちとの会話で「子どもなんかいなかったらとっくに離婚してたわ」なんて言ってたなぁとか
弟妹は許されても私は許されないこともたくさんあったなぁとか

自責の念2:恨み8ぐらいでモヤモヤと立ち止まっています。

あるカウンセラーさんは「あなたが生きてるってことが、愛されていた何よりの証拠」と言います。
でも私を育て生かしてくれたのも、投資株としての目的だけなんじゃないか?という気持ちが抜けません。

そう考えると、私が愛されていた存在だったとはどうしても思えないのです。

この気持ちを解決するにはどう考えたらいいでしょうか?
よろしくお願いいたします。
相談者:まりあさん

まりあさん、こんにちは。
『中途半端な自立系武闘派女子』って、なんだかカワイイですね~。
だとしたら、私もまりあさんと同じく弱小武闘派女子です。うふふ。

いろんなセミナーや講座に参加されているとのことですが、勉強熱心なのはきっと小さな頃からなんですね~。
そして、そこからきっと沢山のものを学ぶ能力がある方だと思うのですが、その講座やセミナーから得られた気付きや、自分にとって「こういう考え方を採用してみたい!」というものはあったでしょうか?

きっといろんなカウンセラーさんや講師の方は「まりあさんが愛を受け取れるようになって欲しい」という思いから、
「親から愛されていた自分に気づきましょう」「親からの愛に感謝をしましょう」
という提案をされたのだと思うのですが、探して見ようと思ってもしっくりこない…という状態なんですものね。
不審に思っている時は、私たちは「そんなことない!」という証拠探しをして自分の仮説を証明したいと思ってしまっているので、簡単には親の愛の証拠なんて見つけられませんよね…

> 生まれは田舎の超封建的な農家。
> 超男尊女卑な祖父とそれに逆らえない祖母と父、
> そんな家の中で常に味方がいなかった専門職持ちの母は「男の子がよかったのに」という空気を読まず第一子女子として生まれた私の予想外の片鱗に気づき、
> 次から次へといろんな投資をしまくったのでした。

私自身が地方在住で、都会…と呼べるような場所ではない「地方都市」で暮らしていますが、やはり少し離れた「田舎」と呼ばれる地域では、いくら令和の時代になったとはいえ、未だに地域の風習やそれに基づく男尊女卑的な考えが「伝統」としてまだあるのは事実ですよね。
特におじい様が絶対的な権力を持っていたとなると、その中でお母さんの「立場」って相当弱かったのでしょうね。
封建的な地域で女性が専門職を持っていること自体、きっとお母さんはすごく居心地が悪かったのかもしれませんが、もしかしたらお母さん自体は自分のスキルに助けられていた部分があったのかもしれませんね。

男尊女卑が根強いとなると、やはり「世継ぎ」ではないですが、第一子に男の子が欲しい!という空気はあるかもしれませんが、
果たしてご両親は、そう思っていたのでしょうか???
私もまりあさんと同じで「独身、子どもなし」(※厳密には離婚経験ありの独身)なので、子供をお腹の中で慈しみ育てる…という経験がないので分からないのですが

男の子でも女の子でもいい。
無事に健康な子供が生まれてきて欲しい。

と願ってくれていたのではないでしょうか?
あくまで推測でしかないけれど、そういう風に思われて産まれてきたの「かもしれない」と思えたら、少しだけでも心があたたかくなりませんか?

> まるで自分の人生を、私を成功させることで一発逆転するんだと言わんばかりに。
> 女の子を生んでしまった負い目を、私を成功させることで晴らすかのように。
> そのおかげかどうか、私は地域トップの進学校に余裕で合格。
> きっと母は娘が、医者か弁護士か一流企業勤務か、とにかく何かきらびやかな世界に生きてくれると信じていたでしょう。

まりあさんはお母さんの事が、大好きだったんですね。

お母さんが大好きだから、女の子でゴメンネ…と、どうする事も出来ない自分の性別を恨みながらも、一生懸命お母さんの期待に応えたくて、お母さんが願う姿になって喜ばせたくて、健気に必死に、お母さんの望む子供になろうとしていたんですものね。

まりあさんが抱えている罪悪感は、お母さんの望む私になれなかった事。
大好きなお母さんを失望させてしまった事。
女の子だからこそ、お母さんが喜んでくれる職業について、お母さんに笑顔を与えてあげたかったのに、それが出来ずに悲しませたと思っている事。

いっぱい私のためにお金を惜しみなく使ってくれたのに
その想いを裏切ってしまって、お母さんを悲しませるという「大罪」を犯してしまった事で、本当ならば罰せられなくてはいけないのに、今の環境で心地よさ・楽しさを感じる自分が許せない事。

すごくすごく、苦しいですね。

そして、ものすごくお母さんへの愛が溢れている、愛情深いまりあさんだからこそ、お母さんがかけてくれる期待や愛情(それはお金の面での応援も含め)に必死に応えたくて、期待以上のものを届けたくて、頑張りすぎてしまっただけなのに、ね。

私はまりあさんが書いてくれた、上の文章を読みながら、うるうると涙がこぼれてしまいました。

だって、どちらにも深い愛情があってお互いを思い合っているのに、それがまりあさんを「幸せにしない」大きな力になってしまう「罪悪感」に形に変えてしまっているんだもの。
罪悪感を持つくらい、それだけお母さんを大好きなんですもの。

> ここまでいろいろしてもらったのに期待に添えなくて申し訳ない、という自責の念。

この思いは、まりあさんが思っているより深く心の奥に根付いているのかもしれませんね。
生まれ育った地域の風土のせいで、産まれてきた自分が「女の子だった」という事でまず大きく自分を責め、その上で「こんな私に沢山してくれたのに」もらった以上のものを返せなかったことで、お母さんを傷付け、裏切ってしまった自分が許せない思いがあるんですものね。

自責の念があるということは、
そこに愛情があるという証拠です。

私たちは大事なもの・大切なものだと思わないものに対して、恩義を感じたり、してあげられなかったと自分を責めることはしませんよね?
自分を罰し、責める気持ちがあるというのは、裏返すとそこに「大事な人の期待に沿えなかった」「大事な人を悲しませた」という意識があるからこそ芽生える感情ですもの。

> 私を私として受け入れてくれなかった、子どもではなく投資株としての扱いしかされなかったことへの恨み。

お母さんに甘えたかったのに甘えらえず、期待に応えようと頑張ってきてしまったんですものね。
もっともっと愛されていると感じたかったですもんね。

今、きっとまりあさんに『投資』していた頃のお母さんの年代くらいになったまりあさんに、少しだけ想像してもらいたいんです。

まりあさんがまりあさんのお母さんの立場だったら、パーフェクトなお母さんになれるでしょうか???
お母さんは、封建的な地域で自分自身が肩身の思い狭いをしていたのかもしれませんし、その中で「しっかり者の長女」であるまりあさんに、甘えてしまった部分もあるのかもしれませんよね。

私は3姉妹の長女で、やはりお母さんは「妹には甘いけれど、私には厳しい」と感じていた部分も沢山ありました。

妹には頼らないのに、私には相談を持ちかけたり、そしてそれに応えようと頑張るけれど、私は子供だから、何一つ助けてあげる事ができず、それが罪悪感として胸にどんどん積もっていきました。

お母さんは大人で、別に子供である私に「何とかして欲しい」と思っていたわけではなく、ただ単に「自分が辛かったから、少しだけ聞いてもらいたかった」だけなんですよね。
その事に気付いたのは、私が当時の子供時代だったお母さんの年齢になった時で、その時の私はといえば、仕事が辛いだとか恋愛に迷っているだとか、まぁ、全然しっかりした「私の描く大人」ではありませんでした。

『お母さんを許す』のはまだまだずっと先でいいので、
私が子供の時に見上げていたお母さんは大人だったけれど、本当は今の私と同じような感じだったんだもんね、上手く出来ない事はあったんだろうな…と思ってあげることは出来そうでしょうか???

お母さんは少し、不器用な愛情表現をしてしまったのかもしれませんね。
まりあさんが望むような表現が出来ず、まりあさんはお母さんが大好きだからこそ、もっと愛されたくて甘えたくて、それを望んだのに、お母さんにはそれが届けられず、まりあさんは1人でいっぱい傷付いてしまったんだものね。

まりあさんは「投資株」とご自身の事を表現されていますが、
こんな風に考えてみる事はできそうですか???

お母さんは封建的な地域で、自分を守ってくれたのが「専門職」だったからこそ、そこで産まれてきた愛する娘にも、同じように、いいえ、自分以上に高度な知識を持つ事で、女性であってもそれが否定されずに幸せに生きていけるように、まりあさんに沢山のお金や時間を注いだ。
まりあさんが能力が高く、ぐんぐん吸収してくれるからこそ、もっともっとこの子のもつ力を伸ばしてあげたい!とその成長を見守るのが幸せで、嬉しくて、してあげたかった。

「女の子を生んでしまった負い目 」は、自分に対してのものであって、まりあさんに女の子であるがゆえの負い目を追わせたくないからこそ、まりあさんの持つ能力をもっともっと高めてあげたかった。
もしかしたら、まりあさんに対する大きな罪悪感を、お母さんも持っていたのかもしれませんね。

お互いがお互いを大好きなのに、歯車が噛み合わず
愛情表現方法がお互いに欲しいものと違っていたのかもしれないですね。

「子どもなんかいなかったらとっくに離婚してたわ」という言葉は、子供が聞いたらすごく悲しい言葉で、自分がお母さんの重荷になっている…と思ってしまうけれど、裏を返すと

大切な子供がいるから、離婚したかったとしてもしない。
それだけ私は子供を愛している。

という言葉を、ネガティブに表現してしまった言葉なのかもしれません。

> 自責の念2:恨み8ぐらいでモヤモヤと立ち止まっています。

自分を責める気持ちも、恨む気持ちも、どちらも同じで
まりあさんは「嫌だー」というかもしれませんが

強く恨んだり、自分を責める分量だけ
お母さんの事が大好きという証拠

なんです。
まりあさんも聞いた事があると思いますが、好きの反対は嫌いじゃなくて「無関心」というように、嫌いだ!恨んでやる!という熱量は、愛情があるのにそれが届かないがゆえに形を変えて、まりあさんの手元で手放せずに大切に持ち続けている感情です。

憎しみや恨みは、愛情が受け取ってもらえなかったり届かなかった分だけ強くなります。
言い換えると、それだけ強く愛している、ということでもあるんですけれどね。

まりあさんは、どんな風にお母さんに愛されたかったんでしょうか?
お母さんに甘えらなかったのは、なんででしょうか???

もしも良かったら、子供の時からの事を「棚卸し」してみるつもりで、記憶のある時からのお母さんとまりあさんとの思い出や、どんな時にまりあさんが嬉しく感じたのか?どんなときに悲しかったのか?その時にお母さんはどんな言葉をかけてくれたり、態度を取っていたのか?思いつく限りで沢山小さな時の事をまとめてみることで、

私たちはお互いに愛情の示し方が違っていただけで
お互いに不器用だったんだな

と思えるようになるかもしれませんね。

また、途中でお母さんに対する恨みが湧いてきたら、何で私を見てくれなかったの?なんで私にはそんなこと言うの?と、その時の気持ちを感じて泣いても怒ってもいいので、未消化な気持ちがあれば、それを解放していってあげてくださいね。
その過程では、お恨み帳もバンバン書いちゃってくださいね!
恨みながらも感謝が湧いてきたら、それを「出さないお手紙」としてお母さん宛てに書いてみるのもいいですね。(感謝は許しの一つです)

すぐにお母さんの愛情を感じることは難しいかもしれませんが
大人になった自分が子供時代の過去の棚卸をしてみると、子供の時には見えなかった目線で自分とお母さんの両方を見る事ができるので

不器用だったけれど、これがお母さんの愛情表現だったのかも…

と、自分では受け取ってこなかった愛情を見つけたりすることがあるかもしれません。

そして何よりも、こんなに深くお母さんを愛せるまりあさんの「愛情深さ」がとっても素敵なものである事を、まりあさんが受け取れますように。

私、こんなにお母さんの事を愛してたんだなー。
愛しているから、期待に沿えない事で自分を責めているし、もっと違う形の分かりやすい愛情がもらいたくて、恨んじゃってるんだなー。
私、お母さんの事が大好きなんだもんね。

そして、もらえなかったと思う愛情を、これからお母さんに甘えることで受け取りなおしてもいいですし、自分で自分に「愛して欲しかったもんね。分かるよ。私がいっぱいまりあちゃんを愛してあげるからね」と愛情を注いであげてもいいですよね。

お母さんをこんなに愛せるまりあさんは、愛情深い情熱の女性です。
素敵な事ですよね~~

愛するがゆえに罪悪感を持っている、愛するがゆえに恨んでしまっている自分を、決して責めずに、その愛を自分を幸せにする方向に向けていけますように。

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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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