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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】自分に優しくする?好きになるって自分勝手でわがままな人になるって事?って毎回不思議に思ってしまいます。

毒チョコのお菓子パン… 恐ろしいのに、マミコちゃんが おいちー!って言うでち

こんにちは。
あなたの心の痛みや悲しみの傷に優しく絆創膏を貼る「心の保健室」を目指しているマミコです。

今日は2月14日、バレンタインデーですね!
という訳で…はないんですが、先日妹のお友達が移動販売で作っているオヤツとパンを差し入れしてもらった中にあった、チョコ味の生地にナッツやオレンジビールの入ったケーキとパンの中間のような「お菓子パン」を朝ごはんに食べました。

ギンちゃんや仁くんといったネコちゃん・ワンちゃんにとってチョコは毒なのだけれど、チョコは私にとっては美味しいオヤツ。
チョコのほろ苦さとオレンジピールの香りやザクザクしたナッツってなんでこんなに合うんでしょうね~~

手作りでお店のような味が作れる才能がある人が羨ましいなぁ~と思いながら朝ごはんを食べた私の情報をお届けした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

前回相談にのってもらいました。
ありがとうございます。

回答してもらって
更なる質問ができてしまいました。

前回の相談で
自分に優しく、自分を好きになることを言われたんですが

家族に自分大好き自分勝手な人間がいます。
自分はしないのにケチばかりつける
人に命令する
人の嫌がることも自分のこと優先でする
人が傷つくことをわざわざ言う
など色々あります。

自分に優しくする?好きになるって
こういう自分勝手でわがままな人になるって事?って
毎回不思議に思ってしまいます。

あと、上記のような人間が家族にいて
かなりストレスをためています。

距離を置くようにはしてるんですが
メンタル的にそこまで元気!って感じでは無いため
定期的にズドンと落ちてしまいます。

こういう人間がいる時の心の持ち方というか
対処の仕方を教えて欲しいです。
よろしくお願いします。
ご相談:Tさん

Tさん、こんにちは。
自分に優しく接したり自分の意見を大事にすることに慣れていないと、どうしても周りにいる「自己中で自分の意見を押し付ける人」と同じような事をするの??と嫌だなぁと思ってしまいますよね。
自分の事を大事に扱える・自分に優しく出来るというのは「自己肯定できる状態」を指しますが、自分を愛する状態って「自己愛が強くて自己中な人になれということ??」と混同しがちですよね。

かくいう私も、自己否定が強かった時に自分を甘やかすなんて、自己中で嫌な人になるんじゃないか??と思った事がありますが、実際には「自己中と自己肯定(自己受容)は違うもの」でした。

自己肯定できるというのはどういうことかと言うと

「自分には価値がある」「自分は大切な存在だ」と思える気持ちを持っている事で、ありのままの自分を愛することが出来る状態です。

私たちは誰でも「大切に扱われたい」という自己重要感という気持ちを持っています。
自己肯定感が高い状態の人は、ちゃんと自分の事を大事で価値がある存在だと分かっていますから、自分の事を大切に扱い、この気持ちを自分で満たすことが出来ます。

対して、自己「肯定」の反対である「自己否定」が強い状態の時は、自分の価値が自分で認められず、自分の事を大切に扱えないので他者を使って自分の価値を満たそうとします。
だから、人の意見一つ一つにイライラしていたり、自分の意見と人の意見が違っていると「攻撃されている!」と勘違いし、相手を攻撃したり自分の意見を押し付けてコントロールしようとします。

自己中に自分の事を相手に押し付ける人は、自分の事を好きだと本心では思えていなくて、自分を否定している事が多いんです。

自分が自分の事を分かってあげるというのは「自分の中」で行われる作業で、他者を必要としません。

自分に対して否定的な気持ちを持つ人がいたら、「あの人は私の事をこう思っているんだなぁ。」と自分が感じている思いに対して、優しく寄り添えます。
例えば、あの人が挨拶を無視したことで自分が悲しい思いをしちゃって、傷付いちゃったね。ヨシヨシ。と自分の頭を撫でてあげるのが自分に優しくするということで(ムカついたよね!悔しかったよね!!分かるよ!!と言ってあげるのもいいですね)、そこに

自分が正しい・相手が正しい、といった勝ち負けのようなものを差し込みません。

対して、自己中な人というのは、自分との関係ではなく「人との関係」において、自分を最優先させないと気が済みません。
なので、異様に正しさや勝ち負けにこだわって人を支配したり「私は間違っていない!」と正しさを主張したりもします。
自分が否定される・分かってもらえないという事が「怖い」ので、強い姿勢や正しさなどを武器にして人を論破して周りの人を従えようとします。

自己中なふるまいは、自己否定の現れなんです。
(自己中に意見を通してくる人は、私の思う通りにしてよーー。だってそうじゃないと不安だから、分かっってよーーー、と内心ではオドオドしている状態です)

また「~すべき」「~こうでなくてはならない」という意見に自分が縛られている分、人にもそれを要求してしまいます。
そして、本当の自分は自己否定や強い怖れを持っているので、それを知られたくない!!と自分を隠すために必要以上に自分を大きく見せてしまいます。

自己肯定できるようになると、自分が自分を認め・価値があると思えるているので、人からの評価が気にならなくなります。
例えば自分と違う意見を言う人がいても「そうなんだー。あなたはそう思うんだねー。」と自分の意見と違うからと言って相手を否定したり、無理やり意見を合わせようとしなくても良くなります。

また、自分が自分の価値を分かっているので、他の人との関係で勝ち負けを気にしなくなるので「純粋に相手と自分の違い」を受け入れ、相手のいい所に素直に感動したり認めやすくなります。
自分を責めなくなるので「こんな日もあるし、こんな自分も自分だしな~」と自分を肯定的に受け入れられるので、人からの評価がいりません。

もちろん、人から褒めてもらったり、周りの人と同じ意見だったら嬉しいと喜びも感じますが、違いがあっても自分を尊重できるように人の事も尊重できるんです!

> 家族に自分大好き自分勝手な人間がいます。
> 自分はしないのにケチばかりつける
> 人に命令する
> 人の嫌がることも自分のこと優先でする
> 人が傷つくことをわざわざ言う
> など色々あります。

自分大好き・自分勝手・自分のワガママを通して自己主張する人、というのは「自己愛の強い人」と表現されますが、自己肯定や自己受容といった「自分に優しく接して自分を【愛する】作業」と自己愛という言葉が混同されやすく、混乱してしまう事があります。

自己肯定感と自己愛の違いって何か?という事を考えるのは、この誤解を紐解くのに役に立ってくれます。

自己愛とは辞書によると「うぬぼれ・自己陶酔・ナルシシズム」と定義されています。
このことからも自己愛と自分に優しくすることは少し違うのが分かります。

自己愛が強い人の特徴は

・人を見下して自分の価値を確認する
・自分を正当化することで恥をかかないように自分を武装する
・優越感を得るために平気で人をバカにする
・自分のことを自慢する
・人に共感できない

というようなものがありますが、自己愛が強い = 自己肯定感が低い状態の現れでもあります。

自己肯定感が高い人は、自分で自分の価値を認めていますからわざわざ周りに誇示する必要がないんですものね。
だって、自分の大切さ・価値を自分がしっかり分かっているから!!

自分に優しく接して自分を受け入れ、自分を理解して自己肯定していく作業をすることは、自己愛を強くするというのとは違うものです。

自己主張という面で考えるならば、自分の気持ちを相手に言ってもOKだ!と許可を出せる、という事が「自分を受け入れて分かってあげる」「自分に寄り添い優しくしてあげる」事なのかな?と個人的に思っています。

自分の気持ちを相手に届けて、意思表示をしてもいい。
意思表示を「する」「しない」を自分で選べるんだ!と思えることは、いろんな感情をグッと飲み込んで我慢させて自分を虐めるのとは違うものですものね。

自分を大事にしている人は「自分軸」を持てるようになると同時に、相手にも相手の考えや思いといった「その人の大切にしているものがある」と相手を尊重できますから、あくまで

自分の意見はこうだし、自分はこの事に対して「ノー」だと思っている事を「i message」(主語が自分である自分の気持ちの表現)で意見を伝え、それをどう感じて受け取るかは相手に委ねることが出来ます。

さらに、ノーを毅然と伝える際にも相手を大切に思って言葉を発するわけですから、相手に対する配慮した言い方だったり表情・態度を示せます。
一方的に自分の意見を押し付ける「自己愛の強い表現」とは異なるものなのがお分かりいただけるでしょうか?

自分のノーが相手を怒らせたり、気分を害させたりする事があるかもしれないけれど、自分の発言に責任を持てる、というのも自己中で好き勝手に振舞うワガママとは違う点だと思います。
ワガママに振舞う人は、自分で責任を取りませんもんね。
あくまで「思い通りにしてくれない相手が悪い」と他者を悪者にしてしまいますから。

自己肯定する上で「自己承認・自己受容」という自分を認める(優しくしてあげて分かってあげる作業)をしますが、自分を受け入れることが出来るようになっていないと、人のことも受け入れられないんです。

自分が満たされていないのに人を満たすなんてできませんものね。

だから、自分勝手に振舞う人は、満たされたように遠目には見えていても「足りない」状態だからこそ、自分の事を満たしてもらうために他者を使って「不足を埋めている」状態なんです。
けれど、どんなに足してもらっても「欠乏がベース」なので、満たされることはありません。
自分が自分を「本質では」愛せて大事にしていないので、他者からの愛や注目を集めることで「ほら、やっぱり私は特別なんだ!私は愛されているんだ!」と指さし確認しないと不安なんです。

自分に優しく、自分を大切に扱う事は自分を喜ばせ「自己肯定感」を高めるためにもとても大事なのでオススメされていますが、自分に優しくして愛を注いで満たしてあげると、周りの人に対しても優しく与えることが出来るようになります。

もしもTさんがハイキングコースで遭難してしまい、3日ぶりに救助され、ものすごくお腹がペコペコの状態だったとしたとき、目の前に差し出された暖かいパンとスープを他の人に譲ろうとするでしょうか??
助けてくれた人へのお礼として、目の前にあるパンとスープをどうぞ!とは思わないはずです。

けれどこれが、パンとスープでしっかりとお腹が満たされている時に、別の人から「これも食べるといいよ!」とクッキーを差し出されたらどうですか??
Tさんはすでに空腹が満たされていて満足している状態であれば、そうだ!これを助けてくれた人に「感謝」と共にシェアしよう!と笑顔で差し出せると思いませんか??

「与える」って見た目は同じでも、自分が満たされているのかどうかでその内容が異なってきます。

自分は足りていない、不足している状態なのに与え続けるのは「犠牲」です。
自分がどんどんすり減りますし、差し出したところで「こんなにやってあげているのに…」と強い不満が残ります。
こんなに我慢しているんだから見返りが欲しいとも感じます。

対して、自分がしっかり満たされている状態で与える時は「喜び」「愛」が溢れています。
純粋に与える事は喜びになりますし、受け取ってくれた人の笑顔を見るだけで満たされます。
なので、その人から何か返してもらおうなんて思わず、ただ与えることが出来ます。

とはいえ、私たち人間には様々な感情もありますし、何しろ不完全なのですから100%「無償で与える」という人の方が稀だと思います。
けれど、犠牲するよりも満たされて笑顔で与えられる方が、自分にとっても周りにとっても喜ばしいと思いませんか??

なので、自己肯定感を高めて自分を満たしていくことは、自分を幸せにするだけではなく周りにも幸せを届けるために大事な事です。

自分に優しくしてあげるというのは、自分の事を「分かってあげる」「自分と並走してあげる」「自分を応援してあげる」「自分の味方でいてあげる」という事だと個人的に思っています。
自分を甘やかすというのも、自分に対して厳しく当たるのではなく「自分がなぜ間違ってしまったのか」「自分がなぜネガディブな気持ちでいるのか」を理解してあげて、労ってあげるのが目的で、ワガママで自己中になるという事ではありません。

ただ、今まで自分の意見を飲み込んで人に合わせていた人が、自分の意見を持ち「私は○○だと思うんだ!」と発言できるようになると、それまで自己主張できなかった人が発言するわけですから、周りがTさんの変化に戸惑うこともあるかもしれませんが、自分の意見を言う事とそれで人を振り回す人は別ですから、ビックリされたとしても人を傷つけなければ周りの人も受け入れてくれると思いませんか?

自分に優しくするというのは、人に何かを求める事とは違い、あくまで「自分が自分に対して」行うものです。

例えば、自分のミスで上司から怒られた時に「あーあ、ミスして怒られちゃった」という自分に優しくするってどんなことだとTさんは思いますか??

自分に優しく、自分を大切にできる人は「ミスしたことは認めながら」、落ち込んでいる自分の肩に手を当てて「ミスした事を反省しているんだよね。誰でもミスすることはあるから、もう充分反省したからOK!そういう日もあるし、次に頑張ればいいよね!」とフィードバックしてあげることが出来ます。

ミスしてしまう自分も自分、落ち込む自分も自分という思いと同時に、ミスはしたけれど頑張っていたことも分かっているので、そこを褒めてあげたり認めてあげることが出来るようになります。

自分の中で完結させる、ものなので他者が介在しません。
だから、誰かを傷つけたり貶めたり、という必要はありません。
あくまで、自分という世界の中で、自分に暖かく接する・大事に扱うということ。

自己否定が強く自分を委縮させている状況の時は、まず自分を最初に攻撃します。(自己愛によって他者攻撃しない代わりに、自分を攻撃してしまいます)
いきなり自分を肯定するというのは否定とは真逆の事ですから、やろうと思ってもやり方も分かりませんし無謀ですよね。

なので、自己肯定する力を付けるために「まずは自分に愛を注ぎ、分かってあげる」事をしましょう!という意味で「自分を甘やかし、優しく接しましょう」と提案されます。

自分をワガママに振舞わせましょう、ではなく「自分に愛を与えて、大事に見守り、応援してあげましょう」ということです。

また、ワガママとは漢字で書くと「我儘」(我が・まま)つまり、自分のままでいいという事ですから、自分の事を受け入れるという意味でのワガママさは悪者ではありません。
自分が自分の「好き」や「嫌い」という私の「まま」の状態を受け入れてあげること、自分の意見や自分の気持ちに対して「そう思っているんだね」と言ってあげることは、自己中になって周りを振り回す振る舞いとは違うものですものね。

また、自分を大切に扱えるようになると、人の事もぞんざいには扱えなくなります。

自分と相手との間にしっかり「境界線」が持てるようになり、同時に自分が大切な人間であるように、相手も大切な人間だと分かるので、相手を尊重した話し方をします。

> あと、上記のような人間が家族にいてかなりストレスをためています。
> 距離を置くようにはしてるんですがメンタル的にそこまで元気!って感じでは無いため
> 定期的にズドンと落ちてしまいます。
> こういう人間がいる時の心の持ち方というか対処の仕方を教えて欲しいです。

自分の主張を押し付けたり、自分の言い分を通そうとしたり、相手をコントロールしようとする人がいる場合にも

自分に優しく接する、自分を大事に扱う(= 自己受容、自己肯定)というのが役立ちます。

Tさんが傷つくような言葉をわざわざ言ってくるご家族の言葉を受けて、Tさんがどんな風に感じ、どんな風に心を痛めたり苛立ったりしているかを

私はどう思ったの?
そう言われてどんなことが嫌だったの?
悔しかったね、ムカついたね。
よく我慢したよね、偉かったね。
もしも今度、同じような言葉を言われた時に言いたい事ってあるのかな?
それを言えたらTちゃんは気持ちが軽くなるかな??
言わずに我慢することを選びたいかな?どっちでもいいんだよ。選んでいいからね。
あと、ムカついたなら一緒に「お恨み帳」書こうね!!
嫌なことを言われたけど、それを全部採用する必要ないし、Tちゃんの価値は変わらないからね。

というような感じで、自分に向き合ってあげて優しく話を聞き・共感し・分かってあげて、自分を尊重してあげることで自分の中に湧き上がる様々な感情を自分なりのやり方で処理していくことが出来るようになります。

怒りの感情や悲しみの感情、沸き上がる様々なTさんの大事な気持ちに「そう思うよね」って寄り添って一緒に感じてあげることで、モヤモヤッとした感情を手放しやすくなります。

また、自己肯定できる状態は「自分の価値を認めらえる状態」ですから、先にも書きましたが「へー、あなたはそう思うんだねー。そう言われてすっごくムカつくわ~。」という感じで、人と自分の間にしっかりと境界線を持てるようになるので、嫌な事を言われれば嫌な気持ちになるし、悲しい気持ちになったり振り回されることもあるけれど、自分軸に立ち返りやすいため嫌な気持ちを引きずる時間が短くなったり、浮上するのが早くなります。

自分が自分の味方をしてくれるので、メンタル的に落ちている時であれば自分に毛布を掛けてあげるように「今は落ち込んでるから、この言葉は堪えたよね~」と優しく背中をさすって助けてあげられます。

なので、自分を大事に・優しくして「分かってあげて寄り添ってあげる」事を続けながら、自己肯定感を高めていくのは、結果的に問題となるような人がいてもそれに振り回されにくくなったり、振り回されても自分を立て直すのが早くなります。

私たちが生きていくうえで、他者とのかかわりは避けられないものです。

その他者の中には、自分を大事に思えないがゆえに周りの人をも大事に思えず、平気で傷つけるような人やコントロールしようとする人がいるのも事実です。

このような人たちは、言わばぶつかってくる車のようなもので、いくら気をつけていても向こうがぶつかってくるのですからどうしようもない事があります。
そこで傷ついてしまう自分をどう立て直してあげるか?どんな風に自分を手当てしてあげると楽になるのか?その人たちの意見を採用しないように自分軸をどう持つのか??という

自分を大事にする方法

を考えながら、自分を助けていってあげるのが、自分を楽にしてあげることに繋がっていくのだと思っています。

自己肯定感が高まっていくことで、自分軸を持ち、他者との境界線がしっかりするので、必要以上に他者に引っ張られることからも楽になれます。

長くなってしまいましたが、自己愛が強いがゆえに周りの人を平気で傷つけてしまう事と、自己肯定することの違いについて私なりに思った事をお返事させていただきました。

私も数年前までは、自己受容や自己肯定ができずに様々な事にチャレンジしながら、自分に甘く・優しくしたら「ワガママな嫌な人になって嫌われるのでは?」と思った事がありましたが、自己肯定できるようになってきて思うのは

自分の意見を持つことが人を傷つけるのではなく、自分の意見を強制的に押し付けることで不和が生じるんだという事。
自分の意見を言うにしても、どういえばいいか?というのを考える事も出来る訳ですし、言う・言わないを選ぶのも自分なんだ、という事でした。

なので、安心して自分を肯定することを楽しんでください!!
きっと自分に優しくすると、周りからも優しくされるのを体験できると思います。

TさんがTさんの一番の見方になってあげて、自分に愛を注ぎ、暖かく包み込んであげられますように。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

ココロノマルシェへ

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ココロノマルシェとは違いますが、あなたのお悩みを、ブログで記事にしてもいいよ!という方は、ぜひお悩み相談を送ってください。
私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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