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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】ずっと寂しくて、でも、他人と繋がるのも自分と繋がることも怖いです。

今日はずっと雨でした 久しぶりにタワーで寝てますけど 思いっきりはみ出してますですよ

9連休が終わってから、あまりスッキリしないお天気。
ギンちゃんは我が家のいろんなスペースで自由に寛ぐ「空間の魔術師」なのですが、今日はキャットタワーの中断のステップの上で、はみ出しながら寝ていました。

ベッドじゃない場所をベッドに変える…
自由って素晴らしい!!

そうよね、ちっちゃい事は気にすんな!!の精神でワカチコしなくちゃだもんね!

私が晩ご飯を食べていたら、ドサッという音がしてビックリしたのですが、音と同時に中段にいたギンちゃんが真横に落ちてきて、ギンちゃんもビックリして目をまんまるにしていました。
落ちるって、どんだけリラックスしてたのーー。

超CooooooooLなのに愛らしいギンちゃん情報をお届けした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

私、ずっと寂しくて、でも、他人と繋がるのが怖いです。自分と繋がることも怖いみたいです。

誰かと関わることは自分の利益のために相手を利用することだと感じます。それはあまりいい気持ちではありません。

「自分の気持ちを感じる」ってよく言うし、意識してみたこともあるけど、通常の生活が送れなくなるほどバランスが崩れて辛かった。自分の気持ちを気にしていたら、これまでを生き抜くことはできなかった。

それまでとても生きづらかったことに気付き、ここ3年ほど自分と向き合ってきたつもりです。その間、私を支えると言ってくれた人もいましたが、依存、癒着の関係になり、距離を置かれ私の前からいなくなりました。

幼い頃から、家族や親族、学校の先生、職場の先輩など、身近な人の死が多く、失うことに強い恐怖を感じます。失うことは怖いのに「ある」ことに気付くのは失くなってからだと気付き、それもまた辛いです。

寂しい→繋がる→失う→辛い→寂しい→繋がりたい→でもきっといなくなる→それなら繋がらない方がいい→じっとしていよう→寂しい→繋がりたい→でもきっといなくなる→それなら繋がらない方がいい→じっとしていよう→寂しい…
の無限ループから抜け出したいです。

自分を大切にするってどういうことなんでしょう?そんなに難しいことじゃなくて、今できることをすればいいのか…。今まで、随分背伸びしてきたんだなと思います。そりゃしんどくなりますよね。

私、学生時代から何で生きてるのかわからなくて、生きる意味をずっと探していました。どうして死にたい私は生きていて、生きたい従姉妹は死んだのか。その違いは何なのか。

どうしても手に入らないものはあなたが与えに来たもの説に当てはめると、私は大切な人を愛しに来たんだと思います。そして、自分を愛するためにこの地球に来たんだと思います。

長々書いたところで、あー、かまってもらいたいんだ。やっぱり誰かとどこかで繋がりを持ちたいんだと再認識しました。
相談者:さえさん

さえさん、こんにちは。
ひとりぼっちだな…って感じるのって、寂しいですよね。
1人だから寂しいのではなく「ひとりぼっちなんだ…」って思う時が寂しいんですよね。
私も随分と長い間「寂しい」という感情と付き合ってきたので、さえさんの感じる「孤独が寂しいけれど、繋がると重くなってしまってそれも怖い」という気持ちはとてもよく分かります。

重くなってしまうのは、それだけ「耐えて」「我慢して」つながりに飢えてしまっているからなんだと思うんです。
喉がカラカラの時に小さなコップの水を差し出されたらゴクゴクと一気に飲み干すと同時に、さらに強い渇きを感じてもっとお水を欲しがるのと同じように、今までずーっと「欲しかったのに繋がれずに乾いた状態」だったとしたら、誰かが差し伸べてくれた親切や愛に、もっともっと…と依存的に寄りかかってしまうと思いませんか?

> ここ3年ほど自分と向き合ってきたつもりです。その間、私を支えると言ってくれた人もいましたが、依存、癒着の関係になり、距離を置かれ私の前からいなくなりました。

3年って長い時間です。
長い時間をかけて自分に向き合う作業を続けられたってすごい事です!!
そして実際にその成果として、自分を大切にしたからこそ「支えたい」と言ってくれる人が現れたんですよね!!

そこで甘え方・繋がり方が分からずに「心の距離感」が図れずに依存・癒着のような近過ぎる関係になって、相手が抱えきれずに距離を取られたことでさえさんの心は痛い思いをしてしまったけれど、実際に近付くことも出来たのだし、自分が寂しさを抱えているから依存してしまう傾向がある、という事も分かったんですものね。

大事な人から距離を置かれたことで傷付いてしまった事は残念だったけれど、この3年間の成長ってすごい事ではないでしょうか?

どうしてもダメな部分を拾い集めてしまいがちですが、支えたいと言ってくれる人がいるという事を知れた事、さえさんが本当は「愛されたい」から距離を一気に縮めてしまうほどに人との繋がりを求めていた事など、いろんな収穫もあったと思いませんか??

・支えてくれるって言ってもらった時、嬉しいって感じた気持ち
・実際に誰かに心を開く事で得られる温かさを知れた事
・生きづらかったから自分を大切にしたいと気づいた事
・失う事が怖いから、近づけないでいる事

さえさんが「しんどい…」と思いながらも自分を大切にしようとした3年間で、どんな成長があったか、些細なものも含めて振り返って見るのもオススメです。
その際には、失敗は数える必要は一切ありませんからね!

> 誰かと関わることは自分の利益のために相手を利用することだと感じます。それはあまりいい気持ちではありません。

さえさんの事を「支えたい」と言ってくれた人に対して【依存・癒着】の状態になったと仰っていたように、依存の時というのは大きな不安や寂しさを抱えていた時に差し伸べられた手にしがみつくようにして「お願いだから、私を助けて!!」「私には自分を埋められないから、代わりに何とかして!!」と【お願いだから○○して!!】と言っている状態。

つまり、自分の要求でいっぱいいっぱいで、相手を振り回してしまっている状態。

結果的に自分の要求を叶えてもらう事を望んでしまっているのですから、相手を利用しているような気持ちを感じてしまいます。

対して、相手を信頼して「頼る」ことが出来る【サレンダー】の状態というのは、自分には出来ないから【○○してもらえたら嬉しいなぁ】と相手に委ねて、それをしてくれる・してくれないは相手の考えにお任せするので、相手にとっても負担にはならず、あの人のためにしてあげたい!と相手は自主的に助けをかって出てくれるので疲弊どころか喜びを感じます。

私はあまり説明が上手じゃないので、うまく伝えられないのがもどかしいのですが

・自分の要求を叶えて!!と相手にお願いしている状態 … 依存
・自分にはうまく出来ないから助けてもらえたら嬉しい!と自分の気持ちを伝えはしても決定権を相手に委ねている状態 … 信頼・サレンダー

であって、相手に断る権利を渡している状態かそうでないか?で、相手を利用しているのか、それとも助けてもらっているのか、の違いが生まれるんです。

> 私は大切な人を愛しに来たんだと思います。

大切な人を愛する時、その人が喜ぶ顔を見たいから、その人の役に立ちたいと思いますし希望を叶えてあげたいと思いますよね?
頼ってくれたら嬉しいし、愛を動機に周りの人の役に立てた時、さえさんはどんな気持ちになると思いますか?

あぁ、私の愛が利用されたな…と感じると思うでしょうか?
それとも、私の愛が大切な人を笑顔に出来て、満たされる気持ちになれたな〜と微笑むでしょうか?

さえさんが「助けになれて嬉しい」「役に立てて嬉しい」と与える事で自分の心を喜びや幸せで満たすのと同じように、さえさんのことを愛したい人は、さえさんの助けになることで「利用された…」と思うのではなく、満たされた気持ちでお互いに「ありがとう」と感じあえると思いませんか??

先に話していた「人を利用する」に繋がるのですが、さえさんがお悩みの中に書いてくれていた

> 寂しい→繋がる→失う→辛い→寂しい→繋がりたい→でもきっといなくなる→それなら繋がらない方がいい→じっとしていよう→寂しい→繋がりたい→でもきっといなくなる→それなら繋がらない方がいい→じっとしていよう→寂しい…

過去にさえさんがお友達の関係であったり、お母さんやお父さんとの関係で大きな痛みを伴う「繋がりを絶たれる体験」をしてしまうと、その痛みが強烈であればあるだけ、二度と同じような思いをしたくないと私たちの心は自分を守るために【繋がらずに自分で何でも出来るようになろう】と自立します。

自立して人を頼らず・繋がらずに生きようと鎧を着ますが、その鎧の中には「本当は繋がりたい、近づきたいけれど怖い」という思いがあり、それを押さえ込んでの自立なので、そこで誰かが支えてくれると言ったら、隠していた依存が抑えきれず、頑張って自立してきた分だけ依存に強く傾きます。

自分を愛し、大切にし、信頼して自立しているのではなく、怖さや痛み・恐れを隠すための自立ですから、その内側はいつだって孤独ですし脆い状態です。

そしてこの「依存を隠した自立」は、本当は弱さを持っているのにそれを感じてはいけないし隠さなくてはいけないので、自分を褒めて自立させるのではなく、出来ないことを必死にやろうとしたり、ダメ出しをして自分いじめを続けて苦しみながら自立の道を歩もうとします。

実は、これは全部「過去の私の姿」でもあります。

さえさんと同じように、自分に向き合ってもっと生きやすくなりたい!と言って何年も自分と対峙し、私はその間ずっと

私の中のダメな部分を見つけては、それを直さないと愛されないと思い、欠点ばかりを探し続けて、自分をいじめ抜いていたんです。

自分に向き合う = ダメ出しをする

だったんですが、これって「自分を大切にする」とか「向き合う」という事からはかけ離れていますよね…

自分に向き合うのは「自分を知るため」の作業です。
そして、自分を知るというのは「こんな弱さがあるんだね」「この部分が苦手なだね」「こんな脆さを抱えているんだね」と自分が持っている物を

いい・悪いといったジャッジを一切せずに、ただフラットに確認する

という事です。
そしてただそれを「私ってこうなんだねー」と受け入れる事が、自己受容という作業で、自分の個性や特性、長所や欠点をただ「あるだけ」として受け入れる事が自分を大切にするための土台になる作業です。

長年ずっと生きづらかったのですから、いきなり「自己肯定して自分を好きになりましょう♡」と言われても、肯定できない自分を責めて余計に自分を嫌いになったり、自分を大切にできない自分に失望したりしてしまいますから、まずは肯定しなくてもいいので、絶対に否定もせずに「ただ受け入れる」ということをしてみてください。

自分にとって好ましくない物事や感情を否定しそうになったら

あ!!まだ否定しようとしてるーー。
ほら、それがさえちゃんのクセだよーー。
良いも悪いもジャッジしない!!それが今の私の課題!

というように、自分で自分に教えてあげて、セルフジャッジをやめることをクセずけてみてください。

そしてもう1つ、自分をフラットに見ることすら「うまくやろうとしない」でくださいね。
いいんです、フラットに見ようと意識してもそれができない日があっても。
完璧にやろうとしないで、失敗してもいい!と言ってあげる事が「自分を大切にする」ということです。

私も最初は「自分を大切にして自分で自分を愛することでしか、孤独や生きづらさは埋められないのだから、ちゃんと自分を大切にしよう」と自分に向き合いましたが、何しろ自分を大切にできていないのですから、ダメな部分ばっかり見えますし、大切にする仕方も初心者なので、効果があるのかもうまくできているのかも全然分からずでした。

そして、自分を大切にするというのは「自分がいかに楽になるか?ではないのか??」と思い、自分を褒める事や長所を見つける事も大事な作業でしたが、それ以上に心がけたのが

「しょうがないよねー、それが私だし」
「今まで自分を大切にする方法を知らないで生きてきたんだから、分からないよねー」
「落ち込むって、頑張りすぎのサインじゃない?」
「よしよし。できないなら自分いじめよりも、お茶でも飲んで緩んだ方がいいよねー?」
「できないがデフォルトなんだから、焦らない、焦らない」
「そっかー、私は今怒ってるんだねー(悲しんでるんだねー)」

と、ダメな自分を承認することを徹底しました。

> 自分を大切にするってどういうことなんでしょう?そんなに難しいことじゃなくて、今できることをすればいいのか…。今まで、随分背伸びしてきたんだなと思います。そりゃしんどくなりますよね。

さえさん、すごい!!!
「今できることをする」しか、私たちには出来ないんです。
しかも「自分を大切にする方法」を知らない、つまり自分に合うやり方を手探りで探している状態なのですから、背伸びしなくていいんです。
難しいことなんてしなくてOKですし、うまく出来なくてもOKなんです。

自分を大切にするって、緩んでいる状態をイメージすると分かりやすいと思います。

力みがなく、リラックスしていて、安心している状態。

ダメな自分、弱い自分、情けない自分がいたら、それに対してニコニコっと笑いながら背中をポンッと叩いてあげて

それがさえちゃんなんだから、かまへん・かまへん!
それがさえちゃんなんだから、ちっちゃい事は気にすんな!
それがさえちゃんなんだもん、今はこれが精一杯!だもんねー

って言ってあげて「どんまい、私」って思ってあげる事で、ゆるゆるーっと自分を楽にしてあげませんか??

私はあえて「ちょっとアホになる」を目指すくらいでいいんだろうなー、って思い、自分を厳しく監視するよりも、自分にアホになって笑いかけることをおススメしています。

長くなっていますが、最後にもう一つだけ…

> 身近な人の死が多く、失うことに強い恐怖を感じます。失うことは怖いのに「ある」ことに気付くのは失くなってからだと気付き、それもまた辛いです。

大事にしていないものを落とした時、必死になってそれを見るけるために探したりしないように、私たちは「自分が愛している」「自分が大切に思っている」存在ではない人を失っても、深く傷ついたり悲しみを引きずったりしません。

言い換えると「強い悲しみや怖れがある」というのは、それだけ相手を深く愛している、という事。

なくすまでは愛しているのが普通の状態なので「そこにあるのが普通」であって、失うなんて思っていませんから、わざわざ「大切な存在なんだ!」って気づいていないのが普通です。

悲しみや苦しみは、愛した証です。

愛していたから切ない、愛していたからしんどい、失ってもなお愛しているから痛くて辛く、引きずるんです。

身近で大切な人を、深く愛せるからこそ感じる痛みです。
繋がったからこそ(それが上手だとか下手だとかは別問題です)感じる「愛」の分だけ、私たちは失うと痛みを感じるんですから。

さえさんは、ご自身を愛する事と同時に、周りの人に愛を与えに来たと気付いてしまえる程に「愛が深い」素敵な女性なんですものね。

さえさんの持つ大きな愛を自分にどんどん注げるように自分を大切にし始めたら、さえさんの愛がご自身を満たして溢れ出し、周りの人にもどんどん循環できるんだろうなぁ。
そしてそんな日が、きっともうじきやってくるのだろうと思います。

自分の愛を信じて、自分を否定するのをやめることからスタートしてみてくださいね♡

自分を大切にするのは、やりがいのある「楽しい作業」なので、しんどいと思ったらそれは「さえさんに向いていないやり方」だったり疲れているというサインだと思って、無理せずに休んだり、他のアプローチを試してみて下さいね。

自分を大切にするための方法は、それこそいろんな種類・角度で試せますから、もしも自分に合わないものがあれば、

これが合わないという事が分かったって、すごくない?!

と、笑って言ってあげるくらいのゆるさで、頑張りすぎずに行きましょうね。

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