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【ココロノマルシェ】義母・親戚拒否反応ひどくなってきてない?と自分で心配になります。わたし甘えてない?

蚊に刺されてもオールオッケーにするためのお薬ですね

ワンちゃんと暮らしている人であれば毎年春には「狂犬病の予防接種」と「フィラリア症予防の投薬」の時期だな~と季節を感じるから方も多いと思います。

私はギンちゃんとの暮らしが「初のネコちゃんとの共同生活」なので、分からない事だらけでした。

狂犬病の予防接種は必要ないけどフィラリアってネコちゃんも予防がいるの??と思っていたので獣医さんに聞いたところ、基本的にネコちゃんはフィラリア症になりにくい(抗体だったかなんか…)らしいのですが

絶対にならないという訳ではない

という事で、予防はしておくに越したことがないとこのと。
さらに、ギンちゃんは室内飼いの家ネコちゃんとは言え、ノミなどの虫の予防とフィラリア予防が一緒になっている液体の薬を頭と首の付け根当たり(ネコちゃんが舐めれない場所)に垂らすだけでいいという薬を使っています。

仁くんは錠剤のお薬、ギンちゃんはスポットタイプのお薬。

毎月1回、5月~10月までの予防薬ですが、これを忘れてしまいがちなので、私はお給料日は予防の日!と決めて予防薬をあげています。

今年はステイホームであまり外出していない事もあって蚊に刺されていませんが、蚊って今からがピークでしたっけ??
人間でも蚊に刺されると酷い人は熱を出したり腫れたりしますから、虫よけの予防って大事ですよね!と、蚊除けに関する話を長々とした後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

結婚5年目、子供なしの39歳です。義母や親戚付き合いができずに悩んでいます。

結婚前から主人が購入していた中古物件に、結婚を機に夫婦2人で住んでいます。家は主人の実家の隣にあり、主人は長男です。
義父や義祖父は結婚前に他界しており、義祖母も2年前に亡くなり、義母は現在ひとり人暮しです。
主人には弟がおり、現在は他県で結婚して家を建てて子どもも2人います。

昔から一族で住んでいたので、周りにも主人の親戚達(義父は4人兄弟の長男なのでその弟たち家族、妹たちも同じ市内にいます)が住んでおり、また親戚以外の近所の人たちも家族のような雰囲気です。義祖父母・義父の仏壇やお墓もあるので、お盆や法事のたびに親戚、近所の人たちも集まります。

義母はとてもテキパキしていて、気づかいのできる人で、お盆や法事のたびにあれこれ準備をして人を迎え入れ(主に義父の兄弟や義祖父母の兄弟たち)、さっぱりした性格なので、義父の弟妹たちから「姉さん、姉さん」と慕われています。 気を使えるが故、精神的な疲れから体調を崩すことも。買い出しや力仕事は主人が手伝います。

普通ならば、長男の嫁である私はお盆や法事、自治会の集りなどであれこれと義母の手足となり動くものだと思います。75才になる義母の精神的な負担を減らすのが嫁の役目だと思っています。実際、結婚してすぐの頃は私もがんばろうと母に連れられて自治会の婦人会に参加したり、お盆や法事では「私たち夫婦」のスケジュールではなく、義母のスケジュールに合わせて動いていました。

スケジュールといっても、することは大したことはなく、来た人やお坊様にお茶を出したり、挨拶をするだけなんです。お墓参りの際は、親戚やご近所さんのお墓にも回ってお線香をあげるだけなんです。できなくはないんです。
「頑張れば」です。

主人は「悪いけど、辛抱してね」「母ちゃんの顔を立ててやってね」「あとで何でも好きなもの買って、テンション上げてね」と言います。することは簡単なのでそのとおりにしていたのですが、回を重ねるごとに、法事やお盆正月の休みに自分たちの予定を考える前に義母に合わせること、親戚の顔を見ることが苦痛になってきました。
というより、苦痛に感じていることを「感じる」ようになってしまったのです。「辛抱する」ことが頑張れなくなってきて、集まりの前や後に謎の頭痛や倦怠感がおこるようになりました。主人には徐々に自分の気持ちを伝えることができてきたので、親戚には私が体調悪いことにして顔を出さない理由をつけてくれたりもします。(さすがに冠婚葬祭は「辛抱」しないといけないとは思っています)

隣に住んでいるのに、今年のお盆はとうとうお線香もあげに行きませんでした。自分を守るためとはいえ、義母・親戚拒否反応のひどくなってきてない?と自分で心配になります。わたし甘えてない?と。
自分の母親・親戚と私に挟まれている主人にも悪いなあと思います。
他県に住んでいる弟さんのお嫁さんは、可愛げのあるふんわりのんびりした人で、ちゃんと義母とメールでのやり取りをしていたり、こちらに遊びにくるのも楽しみにしています。主人の従妹も義母と仲良く、よく遊びに来たり、一緒にお出かけしているようです。
本当は長男の嫁の私がすることなのに、できない・したいと思えない自分が情けないです。

今の自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたくて相談として送らせていただきました。よろしくお願いいたします。
相談者:チャゲさん

チャゲさん、こんにちは。
私は結婚していなので『義家族とその親戚との付き合い』というのはないのですが、いざ結婚してみると距離感をどうするかについて悩んでしまう事ってあるんですよね。

随分昔「あさイチ」というNHKの番組をたまに見ていたのですが(今もやっているのかな??)お盆や年末が近付くと「旦那さんの実家への帰省問題」「義家族との付き合い方問題」などをテーマにした内容の日があり、それだけ根深く・問題になりやすいテーマでもあると思っています。

大前提として、私たちはみんな「得意・不得意」が違います。
気を使わずに人間関係をスルッと構築する事が得意な人もいれば、試行錯誤しながら居心地のいい関係を築くタイプの人もいます。
また不器用ながら少数精鋭の関係を大事にしたいと思う人もいれば、大勢でワイワイやることが楽しくたまらないという人もいます。

それは「正しい・悪い」ではなく、あくまで「違い」です。

> 昔から一族で住んでいたので、周りにも主人の親戚達(義父は4人兄弟の長男なのでその弟たち家族、妹たちも同じ市内にいます)が住んでおり、また親戚以外の近所の人たちも家族のような雰囲気です。義祖父母・義父の仏壇やお墓もあるので、お盆や法事のたびに親戚、近所の人たちも集まります。

家族のような親しみを込めたお付き合いができる親戚関係が多いってとても素敵な事ではありますが、この部分を読ませていただいた時に「私だったら」人間量が多くて気疲れしちゃうかも…と思いました。(あくまで「私なら」という視点なので、いい・悪いではありません)

私自身が地方都市に住んでいて、都会と比べると親戚づきあいって多い方だとは思っていましたが、結婚して旦那さんの実家の親戚づきあいの量が「私が想像するよりはるかに密」で驚きました。

> スケジュールといっても、することは大したことはなく、来た人やお坊様にお茶を出したり、挨拶をするだけなんです。お墓参りの際は、親戚やご近所さんのお墓にも回ってお線香をあげるだけなんです。できなくはないんです。
> 「頑張れば」です。

チャゲさんのこの言葉に、幾度も「分かる!!」と激しく頷いて読ませていただきました。
すごく難儀な仕事ではなく、親戚の人たちも「嫌な人」ではないけれど、そこにいる自分が「しんどい」と感じちゃうんですものね。しょうがないんですよね。

「頑張れば」とありますから、自分を奮い立たせて「はぁ~」という思いを飲み込んでその時間を耐えている訳ですものね。
またあの時間をやり過ごさなくちゃいけないのか…と考えるだけで、気は重くなりますし考えれば考えるほど不安は大きくなって自分を押しつぶすので

昔はやれていたのに、どんどん嫌になって出来なくなる

のではないでしょうか??
嫌な事を無理して飲み込むのですから、嫌が貯まっていくというか「嫌が積み重なって大きく育つ」のですもの。
人から見たら大したことないようなことでも、自分にとって「もうヤダ」と思うくらい大きなイヤを前にしているのですから、あまりご自身の事を責めないで上げて欲しいな、と思います。

簡単なことかもしれない。
でも、私にとっては簡単ではないこと。
頑張ってやれる時もあるけれど、簡単ではないからこそ、出来ない事もあるんだもんね。

そんな風にぜひ、チャゲさんに「分かるよ」って微笑みながら声をかけてあげて見てください。

> 義母はとてもテキパキしていて、気づかいのできる人で、お盆や法事のたびにあれこれ準備をして人を迎え入れ(主に義父の兄弟や義祖父母の兄弟たち)、さっぱりした性格なので、義父の弟妹たちから「姉さん、姉さん」と慕われています。 気を使えるが故、精神的な疲れから体調を崩すことも。買い出しや力仕事は主人が手伝います。

そもそもチャゲさんは「たくさんの人の輪の中でテキパキ振舞う事」が得意でしょうか?

義母さんのようにテキパキ・気遣いができる・サッパリした性格の星の住人ですか??
「姉さん」と慕われるようなキャラ・タイプでしょうか??

義母さんは実際にとても素敵な女性なのだろうと思います。
こんな風にやれたらいいな、こんなに働き者で愛される素敵な人だからこそ助けになりたいな、この人を笑顔にできることをしたいな、とチャゲさんも思われているのだと思います。

けれど、チャゲさんが「義母さんと同じようなことが出来る星の住人」ではなければ、頑張っても「住む星が違う」がゆえに、出来ない事やうまくやれない事がたくさんあって、自分を責めてしまいます。

テキパキするよりもおっとりとマイペースにやる事しかできない星の住人であれば、テキパキの星に合わせるのは「頑張る」力がうんと必要ですし、サッパリの星に住む人の気持ちに憧れても考えてしまいやすいタイプの星の住人からしたら、そうなれない自分を強く責めてまた落ち込む…という事をやってしまいますものね。

義母さんのような「素敵な人」に憧れるし、尊敬している。
けれど、私はちょっと別の星の住人みたいだから、義母さんみたいにはできないんだよね。しょうがないよね。

って「できない事を認める」「しょうがない」って言ってあげる事も、自分を楽にする方法だと思っています。

だって本当にしょうがないんですものね。
いいとか悪いとか言われても、出来ない事は出来ないんです。
不器用な私、なんです。
それが、私なんです。

> 苦痛に感じていることを「感じる」ようになってしまったのです。「辛抱する」ことが頑張れなくなってきて、集まりの前や後に謎の頭痛や倦怠感がおこるようになりました。主人には徐々に自分の気持ちを伝えることができてきたので、親戚には私が体調悪いことにして顔を出さない理由をつけてくれたりもします。(さすがに冠婚葬祭は「辛抱」しないといけないとは思っています)

頭痛や倦怠感といった「体」に拒否反応が出ているんですもの。
ご主人がチャゲさんの気持ちを理解しようとしてくれて、理由をつけて守ってくれているのであれば

私の気持ちを受け入れてくれてありがとう。
あなたがいてくれて本当に救われているよ。

と感謝の気持ちを伝えて、それに甘えちゃいませんか??

義家族の集まりはチャゲさんがいなくてはいけない・困るとうう集まりではないんですものね。
チャゲさんがご自身で言われているように「冠婚葬祭」といった自分がいなくてはいけないという状況の時は、ちゃんと辛抱してそこに参加しているのですから、それ以上には出来ない自分を許してあげたいですよね。

私自身が自分を責めてしまったり、不安に陥ったりする時に自分に欠ける言葉があります。

しょうがないよね。それが『今の』私なんだよね。

あくまで「今の」私がそうできないだけで、この先にどうなるかなんて分かりません。
子供時代、私はグリンピースやニンジンが苦手で、食べることに苦労しました。
けれど大人になったらそのおいしさに気付き「今の」私は積極的にグリンピースやニンジンを食べられるようになりました。
これも一つの変化ですよね。変わらない…と思っていたことが、ヒョンなことから変わることだってあります。

また、子供時代からどうしてもエビフライが苦手で、それは大人になった今でもやっぱり苦手で食べられません。
それもやっぱり「今の私」なんです。

食べ物であれば好き嫌いを言ったり、苦手があってもしょうがない…と受け入れやすいのですが、ことに人間関係においては「いい・悪い」「そうあるべき」というのに縛られてしまう事がたくさんあります。

けれどね、出来る事や持っている器のサイズは形は人それぞれで、その違いを責めることはナンセンスなんですよね。

自分だけの幸せのモノサシを持つことです。極論を言えば自分が幸せになればいい。

これだけで幸せ / 小川糸さん著

ここまでパキッと思うのはなかなか難しいですが、極論であるように「自分にできる事だけをすればいい」「自分のサイズでやれることに思いを込めればいい」んですよね。
周りの人のためについつい頑張ろうとしてしまい自分を犠牲にしやすい時に、私はこの言葉を思い出すようにしています。

チャゲさんは避ける事の出来ない「冠婚葬祭」といったシーンでは『頑張る』のではなく『辛抱』してその場を乗り越えていらっしゃることも、とても素敵だなぁと感じました。

頑張る事と辛抱することは違いますものね。

私は直接見たのではなく、インターネットで見た言葉なのですが「はやく起きた朝は」というテレビ番組でタレントの磯野 貴理子さんが、石倉 三郎さんの著書に書かれていた「辛抱」についてこんな素敵な言葉を紹介していました。

辛抱って漢字で書くと『辛さを抱く』って書くの
だから、辛抱しろっていうのは、辛さを抱きしめていればいいのよ。ギュッと。
なんかできる感じがしない??辛抱って。
私は、それを読んだときに なるほど!って思ったのね。辛抱ってできるなって。

はやく起きた朝は / 磯野 貴理子さん談

本当に素敵な言葉・素敵な解釈だなぁって思ったんです。
苦手な場面、逃げたい場面でもそこにとどまって自分の果たすべき役割を果たせているチャゲさんの事を「ギュッ」と抱きしめてあげたいですよね。
何もかもを放棄しているのではない自分を、辛さの中でできることを精一杯やっている自分を、責めるのではなく抱きしめてあげたいですよね。

> 他県に住んでいる弟さんのお嫁さんは、可愛げのあるふんわりのんびりした人で、ちゃんと義母とメールでのやり取りをしていたり、こちらに遊びにくるのも楽しみにしています。主人の従妹も義母と仲良く、よく遊びに来たり、一緒にお出かけしているようです。
> 本当は長男の嫁の私がすることなのに、できない・したいと思えない自分が情けないです。

「長男の嫁」って冠がつくだけで、それはやはり重圧なんだと思います。
義弟さんの奥さんが「かわいげのあるふんわりとして人づきあいも出来る」とチャゲさんと比較してご自身を責めてしまっていますが

そもそもが、別の人で得意・不得意も違う事に加えて、スタート地点も違い背負っているものも一緒ではありませんから

比較してもしょうがない

んですよね。
比較するならば、同じ状態・同じポジションじゃないと、ただの自分虐めになっちゃいます。

チャゲさんが「長男の嫁」として周りから見られるという重荷を背負っている中で、義弟さんの奥さんは「次男の嫁」で背負う荷物の重さは全然違いますよね。
「お兄さん・お姉さんがいるから」と思えるかどうかって、大きな違いではないでしょうか???

また、遠くに住んでいる事と近くにいる事も違いますよね???

何かとすぐに手出しできる場所・力になれる場所にいれば「できない」という状況で自分を責めてしまいますが、距離があれば「できないのはしょうがない」と思えますし、距離があるからこそできる時にあれこれやろう!いい関係を気付くためにメールのやり取りをすることだってできます。

また、そうすることが「好き」だったり「得意」な女性であれば、苦痛ではなくそれを軽々やれちゃうんでしょうし。
先にも書きましたが『違う星の住人』と自分を比較して自分を否定したり情けなく感じるのは自分虐めであって、少しも楽しい事ではありませんから

違う星の人なんだから、気にしてもしょうがない

と、ほんのちょっとだけでも肩の力を抜いてあげられますように。

チャゲさんはご自身が「得意ではない事」「頑張らないとできない事」について【できない・したいと思えない自分が情けない】とご自身を否定してしまっていますが、頑張って耐えて「親戚づきあい」が出来るようになったらちゃげさん自体がどんどん疲弊してしんどくなるだけなのではないでしょうか??

今の状況を克服して親戚の輪の中で義母さんのような存在になりたい!
それを考えるとワクワクする!!

というのでしたら、自分を情けない…と叱咤して頑張らせることも力になるかもしれませんが、そうでないなら「下手にできる人」になると、帰ってしんどくなるのではないでしょうか???

親戚づきあいではないのですが、私の事を少し話させてください。

私は職場での気疲れのする飲み会というのが苦手でした。
無理して参加してもあちこちに気を使い、その場では明るく振舞うのですが、帰ってきてからすごく疲れると同時に「何か失敗していないだろうか?」と一人反省会をしてしばらく浮上できない…と飲み会が苦行以外の何ものでもありませんでした。(それ以外にも体を壊すほどハードワークをしたりと、自分を虐めちゃっていたのですけれど)

転職をして今の職場に入ったときに『出来ない事は出来ない私でいい』と言い聞かせ、体を壊したので過度な残業などはしない事・オンとオフは分けて考えたいから飲み会などには基本は行かない事を面接で伝えました。

もともと飲み会などが多い職場ではないものの、歓送迎会などがゼロではなく、はじめのうちは断りづらい…と思っていましたが

マミコさんは飲み会には基本的には来ない人

という認知されたことで、断ったところで「そうだよね!」と無理強いされることもなくなりました。
とはいえお世話になった人の送別会だったり全体でどうしても出なければいけない会がある場合は、チャゲさんが言うように「辛抱」して参加できる範囲のものにたまにですが参加すると『おおーっ!』と言ってもらい、なんだかかえって照れるような場面に出くわします。

はじめのうちは「出来ない」「断る」「参加しない」という事に罪の意識のようなものを感じたりはしましたが、出来ないものは出来ないんです。
他の人から見たら「簡単な事」かもしれませんが「自分にとっての苦行」であれば、私には出来ないって逃げることは自分を守る大事な事だと思っています。

我慢する事・頑張ることは美徳のように私たちは教えられて育ってきました。
確かに頑張れるならば頑張ることは素敵な事ですし、人間としての成長もあるとは思いますが、過去に私が自立ゆえに人に頼れず何でも抱え込んでいた時に見つけた言葉にハッとされられました。

ノートに書き留めた言葉なので、出典がはっきりしないのですが頑張り過ぎる時に自分を楽にしてくれる言葉だったので、チャゲさんにもお裾分け(?)させていただきます。

我慢の先にあるものとは
・新しい我慢
・次の我慢
我慢して、我慢して、我慢して、その先には更なる我慢が必要となる
努力して、努力して、努力して、その先には更なる努力を強いられる

出典不明 / マミコの個人ノートに書き留めてあった言葉

無理して出来ない事を飲み込んでも、次にできない事を飲み込んで耐える場面が待っているならば、無理して出来るようにならなくていいと思えませんか?

あれこれ色んな人の言葉をご紹介してばかりですが、自分が周りとうまくやれなくてションボリしてしまう時には、この言葉を思い出すとクスリと笑顔になれて元気になれるので、ぜひチャゲさんにもご紹介させてください!!

俺は(ミランで)孤立している。あえてね

サッカー選手 本田圭佑さんの言葉

なんか元気がでませんか??
「あえて」孤立してるんだよ!「あえて」混じらないんだよ!!
って自分に言えたらなんか無敵な感じがしますよね。

> 義母は気を使えるが故、精神的な疲れから体調を崩すことも。買い出しや力仕事は主人が手伝います。

義母さんの不調に気付けるのも、精神的な疲れを感じられるのも「同じように気疲れを感じられるチャゲさん」だからではないでしょうか?
そしてその辛さが分かるからこそ、何か役に立ちたいし助けになりたいと思えるんですものね。
そして実際に、側にいるからこそご主人が義母さんのサポートをして助けになれているんですものね。

義母さんは、近くにいて大きなことではなくとも自分を気遣い支えてくれているご主人(息子)と、それをサポートしているチャゲさんの存在に「ありがとう」って思ってくれているのではないでしょうか???

気遣いが出来て人の輪を上手にまとめられる人であれば、大勢の親戚づきあいが苦手だと思っているチャゲさんの事も「分かっている」でしょうし、そこに気遣いを示して受け入れてくれる人でもあると思いますから、チャゲさんが大勢の前では出来ない事であっても、近くにいて何か義母さんに困ったことがあったときに、出来ることで感謝を伝えていけたらいいですよね。

義母さんと話すのがあまり得意ではないのであれば、ご主人に「義母さんのココが好き」「義母さんココを尊敬している」「義母さんのココに感謝している」というのを伝えることも素敵な事だと思います。
何かの折にご主人から義母さんに「そういえばチャゲが母さんの気遣いできる所を尊敬してるって何度も俺に言ってたよ」と伝わることがあるかもしれません。

不思議な事なのですが、直接褒められたり感謝を伝えられることも嬉しいのですが、そういえばあの人がこう言ってたよ!と誰か別の人をクッションにして自分を肯定する言葉が語られていると聞くと、褒められた人は受け取りやすいだけじゃなく嬉しさも増えるという効果があります。
テクニック…ということではないのですが、直接上手に伝えられなくても、大事に思っている・感謝している、というのを第三者に伝えるだけでも、それが届くことがありますから、自分にできるやり方をするというのがきっと何より大事なんだと思っています。

なんだか支離滅裂で長いお返事になりましたが、チャゲさんの気持ちがほんのちょとだけでも軽くなるものがあればいいな、と思ってお返事を書かせていただきました。

ワガママ…かもしれなくても、そんな風にしか生きられない自分をギュッと抱きしめながら、不器用な自分を大事に愛して行けるようにと祈りを込めて。
私も同じように、ワガママなのかもしれない自分ですが、大事にしていきたいと模索中ですから、共に詩文を大事にしていきましょうね!!

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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