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【ココロノマルシェ】保健所に収容されている動物を見ると、何もできない自分にひどく自己嫌悪に陥ります。

今日も雨がザーザーでち

梅雨が長引き、今日もザーザーと雨模様。
ここしばらくは「もわん」と熱量もある雨だったのですが、今日は少しヒンヤリとした冷たい雨。
7月末だというのに扇風機が少し肌寒く感じるなんて…と季節感が分からなくなるような不思議な気分でした。

とはいえ、きっとこの長雨が終わると一気に熱くなって短い夏がギラギラするんだろうなぁ。
私は暑い夏が好きなので、夏がやってくるのを今か今かと待ち遠しく思っています。

雨宿りならぬ「お家宿り」をしているギンちゃんがテントにいる姿が写真に写り込んでいて思わずニヤッとして強引に見せた後は(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

ぱんと申します。
私は時々自分が生きていることがいたたまれなくなることがあります。

例えば、保健所に収容されている動物で「この子はあと何日で処分されます」という記載を見ると、何もできない自分にひどく自己嫌悪に陥ります。
本当は何もできないわけではありません。無理すれば保護できなくはないのです。
でも無理をしないで今の生活を優先してしまいます。

今までできる範囲で保護活動もしてきましたし、保護猫も飼っています。

また、時々寄付などはできる範囲でしているのですが、それほど悩むなら今ある財産をもっと費やせばよいのです。
でもそれもできないのです。自分の好きな洋服に使ってしまったりします。

そんな、自分がかわいい自分が生きていることがいたたまれないのです。

それは、動物を殺して食べていることも同じです。動物の命と自分の命、どちらが大事なのかわからなくなります。時々激しく自己嫌悪に陥ってしまいます。

現在妊活中なのですが、保健所に救える命があるのに、それを捨て、自らの命を残そうとしていることにも罪悪感を感じます。そしてひどく悲しく思います
是非アドバイスをお願いしたく思います。
相談者:ぱんさん

ぱんさん、こんにちは。
声を持たない動物たちの「命」の重さや大切さについて、熟考し胸を痛めていらっしゃるぱんさん。とても愛情深くて暖かな気持ちをお持ちなんですね。

「命」というものを前にすると、自分の無力さ・力のなさに愕然とさせられます。
どんなに手を尽くしてあげられたとしても、私たち個人に出来ることには限りがあります。

罪悪感と言うのは「愛情がある対象に対して」特に大きく感じるものです。
大切に思っているからこそ、力及ばずな自分を情けなく思い、自分を責めます。
動物たちの命に対して、ぱんさんが何よりも「深い愛」と「大きな関心」を寄せているからこそ感じてしまうんですものね。

愛が大きいがゆえに、助けてあげたいと思うぱんさんの気持ちがあることを大前提にして、自分に対して白旗をあげることをしてみませんか?

私はたくさんの命を救いたいという愛があるけれど、私にできることには限りがあります。
私は、今の私にできることしかできません。

私たちは「完全」ではありません。
自分の命ですらいつの日かその灯を消すことになり、自分自身をも生き永らえさせることすらできない「無力」さを持ってこの世に生まれてきました。
できない事があるのは仕方のない事、その弱さを受け入れることも勇気だと思うんです。

与える・助けるというのは愛に基づいた行為なので素晴らしい事ですが、自分の持てるもの以上を差し出そうとするのは愛ではなく「犠牲」です。
犠牲は自分がどんどんすり減り疲弊してしまいます。
自分にできることを超えたことを頑張り過ぎると、自分自身がポキンと折れてしまい、もう与えることも助けることも出来なくなってしまいます。
であれば、出来ることを自分にできるやり方で「心を込めて」与え続けるというのも、また一つの動物への愛の示し方ではないでしょうか?

> 今までできる範囲で保護活動もしてきましたし、保護猫も飼っています。

ぱんさんはすでに、小さな命に対してとっても素敵な活動をされていらっしゃいますよね!!
全ての命を助けることは不可能ですが、すでにいくつもの命に対しての助けを差し伸べることができている事を、どれくらい認め・褒めてあげられていますか??

今側にいてくれる保護ネコちゃんが喋れたら、ぱんさんにどんな風に声をかけてくれるのでしょうか??
ぱんさんの前で寛ぎ・甘え・自由に振舞えていたとしたら、きっとぱんさんと家族になれたことを「良かったなぁ」と思ってくれているのではないでしょうか?

ぱんさんが今まで保護活動で命をつなぐことができたいくつもの小さな命も、きっとそれぞれに愛してくれている家族のもとで安心できていると思います。

出来ていることは「少し」かもしれませんが、それをちゃんと褒めて肯定してあげましょう。
何もしていないわけではありませんし、できたこと・やれたことを数えて自分で受け取ることもとっても大事な事です。

> 本当は何もできないわけではありません。無理すれば保護できなくはないのです。
> でも無理をしないで今の生活を優先してしまいます。

ぱんさん、大事なのは【まずは自分を幸せにする】ことです。
動物に幸せを届けるためにも、まずは自分が先に幸せになって幸せをお裾分けするんだ!と思ってあげましょう。

動物はとっても敏感です。
無理していたらその無理が伝わっちゃいます。
ぱんさんは自分のために大切な人が「苦しそうに」無理をしている姿を見たら、どんな気持ちになりますか??
自分のせいで大事な人を苦しめている事に心苦しさを感じますよね。
けれど、自分も楽しい・だからあなたといるのが幸せだ!というのを感じられたら、ぱんさんは嬉しくなると思いますし安心してその人の前で自由に振舞えると思いませんか?

また、無理って本当に長続きしません。
無理してパンクしてしまったら、助けてあげられる命も助けてあげられなくなってしまいますものね。

罪悪感というのは自分が幸せに生きようとすることに全力でブレーキを踏ませる感情です。
自分を牢屋にずっと閉じ込めて監視して罰を与え続ける生き方は、とってもしんどいものですから、要らない罪悪感を自分のために少しずつ手放せていけるようにしたいものですよね。

動物を救いたい・命に対して出来ることをしてあげたいという「優しさ」「深い愛情」があることをちゃんと認めてあげて、その上でちゃんと【境界線を持つ】事で、自分の問題と他の問題を背負い過ぎることに線引きをすることはとっても大切です。

これは今の私にできることかな?
できないならば自分を責めてもしょうがないよね。

自分が罪の意識を背負いそうになった時に、指さし確認するように自分に聞いてあげることをしてみてください。
大事なことは『今の私に出来ることか?』という部分です。
今出来ることしか私たちには与える力がありません。そして、今はできない事も未来には出来るようになっているかもしれません。

私たちは何か間違いを犯してしまったときにも罪の意識を感じますが、何もできない事・選べない事に対しても罪の意識を感じます。
出来ない・選べないという自分の選択や意志に対する「後悔の念」がそうさせてしまうのですが、後悔とはどんなものなのかを辞書で見てみると

『後になって悔やむこと』

と定義されていました。
寄付せずに洋服を買ってしまった事を悔やんだり、お肉やお魚や卵といった「命をいただく」行為をした自分を悔やんでしまってるぱんさん。

洋服を買うか・寄付をするかという選択肢を前にぱんさんは「自分を喜ばせる洋服を買う」という選択を選んだことを後悔して自分を責めてしまっていますが、私たちは何かを選ぶときに『必ず後悔する生き物』なのだそうです。

つまり、複数ある選択肢の中から何を選んでも、必ず選ばなかった選択の方に後悔を感じる性質を持っているのですから、何を選んでも後悔するのだと「知っておく」事で、自分を責める力をほんのちょっとだけでも緩めることができたらいいですね。

「あのとき手を差し伸べられれば救えた『かも』しれない」
「自分が我慢して訴えれば役に立てる事があるに違いないのに…」

出来なかったこと・選んだことに対する後悔するクセがついていると【今】を肯定して生きることができず、選択しなかった過去や分からない未来ばかりが気になります。

私たちは過去も未来も生きれず【今】を生きることしかできません。

一個人にできることには限りがありますし、無理をしても続きません。
そして、今、目の前にいる猫ちゃんを幸せに安心して命を預かってあげることが【今】のぱんさんにできる、最高に素敵で最高に愛情深い命への接し方なのではないでしょうか?

ご飯を食べれてただ生き永らえることが幸せではないように、目の前のご主人様が笑顔で自分を抱きしめてくれて愛を交換できる「命」の時間を過ごすことが、小さな小さな命にしてあげられる精一杯の愛であれば、自分が預かっている命に幸せを感じてもらえるように愛情を注ぐことも、十分に与えていることになるのではないでしょうか?

また、自分に出来ることには限界があることで罪の意識を感じてしまうのであれば『祈る』という事を通して、自分にできる愛ある思いを送り続けるという事も出来ます。

宗教的な祈りではなく、祈りというものを科学的に実験している「スピンドリフト」という組織があります。

ある実験では「ライ麦」の種を一般的な栽培用の土に蒔き、祈りをささげたグループとそうでないグループのライ麦の成長を測定した結果、何度実験をしても祈りをささげたグループの発芽の方が多いという結果になるのだそうです。
さらに面白い事に、種にストレスとなる塩水を与えるという過酷な状況を作り祈りをささげると、より顕著に祈りの効果が表れて発芽が増えるのだそうです。

また、祈りをささげる人たちに「何の種に対して祈るのか」を知らせずに祈りをささげてもらった場合と、ライ麦・朝顔…といったように、何の種子に対して祈るのかを明確にして祈ってもらった場合とでは、祈りの対象を明確にした祈りの方が効果が高くなるという結果が出たそうです。
「何に対して祈るのか」という事を知って祈りをささげるほうがより祈りの効果が強まるのです。

他にもアメリカのミズーリ州にある病院で、患者さん1,000人を2つにグループ分けをし、1つのグループに対してのみ祈りを送ってもらうという実験がなされた際に、祈ってもらったグループのは10%も回復が早かったという結果が出たそうです。

このことからも、自分にできることとして多くのことは成し遂げられなかったとしても『救ってあげたい命に対しての愛ある祈り』を送ることはできますし、それが自分の知らない場所で力になりえると思えたら、自分にできることとして祈るという事ができそうですよね。

また、自分にできることや寄付のルールを決めるというのも、自分を責める力を弱めるのに役立ちます。

お金も時間も有限です。
全ての命を救うために私財を全て投げうっても出来ることには限界があるのですから、何もかもと思わずに「私ができることに心を込めよう」と思ってあげることも自分を罪悪感で縛り付けることから助けてあげるのに役立ちます。

私も動物を飼っていますし、保健所の情報などを見て自分の非力さにがっかりすることはたくさんあります。
けれど、できない事で自分を責めても辛いだけで「自分虐め」でしかなく、それならば私ができる動物への寄付のルールを決めて、そこに出来ることを無理なくやれる範囲でずっと続けようと『マイルール』を持つことにしました。

母の知人に目の不自由な方がいて、盲導犬と暮らしていました。
そこで私は「働く犬」について知り、盲導犬や介助犬といった働く犬たちがリタイアした後や育成のために使われるお金に寄付をするというルールを作りました。
出かけた先で「盲導犬への寄付箱」があったときに、その日困らないのであれば必ずお財布の中の小銭を寄付するというマイルールです。

微々たるものかもしれませんし、もっとできることもあるかもしれませんが、できない事を責めるよりも「私が届けたい思いが届きますように。役に立てますように。」と祈りを込めて寄付します。

今は自分が生きるために仕事もしなくてはいけませんし、賃貸住宅で飼育頭数にも制限がありますが、老後に使えるお金があれば「保護親さん」の活動のお手伝いをしたいとも思っていますし、今できなくてもいつか命のために役立てたらいいな~とも思っています。
また、今私は犬と猫それぞれ1匹ずつと一緒に暮らしていて、この子たちを最後まで安心して幸せに暮らせてあげらるように愛情を注いであげたいと思っています。

ぱんさん、ぜひ自分で自分に対して「そんなに自分を責めなくていいよ」って言ってあげましょう。
「かわいそうな小さな命が不幸なんだから私は幸せになっちゃダメ」と自分を罰しようとしないで、自分の幸せを優先することにこんな言葉をかけてあげてください。

私が幸せになるからこそ、その幸せが周りにあふれてみんなも幸せになって、優しい気持ちが自然と動物たちにも循環されたらいいもんね。
私が紡ぐ命がまた一つ増えることで、その子が動物へ愛を届けてくれたら出来ることが2倍に増えてもっともっと動物にとってはプラスになるんだもんね!

目の前にかわいい愛らしい命があるからこそ、同じように他の命に対しても愛情を持って救ってあげたくなるぱんさんの優しさはとっても大事ですし、素晴らしい思いです。
どうか、自分の大きな愛を大事に抱きしめながら、その愛ゆえに自分を苦しめるのではなく「今してあげられること」をしている自分を認めてあげて、重たい罪の意識をほんのちょっとでも軽くできますように。

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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