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【ココロノマルシェ】恵まれていることへの罪悪感について

こにちわー! 今日は仁くんが 「なぞなぞ」出してあげるでちー!いっつもお喉がカラカラの生き物って なぁ~んだ!でち。

お、おぅ…
いきなり仁くんが嬉しそうに「なぞなぞ」を出題してくれていますので、お付き合いください。
仁くんからのなぞなぞは…

いっつもお喉がカラカラの生き物ってなぁ~んだ!でち。
※通訳:いつも喉が渇いている生き物は?

さぁ、かわいいの塊の仁くんが出題する「なぞなぞ」の答えは導き出せましたか?
答えはカッコいいの塊のギンちゃんから発表していただけるようです!

答えはミミズですよ!

迫真の演技付きの回答によると、喉がカラッカラで「み、水を…」ということから【ミミズ】なのだそうです。
今日はいつもと違ってきょうだいで力を合わせたなぞなぞをお届けしたところで、(注:誰にも頼まれていない前置き)【ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

罪悪感には色々な種類があるかと思いますが、私が今回特に掘り下げてお聞きできたら嬉しいのは「恵まれていること」への罪悪感です

自分で言いたくないですが私は小さい頃から、容姿、成績、代表的なものに選ばれる機会の多さなど恵まれていたと思います。
そしてその全てに罪悪感をもって生きてきました。

みんなと仲良くなりたい、みんなから好かれたい。
そのために自分をいかに馴染ませるかばかり考えていたと思います。
みんなが出来ない中努力して成功して褒められる中、私は少し出来ないところを注意されました。

いつからかもっと不幸であればいいのに。と思うようになりました。

その後、私は何も持っていない。何も価値がない。を実現する生き方を繰り返してきたように思います。
現在、恋愛、仕事、全ての所で数々の苦しみを生み出し生きてきました。
ドラマみたいなことばっかりです。

その全てにも様々な罪悪感を覚えました。もっと楽な生き方あったんじゃないか、と思います。

苦しい状況に慣れすぎました。もう戻れないような気さえします。
幸せになれるのか突然最近不安が襲ってきました。
全てにおいて空っぽのまま歳を重ねてきました。
今なにを持っているのか、数えることもできません。
だけど、ちゃんと自分を幸せにしてあげたい。もしよければお力添えください。
皆様のこの素敵な活動に感謝しております。
相談者:こぐまさん

こぐまさん、こんにちは。
生きづらさを抱えて長い間ずーーっと苦しかったですね。
【罪悪感】って本当に重たくて暗くて、自分が幸せを感じたいのにそれを許してくれない感情です。

> 自分で言いたくないですが私は小さい頃から、容姿、成績、代表的なものに選ばれる機会の多さなど恵まれていたと思います。
> そしてその全てに罪悪感をもって生きてきました。

恵まれているって本当は喜ばしい事なのに【みんなとは違う】と自分の中の秀でた部分を隠そうとしなくてはいけないなんて、いっぱい押さえつけて我慢させてきましたね。

幼少期って「誰かの特別」であることを素直に喜べるのに(例えば、お母さんのお気に入りである・お父さんからお姫様扱いされる・祖父母に猫かわいがりされるなどなど)幼稚園・小学校と世界が広がっていくと

みんなと違う

って感じるのは、ほんとうに怖いですし委縮します。
その怖さと小さな子供のこぐまさんは「たった一人で」戦ってきたんですものね。
その孤独さ、苦しさ、痛みを、本当は「周りの大人の人」に認めてもらって、抱きしめてもらいたかったのにね。

こぐまさん、本当に頑張って生きてきましたね。

> みんなと仲良くなりたい、みんなから好かれたい。
> そのために自分をいかに馴染ませるかばかり考えていたと思います。

うっかりすると秀でてしまい、周りより「出来てしまう」事を禁止するのですから、いつも気を張っていないといけなかったんですね。

私に憧れないでよ!!私を好きにならないで!
私がみんなに合わせるための努力はものすごく大変なんだよ!!!!

心の中で何度も何度も叫びながらも、努力してみんなのように「できない私」になったというのに、先生から叱られてしまった時の絶望や痛みは計り知れないものでしたね。

本当は普通に「褒められることが出来るのに」頑張ってできない自分を生きているのに、苦しいのに分かってもらえない…

> いつからかもっと不幸であればいいのに。と思うようになりました。

罪悪感は「自分が幸せを感じる事を禁止する」感情ですし、自分を暗いジメジメとした地下牢につないで監視し続けてきてしまったんですね。
ずっとずっとそうやって自分に呪いをかけてきてしまったら、だんだんと「価値のない私」が当然の存在になりますから、大切に扱われそうになれば「私なんて牢屋にいる罪人ですから優しくしないで!!」とその人を退け、関係を壊そうとします。

でも、牢屋って楽しい場所ではないですから「そこから救われたい」「幸せになりたい」とどこかで祈るようにして、差し出された手を握りしめて救ってもらおうとするけれど、自分が自分を許せないのですから、自分は罪人で【毒】のようなものなのですから、自分の大切な人を汚してはいけない!とその人を遠ざけて独りで真っ暗な独房で泣いているんですよね。

こぐまさんの【罪状】はなんでしょうか?

本当は牢屋なんかに入れられるような罪なんてないのに、ずっとずっと暗くてジメジメしてネズミが出るような「地下牢」に自分を閉じ込めておくのは他でもない自分なんですが、どうしてこぐまさんはその牢屋に自分が入っていると思いますか??

それは【周りの人への愛】ではないでしょうか?

私の容姿に憧れて、周りの人が「妬む心」を持つのが苦しい。
私の容姿に憧れて、周りの人が「自分を卑下する」のを見るのは胸が痛い。
私が簡単に問題を解いてしまうと、できない人に「劣等感」を持たせるのはしのびない。
私が代表に選ばれてしまったら、それに出たかった人の「権利を奪ってしまい」申し訳ない。

私が恵まれているばっかりに、誰かを傷つけたりしたくない。

周りの人に合わせたいと思うのも、幸せになってはいけないと自分に禁止令を発令するのも、全部「自分よりも周りの人」を思いやるこぐまさんの「優しい心」が作り出した罪悪感なのではないでしょうか?

> 苦しい状況に慣れすぎました。もう戻れないような気さえします。

ずーっと光を見ずに暗い牢屋に閉じ込められていたとしたら目は暗闇に慣れていますが、突然扉が開けられて明るい光を見た時、眩しさに目を瞑ってしまいます。そして恐る恐る目を開きますが、光が明るすぎて何にも見えませんよね。
それでもしばらく光を見ていると、だんだんと光に目が慣れてきて外の世界に移るものをとらえることが出来ます。
これは人間の眼の順応機能の働きによるものですが、自分を苦しい状態から解放するための作業も、これと似ています。

最初は何も感じられなかったり何も見えないけれど、そこでただ「慣れる」だけで、幸せな世界というのをまた見つけることが出来るようになります。

焦らず、ゆっくり。
時には怖くて牢屋に戻りたくなる自分も出てきますが、勝手知ったる牢屋の方が「不本意であっても安心」なのでそこに戻ろうとしているんだね…と思ってあげて、幸せを許可してもいいと思えることに「慣れる」事をしていきましょう。

先ほどこぐまさんが投獄されている【罪状】をお聞きしましたが、恵まれている事が罪状ですよね??
実は私も、つい先日まで自分を幸せにしてはいけないと牢屋に閉じこもっていましたが、私の罪状は【宗教的な理由・全知全能の神に背いた】というものでした。

子供時代に母が信仰を持ったキリスト教の教えが怖くて、どうしてもその教えに馴染めず、私は神様に背いくという大罪を背負ってしまいました。

こぐまさん、この話を聞いてどう思いますか?

人から見たら「そんな事…」と思う事であっても、私の心の中ではそれは大きな重しで、私の生き方を制限し、私を常に苦しめ続けました。

そして、その罪のために牢屋に入り「幸せになってはいけない」と自分の胸に鉄の焼印を押し付けました。
その事について記事にしていますので、もしご興味があれば読んでみてください。

この記事にも書きましたが、こぐまさんも同じように「恵まれている事」を罪状にして牢屋に自分を閉じ込めている状態ですよね?
であれば、その罪を被ることで牢屋の中のこぐまさんは【誰を守ろうとして】【誰を笑顔にしたくて】【誰を幸せにしたくて】牢屋に入ったのかを考えてみてください。

恵まれている事で、本当はどんな風に人を愛したかったのか?
自分に備わっている素晴らしい能力で、誰を笑顔にして抱きしめたかったのか?
自分の価値を使って、どんな環境を周りに届けたかったのか?

牢屋に入ると決めたのは、きっと小さな子供のこぐまさんだと思います。
そのこぐまさんを大人になった「今」のこぐまさんが見つけてあげたら、どんなふうに声をかけ、寄り添い、手を差し伸べたいと思いますか?

こぐまさん、大きく一つ深呼吸をしたら少しイメージをしてみてください。

小さなかわいい天使のような子供のこぐまさんは、その表情を強張らせて小さな囚人服を着て手錠をかけられて牢屋に入っていきます。
牢屋は冷たくて暗くて、独りぼっちで薄い毛布に包まって泣きながら眠っている小さなこぐまさんがいます。

周りの人を笑顔にしたくて、自分もその輪の中で認めてもらいたくて、一生懸命奮闘するのに上手くできず、罪の意識を強くして、さらに牢屋で粗末な扱いを受ける事を甘んじながら、こぐまさんは少しずつ大きくなっていきます。

恋愛をして、自分の持っている魅力を彼に届けて彼に幸せを感じてもらいたいのにそれを壊してしまい大切な人を傷つけ、また牢屋で泣いているこぐまさん。
職場で自分の能力を発揮して周りを助けてあげたいのに、それができずにまた牢屋に戻ってきて泣いているこぐまさん。

小さな時から少しずつ大きくなって、今のこぐまさんになるまでに囚人服が少しずつ大きくなり、いつも苦しそうに泣いているこぐまさんを映画館のスクリーンを通して上映されているものとして見ていたとしたら、こぐまさんはどんな風に感じますか?

ごめんね。こんなに過酷で暗い牢屋に行かせてしまって。
そして、ずっとずっと独りぼっちで耐えてきたね。
こんなに苦しく・悲しい場所で罪を償い続けたんだね。
私の「恵まれている罪」は私の中で【大罪】ではあるけれど、もう、じゅぶんだよね?
私はもう、何年もかけてこんなに長い間服役して、罪を償い続けたもんね。
もう、許されてもいいよね?

そんな風に感じるのではないでしょうか?
こぐまさんは光をなくした目で牢屋の中で膝を抱えているこぐまさんを見つけて、抱きしめてあげたくなりませんか??

こぐまさん、もう十分に罪を償ってきました。
もう、牢屋から自由になりませんか?

心の牢屋は他の誰かが作ったものではなく、自分自身が作ったものです。
だからこそ【自分がそこから出ることを許可する】という事がとっても大事なんです。

何度も何度も、そこから出ていいんだよ!と届け続けてあげてください。
牢屋の隅で怯えて震えているこぐまさんに、少しずつ近付いてあげて、震える肩や頭を優しく撫で、最後にギュッと抱きしめてあげて、震えているこぐまさんの頭を胸に抱くようにして伝えてあげて下さい。

こぐまちゃん、ごめんね。
愛させないようにして、ここに閉じ込めてしまって、本当にごめんね。
こぐまちゃん、ありがとう。
私の罪を償うためにこんなに暗い牢屋に何年も服役してくれて。
こぐまちゃん、愛しているよ。
ねぇ、これからゆっくりと「幸せ」になる方法を一緒に探して行かない?

こぐまさん、恵まれている能力をこれからは活かして行きませんか?

私たちは周りの人との関係で、時に傷つけたり・傷つけられたりしながら助け合って生きています。
自分の能力が高すぎて誰かを傷つける事があったとしたら、その高すぎる能力と恵まれた力を使って【傷つけた分だけ救えばいい】と自分に教えてあげませんか?

こぐまさんの周りには両親や友達や、これから現れるであろうパートナーや同僚や、いろんな人が「こぐまさんを愛したい」という願いを持っています。
その人たちに『愛させてあげる』という事をしてあげませんか?
罪悪感を逆手にとって「愛させてあげる事で罪を償う」と思ってもらってもいいと思います。

ずっと「不幸を願い、不幸に身を置いていた」のですから、いきなり光を見て周りが見えないのと同じですから、すぐに分かろうとしなくてもいいんだよ!と自分に言ってあげてくださいね。

そして、自分が何のために、誰を幸せにしたくて愛したくて牢屋に入ったのか?という「愛」を見つけてあげることも罪悪感を弱めるための助けになります。

そして何より「罪悪感から解放されることに慣れる」事が必要ですから、何度も何度も

私はもう十分に罪を償いました。
私はもう、自由です。
私はもう、幸せになっていい。
あんなに暗い牢屋で耐えたんだもの、幸せにならなきゃね!

と繰り返しこぐまさんに言い続けてあげてくださいね。
本当に少しずつですが、自分の罪悪感を弱めていく事が出来るようになりますから、諦めずに自分に優しく水を注いであげてくださいね!!

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