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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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【ココロノマルシェ】どうしたら、相手への恐怖を軽減できるでしょうか?

うちのメガネ…いや、マミコがパトぱちの毒のことはなしてましたよね。

そうそう、レモンスカッシュチョコがパチパチする…って話をしていたんだけれど、写真を整理してみたら、お気に入りの「サーティーワンチョコ」の写真があったので紹介します!

ポッピングシャワーチョコと動物べっこう飴

このチョコ、まだ売っているかなぁ。
パチパチ弾けて、本当に大好きです!!!

そしてもう一つ、どうぶつべっこう飴は「The・素朴」な味なのですが、動物の形をしたべっこう飴は厚みがあって香ばしい甘さがお口の中でじーんわり広がります。
お気に入りなので1日2個まで(午前1粒・午後1粒)のお楽しみにしています。
お気に入りがあるだけで自分がご機嫌になれるので、自分の好きなものを揃えておくとそれだけでニッコリできます。

悩みと全く関係ないお菓子の話の前置きをしたところで(注:いつもの事です)ココロノマルシェ】に寄せられたお悩み相談をしたいと思います。

こんにちは。
突然ですが、私の両親はいつも怒っていました。

両親の仲は私が生まれる前から最悪で、家の中は怒声が飛び交い、いつも怒りで満ちていました。

そんな私はいつも怒っている両親の顔色を窺い、親の言い分(もっぱら相手への怒り)に賛同し、仲を持とうと失敗して泣いたり、怖くて部屋の隅で耳をふさいだりしていました。
なのでいつも親が怒っているときはこれ以上怒らせないようにいつも細心の注意を払っていました。

そんな両親も私が中学生の時に離婚し、心に平穏が訪れた……と思ったのですが、今度は他で会う人々が怒っているんじゃないか、ということを恐れ始めたのです。
今でこそ大分マシになりましたが、相手の顔色を窺って、意見を飲み込んで、相手のイエスマンになろうとするのです。
そして、少しでも機嫌が悪いように見えると、私が何かした?怒らせた?ととても恐ろしくなってしまいます。
自分のした発言を家に帰ってから思い出し、悪く思われたんじゃないか?軽蔑されたんじゃないか?と自分への好感度が下がることも怖がっています。

そして、両親のようにいつも他人に怒っています。

何もされていなくても先の展開を勝手に脳内で作って怒ったり、何か言われた言葉の理由を頭で考えて憤ったり。

以前望んで生んだのかと聞いた時にはぐらかされ、「望まれなかったんだ」と思ってショックでした。
私がいなければ両親はこんなに苦労はしなかっただろうとも思うと、自分が存在しなければ良かったんだと思ってしまいます(両親なりに愛されていることもわかっているのですが)。

社会的に見てあまり良い学歴や職でもないので(やりたいことをやっているので、私はそれなりに満足なのですが)、他人が目の前にいるだけで自分という存在に劣等感を感じます。

誰かを人間としては好きでも、恋愛のような心を持ったことがないし、他人が持っている感性も持っていない、きっと人間の出来損ないなんだと思ってしまいます。

人が怖い分、向き合うのも怖いです。でも人並みに幸せになりたいと思います。恋愛だってしてみたいし、他人や自分に堂々と胸を張って生きていきたいです。

どうしたら、この相手への恐怖を軽減できるでしょうか?
長くなってしまいました。読んで下さってありがとうございました。
相談者:むんさん

むんさん、はじめまして。
小さな子供時代を「怒りの下」でビクビクと暮らしてきたんですね。
怖かったですね。
逃げたかったですよね。
よく耐え忍んできましたね。

怒りの中で暮らすって、しんどいし不安だし、いつ何が地雷になるんだろう???と怯えてしまいますよね。

お母さん、笑ってるな。
お父さんも今日は穏やかそうだ。
今日はお母さんとお父さんは喧嘩しないで平和な時間が過ごせるのかな???

あ、お母さんの表情が今ちょっと曇った。
あ、お父さんが私がお水をこぼしたから舌打ちした。
どうしよう、また喧嘩が始まるかも…

小さな子供時代のむんさんは、ちょっとした物音や表情に敏感になってしまい、少しも気を抜けなかったんだろうと思います。
張り詰めた空気の中で「お母さんとお父さんに笑って欲しい」と必死にアピールしたり、ちっとも理解できないけれどご両親が笑っていたからって一緒になって笑って楽しそうにしたりと、健気に「平和」を演出しようとしてきたんだろうな、と想像したら涙がこみ上げてきました。

本当はただただ愛されていい子供時代に
ビクビク・オドオドと体を強張らせて耐えてきたんですものね。

むんさんは耐えると同時に、自分が頑張って笑顔にしたかったご両親が、自分の努力や願いも虚しく、怒りをぶつけ合うのを見るたびに

私は役に立てなかった

と感じる必要なんてないはずの罪悪感を心の中に積もらせていったんだと思います。

私はダメなんだ。
私がいても何もできない。
私の存在が見えなくなっていて、怖がっている私の気持ちを受け止めずに怒りをぶつけ合っている。
私なんていても意味がないんだ。

罪悪感と同時にご自身の存在意義を否定されて「無価値感」も持ってしまったんだろうと思うんです。
それでも、かすかな自分への希望が残っていて、

> 以前望んで生んだのかと聞いた時にはぐらかされ、「望まれなかったんだ」と思ってショックでした。

消えそうなほど小さな希望と勇気を出して聞いたのに、失望しちゃいましたよね。
辛かったですね。
悲しかったですね。

私たちは「誰かに必要とされる」時に、大きな喜びを感じる生き物です。
その喜びを循環したくて、誰かを必要とし、また誰かの助けになって生きることを楽しむのに、存在を否定されてしまうことで、自尊心も粉々に砕けてしまったんですものね。

あぁ、言葉にするよりもむんさんのことを「おいで」っていってギューッと抱きしめてあげたいです。

頑張ってきたね。ひとりぼっちで寂しかったね。
いつも怖かったね。自分を沢山攻めちゃったね。
ごめんね。ひとりぼっちで大人にさせちゃって。
ありがとう。相談してくれて、心を開いてくれて。

そんな風に、ただただむんさんをハグしたまま、背中をさすってあげて、流れる涙を拭ってあげたいです。

周りの人が自分に対して怒りの感情を持っているのではないか?と顔色を伺ってしまうのは、自分に価値がないと感じる気持ちと同時に「罪悪感」がそうさせているのだろうと思います。

ご両親が怒り出さないように、自分が持てる力を全て出したのに
私は何もしてあげられなかった、私は役にたてないダメな存在だ。
私がいなければ両親は平和だったかもしれないのに。
生まれてきてごめんなさい。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

と、縮こまって謝っているむんさんは、かぶる必要のない罪をかぶって、自分は「汚れている」「罰せられる存在」「役になてない無力でダメな命」と強く強く自分を責めてしまっているのではないでしょうか?

罪悪感は「わたしは幸せになってはいけない」と自分を罰する感情です。
多かれ少なかれ、みんな罪悪感を持っていますが、その罪悪感が極端に大きいと、罪のある自分はまた罪を重ねないだろうか?私が怒りの引き金になるのではないか?と常に周りの事を気にかけて、自分を悪者に仕立て上げます。

罪悪感はとても重い罪の感情なので、あまりにそれが大きくなると「これ以上痛みを感じたくない」と感情を麻痺させるために「怒り」を使って自分を守ろうとします。

「無実の罪」であったとしても、自分が原因なのだろう…と思い込んでいるがゆえに「また怒られる(だろう)」「(私のせいで)傷つけてしまった」と強く感じてしまい

罪を犯した私は罰せられる

という恐怖を感じると同時に、責められる・叱られるのは嫌だ!と自分を防衛するために「怒り」を発動して自分を守ろうとしてしまうんです。

> 両親のようにいつも他人に怒っています。
> 何もされていなくても先の展開を勝手に脳内で作って怒ったり、何か言われた言葉の理由を頭で考えて憤ったり。

むんさんは自分が罰せられたくない、これ以上傷つきたくないと「怒りを鎧のように着込んで」自分を守るために奮闘している状態なんだろうと思います。

罪悪感という感情は、まず一番最初に自分を攻撃します。
自分を徹底的に責めて、責め抜いて、もう耐えられない!という状態になると周りを責めるようになります。

もう私を罰しないで。
もう私を責めないで。

自分を責め抜いた後に、必死で怒りを着込んで声を上げているんです。

こんなに苦しんでいるむんさんをずっと罰し、責めているのは誰だと思いますか?

誰よりも強くむんさんを責めて・罰し続けているのは
他でもないむんさん本人なんです。

> 自分という存在に劣等感を感じます。
> きっと人間の出来損ないなんだと思ってしまいます。

この言葉に現れているように、自分を認められず、ダメだと否定してしまっているのは、他でもないむんさん自身なんですものね。
自分の存在を否定されて、自尊心も価値も粉々になってしまったむんさんですもの、こうするしかできないし、自分を褒めたくてもその方法を知らないんですもの。仕方がなかったですよね。

むんさんが、ここまで強く自分を悪者にして罪悪感・無価値感をもって自分を責め続けるのは何故だと思いますか???

ご両親の怒りを何とかしたかったんですよね?
ご両親にとって自分が価値あるものとして「かすがい」になりたかったんですよね?
自分を犠牲にしても、お母さんとお父さんを笑顔にしたかったんですよね?

むんさんは、こんなにも深い【愛】を持っていたからこそ
ここまで強く罪悪感を背負い、自分に価値がないから…と自分を責める事でご両親を理解しようとしたんですものね。

むんさんの持つ、大きくて豊かな愛情に気付いてあげてください。

> 人が怖い分、向き合うのも怖いです。でも人並みに幸せになりたいと思います。恋愛だってしてみたいし、他人や自分に堂々と胸を張って生きていきたいです。

「人と向き合い」「人に愛される」世界をむんさんは今まで知らなかったのですから怖いのは当然です!
でもね、ちゃんと【幸せになりたい】と願う気持ちがあったんですもの!

ねぇ、むんんさん。
もう、幸せになる事を許可してあげましょうよ。

ねぇ、むんさん。
こんなに頑張って罪を背負ってきたのですもの、もう充分に償ってきましたよね。
無実の罪でずっと苦しんできだんですものね。

むんさん、幸せになりましょう。
苦しんだ分だけ、幸せにならなきゃダメですよね?!

むんさんが自己否定し、自分を罪の元に置いていた理由は「大きな愛」です。
今度はその愛を自分を幸せにするために使ってみませんか?

そして、むんさんが自分を愛し、幸せな笑顔を見せてくれた時
むんんさんの周りの人も、その笑顔に「ほっと」した気持ちを感じ、愛が循環していきます。
だからこそ、むんさんが幸せにならなきゃダメなんです!

長い時間、自分を牢屋に入れて鎖に繋いできたのですから、釈放されたからといってすぐに気持ちが楽にはなれないと思います。

少しイメージしてみてください。

ずっとジメジメしていた日の当たらない牢屋に閉じ込めら得ていたむんさんがいます。
その足には重たい鎖が繋がれていて自由がありませんでした。
むんさんの無実が証明されて、牢屋から出ることになり、足元の鎖が解かれ、牢屋の扉が空いて、扉の向こうには明るい日差しの眩しい世界が広がっています。

その世界を見たとき、むんさんはどんな気持ちになりますか?
その世界でむんさんはどんな風に自分を自由にしてあげたいですか?

さぁ、自由になりましょう!!!

私の罪は赦されました。
もう私は自由です。私は自分の幸せのためにこれからを生きていきます。
私は私を幸せにしてあげます。

よかったらこんなアファメーションをしてみてくださいね。
新しい世界に馴染むまでは、勝手知ったる牢屋に戻ろうとしてしまいますから
何度も何度も、自分にはもう罪はないんだよ!と教えてあげてください。

そして、自分を守るためにイライラと怒りを感じる自分の事を決して否定せず「私を守ってくれてありがとう」「ねぇ、どんな事を怒っているの?」と問いかけて、湧き上がる怒りがあればノートに書き出したり、カラオケなどで大声を出したり、音楽に合わせて思いっきり踊り狂ったり、声を上げて泣いたり、サンドバックを思いっきり殴ったりして、感じた怒りの感情を押し込めずに発散してあげてください。

自分を否定したくなるたびに、自分が愛ゆえに自分を犠牲にしてきた「大きな愛があるんだよ」と自分に伝えてあげてください。

お疲れ様。ありがとう。ごめんね。大好きだよ。ゆっくりしようね。大丈夫?うんうん、分かるよ。
こんな風に沢山自分に声をかけてあげて、自分の気持ちにとことん寄り添ってあげてください。
ダメな私だ…と感じた時ほど、「そう感じちゃったんだね。辛いね。どうしてそう思ったの?」「そう感じちゃったのね。仕方ないよね。だってずーとそうやっていきてきたんだもんね。」そのダメを絶対に否定せずに受け入れてあげてください。

自分が自分に優しく暖かく寄り添う事が、自己受容の第一歩です。

自分を1番大事にし、味方になってあげて、自分を大事にする事でなによりも自分のことを信頼できるようになっていきます。
自分を信頼できるようになると、自分に自信がついていきます。
自分に自信がつくと、周りの人の目も気にならなくなり、恋だってしたいと思えるようになっていけます。

不思議なことに、自分を大事にして大切に扱ってあげていると
周りからも大事に大切に扱われるようになっていきます。

罪悪感は無くすことはできないけれど、癒すことや手放していくことはできます。
自分を許してあげることは、自分を愛することです。

そして自分を愛することで自尊心を回復し、自分を満たしてあげることで「私は人として足りない存在だ」と自分を否定せずに生きられるようになっていきます。

私も大きな罪悪感と自己否定を抱えて生きてきましたが、少しずつ自分を許して大事にすることを根気強く続けている結果、まえよりずーーっと生きやすく、自分を許して笑ってあげられるようになりました。
だからきっと、むんさんも自分を許し、大事にして、自分を応援できるようになれると思っています。

罪悪感については、つい先日師匠である根元さんが優しく・わかりやすい著書を出版されていますので是非一度読まれてみてください。
きっとむんさんの心に優しく響き、楽にしてくれるヒントが沢山あると思います。(ワークも沢山あるので自分を癒す方法を沢山体験できますよ!)

長くなりすぎて、自己肯定の方法や自分を愛するための作業について
あまり触れることができませんでしたが、もしも気になることがあれば、下のお悩み相談ボタンからご質問やご相談をいただいてもいいですし
ココロノマルシェに新たなご質問をいただいても、愛情あふれるカウンセラーたちがむんさんに寄り添ってくれると思います!

むんさん、本当にずーーーーーっと耐えてきたこと、偉かったですね。
本当に、本当に、お疲れ様でした。

むんさんが耐えてきた分だけ、絶対に幸せに笑って暮らして欲しいと心から願っています。
むんさん、一緒に自分を幸せにするレッスンを頼みながら続けていきましょうね。

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ココロノマルシェでは様々な視点でお悩みに回答を寄せてくれるカウンセラーが沢山います!
あなたと同じようなお悩みを発見したり、あなたのお悩みを相談したり、あなたのココロが少しでも軽くなるお手伝いが出来れば嬉しいです♡

ココロノマルシェへ

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私なりの形で、あなたのお悩みに寄り添いたいと思っています。

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