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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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人と違って全然いい。堂々と悲しんで、堂々と立ち直ろう。

昨日で動物のグリーフのお勉強が 終わったんでちよね

降り積もった雪を「ガガガガガッ」と除雪機が除雪している音で目覚めたマミコです。

まさか?!また積もっちゃったの?!
と慌てて窓の外を見たら、近くにある飲食店の駐車場に除雪を呼んでいたようで、昨日からの大幅な積雪はなくてホッと一安心。

私の通っている美容院は、施術が終わった後に次回予約をすると10%OFFというサービスがあるので、いつも施術後に1か月ちょいくらい先の予約をするのですが、先月はお正月明けだったので、1か月後付近となると手術の頃。
実際、術後の状態なんて想像つかないけれど…と美容師さんと相談し、手術から2週間後なら動けるかな??と、今日の予約をしてありました。

寝起き(体を起こす)もスムーズになって来たので、心配していたのための体勢も大丈夫そうなので、今日は有休休暇中ということもあり、昼間の時間にキレイにしてもらってくる予定です。
美容院の近くに、オシャレな人がおススメするオシャレっぽいパン屋さんがあるので(← オシャレへの憧れ)、ちょっとだけ早めに向かってパン屋さんにも寄り道するつもりです。

* * *

昨年秋から、動物医療従事者向けのグリーフケア基礎講座に参加していました。
(私は動物医療やトリマーさんなどの関係者ではありませんが、グリーフケアを学びたいと申し出て参加申し込みをしました)

医療関係者向けなので、もちろん専門的な医療用語や医療現場での様々なシーンを想定しての話もあるのですが、2週間に1度の学びの時間にいつも心に残る話と、カウンセラーとして大事にしたいものをいっぱい学ばせてもらえていた素晴らしい学びの時間でした。

基礎講座では獣医療やトリミングなどの現場で「ホームドクター」として、動物が安心・安全に病気に向き合っていけるように、各段階でのグリーフについてやグリーフケアとしての基本、飼い主さんの心情や「メガネをかけて相手を見ない事」を幾度も教えてもらえる時間でした。
獣医師・看護師・トリマーさんといった動物と日々接する皆さんが、病気を見るだけではなく「安心して病気と付き合っていけるように」と、学ばれている姿も本当にありがたいなぁというホンワカした気持ちも持たせてもらいました。

全10回の講座の後半は、考えるだけで胸がギュッとなってしまう内容。

・治らない病気のターミナル期のグリーフケア
・安楽死について
・死後のグリーフケア(ペットロス)

と年が明けてからは「これ、学びながら泣くやつじゃーーーん」というラインナップ。
昨日が最終回の「死後のグリーフケア」でしたが、ちょうど入院した日の夜が「安楽死について」の講座で、スマートフォンで少しだけ聴講したのですが、テーマが重いこともあって考えちゃいそうだから…とリアルでの聴講を断念して後日配信で聴講しました。

全10回を通して「どこまでも優しい視点を持つこと」を学ばせてもらったのですが、昨日の講座の中では、私がグリーフケアをこの先も学ぶ上で大事にしたい言葉をもらいました。
先生がご自身の体験・出会ってきたたくさんの命や飼い主さんたちを見てきて実感したという

悲しむことは愛する事

という言葉に、聴講中に涙がボロボロ溢れました。

愛する小さな「家族」「わが子」が駆け足で虹の橋へ向かって行ってしまったら、ペットロスは避けられません。
毎日の景色、匂い、空気、色んなものが「失われる」のですから、家にいるだけでも悲しみが襲ってくるのは想像に難しくありません。

少し時間が経ったら悲しみを押し殺して「頑張らなくちゃ」と前を向こうとする、家族との悲しみの温度差があって泣いていてはいけない…
だけれど自分の心はまだ立ち直る準備もできていなくて、辛くて壊れてしまいそう。
けれど、悲しむ自分はダメだと責める…

でもね、悲しんでいる時って「この子の事を感じている」時間なんです。

悲しむって愛することで、感じているのであれば、無理にその悲しみを手放さなくていいんですよね。

悲しみの大きさや長さは、人それぞれ違います。
それは、ペットロスだけではなく、全ての喪失に言えると思っています。
自然災害による安心の喪失、コロナなどによる当たり前の日常の喪失、死別、離別、失恋…
それぞれに傷の深さや考え方・捉え方は違うもので、どの体験も全てオリジナルであって誰かと比べる意味なんてありません。

悲しいなら、堂々と悲しんだらいい。
だって悲しみは「この子たちに愛しているよ」って伝えている、あなたの心の声だから。

そして私は、堂々と悲しむことを肯定してあげられる場所や人になりたいと泣きながら資料にメモを取り、この思いを忘れないように「悲しむことは愛する事」「堂々と悲しんだらいい」という事を、黄色のノートに書き込みました。

生きている限り、どうしても「喪失」は避けられない体験です。

死別も離別も失恋も友人関係の破綻も、愛する人たちと「別れる」って辛い体験です。
出来れば避けたい悲しみを伴う体験全てにおいて、悲しんでいる時間は「対象となる相手を思い、慈しんでいる」んですものね。
それはお別れの儀式でもあるのかもしれません。
心にお墓を立てている間、その人を思い涙するのも「愛しているから」ですものね。

先生の実体験からも、お別れのために要する時間は人それぞれでいいし、人が何を言おうが「自分の気持ちと失った対象とのつながりを第一に考えていい」事を忘れてしまわないようにしたいと思わされました。
世の中にある「一般的」な物差しを持ちだしたりしないように。
自分とは違う思いを持っている事も、歩みの歩幅も痛みも、それぞれが違うという事も。

あなたの感じている気持ちは尊いものです。
他の誰かと比べたり、もうそろそろ…なんて世間一般の尺度を持って頑張らせる必要なんてありません。
あなたが嘆き悲しみ、泣きたいならば「堂々と泣いていい」と言ってあげられる場所を、私がどう作っていけるのかをこの先も私なりに模索して行こうと思います。

はっ!
そろそろ行かないとオシャレパン屋さんに寄り道の時間がなくなってしまうーーー。

では、キレイになりに行ってきまーす。

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